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放課後の小悪魔  作者: 凧花
2/29

小悪魔の宿泊

「おいブギー、今日はおばさまに手土産を買っていきたいんだが。」

「残念ながら俺は音楽に疎い。…母さんはお前が来るだけで大喜びだろうし、今更要らんと思うけど。」

「おまえはそういう所がダメ。こういうのは礼儀だ。親しき……あれだ。」

「弁えてるんだったら人の家に押しかけたりはしない。」

「ちゃんと家主の許可は取ったろ?」

「家主が良けりゃいいは礼儀がなってねぇよ…。」

「…?おまえの家に今おじさまは居ないでしょ?だったら問題ないはず」

「お!!れ!!俺はどこいったんだよ俺んちだぞ俺んち!!」

「あ、あれなんてどう?」


叫びたくなる衝動を、ここは商店街のど真ん中だ、と自制し、なんとか飲み込むボギー。今ボギーの家には彼と母の二人だけで住んでおり、父は各県をひっきりなしに飛び回っている。家に帰ってくるのは年に数回程度だが、母とは毎日ビデオ通話で会話をしており、引くほど仲がいい。


「まぁ食いもんだったらなんでも……って、おい閣下、その手に持っている物はなんだ。」


商店街には多くの店々が窮屈そうに並び、地面に座り込んでシートによく分からいものを陳列している人もそれなりに見かける。商店街というより市場と表現するべきか。そんな露店の一つ、様々な彫刻を売っているその前に、閣下はしゃがみ込んでいる。


「おまえは犯人を追い詰めた刑事ごっこでもしてるのか?」

「大人しくそいつを元に戻して、頭の後ろで手を組め。」

「お巡りさん変態が」

「俺が悪かったから一旦それを戻してください。」


追い詰めた犯人によもや警察を呼ばれそうになっていた奇妙な現場を、閣下の手に握られた不気味な顔の彫り物だけが目撃していた。


「……むぅ、いいと思ったんだけど…。」

「そういうのは前にもあげてただろ。ほら、母さんも多分、食べ物のほうが嬉しいって。」

「でも…。」


眉をハの字に曲げ、閣下は”おばさま”とのやり取りを見せてくる。



―――――


『何か買っていきます!何がいいですか!?』 17:35 既読


『う~ん、そうね…。』 17:37 

『あ、ちょっと待ってね。』 17:37

『えっとね、卵と牛乳…あと砂糖も少し心許ないからお願いね。』 17:40


『わ、分かりました…』(困り顔の少女のスタンプ) 17:40 既読

『その、おばさまが食べたいものとかは、ありませんか…?』 17:41 既読


『トーテムポール』 17:45


―――――



何度目をこすっても、ボギーの母親がインディアンの伝統的な彫刻物を喰らいたい欲望に駆られている事実は揺るがない。


「ね?」

「俺が悪かった。認めたくないが、俺の母親はもう手遅れのようだ。」

「まだ諦めるには早い。これを口にすれば、抑えられなくなった衝動はきっと治まる…。」


ひしっ、と不気味な彫刻を握りしめる閣下。


「で、本心は?」

「おばさま病院行った方がいいんじゃないのか?」

「普通の状況なら俺は怒るべきセリフだが、こればっかりは否定できん。……まず流るように買い出しを頼んでる時点でだいぶやばいだろ(うち)の母さん。」

「気づいてしまわれたか。」


手に持っていた彫刻を、用済みとばかりにぽい、と元の場所へ戻し、二人は仕方なく帰り道から少し外れたスーパーへと足を運ぶ。不気味に笑う彫刻が、心なしか涙を流しているように見えた。



***



「あ、お帰りなさーい!!ちゃんとゆるふわエンジェルちゃんも一緒ね!!」

「きゃーおばさま昨日ぶりですー!!」


閣下の言葉から分かる通り、彼女はもはやこの家で暮らしていると言っても過言ではない。着替えなどはとうの昔に大量に運び込まれており、帰り際の宿泊許可を求める会話は、他の部でいう『お疲れさまでした』と同じだ。

ボギーにとって唯一の頼みの綱であった閣下の家族も、一年の六月、初めて家に来た時から何故か全力で許可してくれているためもう使えない。別に彼女のことを疎ましく思っている訳でもないようで、むしろ閣下の父なんかは、毎日一時間ごとに閣下へメッセージを飛ばしている。その全てが既読スルーされ、アプリアイコンの右上の数字を肥やすだけの悲しい末路を辿っていることについては、知らぬが仏だろう。


「トーテムポール。」


ボギーはキャッキャウフフしている母親へ向けて、呪文の如く言い放った。


「ル、ル~…?ちょっとギーくん、しりとりで”る”ばかり回す人は将来禿げるってお母さん教えたでしょ?」

「間違ってもトーテムポールを食いたいなんて言う大人にはならんわ!」

「なんの話よ、そんなもの食べたがる人なんて……あの人くらいなものよ?」


ボギー母の言う”あの人”とは、ずばりボギー父のことである。


「『父さん、失望しました。』……っと。」

「まぁ冗談は置いておいて、」

「『やっぱりなんでもない。仕事頑張って。』」

「あら、あの人から泣きわめくぶっさいくな柴犬のスタンプが死ぬほど送られてきたわ…。えっと、『うるさい、お小遣い減らすわよ!』…っと…。で、ギーくん何の話だっけ?」

「家族の談笑に割り込むほど野暮じゃないけど、一言だけ言わせてほしい。」

「おいおい閣下、どうしたそんなに改まって。」

「そうよエンジェルちゃん!私たちの仲じゃない!」

「では、遠慮なく。…おじさんが可哀想だとは思わないの!?あと『小遣い減らす』は冗談にしてもキツすぎますよ!?」


閣下が珍しくツッコミに回らざるを得ない地獄の中に、「お前が言うな」という天の声が虚しく響いた。そしてまた一つ、閣下のメッセージアプリアイコンの右上の数字が増えたのであった。



***



毎日綺麗に並べられている食卓を、今日もボギー、閣下、ボギー母の三人が囲んで手を合わせ、一斉に「いただきます」をする。食事が進む最中、件のトーテムポールについての話になった。


「…なるほど、そういうことだったんですね!」

「私としたことが、送信先を間違えちゃうなんて。うっかりさん☆」


十年以上前ですら古いと言われていた幻のすっとぼけ、『てへぺろ』の表情を器用に顔に貼り付ける母親を、ボギーは直視できなかった。


「メッセージアプリ上でのクイズキャンペーンなんて、あいは知りませんでしたよ。」

「主婦ってそういうものにはなんでも飛びつくものなのよ。」

「でも、トーテムポールなんて答える問題って、一体どんなものだったんですか?」

「えー……っと、これこれ。うんとね、

『海外旅行のお土産の定番と言えば!? A:トーテムポール B:貝殻ビキニ』」


口にしていた白味噌の味噌汁を危うく吹き出しそうになるボギー。なんとかむせる程度に抑えた代償に、鼻の奥がつんとする。


「おいおまえ汚いぞ。」

「ゲホ、…そんなこと言ったって、んんっ、…なんだその意味わからん選択肢は。」

「ちなみに私の回答は『東京ばななん』よ。」


海外旅行のお土産に、地元の有名なお菓子を所望するボギー母を想像した閣下は、味噌汁を吹き出した。


「うわ汚ね!!人のこと言えないじゃねぇか!!」

「うぐ……んっ、げほっ、げほっ……。うるさい…げほっ…、はぁ、さすがに反則でしょ今のは……。」

「だって、仕方ないじゃない。ホントはこれ、エンジェルちゃんに返信したつもりだったんだから。」


ほら~、と画面を見せつけるボギー母。


「ん?母さん、それほんとに『東京ばななん』って答えたのか?」


ボギーの位置からではスマホの画面がよく見えない。が、明らかに母の回答が『東京ばななん』以外の文字列に見えた。


「え?………あら、私『5000円』って答えてるわ。」


食事中という笑ってはまずい状況だが、そういう時こそ笑いの沸点は低くなってしまうもの。どれだけしょうもないことでも、笑ってしまうのは仕方がない。

さらに先の回答のこともあり、海外旅行の土産に、地元のお菓子と現ナマを要求するボギー母の姿を想像してしまった閣下は、必死に口を抑えて机に頭を打ち付けている。

ボギーには、何が面白いのかさっぱりだった。


「んっ……ぶ、んーーー!!!んんんぶふっ……。」


少し手の隙間から何かがこぼれているのを、ボギーは見て見ぬふりをして、首をかしげる母を追及する。


「まさかとは思うけど、さらに別の人と同じタイミングでやり取りしてたの?」

「う~ん……、あ、分かったわ!………これよこれ!」



―――――


『なぁ、その…今月のお小遣いはいくらなんだい?』 17:01


『東京ばななん!』 17:42 既読


『(驚愕の表情を浮かべる柴犬のスタンプ)』 17:44 

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 17:44


『なぁ、ギーくんがついに反抗期に…』 18:50

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 18:50

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 18:50

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 18:50

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 18:51


『うるさい、お小遣い減らすわよ!』 18:52 既読


『東京ばななんよりも下があるのかい!?』 18:52

『(泣きじゃくる柴犬のスタンプ)』 18:53


―――――



「………母さん。」

「はい。」

「今すぐ謝ろう。通話で。」

「はい。」


キッチンの流し台でむせ返っている閣下と、横向きのスマホに向かって謝罪会見の如く頭を下げる母親を見て、ボギーは今日一番のため息をついた。そして、母が何も間違えていなかったとしても、一か月を五千円で乗り切れと命じられていたであろう父のことを想像し、心の中で涙ながらに応援するのだった。



***



シャワーを終え、自室のベッドにダイブしたボギーは、万里香から与えられた指令について思案していた。去年一年を通して、フリクリ部が部としてなにか作品を作ったりしたことは、一度も無かった。強いて言えば、ちんけな人間関係ぐらいは作り上げただろうか。


「つってもなぁ…。」


仰向けにごろんと寝返り、スマホを確認する。時刻が表示されている下に、メッセージアプリの通知が来ている。


『フリクリ部 万里香:ラスク コロス』


明日、その灯が消えることが予想される閣下へ向けて、短い黙祷を捧げるボギー。心なしか鍵をかけた部屋のドアから、どんどんと叩く音と泣きそうな少女の声が聞こえる気がするが、きっと空耳だろう。


『閣下:HELP!(号泣する少女のスタンプ)』

『閣下:HELP!(号泣する少女のスタンプ)』

『閣下:HELP!(号泣する少女のスタンプ)』



スマホの画面に、現在進行形で大量の通知が表示され、流れていく。このままでは、夜中まで鳴り止まない騒音に悩まされることを、これまでの付き合いでボギーは把握していた。重い腰を上げてドアを開錠すると、一瞬のうちに風呂上がりの閣下が転がり込んできた。


パジャマ姿で瞳を潤ませる少女は髪を綺麗に乾かした後で、昼間とは全く違う印象を与えるサラサラストレートヘアへと変身していた。髪を巻いている状態だと垢抜けて大人びた印象も与える少女だが、今の姿は高校生にはとても見えず、あどけなさが前面に押し出されており非常に悪いことをしている気分になる。


「ううぅ…どうしようボギー……。」

「んっ……いや、俺にはどうしようも…」

「ボギー……?」


こういう時だけ調子が良すぎる、この女。ボギーは必死に少女の上目遣いから目を背け、抵抗する。ちゃんとボギーと呼んでくれた程度で揺らぐほど、俺のハートはやわじゃないぞ、と。


「うぅぅ……。」


抵抗……。


「(きらっきらの上目遣い)」


ぐらり。少年のいたいけなハートは、容易く揺らいでしまうのであった。


「………あぁ、分かった分かった!明日俺も一緒に謝りに行くから、それでいいんだろ?」

「うん!」


るんるんと髪を泳がせながら、彼女に半永久的に貸し出されている部屋へと戻って行く。数分後、スマホの画面を見たボギーは、ため息交じりに呟くのだった。


「……小悪魔め………。」


―――――


『フリクリ部 閣下:ごめんなさい明日ちゃんと謝りに行きます!』

『フリクリ部 閣下:ボギーと!』


―――――


挿絵(By みてみん)



おまけの挿絵は、泣きじゃくる柴犬のスタンプです。

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