MEMORY・26 もやつく日
「そうか……武琉は……手の届かないとこまで行っちまったか」
項垂れたように壁に寄りかかる七瀬さん。
壁を背にして足を投げだし力なく座った。
わたしは見たことをありのままに伝えた。
永久のことも、切断されたブレーキのことも。
下手に永久がやったかもって伝えたりはせず、ありのままだけを告げておいたのだ。
「で、誰かに怨まれたりとかなかったのかなって、ブレーキ切断なんてことされてるわけだし」
「一人だけいる……たぶんあの女だと思う」
「女?」
「私と武琉を取り合っていた女だ。名前も顔も知らない。数日前初めて茜に会った時に聞かされて知った。でも、考えられるならそいつだと思う」
「なに? 二股かけられてたわけ?」
最悪じゃん、何でそんな奴と……
「そうじゃない。私が……割り込んだんだ。相手は小学校からの付き合いだったらしいからさ」
ふぅとため息を吐いてスカートから細長い何かを取りだす……ってタバコ!?
「吸う?」
わたしは首を横に振る。
「正直さ、他人の男取る気はなかったんだけどね」
ライターまでスカートから取りだしてタバコを自分の口にくわえた。
「なにときめいてたんだか。自分でもわかんないくらい会ったとたんに積極的にアピールしてた。電気が走ったってああいうのを言うのかもね」
高校生の癖にタバコを吸いながら黄昏る七瀬さん……不良?
「中学からやってたタバコも酒も一切断って、作ったことない弁当に悪戦苦闘してさ。私乙女じゃんって自分の行動笑ったりしながらさ……だから、彼女持ちなんて知んなくてさ。峠越えの後に話があるっていわれたとき、私に告白の返事してくれるんじゃないかって勝手に浮かれた。茜に女のこと聞かされて告白じゃなくて振られるんだって気づいたけどね」
「つまり、彼女が七瀬さんの存在に気付いて怒りで岩倉君のバイクのブレーキ切ったってこと?」
「私からすれば一番納得いく答えだよ。私がその立場だったら同じ行動とってたろうし。あ~、もう、やってらんないね、全く」
右手にタバコを挟み額に手の甲を当てる。
それからすぐに、三角座りで顔を伏せた。
「なんで……好きになっちゃったんだろ。こういう結末だって予想できてたのにさ。峠越えたって得することないってのに……止めさせられなくて。彼女持ちだって初めから気づいてりゃ諦めも付いたってのに」
七瀬さんの体が震える。地面に雫がいくつか落ちた。
殆ど彼女と面識のないわたしには、彼女に何も言えなくて……ただすぐ横で、座っているしかできなかった。
4月15日金曜日 午後3:55
「真一、今日も行くわよ!」
放課後の教室で、わたしは授業終了直後に真一の机の前に移動していた。
「おや、今日はいやに積極的ですね」
「当たり前よ!」
あんな辛そうな彼女みたら犯人見つけなきゃ……やりきれないじゃない。
なんとしても警察がたどり着く前にわたしが七瀬さんの目の前に引っ張ってきて土下座させてやるッ!
「それほど私の家が気に入りましたか?」
真一の問題発言に周囲に残っていたクラスメイトが一斉にこっちに注目する。
遂に? とかようやくかぁ。とか訳の分からない言葉が飛び交う。
って、待って、意味が待ちがって伝わってない!?
「ちょっと待てぃッ! 誰が喜び勇んであんたの家に行きますかッ! 峠よ、直角峠!」
「ああ、峠ですか……」
ちょっと残念そうに呟く真一は、ふと、思いだしたように顔を上げた。
「すいません、今日は葵さんの定期健診の日ですのでご一緒できません。警察に話だけは通しておきますので今から調べられるようにしておきます」
え? め、珍しいじゃない、わたしの誘いを断わるなんてさ。真一の癖に……
「ちょっと、わたしに協力するんじゃないの!?」
「すいません。彼女は優先しなければなりませんから」
な、なによ? わたしより優先することがあるっていうの!? 真一が?
しかも、彼女? い、いや、わかってるわよ、こいつがモテる訳ないからそっちの彼女じゃなくてただ単に女性を指す彼女って意味でしょ。
「ああ、そう。いいわよもうッ! 一人で行くからッ!」
机を思い切り叩き壊し、わたしは自分の机から取っ手の千切れたカバンを引っつかむと早足で教室を後にした。
自分でもなぜか分からない。でも、なぜか無性に許せなかった。何が許せないか分からない。分からないから余計にムカつく。
真一の癖に、わたしより他の奴を優先するなんてッ! 葵って誰よ? 真一の癖にっ。
真一の癖に真一の癖に真一の癖に……真一の……しん……
わたし……なんでこんな腹立ってるのよ? たかが真一が来ないだけじゃない。
なのに、たったそれだけのはずなのに……なんで?




