恐怖する小悪魔
二口、三口と飲むうちに、久しぶりとはいえ飽きてきてしまった甘い炭酸飲料を机に置いて、もうすぐ寝て一時間になる閣下を揺り起こす。
「ん…んがぁあ……んん…もう一時間経ったの…?」
「そうだぞー、起きないとこわーい鬼が来ちゃうぞー。」
部活開始後に必ず仮眠をとる閣下を、ボギーは毎日起こしている。
「鬼なんて来ない…まだ寝る…」
「おやあ、こんなところに可愛らしい人間が無防備に寝てるぞお…?」
「え、なに…気持ち悪い………」
二度寝しようとした閣下にねっとりとした声をかけたのは、ボギーではない。寝起きでぼんやりとした閣下の不意などストレートをモロに喰らい、声の主である万里香は本気で凹んでいた。
「き、気持ち………」
「ん……んん…?…あれ、万里香先生!?あいなんかすごい悪口言いませんでした!?」
やっと覚醒した閣下は、目の前にいる人物がボギーではなく万里香であることに気づいた。
「いや…いいんだ……。この前まだ小さい姪にもボロクソに泣かれたしな……。」
「姪って…お兄さんかお姉さんが?」
「妹だ。」
「「あっ…………」」
***
必死に万里香を二人で慰め、ようやく本題に入ったのは午後五時を過ぎた頃だった。
「さて、お前たちには今日から本格的に活動してもらうわけだが…。」
「は?活動なら一年のときも…」
「まず、活動記録を書けとこの前言っただろう。」
二人が黙って面倒くさそうな顔をするので、万里香も黙って二人へ手刀をかます。
ボギーには強めに。
「俺の時だけえぐい音しませんでした?」
「愛情だ。」
「毒親じゃん……。」
「昭和とも言う。」
二人の例えが想像以上にセンシティブなので、万里香はそれとなく話題を戻す。
「…こほん。とにかく、記録は必ず書くこと。過去の真似して一言書くだけでもいいが、」
「よし、ではさっそく…」
秒で適当に開いたページの日記を書き写そうとする閣下を制止し、万里香は続ける。
「最後まで聞け。…真似してもいいが、嘘だけは絶対に書くな。」
”嘘”という単語に少し顔をしかめる閣下。
「なぜ…ってそりゃ記録として当たり前なんでしょうけど、でも、どうしてそれを念押しするんです?」
「別にお前らが信用無いとか、そういう話をしてるんじゃない。昔からのお決まりみたいなやつさ。」
「……嘘にならない過去の記録を、毎日同じように同じものを書くことぐらい想像つくでしょう。」
「お前たちは分かりやすいからな。一年も接してれば分かる。」
「じゃあ」
「ダメだ。書いてもらう。」
万里香の意志は揺るがない。
「書いたって意味ないって言ってるんです。こんな楽しいことだけ書いてるような、お菓子の国みたいなものに嘘を書くな、なんて…」
怒気の混じった、いつもより声が荒いボギーの反論に、万里香はいい意味で驚いていた。
まさか、いつも飄々として掴めん奴だと思っていた彼が、ここまで感情をむき出しにするとは。
それに、彼、おそらく彼女も、この部の活動を少し勘違いしている。
「ボギー、閣下。お前ら多分、目につきやすいから写真先に見ただろ。」
「……急にどうしたんです。いや確かにそうですけど。」
「あいもそう。どの写真も、皆笑顔で……。」
「まあそうだろうな。それで、皆笑顔というバイアスがかかった状態で日記の部分は流し見した結果、『楽しいことだけ記録して”楽しい”を創作する』部だとでも思ったか?」
「……違うんですか?」
ボギーは、「自由創作部」の本当の意味を見抜いていたと思っていたようで、あまり見せない困惑の色を顔に浮かべる。
「いや、おおむね合ってはいる。が、多分お前らが思ってるのとは少し違う。…少しそれを貸せ。」
万里香はどのページにそれがあるか、知っている。すぐに目的の日記を見つけ、二人に見えるような向きで机に戻す。
***
『六月十二日 小能見(姉) 死にたい。』
「ちょ、ちょっと待って。」
急に始まろうとしていたシリアス展開に、閣下が耐えきれず声を上げる。
「なんだ閣下、こういう時は涙流して感動、ってとこまで黙って読むのが筋だろう。」
「万里香先生、だってこれ楽しいことじゃなくて、直球で正反対の…。それに小能見(姉)って…」
人のデリケートな話題に踏み込むことを、閣下は怖れた。
遠慮ではなく恐怖の視線を向けられては、万里香も無理に先を読ませるわけにはいかなかった。
「…仕方ない。だがたった一言見ただけで、この記録への印象が変わったんじゃないか?」
「それは…」
「そうかも……」
楽しい事だけを嘘無く毎日記録する、そんなのはもはや拷問だ。
「いいか、私は『楽しかった、幸せだった記憶だけ』をアウトプットしろとは一言も言ってない。」
ボギーも閣下も、そこで自分たちが早とちりをしていたことに気付いた。
万里香は最初から、「嘘は書かぬよう、毎日記録を書け」と言っていただけだ。
「…他にも部としての活動をいくつか考えてきてはいたが、そんな雰囲気でもなくなってしまったな。とにかく、今日から毎日記録は付けるように。」
そう言って万里香は部屋を出て行ってしまった。
作品のクオリティ向上のためにも、率直な感想をぜひよろしくお願いします。
読者の皆様に感謝を込めて。
凧花