「虚構」と「現実」
「なぁ、今更だけど。どうして他の連中はお前と仲が悪いんだ?」
今日は珍しく、アイと二人きりだったので今まで気になっていたことを聞いてみた。ちなみにこいつは部屋に入って来るなり腹が減ったと騒いだので、今は俺のどら焼きを頬張っている。
「キミ、いきなり失礼だな。別に仲が悪いってことはないさ。少なくとも私は嫌ってはいない」
少しムッとしたような様子でアイは答える。まぁ、こいつは人の好き嫌いとかあんまり無いだろうしな。とっつきにくいし、面倒くさい奴ではあるが話せばそれなりに良い人間だということは分かる。けど、そこまでのハードルが高いんだよなぁ。
「そうか? でも織姫なんかお前のこと、めちゃくちゃ嫌ってないか。それにエルも何か避けているみたいだし」
織姫なんてゴミを見るように目でお前を見ている時あるぞ。織姫自体、思い込みが激しいタイプではあるからアイだけが悪いってことは無いんだろうが。
その点、エルはどうなんだろうな? あいつはへっぽこに見えて意外と抜け目ないやつだし。
「顕著なのはその二人だけだろう?」
「三人のうち二人に嫌われていたら、だけってことは無いと思うけどな」
まぁ、ユウだけはお前に対してそういう感情を持っていないことは分かる。というか、あいつは基本的に誰にでも当たりがいい。一線を引いているだけのような気もしないではないが。
「まぁ、人間誰しも得意不得意があるからね。好き嫌いがあるのは仕方ないさ。別にそれで困っている訳でもない」
こいつもこいつで変に達観しちまっているよな。普通、仲良くしてた方がいいに決まっているのに。しょうがない、この俺が人肌脱いでやることにするか。
「ちなみに原因はあるのか? どうせお前が何かしたんだろうけど」
「ハハ。信頼されていないな。確かに心当たりがないわけではないけどね。でも、悪意は一切無いんだけどなぁ」
「やっぱりお前が原因なのかよ! ・・・俺から許してもらうように頼んでやろうか?」
エルも織姫も、悪い奴らではない。謝って理由を説明しさえすれば納得してくれるはずだ。まして、アイには悪意が無いのだから。・・・本当かどうかは怪しいが。
「なに、気にすることはない。むしろ、キミに謝らせた方が色々揉めそうだ。特にあの脳内ピンク娘にはね」
脳内ピンク娘、・・・あぁ織姫のことか。それ、本人には言わないでくれよ。絶対に揉めるのが目に見えるから。
けれど。本人がそう言っているんだ。俺が出しゃばるのはおかしい話だな。
「お前が気にしないなら別にいいけどな。あんまり雰囲気を悪くするなよ。俺の居心地が悪くなる」
「あぁ、心掛けるようにするよ」
ぜひ、そうしてくれると助かるよ。この間なんて、エルと織姫が暴れたせいで全然休めなかったからな。一応、ここは俺の家なんだから家主の意向には従ってほしいもんだよ。
「ところでハルキ。ひとついいかな?」
「なんだ藪からスティックに」
「キミはどこのルーさんだよ。まぁいい、それよりも新しいお客さんがくるみたいだよ」
新しいお客、それが意味することは一つ。厄介事が増えるということだ。思えば、家も知らない間に大所帯になってきたな。
「はぁ、またかよ。いい加減、打ち止めにしてほしいんだけどな」
「いいじゃないか? どうせ、私たち以外に友人と呼べるような人間なんていないいんだから」
「お前、サラッと酷いこと言うよな!? 俺にも友達くらいいるからな。・・・3人くらいはな」
噓じゃないぞ。それに地元に帰れば多少はいるし・・・。
それに口には出さないけど、アイも絶対に友達いないタイプだろ。まぁ、本人はどうでもいいと思ってそうな気もするが。
「普通、友人って数えるものじゃないと思うが? まぁいい、とにかく出迎えの準備でもしてあげるといい」
出迎えの準備ねぇ。とりあえずお茶菓子でも出して置くか。と言っても、アイに出しているどら焼きしかないわけだけど。後は、封を開けていないお茶があるからそれも出して置くか。
「で、いつ来るんだ?」
「大分落ち着いているね」
「流石にもう慣れたよ。お前を含めて4人も経験しちまったからな」
そんなこんなで数分が過ぎたころ、いつもと変わらず押入れの扉がガタガタと揺れ出す。というか押入れがこいつらの出入り口になっているせいで収納の役目を全く果たせていないんだが。
それはさておき、今回はどんなやつが来るのかな? とりあえず礼儀正しい子だったらいいけどな。
ガタっと扉が開かれる。
「・・・ここは??」
現れたのは・・・子供? 見た感じ男か女か判別のできない中性的な顔立ちだ、ただどことなく気品は感じられる。体系も細見というか、少しやせ気味か。着ている服から、こっちと文化はそう変わらなそうではあるが。それと目を引くのが青い瞳だ。当の本人はその目でキョロキョロとあたりを見まわしているが。まぁ、いきなりこんな状況に陥ったら困惑するよな。
先ずは俺が緊張をほぐしてやるとするかね。
「ようこそ。初めましてになるね。私の名前はーーーー。まぁ聞き取れないだろうからアイと呼んでくれ」
って、家主を差し置いてお前が挨拶するなよ。お前の家みたいになるじゃないか。
しょうがない、出鼻をくじかれたが俺も挨拶するとしようか。
「俺はハルキ。一応、ここの家主だ。ところで君の名前は?」
「えと、その」
「おっと一旦落ち着こうか。ほら、これでも食べてみるといい」
そう言うとアイは少年?にどら焼きを差しだす。なんだ、こいつ子供には優しいんだな。意外な一面も知れたところで改めて聞いてみようか。
「どうだ、落ち着いたか?」
「は、はい。あの、これすっごく美味しいです! ・・・そのお金とか持っていないんですけど大丈夫ですか?」
「お金のことなら気にしなくてもいい。全部この男の善意さ」
別にどら焼きはどうでもいいが、お前は少しは考えてくれよ。お前らの食費は結構な負担なんだからな。
ちなみに少年?はアイの言葉を聞いてキラキラした目で俺を見つめる。
「もしかして・・・神様?」
「違う、違う」
どうやら、壮大な勘違いをしているようなのでしっかりと否定しておかないと。ちなみに横のアイは袖で口を隠して爆笑していた。
「いきなりで戸惑うかもしれないが、軽く説明すると・・・」
今までと同じようにアイが少年?にここが異世界であることや、押入れが世界を繋げていることなどを伝える。
毎度思うが、どうしてこいつこんなに詳しいんだ? それに説明を受ける側も毎回納得したいるし。こいつもしかして、結構頭いいのか。
「へーそうなんですね。神様のお家にいつでも遊びに来れるようになったんだ」
「いつでもという訳ではないけどね。世界が繋がった時だけさ。一度繋がれば基本的にしばらくは持つ。それに消えそうな時は目で分かるから安心していい。そしえもう一つ。世界が繋がっている間は元の世界での時間は止まったままだ。つまりはこちらでいくら過ごしても問題無いわけだ」
改めて考えると意味不明だよな。いや、世界が繋がっている時点でそうなんだけどさ。時間が止まる意味が分からない。仮に元の世界から大人数で押しかけて、何人かだけが戻った場合はどうなるんだ? 時間は止まったままなんだろうか。
「スゴイです! また遊びにきてもいいですか?」
「あぁ。けどこれは私から一つ条件がある」
「条件ですか?」
「そう。決してこのことを他言しないでほしい。君が来るだけならいいが、他の人が来ればトラブルの元になるからね。基本的に世界の繋がっている場所は君しか知らないような場所な筈だ」
「・・・分かりました。約束します! だから神様、そして女官さん。また来させてくださいね」
なぜか、ナチュラルに神様呼びになっているな。それと女官って(笑)。まぁ、アイより上の立場に見られるのは気分がいい。一方のアイの顔はちょっと引きつっているけどな。
とその時、ガタガタと押し入れが揺れる。こんな時間にまた誰か来たのか。
「ハルキさーん、今日のご飯はなんですか?? ってアイちゃんもいるんだー。それと・・・新人さん?」
やってきたのはユウだった。相変わらず食い意地が張っているな。開口一番がこれだもん。
「おぉユウ。今日は新しいお客さんがきたんだよ。・・・そういえば名前は聞いてなかったな」
「はい。えと、僕の名前はーーーです」
「やっぱり、名前は分からないなぁ」
「えぇ、どうして」
「なぜか、ここでは名前が通じないんだよ。それ以外の言葉は伝わるんだけどな」
とりあえず、ここは俺がいつものように名前を付けるか。そうだなぁ? 青い瞳が特徴だしブルー? ブルーアイズ? やばいなホワイトドラゴンしか出てこなくなっちまう。
そうだ、これならどうだ。
「お前はシャムだ。少なくともここにいる間はそう呼ばせてもらう」
「えぇ!?」
「相変わらずあだ名付けるの好きですねハルキさん」
「この男は初めてあった時から私のことをあだ名でよんでいたからな」
そこうるさいぞ。大体、名前が聞き取れないんだから仕方ないじゃないか。文句あるなら数字で呼ぶぞ。
「・・・分かりました。神様が名付けてくれたんです。僕のことはシャムと呼んでください」
それに本人は納得しているじゃないか。まぁ、納得の仕方が何か違うような気もするけど。
「とりあえず、一旦僕は帰りますね。またよろしくお願いします!」
「えらく急だな。もうちょっとゆっくりしていけばいいじゃないか」
「いえ、忘れないうちにやらなきゃいけないことがあるんです」
なら、仕方ないか。時間が止まっていようと、記憶まで守られている訳ではないからな。
こうしてそそくさと少年?もといシャムは帰っていった。あ、そういえば男か女か聞くのを忘れていたな。まぁ、次でもいいか。
「よかったじゃないかハルキ。礼儀正しそうな子で」
アイは感心したようにシャムが帰っていったの見送って話しかけてきた。
「あぁそうだな。お前とはえらい違いだよ」
少しは見習ってほしいもんだ。
「ユウもそう思うだろ?」
そう呟いて、ユウの方を振り返る。するとその時。
ザワリ、はっきりとした悪寒を感じることができた。最も一瞬でそれは収まりはしたが。そしておもむろにユウが口を開く。
「ハハハ、すいませんー。ハルキさんに殺気を当てちゃいました」
よかった、いつものユウだ。てっきり襲われるのかと思ったよ。
「いや、別にいいが。でも、めちゃくちゃ怖かったぞ」
「んーですよね。でもあの新しい子は全く反応しなかったんですよ」
え、あの悪寒に?
「単に気を遣ってたんじゃないかい? 性格のよさそうな子だったからね」
アイはそう言うが、どうにも俺にはそうは思えなかった。もっと深い理由があるはずだ。
「まぁ、アイちゃんの言う通りかもしれないけど。ただ、あの程度の殺気は死が身近な生活をしていれば気にしない程度のものだしね。もしかしたらあの子もそうなのかなぁって。それか反応して墓穴が出るのを恐れたのかもしれないね」
それだけ言うとユウはしばらく口を閉じる。なぜか、俺もアイもつられて黙り込んでしまう。そして数十秒の後、何か閃いたかのようにユウがポンと手を叩く。
「ハルキさん、しばらく私ここに泊りますね!」