プロローグ2
~10年後(90年前)~
大衆酒場の定位置に、短い金髪に露出度の高い衣装を纏ったエルフが頬杖を突きながら酒を飲んでいた。
準Aランク冒険者のシアは、ほんのり頬を朱に染めながら、窓の外を眺めていた。
向かいの席には誰も居ない。だが、布巾が置かれていることから待ち合わせであることは見て取れた。
「よぉ姉ちゃん、一人か? 俺達と呑もうぜ!」
「悪いな、今日は待ち合わせだ」
「連れねぇなぁ。別にリリムも、知らねぇ仲じゃねぇんだから、良いじゃねぇかよ」
「お前等は酒癖悪いからダメなんだよ。アタシは別に気にしねぇけど、リリムに悪いからな。酒癖を直してから出直して来やがれ」
「あいよ。シアだけなら別に良いんだよな?」
「あんま調子乗ってっと、テメェ等も細切れにすんぞ?」
「へいへい、出直して来やすよ」
現Bランク冒険者で、鼻たれだった頃からの付き合いのロブとボブ。
気付けばもう良いおっさんで、時の速さをこの双子を見るたびに感じていた。
「シアお姉様、今日はいらしていたのですね」
「マリアか。お前はいつも此処に居るな」
「酒は百薬の長。一生のお付き合いをさせて頂いております」
嘗て孤児として魔物に襲われていた所を救った女性が声を掛ける。
既に四十年以上の付き合いになり、幼いかった少女も今では『聖女マリア』の異名を持つ、準Sランク冒険者で、まもなく五十代を迎えるために引退を考えて居る時期となっていた。
「にしても、もう慣れたとはいえ、シスター服に濁酒はどうなんだ?」
「会うたびに言われておりますが、聖女といえども人間です。三大欲求には勝てません」
「あん? 三大欲求に酒なんか入ってたか?」
「えぇ。女、酒、金の三大欲求です」
「そりゃ人間をダメにする方の三大欲求じゃねぇか!」
と言って彼女が歩いて来た方向を見れば、シスター服でぐったりしている少女と女性が居た。
彼女達は冒険者ではない純粋なシスターのはずだが、最早シスター服はコスプレと化している。
「神父が見たら、卒倒するな……」
「神父様は教皇様を見て慣れているでしょう」
「……この国の教会は、もうダメかも知れないな」
40年前を思い返して、あの頃は孤児院兼教会の小さな建物だったのに。
今となっては孤児院から『聖女マリア』を筆頭に孤児院を分割且つ複数建てて教会を大きな組織にした冒険者兼神父・修道女を輩出。
……合わせて飲んだくれも排出していた。
「誰を待ち合わせているのか存じ上げませんが、リリム様にも宜しくお伝えください」
「分かってんじゃねぇかよ」
「それでは、これでお暇させていただきます」
そう言ってマリアは少女と女性に肩を貸して歩いて行く。
後ろ姿は完全に運ばれる側のように見えていた。
それと入れ替わるように、銀髪碧眼、褐色肌に上品な服装で着飾ったダークエルフが入って来る。
服装のイメージは完全にシアとは真逆である。
「おーい、こっちだこっち!」
「ごめんなさいシア、待たせたわね」
「一杯だけやっちまったから、お相子だ。何呑む? それか、食うか?」
「その前に、貴女に紹介したい子が居るの」
「紹介したい子?」
そこでリリムの後ろにもう一人少女が隠れていたことに気が付いた。
彼女もまた、リリムと同じ銀色の髪を有しており、身長はリリムより頭一個分小さいくらいだ。
顔が良く似ているが、目の大きさは彼女の方が大きい。
そのため彼女の見た目は幼さが残ってる。勿論、彼女もダークエルフだから、幼いとはいっても何世代分もの生を人間よりは生きているのだが。
「ほら、リリア。ご挨拶なさい」
「無理すんなよ。お前等ダークエルフにとってうち等は天敵みたいなもんだろ。信仰する神の違いと言うか、自分達の境遇に対して恨みつらみもあんだろ。帰るよ。その子の側にアタシは居ない方が良いだろ」
「あ、あの、ごめんなさい! 会いたいって言ったの、私なの……です。気分を害してしまったのであれば、謝ります……。だから、お姉ちゃんを怒らないで下さい……」
「いや、別に怒ってないし、お前がそれで良いなら良いけどよ……」
「ありがとうございます! いつも姉がお世話になっています。リリアって言います。シア先輩のことはいつも姉から聞いていて……」
「やめろよむず痒い。アタシのことは普通にシアで良いよ。それに、お姉ちゃん、なんだろ?」
「あぅ……」
「ところで、リリアって、歳幾つなんだ?」
「今年で143歳になります」
「なんだ、アタシとそんな変わん無いじゃん。アタシは今年で160だからよ」
「160? 意外と離れてるのね」
「そう言えばお前の年齢って聞いた事無かったけど、幾つなんだ?」
「220よ。つまり、私と一緒に産まれた人間の子が還暦を迎えた時に貴女が生まれたわけね」
「結構離れてたんだな……」
エルフとダークエルフは基本的に200歳までは普通の人間と同じような成長の仕方を10年単位で行われる。
つまり、人間の10歳はエルフ達の100歳、20歳は200歳に相当する。
人間の30代の見た目は500歳前後、初老の40~50代は700~800歳。60~70代は1000年を超えている。
「それにしても、なんだって急にアタシに会いたいなんて思ったんだ?」
「エルフ自体には元々興味があったんだけど、一族のそう言った習わしからエルフに会ったら命を狙われるって思ってて中々こう言う機会に巡り合えなかったの。ほら、私達も会った瞬間に殺し合い始めちゃったでしょ?」
「そうだな。つまり、アタシ達みたいな変わり者同士に会う機会がなかったってわけだな」
「変わり者……。そうね、変わり者かも知れないわね。でも、だからこそこうして平和的に友人をやっているわけだから、良いんじゃないかしら」
「はは、違いないな」
「おーい、お前等! そこで突っ立ってると、他の客の邪魔になる! さっさと席に座れ!」
「悪いな店主! 早速スペシャルセット頼むぜ! 今日は出会いに乾杯! お前等もエルフとダークエルフの和平の一旦をその目で見れたんだ! 記念に今日はアタシが奢るぜ!」
「いいえ、私も奢らせてもらうわ! 人間とも和平を結ぶ一旦になれるなら、安い物よ」
「まぁ、俺等人間より稼いでるだろうしな」
「言っちゃ悪いが、この店を買い取れる程には持ってるぜ?」
「やめろよ、俺は絶対に店を売らんからな!」
「分かってるよ。ってことで、今日は無礼講だ! みんな、呑め吞め!!」
店主から次々に酒と料理が運ばれてくる。
こんな光景世界中を探しても恐らくこの場所だけだろう。
夕方から始まったこの宴は夜まで続き、二人が潰れて眠るまで続いたのだった。