小悪魔の友達
「ふぁああ……やはり授業も人混みも疲れる……。」
「はいはいお疲れさま。」
「あ、そういえばさっきの問いだけど、あいも今日は違うぞ。」
「…なんのことだ?」
「飲み物のこと。もう買ってきてある。」
バッグから取り出したレジ袋をがさりと見せつける閣下。中から出てきたのは紅茶のパックでも緑茶のペットボトルでもなく、缶。
「コーヒーか?」
「んーん、カフェラテ。」
「飲めるのか?」
「カフェラテって甘いでしょ。あいもコーヒー飲めるようになりたいから、ちょっとずつ慣れてくのだ。」
「……ふーん。」
バッグを放ってクッションに腰を下ろし、プルタブを起こして喉を鳴らす閣下。
「…思ってたより苦い…。」
「多分カフェオレの方が甘いぞ。」
「先に言ってよー…。」
「いつ買ったのかも知らんのよ。」
「昼休み。」
「ああ、あの時か。」
三限終了後、一時間ほど設けられている昼休憩に、ボギーはとある場所へ行っていた。その間に校内にあるコンビニへ足を運んだというわけだ。
「結局ゴジーはどこに言ってたの?」
「あれファイブジーって読むんだぞ。」
「おじい。」
「誰がじじいだ。…師匠のとこだよ。」
聞いた瞬間、閣下の目の色が変わる。師匠とはメッセージを送り合う仲ではあるが、自分の与り知らぬところでボギーと密会をしていたとなれば、その内容を知らなければならない、と。
「…詳しく。」
「別に大したことじゃ」
「そうやってごまかすやつは、大体裏でやばいことしてる。」
「いやホントに」
「例えばセッ」
「やめないか!」
「…クスまで言ってないのにそのツッコミはだめ。」
「…はぁ…。呼び出しくらったんだよ。」
ボギーは仕方なく、師匠とのやり取りの一部を見せる。
『君を頼るのは非常に癪だけど、少し話をしたい。』
というものと、後は場所の指定だけだった。
「それで何を頼まれたの。」
「……あんま人に言うようなことじゃないんだけど…。」
「あ、そういう感じの…。じゃあ無理に聞かない。」
「そうだよな、『ボギーが前に飼ってた猫の写真を何枚かくれ』なんて、師匠の裏の顔をばらすみたいで可哀想だもんな。」
「おまえ最低だよ…。」
クッションに抱かれたまま、師匠の代わりに蹴りを入れておく閣下。猫が好きそうなのは、メッセージアプリの彼女のアイコンを見れば想像はできる。しかしそういった話は直接聞いたことが無かったので、おそらく本命は猫じゃないことが、なんとなく閣下には分かってしまう。
「にしても、どうしてわざわざ呼び出したんだろうとは俺も思ったよ。メッセで済んだ話なのに。」
「……おまえ、昼休みほぼ丸々いなかっただろ。その後は何してたの。」
「いや師匠が、『もう友達は昼食べちゃったみたいで、一人で食べるのはなんかぼっちみたいで嫌だから、比較的嫌じゃない君との昼食を取ることにするよ。苦渋の決断だけど。』って、嫌そうに顔を背けながら早口で言われたから…。」
「なんて答えた?」
「なんでそこまで……。確か、『今頃閣下はぼっちで食べてるだろうけど、別にいいぞ。』って。」
「おまえ最低だよ…………。」
閣下は史上最大のクソデカため息をついて、顔を手で覆った。一年の頃、自分の知られたくないプライベートな問題に土足でずかずか入り込んできたこの男が、まさかこれほどのゴミカス鈍感野郎だとは思ってもみなかった。
「あいも譲る気はないけどさ…。これはさすがに可哀想だろ…。」
「何て?…なぁ何が最低だったんだ?」
「あーもう全部だよ全部。一回死んでなお余りある罪を犯したよおまえ。」
返事された師匠の気持ちを慮ると、同情というか、同じ立場で同じことを言われたら泣く自信がある。彼女も、泣きはせずとも、きっとひどく傷ついたことだろう。
「おまえ、猫の写真の中に自分も写ってるのあるか?」
「なんで…?」
「なんでも!」
「……まあ、母さんに撮ってもらったやつが何枚か。」
「それ、絶対師匠に送ること。」
「嫌だよ嫌に決まってるだろ!?猫の写真要求されて自分の顔送るやつがあるか!?ナルシかって思われるわ!」
「あっそ。…ま、それならおばさんに直接もらうから別にいいか。」
閣下と師匠は同じ人が好きで、お互いに同じ人を好きなことを知っている。
一年の冬、二人は同時に、同じ人を好きになった。
不思議なもので、二人の間には軋轢が生じるどころか、一緒に出掛けることも少なくない関係になった。
彼女がボギーに厳しく当たるのも、彼のことを想ってのことだと閣下は知っている。…馬鹿なボギーは、それに少しも気付いていないけれど。
「自分で送らなかったら、あいが送るから。」
だから、彼女に彼をみすみす譲るような行為はしないが、友達として傷心を癒やしたい気持ちは当然ある。余計なお世話だろうと関係ない。きっと彼女は、彼に関する何かが欲しかったのだ。だから、例えば『リアルでオリジナリティのある漫画の資料』とか言って、彼の猫の写真を貰おうとしたのだろう。その中に彼が写っている写真が混ざっていてもおかしくないし、それで彼の気持ちが彼女に向くような、塩を送る行為でもない。
「ほら、今目の前で、送って。大丈夫。間違えて選んじゃった感じで一緒に送ればキモくはないから。」
「……分かったよ。」
最大の問題点だったのは、閣下が写真を送るのでは意味がないこと。むしろ喧嘩売ってるとしか思えない。
無事にボギーが、彼の顔もばっちり写ったものが混ざった大量の猫の写真を送信したことを確認し、閣下は安堵のため息を吐くのだった。
「…どんだけ近くに居たって、それが心の距離とイコールとは限らないんだよ、師匠。」
聞き取れないほど小さく何かをつぶやいて目を閉ざした閣下を見て、ボギーは炭酸を買いに、そっと部室を出た。