「わたし」と「あなた」
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6畳の1K、一人暮らしをするにはまぁ十分だろう。実際に俺も初めての一人暮らしで、この物件に住むことになったが概ね満足している。駅もコンビニもそれなりに近いからな。
ただ、それはあくまで普通に暮らす場合だ。今の俺みたいな状況だと少し手狭に感じるのはしょうがない。
今、この部屋には俺も含めて3人の人間がいる。まぁ、これでも少ない方だ。多いときはもっといるからな。個人的には3人くらいは全然許容範囲ではある。
「人間が死を恐れるのって変だと思わないかい? だって死を経験した人間なんていないんだよ。それが恐ろしいことだなんて分からないじゃないか」
その3人のうちの一人であるアイが、いつものように突拍子もないことを言い始める。声量の割には、よく通るその声はある種のカリスマ性をも感じさせるものだ。最も肌の白く線の細いその姿からは、そんなものを微塵も感じさせないのだが。
それはさておき、アイの言っていることも考えてみれば一理あるかもしれない。人間、ほとんどのことは経験して覚えるものだからな。
「いや、死ぬのは辛いよー。何回か生き返ったりしてるけど、出来るなら経験したくはないなぁ」
なんて考えていると、平坦で感情のこもっていない返答が帰ってくる。なんと、ここに死んだことがある人間がいるらしい。おまけに何度も生き返っているとか。声色こそ明るいが淡々と話す様子から、ユウにとって死は珍しくないことが窺い知れる。
というか、神龍だって一度しか生き返らせてくれないのに、お前は何回生き返っているんだよ。まぁ、実際には神龍の方も色々理由をつけて何度も生き返らせてはいるが。
「ちなみに死ぬっていうのはどういう感覚なんだい。意識を失うのとは違うのかな」
「うーん、私が死ぬときって基本的に全身がボロボロになっているからなぁ。死ぬのが辛いっていうのもその痛みのせいもあるしねー」
こいつ、よくそう言うことをさらっと言うよな。まぁ、ユウは一応勇者みたいなものらしいからな。何でも世界を救うために戦っているとか。見た目からは想像できないが本気を出せば数える間もなく俺を肉塊にできるらしい。ちなみに、その時は何故か物凄い笑顔だったことを追記しておく。
「なるほど、なるほど。だったら、生き返る時はどうだい?」
「生き返る時は、朝に目を覚ますのと同じ感じかな。起きた後に不快になるときはあるけど。今では慣れたけど、最初のうちは吐いてたりもしてたからねー」
何だかこれ以上、この話を聞いていると間違いなく気分が落ち込みそうだ。ちょうど、腹も減ったことだし話題を代えさせてもらうとするか。
「お前らなぁ、今から食事だってのに物騒な話するんじゃねぇよ」
「いやぁ申し訳ない、細かいことが気になってしまうのが私の悪い癖でね」
「ところで今日のご飯は何ですかー?」
この2人は分かりやすく飯に釣られてくれるから非常にやりやすい。とくにユウの方は、さっきまでの淡々とした様子からは一変してテンションが上がっている。何でもユウの世界は元々の食事環境が悪いらしく、普段から何でも喜んで平らげていく。
「ん、今日はインスタントラーメンだ。一人暮らしにはこいつは欠かせないからな、楽に作れるし」
ちなみに俺はイ〇メンのちゃんぽん麵が好きだ。今日のはどこぞのスーパーの激安PB品だけどな。とはいえ最低限の味の保障はされているし普通に上手い。
「なんだ手抜きかい? 感心しないなぁ、どうせ暇なんだろうからもっと私たちを気遣ってほしいね」
相変わらずワガママなやつだ。大体、そんなこと言いつつ何でも喜んで食べるくせに。なまじ、付き合いが長くなったせいで変に遠慮しなくなったなこいつ。いや、よく考えれば最初から遠慮なんてしていなかったな。
「あたしは、ラーメン好きですよー。ハルキさん、あたしのには卵入れてください。それと麵は2つ」
それに比べて、ユウは非常に扱い・・・いや、素直でいい。もう、卵くらいいくらでもサービスしてやるさ。
「なら、アイはラーメン無しな。よかったなユウ、アイの分も食べられるぞ」
「えぇー!?。それは無いだろう」
心底驚いた様子でアイは素っ頓狂な声を上げる。ふ、いつも面倒で流していたが偶には反撃もしてやらないとな。恐らく、いや確実にこいつは調子に乗るタイプだし。
「やったー!」
一方のアイは素直に喜んでいる。うん、やっぱりこうじゃないとな。手の掛かる子ほど可愛いなんて世間では言われているが、俺は素直な子の方が好きだ。
「だって、手抜きは嫌なんだろ?」
「いや、そうだ思い出した。実は私、ラーメンが大好きだったんだ。うん、だから食べる、食べさせてくれ」
まぁ、こうなることは予想できていたがな。というか、そこまで必死になるなら最初から余計なことを言わなきゃいいのに。
「アイちゃんも最初から素直になればいいのにー。あ、そういえばハルキさんって私たちの中で一番最初にアイちゃんと会ったんですよね。その時ってどんな感じだったんですかー?」
アイと初めて会った時かぁ。確かあの日は・・・
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「君は愛について考えたことはあるかい?」
「いや、え。あんた、どこから来たんだ?」
夜、家に帰って飯を食おうとすると突然背後から声を掛けられた。テレビを付けていなければ間違いなく叫んでいただろう。周りに音があったからこそ平静を保つことができた。とはいえ、この時ばかりは叫ぶ方が正解だったかもしれない。
恐る恐る後ろを振り返るとそこには、ダボダボの服に明るい茶色の髪をぼさぼさにした女が立っていた。女とはいったが年齢的には少女と言えるかもしれない。
「なんだ、連れない反応だなぁ。まぁいい、どこからと言われるとそこの押入れからだけど」
「何、言ってんだよ。そんなバカな事あるーーー。えぇー!? なんか俺の押入れが不思議空間になっちゃってるんだけど」
例えるなら、の〇太くんの引き出しみたいな感じだ。ってことは、こいつドラ〇もんなの? の割には、えらくスタイリッシュな感じだけど。もしかして、猫型ロボットじゃ受けないから美少女型ロボットに切り替えたのか。確かにそっちの方が需要はありそうだし。
「なぁ、ドラ〇もん。もしかしてお前は俺の未来を変えに来たのか?」
「ドラ〇もん、なんだそれは? 私はそんな珍奇な名前じゃない。大体、青くもなければあんな寸詰まりでもないだろう。それに私は何といっても可愛いからね」
絶対こいつ、ドラ〇もんのこと知っているだろ。知らないやつがそんなに具体的な姿を言い当てることができる訳ない。それと、最後の可愛いアピールは絶対に要らない。確かに、可愛い顔はしているけれど。
「まぁいい。じゃあ、お前の名前は?」
「はぁー。レディに対するマナーがなっていないね。名乗る時は男からだよ」
見知らぬ家に侵入するような奴にマナーを説かれるとは思わなかったよ。まぁいい、口に出すと余計面倒くさくなりそうだからな。
「俺の名前はハルキだ。これでいいだろ」
「そうそうやればできるじゃないか。それじゃあ私も名乗らせてもらうよ。私は東方の偉大な科学者の卵〇×△×だ!」
妙に自信満々に目の前の女は胸を張って名乗る。
なんだか、妙にさまにはなっているな。ここまで、自信満々だと本当にこいつが凄い奴なんじゃないかと少しは思えるから不思議だ。
まぁ、今はそんなことはいい。もっと大事なことがあるからな。
「すまん、聞き取れなかったもう一度いいか」
女の名前が分からない。完全に日本名じゃないよな・・・、てことは目の前のこいつは外国人か? の割には日本語ペラペラだけどな。
「む、しょうがないな。よーく聞き給えよ。〇×△×だ」
あーダメだ。正直、何言ってるか全然聞き取れん。よし、こうなったらあれしかないな。
「ごめん、やっぱ無理だわ。聞き取れはするけど発音ができん。面倒だからドラ〇もんでいいか?」
「ダメに決まっているだろうが。私が2頭身に縮んだとしてもダメだ」
どうやら、お気に召さないようだ。いいと思うけどなぁドラ〇もん。ただ、秘密道具の使い道でろくなことばかり思い浮かべるようになったのは自分が大人になったからだろうか。
まぁ、それは置いておいて。なら、こんな名前はどうだろうか。
「なら、アイだ。最初に愛云々言っていたからな」
「・・・まぁ、ドラ〇もんよりはましか」
どうやら、渋々ではあるが妥協してくれたようだ。まぁ冷静に考えれば、勝手に名前を付けられて呼ばれるなんて心地良いものではないだろうけど。
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「ざっくり、こんな感じだったよ」
「なんか、一見アイちゃんがおかしい人に見えますけど、冷静に考えるとハルキさんも相当ですよねー。普通、不審者にそんな対応できませんよ。私だったら手が出ると思います」
お前が手を出すとケガで済まない可能性があるけどな。でも、確かに、あの時の俺はどうかしていたかもしれない。きっとあまりのことで、混乱していたんだろう。うん、そうに違いない。
「そうなんだよ。じつはこの男、相当変人なんだ。いやー分かってくれる人間がいてくれてよかったよ。あのバカ女とかは、これを妄信している節があるからね。仲間がいてくれて嬉しいよ」
と、調子に乗ったアイが会話に割り込んできた。あろうことかバンバンとユウの肩を叩いてる。とてもじゃないが俺は怖くてできないね。
「いや、アイちゃんも普通に変人だよ」
まぁ、残念ながらユウの返しでアイは撃沈してしまったわけだが。