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第五章:クリスマス

 朝。目が覚めると妙にすっきりした感覚があった。晴れた冬空はよく遠くまで見渡せた。一年に何回あるかの気持ちがいい日だ。スマホを見る。約束の時間まで三時間近くある。

「棗。朝ごはん食べる?」

 兄貴の声が響く。

「うん! 食べる!」

 ウチも澄んだ声で返した。そして鏡を見て適度に髪を整えた後、リビングに出た。テーブルには二人分のパンとシチュー、そして牛乳が置かれていた。

「父さんと母さんは?」

 兄貴に聞いた。

「お泊まりデートだって。今日は帰ってくるつもりないみたい。書き置きに『ふたりとも仲良くネ!』ってあったよ」

 半ば呆れた声音で話していた。

「あの人たち若いよね。いつまでも二人で遊びに行っちゃってさ」

 こちらも茶々入れる。まるでどこにでもあるかのような兄妹の会話。普段だったら絶対こんな態度を取らない。

「だよね。予定のない俺らの方がむしろ老けて見えるよ」

 そんなウチの様子に兄貴は気にする様子もない。

「残念でしたー! 兄貴と違ってスケジュール埋まってますう! 花の女子高生をなめないでください」

 今日だけは愛想良く、ハキハキと、いい子でいようと決めている。カレンダーには十二月二十四日・クリスマスイブを示していた。ウチの一年で一番好きな日だ。



 街中でジングルベルが響いている。駆け回っているチビッ子、プレゼントを大事に抱えるオジさん、仲良さそうに喋っているカップル。あちこちに華やいだ雰囲気が出ていた。

「ウチ、この空気が好きなんですよ。なんか楽しそうな空気が。この日だけイエス様を身近に感じます!」

 隣にいる人に感想を期待するわけでもなく、話しかけた。

「いいんじゃね? 日本は八百万の国だし。たまにでも呼ばれる方が、神様もうれしいだろ」

 先生はシニカルにフォローしてくれた。濃紺のピーコートにニット帽をかぶり、今日も『大人の男性』を醸し出していた。隣で歩いているウチはそれだけでドキドキしてしまった。

「すみません。こんな日に無理言って付き合わせてしまって」

 ついついペコペコと頭を下げた。


 例により例の如く、予備校で最後の一人の質問タイムまで粘った後、それとなくイヴの予定を聞いた。

『んー。特にねえな。ひとりでケンタッキーでも買おうかと思ってたところだ』

 それを耳にしたが最後、猛プッシュした。ぜひ買い物に付き合ってくださいなんか男性向けのが欲しいのですが自信がなくてぜひ先生のアドバイスをくださいよろしくお願いします。

 側から見れば頭沸いた女子高生が下心ありありで予備校講師を口説いている図にしかならない。脳内の冷静な自分が、

『落ち着け落ち着け』

 と、言いたくなるほどの猪突猛進ぶりである。そんなウチに対して、

『ったく。しょうがねえな』

 と、かったるそうにも見せつつ承諾してくれた。人気のありそうな先生を独占することの罪悪感と、ちっぽけな自尊心を両方いだいた。


 まずは街中のカフェに入って作戦タイム。先生はエスプレッソを、ウチはキャラメルマキアートを飲みつつ、今日の予定について話していた(というよりもウチから説明していた)。

「てえことは、セレクトショップやらブランド店やらを梯子するってことか?」

「そうですそうです。ちょっとした小物を買いたくて」

 事前にWebサイトで調べまくって、めぼらしいショップを何軒かピックアップしていた。どんな感じか今から楽しみにしている面もあった。

「ちなみに誰に贈る予定だ?」

 にやけた笑みで聞いてきた。もっともな質問だが、

「それは後からのお楽しみ! です」

 テキトーにはぐらかした。まさかここで隠されるとは思わなかったのか、先生は何とも言えない表情をした。


 一軒目。おしゃれに気を使ってる男の人だと、一点くらいは持ってそうなセレクトショップに入った。ウチらと同じようなことを考えているのか、店内は満員電車さながらの賑わいを見せていた。

「ひゃあ。大盛況だな」

 この時期のショッピングはあまりしないのか、目をくるくるさせながら見渡していた。

「なかなか歩くの大変ですよね」

 そう口にしつつ、雑貨コーナーへまっすぐと歩いていた。すでに候補の品が決まっているので、足取りに迷いはなかった。そこにはキーホルダーやらネックレスやら腕時計やらちょっとした小物たちが置いてあった。その中でも角の方のエリアに目を向けた。

「携帯灰皿か。悪い友達をお持ちで」

 先生の冷やかしは華麗に無視しつつ眺めた。皮でデザインされた洒落た灰皿か数個置かれていた。色も正統派のブラウンやブルー、ピンクなど色鮮やかに配置されていた。直感でブルーとピンクを手に取り、

「先生、どっちがいいと思いますか?」

 付添人に尋ねた。出番がきたと一瞬張り切った表情を見せ、六秒ほど逡巡した後、

「誰に渡すか知らんが、こっちが無難じゃねえか?」

 といって、ブルーの方を指でさした。特に冒険しないデザインっと。

「ありがとうございます! じゃあ、これにします」

 そういってそそくさと会計レジに並んだ。予想通り長い長い列がつくられていた。時間短縮のため値札の価格をみた。五千円! ネットでちらっと目にした記憶があるが、やっぱり高い! これは年明けも多めにバイトを入れなきゃと、心の中で固く誓った。

「次の方どうぞ!」

 気づいたらウチの前がぽっかりと空いていた。慌ててレジの前に立ち、一葉さんを一枚渡し、連れの方をキョロキョロと探した。

 先生は混雑を避けるためか、店内の隅の方でスマホをいじっていた。ウチの姿を視野にいれると即座にしまい、

「いよう。わりかし早かったな」

 こっちの方に歩を進めてきた。

「気を入れて頼まれたから長く拘束されると思ってたが。少々拍子抜けだな」

 気持ち残念そうなトーンすら混ざっていた。

「いえ、まだまだこれからですよ」

「は?」

 そう。第二ラウンドのはじまりです。先生を呼んだのはこのためです。


 手にとったグレーのマフラーをかざしてみる。軽くて使いやすいが、少々デザインが鈍臭い。対してさっき見た紺のマフラーの方が彼のシルエットに映える。ただ、ちょっと重量感がありそう。着けたら首が疲れるのではと思われる。

「どっちもそんなに変わらねえ、と思うが」

 やや疲労の色を浮かべつつ、貴重なアドバイスをいただけた。さすがに三店舗一時間半も付き合ってもらうと、こちらも心苦しくなる。潮時と判断し、

「じゃあ、この紺のマフラーにします」

 あの人は若いからこれぐらいの重さにはへこたれないだろう。ウチが過保護すぎたのだ。先生は明らかにホッとした顔を見せていた。

「毎年この時期に買い物してんのか?」

「ええ。いつもは友人を連れ回してるのですが、今年は趣向を変えて先生に頼んでみました」

 その旨をゲラ子に言ったら、すごく喜んでいたのが気になる。いったいどう言う意味だったのだろうか。

 先生はハハっと笑い、

「そんなに愛されてちゃ、その彼氏くんは幸せだろうね」

 にやにやしつつ感想を言った。

「……。あれ? 先生のものかもしれませんよ?」

 照れ隠しに言ってみるも、

「俺のはさっきの灰皿だろ。タバコ吸ってるの匂いでばれたんだろうな。そんなもん、すぐわかるわ」

 早くもネタが上がってしまった。ということでプランBを決行。

「それじゃ、ウチ会計に行ってきます!」

 三十六計逃げるに如かず。いや。別に逃げてないけど。店員にお金を払いつつ、心の中では一人ボケ・一人ツッコミを繰り広げていた。



 空はいつの間にか暗くなっており、イルミネーションの輝きが際立っていた。耳が痛くなるような冷たい風が吹いていた。ときおり雪の花がちらちらと舞い、冬空に彩りを与えていた。

 先生とウチは微妙な距離間で歩みを進めていた。恋人同士の近さはなく、かといって他人と言っていいほどの間隔は空けず。ぶらぶらと都会の景色を眺めていた。この街の名物である大きな時計塔の前にきたら、

「もう。ばれちゃいましたけど。先生、メリークリスマスです」

 さっきセレクトショップで買ったプレゼントを手渡した。

「おお。サンキュウな」

 改めてラッピングを解いて中を確認した。もう既に見ていた品物だが、それでも嬉しそうな表情をしてくださった。

「ちっ。そろそろ禁煙をはじめようと考えていたんだが。これじゃ、しばらく辞めるわけにはいかないな」

 冗談か本音かわからないセリフをつぶやいた。

「いえいえ。どうぞ禁煙をなさってください。明らかに健康に悪いので」

 正直ベースでの回答をした。統計的にみるとタバコはやめた方が長生きできる模様なので。人間まずは生きてればいいのだ。

「それじゃ、俺からもお返しに」

 やや大きめの菓子折があった。

「わあ! ありがとうございます!」

 あげることばかり考えていて貰う予想なんて全然立てていなかったから、素直にうれしかった。

「部活の子たちとワイワイ食べます!」

「おうおう。召し上がれ」

 もう一度じっくりと眺めた。ローズとピンクの縞模様をした、落ち着いたデザインをしていた。見ただけで検討に検討を重ねられたことがうかがえる。誰かが、

『プレゼントは自分のことを考えてくれているのが嬉しい』

 と言っていたが、その心が今日ほど思ったことはなかった。

「香村は面白い生徒だったからな。最後くらいエコひいきしたくなったのさ」

 いやですね、今までも十分エコひいきしてくれたじゃないですか。そういうツッコミしようと考えたが、不穏な響きの方が気になった。

「あの……。最後、というのは?」

 おそるおそる尋ねてみると、

「妻が帰ってくるんだよ。そしてそのままイギリスに長期赴任するんだってさ。俺は仕事をやめてついてくよ」

 急な話で頭が追いついていなかった。先生が? やめる? ってか奥さんがいる?

「まあ、昔でいう転勤族ってやつだな。女が引っ張るというのも時代の流れだな」

「……ウチ、聞いてないです」

 声が必要以上に震えないように、必要以上に高くならないように。自制しようと頑張った。

「ああ。予備校には秘密にしてくれるよう頼んだからな。ある日突然いなくなる、みたいなのが好きなんだ」

 どんな場所でも数ヶ月前には辞めるのを伝えるのが礼儀だと思うが、この先生らしくもあるな。とはいえ、

「……じゃあ、なんでウチには教えるんですか」

 しかもこんな日にこんなタイミングで。妻帯者だってことまで。どうせだったら黙っていなくなってくれた方がよかった。

「まあ、その。香村は俺のことを慕ってくれたじゃねえか。どういう理由かは知らねえが。そんな奴ぐらいには、ちゃんと俺の口から話さねえと、って思ってな」

 こんな中途半端に優しくされて中途半端に突き放されたら、どうすればいいのかわからない。

「富士急ハイランドは楽しかったぞ。学生時代っぽくて。妻ともあんまり行かないし。あ、劇さそってくれてありがとな。これからも部活頑張れよ」

 劇で何度かこの種のセリフを言ったことがある。その後の登場人物は二度と会わない。ゆきずりの人間関係の整理、という印象を覚えた。

「じゃあ、先生。ウチからも一言だけ」

 いろんな人物を演じてきて思うのは、その人の本性が現れるのは、最後にどんな言葉を投げかけるかだ。さらっとできる人、感謝を言える人、エールを送れる人。ウチはというと、


「あなたのことが好きです。行かないで」


 すがるタイプの人間だとは思わなかった。妻でも恋人でもなく、浮気相手ですらない。そんな人間が吐いていいセリフではない。それでも口にせずにはいられなかった。気づいら頬に一滴のしずくが流れた。瞳からあふれる涙は以降、止めることができなかった。

 先生はウチの表情をみて困ったように笑いつつ、

「香村は前に聞いたよな。死ぬときに愛されたことを思い出すか? それとも愛したことを思い出すか? ってな」

 唐突に深夜のテンションで送ったメッセージが掘り返された。

「……はい」

 かすれた声でなんとか答えた。

「俺は愛されたことを思い出すタイプだな。こんな可愛い子に好かれたなんて、俺の人生は悪くなかったなってな」

 そういってポンポンとウチの頭を叩いた。……ホント、この人はずるい。最後にそんなことをいうなんて。

「さて、と。もうそろそろ遅くなるな。お互い上がるか」

 別れの時間の足跡が聞こえてきた。十二時の鐘はまだ鳴っていないのに。

「じゃあな、香村。勉強がんばれよ。この灰皿大切に使わせてもらうよ」

 背をむけながら手を振り、ひらひら雪が落ちる街に溶け込んでいった。これ以上はなにも言えず、ただただ先生が去るのを見送るだけだった。もらったお菓子をぎゅっと握った。そういえばこれは消えるプレゼントだ。最後の瞬間に先生とウチの温度差を理解した。



 家に帰るとリビングからクリスマスソングが流れていた。たぶん今日やっている歌番組だろう。流れているのはB'zの『いつかのメリークリスマス』だ。兄貴は鼻歌まじりに料理をしていた。

 気づいたらテーブルには小さなクリスマスツリーが飾られていた。こういう芸が細かいんだから。

「おかえりー」

 いつものように柔らかい声が響いてきた。それに対してウチは今日ぐらい明るい声を返そうと考えていたが、

「……ただいま」

 いつものように、暗く・いささかトゲがある声を出していた。いつもと変わられない自分に対して内心げんなりした。そんなウチに対して兄貴は変わらず穏やかな笑顔を作り、

「ご飯できたよー。今日はちょっと豪勢だよ。準備ができたら食べよ!」

 料理をすすめてきた。

「……すぐ行く」

 むすっとした声で答え、自分の部屋に入った。ご飯が冷めてはいけないと思い、床の隅にバッグをほっぽり出し、服はベッドの上に脱ぎ散らかした。いつものスウェットに着替えたら、すぐにリビングに戻った。

 もう兄貴は自分の椅子についており、ワイングラスにシャンパンを注いでいた。ウチのグラスにも薄小金色の液体が入っていた。

「……これ、お酒じゃないよね?」

「ちがうよ。ただのリンゴジュース」

 よくよくみると、テーブルの隅にいつもより高そうなビンが置いてあった。

「まあまあ、そんなことより、と」

 スウとグラスをあげた。ウチも前の人に倣ってグラスを手に取った。

「メリークリスマス!」

「……メリークリスマス」

 本日になって何度か交した文句を口にした。兄はおいしそうにシャンパンを口にした。ウチもシャンパン風アップルジュースを口にした。うん、あまい。

 テーブルに並んでいるものをみた。たらこスパゲティ、ハンバーグ、サラダが並んでいた。相変わらずウチの好きなものが並んでいた。

「……祥太が好きなものも作っていいのに」

 いつもいつもウチのことばかり気にしてさ。

「俺の好きなものも同じなんだよ。たまたまかぶっているだけさ」

 そう嘯いて、新たにチーズを切り、赤ワインのボトルを空けていた。やっぱりおいしそうに飲んでいた。

「……祥太ってお酒好きだったっけ?」

 あまり記憶にないけれど。

「実は最近飲んでいるんだよ。どちらかというと外での方が多いけど」

 心持ち顔に赤みが混じってきた。そうなるといつにも増して陽気そうに見える。いまのウチの気分とは対照的だ。

「せっかくだしなんか音楽でもかける? クリスマスっぽい雰囲気を出すためにさ」

 いつもより気持ちハイテンションな声で聞いてきた。しばし頭の中を探したのち、

「じゃあさ。兄貴。あれをかけて。『As Time goes by』」

 一瞬きょとんとしたものの、すぐににこりと笑って所望した曲をかけてくれた。ついでに少しだけ照明を暗くした。それってキザっぽくない? 内心突っ込みつつも、物静かなピアノとしわぐれた声が響き渡ると、祥太のセンスも悪くないかなと思い直した。そのままウチらは黙って兄貴の料理をつついていた。

 スパゲティには程よい塩辛さのたらこが絡んでいて、ハンバーグも中までしっかりと火が通っていた。つまらない御託を並べず素直な言葉で表すと『おいしかった』。今日一日の緊張がふっと緩む感覚があった。肩の張りがとけていくような気がした。同時に心のコリもほどけていき、先生のことを思い出してまた涙がこぼれた。

 兄貴はちょっとウチに目をやったのちに、ハンバーグやワイングラスの方に視線を向け、ウチの顔は見ないようにしていた。そして特に何かを聞くわけでもなかった。そして黙々と食事をしていた。

 いつもだったらそれが正解だった。いつもだったらそっとしておいて欲しかった。いつもだったら何も聞かないでもらいたかった。

「祥ちゃん……。ウチふられちゃった……」

 今日は話してしまいたかった。ウチの話を聞いて欲しかった。そして、ちょっぴり慰めて欲しかった。

「……たいへんだったね」

 それからウチは堰を切ったように口に出した。先生と知り合ったこと、先生と雑談をするようになったこと、先生と富士急ハイランドに遊びにいったこと、そして先生が海外にいって仕事を辞めること、そして先生が既婚者であったこと。若干、支離滅裂になりながらも、どんどん口にしていた。声は涙が混ざりながら変な音になっていた。

 ウチが話している間、兄貴は一言も口に出さなかった。一通り話し終えたら、

「……たいへんだったね」

 兄貴はやっぱり同じ言葉を繰り返した。その表情には自分のことのように痛みに耐えているような顔をしていた。

「そんな棗にプレゼントがあるよ」

 そういって自分の部屋にいったん戻っていった。戻ってくると手にはラッピングされたプレゼントがあった。開けてみると真紅なストールが入っていた。

「……また派手なものを買ったね」

「いや……。棗に似合うかなと思って……」

 こんなに自己主張激しいものだと、着こなし方も考えなくちゃいけない。それでも試しに羽織ってみると、

「……あったかい」

 色の効果もあって、ぬくぬくとした感覚があった。

「それはよかった」

 兄貴はほっとした表情を見せた。内容を見るにつけ、決めるのにそれなりに時間かけたんだろうな。そして今日自分の買ったものについて思い出し、

「ちょっと待ってて」

 自分の部屋に戻り、セレクトショップの紙袋を持ち出した。

「ウチの方からもお返しに」

 半ば突き出すように渡した。兄貴はいそいそと包装をとき、パッと明るい顔をした。

「わあ、ありがとう」

 手には紺色のマフラーがあった。ウチがたくさんの店を梯子しまくって買ったものだ。

「でもこれ……。それなりにかかったんじゃない?」

「……そんなことはないよ」

 それなりにバイトも入れたのでなんとかなったそ。

「ありがとう。大切にするよ」

 十七歳のクリスマスは思いの外、肌寒く終わった。街の華やかさとは程遠く、心にぽっかり穴が開いたようだった。それでも家の中は暖炉の火に似た温もりがあった。そういえばこの人はウチの兄貴にあたるんだっけ? 久しぶりにそのことに思い至った日でもあった。


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