戦闘前の小悪魔
『…ダメ、そんなこと…。』
『閣下、俺は…お前のことが……』
『きゃ………。』
『閣下………いや、○○……。』
『……へ?』
『……○○……。』
『ちょ、ちょっとボギー…?』
『……今日から俺、お前のこと、○○って…』
『ね、ねぇ!ちゃんと名前呼んでよーーっ!?」
がばりと空に両手を掲げて、閣下は夢の花園から現実へと引き戻される。
「………う、うおぉぉぉぉぉぉぁああ………。」
今まで見たことの無いレベルでリアルというか、生々しい内容の幻想を見てしまった閣下は、寝る前と同じくらいに顔を真っ赤に染め、悶えていた。
「……やばいやばい、わたし、あんなことやこんなことを……」
「例えばどんなの?」
「えーっ、そんなの言えるわけないじゃないですかー!」
「でもでも、おばさん気になっちゃうわ!」
「やーんもう、ちょっとだけってきゃぁああああああああ!?!?」
赤信号は青信号に早変わり。しかし、通行人である妄想を素直に通してしまったら最後、閣下の羞恥心が交通事故を起こして機能停止してしまう。
「もー、そんなに叫ばなくてもいいじゃないの。おはようエンジェルちゃん♡」
「………おはようございます……。あの、わたし何か言ってましたか?」
「何かって…別に、『名前呼んでよーっやんやん♡』なんて聞いてないわよ?」
「……おばさん、今までお世話になりました…。」
「エンジェルちゃん…?」
「わたしはもうだめです。こんな欲にまみれた女なんて誰も好いてはくれません。」
「ちょ、ちょっと?やだ、こんなにダメージ受けるなんて思わなかったわ…。ギーくーん?閣下ちゃんが真っ白に燃え尽きちゃったんだけど、どうにかしてちょうだーーい!!」
今日も朝から、ボギー家は騒がしく幕を開けたのだった。
***
「……おばさんから何も聞いてないよね…?」
「ん?俺はお前が、『生まれ変わったら河の水によってめちゃ綺麗に削られた、石の中の石になりたい…』って呟いてたことしか知らんぞ。」
「それはそれで忘れてほしいけど…。」
いつもと変わらぬ二人での登校中、ひとまず最悪の事態は回避できた閣下は、帰宅後に改めてボギー母と密会を行わねばなるまいと強く思った。あの人は優しいし、いつも気にかけてくれるし、感謝してもしきれないが、時折踏み込まれたくない場所まで鼻歌交じりにスキップで入ってくる。その辺りからも、やはりボギーとは親子なんだなと閣下は実感していたりするのだ。
「…あ、そういえば紡義さんの話…。」
「あー、あれな。閣下には…まぁバレてそうだけど、友人に調べてもらったから大体のことは俺も把握してる。」
「…だよね。知ってた。」
「悪いな。でも、紡義本人があの事件についてどう思っているのか、それを知ってるのは閣下と…多分マリセンくらいだろうな。」
「紡義さん自身の……。」
「だから、なんとなくマリセンの頼みってのは理解できた。…でも、それをあいつは望んでいるのか?」
「紡義さんが、それを?」
ボギーは頷く。
「俺が閣下に無理をしてほしくないように、あいつも誰かに指摘されるのは望んでいないんじゃないかってことさ。」
「…なるほど。」
本人の望まない気遣いが迷惑という言葉に置き換わることを、閣下は学んだばかりだ。
「じゃあどうするの?このままだと、パリィと紡義さんの関係が…。」
「俺はあいつの攻撃をそううまくは受け流せないぞ。…だけど、もう対抗策はある。」
「……やっぱりわたしの力なんていらないじゃない。」
「いや、この方法を取るには、閣下の力が必要不可欠だ。」
「あ……そうなの…ふふっ。」
ボギーのプランは、結局のところ紡義が救済を望んでいようがいまいが、変わらない。閣下には救済なんて不要だ。必要なのは、もっと別のもの。
「俺なんかにうつつを抜かしてちゃ、本当の意味で閣下の力にはなれない。それを教えてやるよ。」
友人から得た情報と、昨日部活を休んで手に入れた、紡義と戦うための材料。最後に万里香に確認さえ取れれば、あとはなるようになるだけ。
フリクリ部にボギーの居場所を作り、閣下への要らない救済を排除し、…上手くいけば紡義も変われるかもしれない。そんな作戦だ。




