小悪魔との累日
「……どうしてそこまであいたちにこれを書かせたがるのか。」
「その謎を解明すべく我々は」
「アマゾンには向かわないから。……ボギー、これ読む?」
依然、活動記録は『死にたい。』という言葉の書かれたページが開かれたままだ。
「…いや、俺はあまり読みたくないな。」
「そ。あいもこれは読みたくない。」
無理に読まずとも、万里香が伝えたかったことを、既にボギーも閣下もちゃんと理解した。
「楽しいの前には、こういうこともあるってこと、だよね。」
「後にもな。」
今と髪の長さしか変わらない万里香と、万里香にかなり似ている女子が、泣きながら笑顔で肩を寄せあっている写真。
記録を読み飛ばし、最後に一枚だけ貼られたそんな写真を見れば、誰にでもそう読み取れる。
「……ボギー、ほんとにそういうとこだよ。」
「事実なんだから仕方ない。ほら、壁に山あり障子に谷ありって言うだろ?」
「家の壁ぐっちゃぐちゃで草。」
楽あれば苦あり。他愛のない彼との会話は、閣下にとって山であり、楽である。
「いいじゃん、今日は今のゴミみたいな慣用句記録しとこう。」
「ゴミ……?なぁ閣下今のマジで間違えてたの?」
「…嘘でしょ…?」
こうして、初めての記録はいい感じにまとまったのだった。
それを読んだ万里香が、職員室で他の教師に爆笑しながら言いふらしたことを後に知り、頭を抱えるボギーなのであった。
***
数日経って、だんだんと落ち着きを取り戻し始めた第二校舎二階。その期間、誰一人として最奥右に構えるフリクリ部のドアを叩くものは現れなかった。
分かりきっていたことなので、二人は他の部のように、見学に来るか来ないかそわそわすることも無く、いつも通りのグダグダを満喫していた。閣下は新しいイベント始まったの!と、飽きもせずに家でもここでも音ゲーをプレイしている。
「時にナビィ。」
「俺は森の精霊じゃないし、お前の冒険をサポートしたりしない。」
「沖縄じゃ鍋のことをそんな感じでよぶらしい。」
「知らんがな。」
「万里香先生が言ってた、活動記録以外の活動って、なにかな。」
「…どうした、どっかに頭ぶつけたか?」
「あいが積極的になるのがそんなにおかしいか?」
「だって、閣下の対義語が積極的だろ?」
「こんにちは、消極的と申すものです。」
消極的とナビィは、万里香の言っていた部としての活動に、なんだかんだ興味があった。
「例えば、あれかな。悩み相談する……奉仕部?みたいなこと。」
「俺あのアニメ一期しか見てないんだよな。」
「はいうんち。」
「おま……もういい歳なんだからそろそろ雑な下ネタ卒業しろよ。」
「はいクソ~って言った方がマシ?」
「うーーーん、まだマシかも。」
「………あいたちなんの話してたっけ。」
「………うんち?」
こんな会話をするような二人なので、生徒にお悩み相談されるどころか、万里香が二人の親と相談しなければならないことの方がよっぽど多そうだ。
「じゃあ、あれかも。裏でいろんな部のサポートする、とか。」
「…例えば?」
「えー……、漫研のマネージャー、的な?」
「ただのアシスタントだよそれ…。」
「ボギーなら何部を陰でサポートしたい?」
「うーん………漫研かな。」
「あいと変わらんやんけぇ…。」
ボギーが師匠のことを考える隙を与えてしまった閣下は、内心で舌打ちした。
「チッ。」
「え、何怖い。急に舌打ちとかヤンキーなの?」
漏れていた。
「なんでもない。………そういえば、この前師匠に送ったでしょ?」
「猫の写真のことか?」
「そう。あれ返事とか来たの?」
「ああ、来たぞ。ほら。」
「何の抵抗もなく他人とのトーク画面を見せるなよ……。」
と言いつつも、しっかり見るもんは見させてもらう閣下。
―――――
『君にしてはなかなかのチョイスだ)るるる』
『だね???』
『ミスった笑ったら怒る』
『草』
―――――
「おまえ最低だよ……」
「これに関しては俺も悪いと思ってる。」
まあ、あの落ち着いた師匠がフリック入力をミスっているのだ。さぞかし嬉しかったに違いない、と、閣下は自分のスマホにもばっちり保存されているボギーと猫のツーショットを見て、こっそりにやけていた。
「むふ……あ、そうだ部活動の話。」
「この部だけで完結できるような内容だと、俺は思うけどね。」
「あいたちだけで……?ふっふっふ、……あいたちだけで一体何ができると言うんだ!」
「悪役が敵に言うセリフを自分で自分に言うのはどうなの。」
「…だって実際あいたちにできることなんて、これぐらいだし…。」
閣下が音ゲーのリザルト画面を見せてくる。「PERFECT」だけ860、他は全て0と表示されており、右上に小さく「FC!」と虹色の文字が書いてある。
「どうよ、春休みにおまえに潰されたフルチェン、ついに取り返したの。」
「ああ、フ○チンね。」
「…言うと思った……。」
ため息カウンターを加算しながら、リザルト画面をスクショしてからゲームを落とし、SNSアプリを開く閣下。
「それクラスの奴もよくやってるし、なんならその後スクショしてSNSに投稿するとこまで全部同じ動きだけど、そういうもんなの?」
ボギーは音ゲーに疎かった。
「そういうもんなの。特にフルチ…ェエンは」
「今言いかけた?」
「うるさいばか。こういうのはとりあえずのっけるの。」
「他にはどんなの投稿するんだ?」
「逆にボギーはどうなの。」
「俺か?俺は…イラストにグッドしたり…、イラストをブクマしたり…」
「それサブアカじゃなく?」
「俺のアカウントはこれしかないぞ。」
「……ま、そういう人もいるよね。」
会話が途切れると手持無沙汰になり、用が無くてもスマホをいじるのが現代高校生。閣下は音ゲーを再開し、ボギーはSNSを五秒ごとに更新するのだった。