MEMORY・10 危険生物・姉
4月14日木曜日 午前1:01
「ただいま~」
真一の言われるままに、わたしは家に帰り着いた。
玄関を潜って、靴を脱ぐ。そろそろアレが来る頃かな?
……来ない?
いつもならエッちゃんお帰り~ゃッ! とか言ってお姉ちゃんが真空とび膝蹴りやら八双飛びラリアットとかで襲ってくるはずなのに……
「お姉ちゃんただいま~」
もう一度、玄関で言ってみる。
今度は二階に聞こえるくらい大声だ。
…………
どたたたたたッ!
何かが二階から走ってきた。
慌てていたのだろう。こっちからは見えないけど、階段でドスン、ドタン、バタン、ドンッなんて音が聞こえた。
足……踏み外したな。
「エッちゃ~んッ! お帰り~ゃッ!」
瞬間、わたしの視界に文字が映る。
【危険物接近 目標距離3メートル 朧月澄夏によるスラッシュキック 予想破損率54% 最適迎撃方法 緊急回避】
……ちょい待て。なに? 予想破損率54%って? もしかしてあれ喰らったらボディに穴開くとかそんな感じ? ありえないっしょ、お姉ちゃんだって人間……人げ……なのかな?
【緊急回避選択されました 攻撃を回避します】
と、わたしの意思より速く体が沈み込む。
お姉ちゃんは蹴りのモーションのままにわたしを飛び越え、ドグァッと玄関を突き破って着地した。
……あ、危なかった。あんな蹴り喰らったら確かに身体に穴開いても不思議じゃない気がする。
「もう、避けちゃだめじゃないエッちゃん。せっかくお姉ちゃんが妹の無事を祝っていつもの五倍増しなお出迎えをしてあげたのにッ」
いらない。五倍増しもこんな出迎えもいらないから。
というか、これって生身だったら直撃だったのでは? 姉に殺されるんじゃないか、わたし。
お姉ちゃんはドアに挟まった足を無理矢理に引き抜いてわたしに振り返る。
「それにしても無事で安心したわ。あんた死んだって電話があって、私、もうどうしたらいいかって……」
お姉ちゃん……心配、してくれたんだ。
「明日から誰を蹴ればいいのか困ったんだからッ!」
「んなことに困るなッ!」
わたしはお姉ちゃんにツッコミながら家に上がる。
たぶん多少は本当に心配してくれたんだと思いたい。
ダイニングルームに来ると、一人分の冷めた食事を用意して、お姉ちゃんは鼻歌交じりに片っ端からレンジでチン。
「わたしの分は?」
「死んだって聞いてたから用意してるわけないじゃん。ほら、あまりもん使って勝手に食べるがよい」
わたしを五年くらい成長させたような顔でニシシと笑う。
どことなくいつもより嬉しそうな意地の悪い笑みだ。
お姉ちゃんは外面はいいのに、家だと内弁慶になる。
家庭内暴力なんのその。わたしはいつもバイオレンスに晒されている。
なぜかわたしに対してだけ意地悪なんだよね。
でも……わたしは今、機械の身体を手に入れた。
多分お姉ちゃんと戦っても勝てるくらいの身体だ。だから……
「冗談でしょ? 交通事故あったばっかの妹にご飯作ってやろうって甲斐性もないの?」
つい、でちゃったんだよ……本音が。
「ほほう?」
チンというレンジの音と共に空気が凍る。
前髪で影になって見えないお姉ちゃんの顔の中、目だけがギランと怪しく光った気がした。
「アンタが私に逆らおうなんてぇ」
お姉ちゃんの体がゆっくりとこちらに向く。
心なしサメがでてくるホラー映画の曲が聞こえる気がしてきた。
ザシッ
お姉ちゃんが一歩踏みだす。
気圧されるようにわたしの足が一歩下がった。
だ、だめ、大丈夫なんだから。わたしは機械の身体になった。だから人間のお姉ちゃんに負けるわけがない。
そうよ。
これでお姉ちゃんより強いって証明して、お姉ちゃんのわたしへの虐待を終わらせるのよ絵麗奈。
お姉ちゃんが近づいてくる。なんでかしらないけど目が怪しく光ってるように見えて恐い。
やだ、髪逆立ってない? 口が裂けるみたいに微笑んでない?
「わ、わたしはお姉ちゃんに負けなくなったんだッ!」
恐怖を打ち払うように一歩踏みだし、右手を握って前に突きだす。
瞬間、真一の言っていたスイカが脳裏を掠めたけれど、お姉ちゃんが相手だ。手は抜けない。
わたしは遠慮することも加減することもなくお姉ちゃんの顔面に突き入れた。
刹那、お姉ちゃんがぶれた。
【危険物接近 左後方75度 回避不可 予想破損率不明】
左手が掴まれた。振り返る。腕を引かれる。
回転するお姉ちゃん、脇にわたしの左腕をホールドし、勢いつけてそのまま床に倒れこむ。
【肘稼動部固定 迎撃不可 床への落下による追加ダメージ +1%】
ヤバイ、折られる。わたしの左手が……
ゴッ
しかし、わたしの左手は無事だった。替わりにお姉ちゃんの頭がわたしの頭とぶつかって、お姉ちゃんが崩れ落ちた。
「いったぁ~ッ、アンタ頭固すぎ……な、なんて言ってみたりして」
いや待て、あんたそれだけの損害!? ってか涙目にはなってるけど本当にぜんぜん痛そうにしてないし!?
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
「い、痛くもないわね、あんたの頭なんて」
涙目でお姉ちゃんが答えるけれど、全く意味がない。
見てるほうが痛そうに思えてくるくらいだ。




