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MEMORY・31 ライバルの覚醒

 4月15日金曜日 午後8:20


 夕焼けも既に過ぎ、闇が世界を覆いだす。私にとってそのコントラストを見る光景は、昔には考えられないことだった。

 カーテンで閉め切られた暗い病室に、私と主人、そしてベットの上で上半身を起こし、主人の診察を受ける忌々しい女。


「葵さん、気分はどうです?」


「いつもどおりです。先生が来てくれたので元気です」


 冗談めかしに本音をだすが、主人は気づかない。

 本当に主人を欲しているならさっさと交尾すればいい。

 まったく人間というのは面倒な種族だ。

 子を作るにも感情がいるなど煩わしいかぎりだ。


「でも、本当に私の目は治るんですか?」


「ええ。準備も着々と進んでいます」


 見えない眼のかわりに主人は機械を埋め込むらしい。

 私を作った時の技術の応用だ。

 ただ、その場合の前例がないので目だけを機械にしたときの副作用が心配だった。


 神経から脳まで腐ってしまうかもしれない。

 映像が伝わらず、見えないかもしれないし白黒画像になるかもしれない。

 だから今はモルモットで実験中。ある程度成功するという自信がついてから主人は手術する予定だった。


「先生、目が治ったら桜が見たいです。連れて行ってくれますか?」


「そうですね、お花見など楽しいでしょうね」


 デートの約束成立。

 主人は本当に自分の言ったことに気づけているのだろうか。


「お世話になった方々を呼んでお祝いしましょう」


「そ、そうですね」


 どうやら主人は姉さん以外の女性に疎いらしい。

 これは葵にとって予想外に強敵だろうと思う。


「真一、姉さんのために話を聞きに行くのでは? もうそろそろ彼は退院するはずです」


「そう……ですね。絵麗奈さんに付いていけませんでしたので土産話くらいは必要でしょうし、彼の憂いも取り除いておきましょう。思い悩んで自壊されても困りますしね。行きましょうか」


 主人の言葉、絵麗奈という単語にピクリと反応する葵。

 主人が席を立つ。


「では葵さん、私はこれで帰りますがなにかあればナースコールを押してください」


「……はい。大丈夫です」


 主人が部屋をでる。私も後を追うようにドアまで行くと、


「キキちゃん」


 冷たい声で呼び止められた。

 薄暗がりの部屋の中、開かれたドアから漏れる光で、葵の口元だけが見える。

 かすかな笑みが浮かべられているようだったが、なぜか背筋を冷たいものが流れる気がする笑みだった。

 しばし、ヒグラシが鳴く音だけが響く、ような気すらして来る夕方の静寂。実際には季節違いなので鳴いてもいないはずなのだけど……


「何?」


「絵麗奈って……誰?」


「私の姉さん。真一の幼馴染」


 目を見開く葵。

 気のせいか? タイミング良くカラスが飛び立って行った気がする

 葵が不気味な笑みを見せる。


「会ってみたいな。今度……紹介してくれませんか?」


 それは獲物を見つけた猫のような、昔の私を見つけたあの犬のような笑み。

 私でさえ一瞬ゾクリと竦んでしまった。


「言ってみる。期待はしないで」


 それ以上葵を見ていたくなくて、私はそそくさと部屋を後にした。


 4月15日金曜日 午後8:21


 峠に戻ってきたわたしは、視界をサーモグラフィーに変えて山側に入る。

 登る人なんていもしないから山道なんてありはしない。

 取れる茸や草もない。ただ雑草と無造作に生えた樹木があるだけの無駄に大きな山。


 青い大地、青い樹木。

 全体的に温度は低い。

 夕闇が迫っているからだろう。


 これなら人一人くらいなら探しやすい。見つかるだろうか?

 自分のやってることは無駄かもしれない。

 でも、もし、少女が見つかったなら……


 頂上付近に来たときだった。青の中に不意に現れる黄色と赤。37度前後で人の形。

 サーモグラフィーから元に戻す。

 視界は暗い。ナイトスコープという機能で暗視。


 少し見やすくすると、見つけた。

 同じ服。髪。木の一つに寄りかかって眠っているらしい。

 なんとなく岩倉武琉を思わせないでもないけれど、サーモグラフィーでは体温はあったはず。


「ねぇ、君、大丈夫?」


 わたしは近づいて肩を揺すってみる。

 トサリと力なく横に崩れた。

 思わず悲鳴を上げそうになる。でも、


「う……ぁ……」


 漏れた苦しそうな吐息に安堵する。

 でも、なんでこんなに苦しそうな?

 待て、確か体温が37度くらいあった。ということは……


 わたしは少女の額に手を当てる。

 あ、しまった。機械のわたしに分かるわけがなかった。

 ……って、あれ? 分かってる? 体温感じる。なんで?

 ま、いいや。どうせ真一の謎技術だ。この際そんなことじゃなくって、この子を助けなきゃ。

 どうやって? 医者、医者に見せなきゃ、医者……といえばキモ眼鏡!


「真一。そうよ、なんであのキモ眼鏡はこういう必要な時にいないのよ!」


 仕方ない、岩倉武琉に付いて調べるのは明日にしよう。早く病院に連れて行かなきゃ。

 わたしは少女を抱え上げ、真一のいるだろう病院に向かって駆けだした。

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