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MEMORY・1 ある思惑

 ある晴れた火曜の夜のことだった。

 ブゥゥン……と不快な音を放ちながら静かに立ち並ぶ怪しげな機械類の密集した一室。

 そこに恐ろしいくらいに部屋とマッチした男が一人。


 淡いモニター画面に照らされて、眼鏡の男が作業を行っていた。

 白衣に身を包んだ男は眼鏡をかけた十六、七くらいの歳だった。

 マッドサイエンティストさながらの男は眼鏡を不気味に光らせながら、モニターから視線を離す。

 その視線の先、横たわる裸体の女を見て笑みを浮かべた。


「……出来た……ついに……長かった。本当に、長過ぎた。ああ、美しい。とても美しいよ。我が愛しき、ああ、本当に、よくぞ、ここまで。あとは記憶と音声さえインストールすれば……ふふっくふふ……か、完璧だ」


 彼の眼鏡がきらりと光り、高笑いが聞こえ始める。

 ニヤついた表情がサディスティックな雰囲気を漂わせる。

 女は病院の手術台を思わせる台の上で瞳を閉じたまま、動く気配を見せようとしない。


 女の容姿は美形。眠ったままの姿でも、その美貌は揺るぎはしない。

 金色に煌めく髪がモニターたちに照らされている。

 全裸の彼女に、男はただただ不気味な笑みを零し続ける。


 男は愉快で仕方なかった。

 長年の夢がついに適ったのだ。

 何度挫折しそうになったことか、苦節を思えばあと少しの勝利を前に笑ってしまうのも仕方ないことである。


 ただ、願ったのだ。

 ただ、欲しがったのだ。

 理想の女、大切な者、ずっと、ずっと秘めた思いがついに形に昇華した。

 もはや誰に憚る必要もな。邪魔する者など誰もいない。

 彼はついに、やり遂げたのだ。


 喜ばずに、なんとする。

 笑わずに、なんとする。

 彼はそうしても問題無いと思える程に、困難なことをやり遂げたのである。


「ふふふ……はぁ~はっはっはっはっ! これで絵麗奈は私のものだ! はぁ~はっはっはっはっ……わらはっはっ……笑いが止まらはっはっはっと、止まらはぁ~はっはっはっ……止めて……」


 ガチャリ


 男が笑い転げて咳き込んでいると、ドアが開き、小柄な少女がやってきた。

 少女は転げまわる男を見ると、半眼で白い目を向ける。

 どう見ても見てはいけない現場を見てしまったと気付いたらしい。


 少女の方も、男に見合うくらいの歪なファッションで決めていた。

 ポニーテールに纏めた髪は紫色。

 タンクトップも紫色。ベストもスカートも靴下、靴に至るまで、全身を紫で統一していた。

 さすがに身体は肌色だったけれど、それ以外は黒目の部分すらも紫色だった。

 紫は死を象徴する色。さながら彼女は死神とでもいうべきか。不気味な少女はゆっくりと男へと近づいて行く。


「笑死? 楽しい、真一?」


 冷めた目線を男、真一へと送り、目の前でしゃがみ込む。

 紫のパンツが見えたが、彼女は気にしない様子であった。

 少女の態度に、高揚感が萎えたらしい。彼はせき込み少女に差し出された手を取る。


「ゲホッゲホッ……ど、どうしました……なにかあったのですか、キキ?」


 彼は立ち上がり、身なりを整える。

 襟首を掴んで位置を調整し、次に白衣の裾を確認、尻を叩いて端を伸ばして、皺になっていないかの確認を行う。

 ある程度の問題がないことを確認した後、ゆっくりと少女に視線を向けた。

 

「電話」


 目線だけを真一に合わせ、小さくボソリと呟くキキ。

 その瞳に、感情は一切見えない。

 真一は喉を押さえながら、掠れた声で聞く。


「誰からです?」


「病院……大丈夫?」


 真一が喉を抑えていることに心配してか、無表情のままにキキが小首をかしげる。

 ただ、心の底から心配しているようには、全く見えなかった。


「大丈夫です。それより用件を……」


「聞いていません」


「は?」


 眼鏡がずり落ちた。

 まさかの言葉に思考が止まる。

 彼女が言った言葉が理解出来なかったらしい。


「聞いていません」


 真一の間の抜けた言葉に、もう一度繰り返したキキ。

 全く悪びれた様子はない。

 真一はずり落ちた眼鏡の位置を直し、キラリと眼鏡が光るのを確認し、顔を引き締めた。


「どうせ父からのアルバイトでしょう。キキ。準備をしてください。いつもの革のカバンです」


「了解。三分二十五秒三二ほどお時間をいただきます真一」


「分かりました。その間に電話をかけ直しましょう」


 真一は少女とともに部屋を後にする。

 真一はぶつくさと呟きながら電話を始め、部屋のドアを閉めた。

 やがて、その声も徐々に遠ざかって行く。


部屋に残されたのは不気味な機械音を吐き出し続ける謎の機械たちと、手術台に放置されたままの金色に輝く艶やかな髪を持つ女。

 女は寝息すら立てず、ただ目を閉じたまま、静かに横たわっていた。

 その姿はまさに、安らかな死に顔にしか見えなかった。

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