MEMORY・9 食べたら死にます
「信じられないかもしれませんが、事実です。キキの身体も、そして絵麗奈さん、あなたの身体も……私が母の研究所で作り上げた自律機械、オートマーターです」
わたしの……身体も?
それは衝撃なんてもので済まされない。爆弾発言だった。
「ち、ちょっと待ってよッ! そこにわたしの脳があるんでしょ? んで、わたしは機械の体? ハァ?」
思わず力を入れて壁を叩こうとして、思いとどまる。もしも機械の身体であれば、怒りに任せた一撃は、下手したら……
……と、とにかく落ち着こう。
落ち着いて今、真一が口走った意味不明の異世界語を日本語に翻訳しよう
……あれ? 待って、あいつ普通に日本語喋ってる? ほ、ホントにわたしが……機械?
「……か、仮に認めたとしてもよ、どうしてわたしに意識があるわけ?」
コギトエルゴスムってのは誰の言葉だったろうか? 我思う、ゆえに我ありという意味なんだけど、わたしは今この身体を動かしている。考えることができる。
だけど、その司令塔であるはずのものが目の前にあるという事は、わたしがこの身体を使っていると認識していることに矛盾する。
つまり、それが証明できなきゃ納得できない。いや、したくもないけど。
だけど、この質問を待っていた。とでも言うように、真一が不敵な笑みを浮かべて眼鏡の位置を直す。
なんだか薄暗い部屋なのに眼鏡が光った気がする……
光る訳ないから気のせいよね?
「母がアメリカでも屈指の生態機械研究者というのはご存知でしょう? 無理を言って特殊な衛星を打ち上げてもらいました」
「私も同じ方法で衛星を介して通信を取ってる。インターネット無料で介入できるから便利」
キキが話に割り込んでくる。正直どうでもいい。
「今ある機械の中で、人の脳に限りなく近い高速処理が可能な衛星です。海や地中数千メートルに潜りさえしなければ通信が途切れるといったことはまずないかと思われます」
これ、マジな話って受け取るべきなんだろうか?
え? ほんとに私、機械? それから、ここにあるのが、私の、脳みそ!?
「じゃぁ、証拠を見せてよ。わたしが機械の身体なんだって証拠を!」
「おや? もう眼下に現れているかと思ったのですが? 少々お待ちください」
と、真一が後ろを向いて、そこにあった機械をいじくる。
すると、キキと真一の横に文字が表示された……
え? キキと真一の横の空間に……文字?
【キキ 機械 ♀ 詳細?】
【城内真一 人間 ♂ 詳細?】
何、これ?
「姉さん。たぶん今見てるのは私達の個人情報。自動で表示されるけど必要なら自動表示切っとけばいい。多人数を見たとき視界が文字で埋まって何も見えなくなるから。詳細を見るときはそれを見たいと思えば見れるから。自分が知ってるデータベースの範囲でだけど」
まさか……本当にわたしの体が?
わたしはとっさに真一の詳細を開く。
【桜道市 宮野町在住 城内病院勤務 幼馴染 根暗で陰鬱で救いようのないキモ眼鏡】
……確かに、わたしの思ってた通りの情報だ。
こんなのが普通の人間の視覚情報にでてくる訳がない。つまり……
「納得はできましたか?」
得意満面の真一の顔……ムカつくくらいにふんぞり返ってる。
「そう……ね。認めましょう」
わたしは頭の中に生まれたどす黒い感情を必死に隠しながら真一を睨む。
とりあえず、一つだけ確かなことは分かった。
このキモ眼鏡がわたしの自慢の身体を機械なんぞに変えてくれたってことだ。
殺意を胸に、真一に殴りかかろうと拳を固めた瞬間、
「ああ、そうそう。絵麗奈さん、その身体になった以上、人に軽々しく触ったりしてはいけません。殴ろうなど愚の骨頂です」
「な、なんでよ」
こいつ……わたしの思考でも読んだの!?
「キキの時で十分に脅威は体験しましたので言っておきますが、あなたの身体は機械なのです。つまり重量物です。握手をすれば相手の手を潰すでしょうし、蹴れば相手は吹き飛びます。殴るなどしてビルの上から落としたスイカを見たくはないでしょう?」
わたしは真一の言葉に心底恐れをなして体が震えた。
「やらない。絶対やらないわよそんなこと」
「まぁ、普通に生活できるくらいにはしていますので軽く握手くらいなら大丈夫でしょうね」
あ、危なかった。もうすぐで人殺しになるとこだった。絶対トラウマになる状況自分で作るとこだった。
でも、そういうことならやっぱり機械の身体なんて願い下げだ。
「そんなに危険なら元の身体戻してよ! できるんでしょ! こんな機械人形作れるんだからさ」
「いえ。それは無理です。第一、神経細胞を全て切り離してこの容器に入れてしまいましたので。神経を一ミリのずれもなく全て繋ぐことなど私にはできません。植物人間になっても構わない、というのでしたら、今すぐにでもお戻ししますよ」
真一が不敵に笑う。
やる……構わないって言ったらこいつは絶対にやる気だ。
わたしは首をおもきし横に振りまくった。
冗談でも絶対に縦には振れない。
「い、いい、よろしかですッ! この機械の身体で十分ですますよッ!」
「姉さん、語調が変です」
「そうですか? 分かりました」
残念そうに呟いて、でもすぐに表情を隠す。
「さて、いろいろと教えておくことはあるのですが、そろそろ病院に戻らねばなりませんね。絵麗奈さんは家にお帰りください」
と、真一が会話を切ろうとする。
「ちょっと、わたしはまだ何がなんだか。もう少しくらい説明してくれてもいいんじゃない?」
「明日の朝にでも家に来てください。登校がてらに少しずつ説明しましょう。とりあえずはヘルプ機能を見てください。幾らか参考になるでしょう」
と、わたしの元にやってくる。
「こちらをどうぞ。一日四本。食事としてご利用ください」
なにやら小瓶が八つ入った箱を渡された。
「食事? 食後に服用とかでなくて?」
わたしの言葉にキキが呆れる。
「姉さん。私達に食事は必要ない。その【エヴァープロフィト】が原動力よ。普通の食べ物なんて食べたら……死ぬわ」
死ぬ……って、機械でしょ? どうして?
「いいですか絵麗奈さん。あなたの身体は、もう人間ではないのです。機械は食物を吸収もしませんし、分解もしません。中で腐って腐敗臭をだす元となり、重量物が体内にはいることによって内部構造が破壊されることはあっても栄養になることはありえません」
な、なるほど……確かに必要はないわよね……
「体内のバクテリアや埃を取り除くものとしてそのエヴァープロフィトが必要となるのです。もちろん原動力として必要にもなりますので必ず服用してください。だいたい六時間に一つが目安です。ソーラー電池が髪に織り込まれていますので快晴でしたら必要もないですが、雨の日などでもこの分量だけで機動力は持つでしょう」
「まぁ、食事の替わりに服用すればいいわけね。覚えてたらいいんだけど……」
「もし変なものが体内に入ったら家にいらしてください、メンテナンスしましょう」
そう言い残して真一が部屋をでて行く。
「メンテナンスは裸よ姉さん」
そう言い捨ててキキもでていった。
絶対に間食は避けるようにしよう。例え機械の身体だったとしてもあいつの前で裸は嫌だ。




