プロローグ3
~70年後(20年前)~
号外~!! 号外~!!!
高らかな声と共に配られる新聞に、シア、リリム、リリアの三人は顔を見合わせた。
「号外だって! なんだろう!」
「どっかの国の王子が結婚したとかじゃねぇの?」
「あら、それは目出度いじゃない」
「そんなの、毎回毎回聞き飽きてるっての。200年前からと比べたら、婿養子だの嫁だのって、本家の血筋も大分薄まってるだろ」
「まぁ、純度100%の王家の血って、それもう近親結婚だから子供なんて作れないし、仕方無いんじゃない?」
「もう、お姉ちゃんもシアさんも、夢が無いですよ~!」
「ははっ、悪い悪い」
頬を膨らませるリリアの頬をつつきながら、シアは配られた新聞に目を通す。
リリム、リリアも同様に目を通すと、三人の反応は真逆だった。
「へぇ、遂に魔王が負けを認めて人間に完全降伏したのか」
「魔王様って、凄い方ですけど、人間の勇者ってもっと凄いんですね!!」
「………」
「リリム?」
「ごめんなさい。急用を思い出したの。先に宿へ戻っていてもらえるかしら」
そう言ったリリムは返事も聞かずに元来た道を駆け抜ける。
急な状況に二人は顔を見合わせるが、すぐにリリアはシアの背を押した。
「行って下さい! お姉ちゃんのあんな顔を見たの、初めてなので……」
「けどよ……」
「お姉ちゃん、実は、冒険者をやる前魔王軍の傘下に居たんです。だから、きっと……」
「………。分かった。けど、アイツの場所が分からねぇ……」
「大丈夫です。多分、魔王様とお姉ちゃんが袂を分けた村、そこに居ると思いますから……」
そう言って村の場所を教えたリリアは、シアの背を押して無理に笑顔を見せる。
シアはリリムが居るであろう場所へと走り出した。
なんだって妹は姉の為にあそこまで無理して笑顔で居られるのか。
あの姉妹はいつだって、心が優し過ぎる。
だから、リリムを連れて、リリアの笑顔を今度は無理しないいつもの自然な笑顔に戻したかった。
想像以上に離れていた村に着いた時、そこの村は活気に満ち溢れていた。
思った以上に賑やかで、そしてこの村は地図に載っていない村だ。
100年ほど前に滅んだとされる村、魔王軍の侵攻によって皆殺しにされたとする村。
山岳の村。そして、人ならざる者が人と共存する村。
「おいおい、此処は一体……」
「ここは『名の無い村』または『名を失くした村』。私達魔王軍第74師団が襲撃をし、滅ぼした……とされる村」
「リリム……」
「けど、当時新米で魔王軍参謀部から初の遠征任務で目の当たりにした光景に、私は任務を全う出来なかった。この村を滅ぼせないし、それに、人を傷付けたくも無かった……」
声がする方に振り返れば、2人の人間と魔族の少女が手を繋いでリリムの後ろに付いて来ていた。
魔族は滅ぼすだけの存在と思われていたにも関わらず、そこには完全に共存世界が出来ていた。
別の所を見れば、雑食蚯蚓が畑を耕していたり、一角獣の親子が人間の親子を乗せて運んでいる。
サイクロプスとオークは大工作業をしているし、Sランクの魔物に分類されているデュラハンは子ども達の剣道の稽古をしているように見える。
双頭のケルベロスは城のような大きさの犬小屋で眠っているし、その下では人間の子供も尻尾を布団代わりに眠っていた。
「そんな魔族を集めて出来上がったのが、本来存在しない幻の第74師団。今思えば、74(なし)なんて、センスの無さにも程があるわね」
「それじゃぁ、ここに居るのは全員」
「魔王様に見限られた、元第74師団団員よ」
「そうだったのか……」
「その魔王様も、今じゃもう……。……!!」
「あ、おい! リリム……!」
「貴女~、ちょっと私の店に来ませんか~」
思わず駆けだしたリリムの後を追おうとし、声を掛けようとした矢先、煽情的な服装をした少女がシアに声を掛けた。
「悪い、後にしてくれ!」
「そうはいきませんよ~。折角のお客様ですし~。サービスしますよ?」
「………ッ!!」
まるでリリス、サキュバスの女王たる特Sランクに該当する魔王クラスの危険的存在に、思わず息を呑む。
この村が彼女の能力下にあり、その能力によって平和的な村という幻想が生まれていると言われても疑わないほどには彼女の存在は非常に危険だった。
同じ特Sランクのシア、リリム、リリアの3人が居て倒せるかどうかの存在である。
「悪いが、やっぱり後にしてもらうぜ!」
(夢魔、妖魔の魔法が通じない……。少なくとも、芯だけは強いみたいですね~)
「また今度な!」
自然な流れで断ってリリムの去る方へ走り村を出る。
しかし、走り抜けた先で、そこには先程の少女が木に腰かけていた。
「私からは逃げられませんよ~?」
「ちっ……退け!!! 『一陣一閃』……」
「ここで、剣を抜くのは辞めて頂こう……」
特Sランクであるシアの剣は、いつの間にか隣に居たシャドーナイトの手によって止められていた。
勇者は、こんな化け物クラスを相手にしていたのかと思うと、非常に恐ろしい。
姿は見えないが、特Sランクに相当する魔物が何体も近付いて来ている気配がする。
「ここまでか……?」
「剣を抜かないで頂ければ構いません。団長のご友人に手荒な真似は致しません」
「団長の? あぁ、そっか、第74師団って言ったか」
特Sランクの化け物を束ねる団長……リリムは実は相当な手練れだったのではないか、と思わずには居られない。
けれども、先程までの少女が手を払うと、全員が頭を下げてその場を去った。
間違い無く彼女も、彼等の上の存在。となると、副団長か、逆に師団長より上の方面隊長や軍団長かもしれなかった。
「………。それで、アタシに用って言うのは、リリムのことか?」
「えぇ。師団長でなくなった彼女が、今どのような生活を送っているのか気になりまして~」
「そうかよ。アイツは、ずっと優しいぜ。いつまでも優しく、そして強い。種族間で殺し合いをしていたエルフのアタシの命さえ奪わなかったんだからな」
「そうですか……。でも、貴女はどうですか?」
「……アタシが、なんだってんだよ」
「種族間で殺し合いをしていたダークエルフ、穢れた血、呪われた血、忌み子、そんな彼女を殺す力があったなら、貴女はどうします……?」
その言葉と共に、少女の姿が闇に消える。
それと同時に、リリムが必死の形相で走って来ていた。
「リリム!」
「シ……ア……いや……来ないで……」
「落ち着けよ、リリム! おい!!」
「やめて!! リリアは!? リリアは何処!? お願い、リリアを返して!!!」
「落ち着けリリム!! リリアは宿で待ってる!! お前を連れ戻しに来たんだ!!」
「いや!!! 死にたくない!! 私から、あの子を奪わないで!!!」
まるで会話が通じない、そんな時、背後からエルフが数名走って来るのが見えた。
どうやらリリムを追って来ていたらしく、剣を抜いて二人を囲って来る。
(……こいつ等、妙だな)
リリムは周りのエルフを見て、それからシアに視線を向け、そして剣を抜く。
一定の距離をから近付かないエルフ達だが、リリムは剣を振るい、魔法で近くのエルフを攻撃する。
身軽な動きで躱し、風の魔法で攻撃を返す。
だが、相手は特Sランクのリリム、身近なエルフを捉えて剣を突き刺した。
「ぐっ!?」
「シ……ア……? いや! シア!! シア!!!」
「やっと正気に……戻ったかよ……。馬鹿リリム……」
「喋らないで、今治療するから……!!」
エルフとリリムの間にシアが割り込むと、その腹部に剣が突き刺さる。
それを見て正気に戻ったリリムは必死に回復魔法を使おうとしていた。
とは言え、リリムの回復魔法は超初級魔法、ダークエルフとは相性の悪い白魔法である。
「お願い! 私の命はどうなっても良い、だから、彼女を助けて!!」
「ダークエルフに加担したエルフは同罪。斬れ」
一人のエルフがリリムに剣を突き刺す。だが、肩に剣を受けてその身を貫いても、回復魔法だけは止めずにシアに与え続けて居た。
更にリリムの後ろから剣を振りかざしたエルフに、シアは最期の力を振り絞り、リリムを押し退けた。
その剣はリリムには当たらず、代わりにシアの胸を貫いた。
「シ……ア……」
「悪ぃな、リリム……。アタシ、どうやら死ぬわ。先に、向こうで、待ってる……」
「シア! シア!! お願いシア! 死なないで!! 死なないで!!」
目がかすみ、彼女の心の底からの叫び声も遠くに消える。
こうして、シアは息を引き取った。
それと同時に、リリムもエルフに斬られ、一気に身体を串刺しにされていた。
無意識にお互いが伸ばした手が触れたのは、果たしてお互いの想いが通じたのか。
そっと重なり合った手と手が、彼女達の心の底からの関係性を物語っていた。