MEMORY・35 その無実、晴らします
再び真っ黒になった画面から眼を離し、わたしは真一を見据えた。
「直人……わたしを見捨てたの?」
「見捨てたといえば見捨てたのでしょう。しかし、人として生存本能に従ったまで、彼はあなたを助けられない自分を蔑んでいました。あのまま放っておけば罪の意識に耐え切れず自殺に走っていたかもしれません。罪を洗いざらい暴くことにより彼は自責を再確認したと同時に一人で溜め込むということを防ぐことができました。ストレスの発散です。さらに自分のせいで死んだと思っていた絵麗奈さんが生きていた。彼の罪の意識は彼の中でかなり小さくなったはずです。あとはあなたと彼の問題です。ですが……できれば穏便に済ませてあげてください。彼も被害者なのですから」
「……分かってるわよ。直人も被害者だってくらい。でも、しばらくは二人で会うってのは無理っぽいね。わたしは怒りを隠して人と接すれる程、人間ができてないから」
わたしはしかめっ面で真一に答える。真一は苦笑しながら、
「わかりました。彼も落ち着くまでは声をかけてこないでしょうし、できるだけ私もフォローしましょう」
と言って眼鏡を光らせた。
あんたのフォローなんざ期待してないわ。
むしろ話に入ってくるとややこしくなりそうだから入って来ないでよ。
「で、本題ってのは一体どういう意味があったわけ?」
しかし、わたしの問いに真一は答えず、
「さて、次は私にあった電話に付いてです」
「って、コラッ! 無視して先進めるんじゃないわよッ!」
「絵麗奈さん、先ほどの電話、茜さんからのものでした」
茜……って、え? 岸川茜?
いや、先に進めるなっていってんでしょ!? 話聞こう!?
「七瀬奈菜……岩倉武琉殺害の容疑者として警察に連れて行かれたそうです」
……は? え? 七瀬さんが……殺人容疑?
その衝撃的な事実に思わず唖然とする私に、真一はもったいぶったように眼鏡を煌めかす。
「茜さんの話ではバイクから七瀬さんの指紋が検出されたこととブレーキの切断から重要参考人として任意同行だそうで」
「ち、ちょっと待ってよ! 何それッ! アンタなんでそんな平然としてんのよ!」
わたしは真一に詰め寄って胸倉を掴みあげる。
「手は……打ってますよ。父の知り合いの……弁護士に、頼んで、おきました。すぐ……に出て、くるで……しょ……」
苦しそうに言葉を吐きだす真一の言葉に、わたしは真一の服を離した。
あっぶな。思わず力入れてたせいで真一絞め殺すとこだったわ。
げっほげっほ咳き込んでる真一に心の中でめーんごっと謝っておく。
「なら、いいけど」
安堵の息を吐く。あの七瀬さんが彼氏を殺害するなんて嘘だ。あの時の涙は……打ち明けてくれた想いは……嘘だなんて思いたくない。
咳き込む真一がわたしを涙目で見上げてるけど……気にしない気にしない。
「さ、さて、絵麗奈さん」
真一が立ち上がり眼鏡を直す。
「先ほどの井筒君への質問とその答え。岩倉武琉死亡状況について考えるとどうなります?」
岩倉武琉の件について?
……ブレーキが切断されていた。その場合学園だろうと岩倉武琉の自宅からだろうと関係なくいくつかの信号に引っかかる。
仮に奇跡的に引っかからなくとも友達、柏木稔と来ている以上、峠の頂上で一端止まって……
つまり、ブレーキが切れてれば確実に気付く。
逆説的に、事故を起こすまで、彼のバイクのブレーキは切れていなかったということになる。
ソレはすなわち、事故にあったあと、故意に切られた?
「分かったみたいね姉さん。結果から過程を導き出すことは不可能だけど、事実から起こり得ることは幾通りでも観測できる。それを突き詰めていった結果、起こりえる事象はたった一つ。それが真実」
だからぁ、その例え分かりにくいってば。
「つまり、岩倉武琉が事故……か殺害された時、ブレーキは切られていなかった」
「後から切断されたのではないかと。まるで誰かを犯人だと示すように」
「じゃあ、やっぱり七瀬さんは無実?」
無実なら真一の言うとおりすぐに帰ってくるだろう。
「今のとこは重要参考人どまりでしょう。ただ、警察が七瀬さんを注視するのは確実。何かまた彼女が疑われるべき何かが起これば……」
「そうなる前に見つけるわよ! その犯人って奴を!」
「もう一人の彼女……ですか?」
「そいつが一番怪しいからね! しかもあのナルシー君がカギを握ってるならやれるわ! 絶対にたどり着いてやるから!」
そうだ、きっとあと少し、犯人に辿りつく直前までわたしは来てる。
やれる、やれるぞわたし。警察に頼らなくっても犯人見付けて七瀬さんの無実を晴らしてやる。
待ってろよ犯人、この名探偵エレナがお前を見付けてやるからな。じっちゃ……はただの農作業者だったからばっちゃ……も農作業者だったから……えっと、わ、私の名に掛けて!




