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第四章:文化祭

 いつもの予備校でいつもの教室で、ウチは先生を質問責めにしていた。プライベート6割、英語4割。ちゃんと授業について尋ねているかのように、配分はうまい具合に考えていた。先生の方も特に気にせず自分のことを話すようになった。一年浪人したこと、大学では留年しまくったこと、就職活動したけど企業のエリート臭に吐き気がしたこと。他愛もないことを話した後に、

「先生。よかったらこれをどうぞ」

 渡す時わずかに手が震えた。来てくれるかどうか、迷惑じゃないか気になっていた。

「お、前に言ってた劇か」

 ウチウキした表情で目にしていた。ウチは予定があうかどうか聞こうと口にしかけたが、

「おっけー。最優先事項としてスケジュール空けとくわ」

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 あっさりとミッションコンプリート。

「それなりに興味深いものができましたから。楽しみにしててください」

 出来がいいかどうか自信ないですけど。そんな言葉が喉まで来ていたが、何とか抑えた。せめて空自信でも持たなきゃ、自分たちの劇に失礼だ。

「いやあ、劇なんて見るの久しぶりだな。期待してるよ」

 社交辞令ではない、言葉通りに期待に満ちた瞳をしていてウチをみていた。取り越し苦労していた自分がおかしくなっていた。

 さてと、呼びたい人たちの中の一人は何とか了承をもらえた。帰ったらもう一人の方にも声をかけるか。もっとも、こっちは対して苦労することはないが。



 家では兄貴が今日の夕飯を作っていた。いつものように兄貴が呼びに来るまで部屋でゴロゴロし、食事ができたら形式的に二人向かい合って食べていた。兄貴が今日あったことを取り止めなく話し、ウチが無表情に聞いてるか興が乗ったときだけ相槌うったりしていた。

 互いの皿が半分くらいまでになった時、

「兄貴、○月△日って暇でしょ?」

 決めつけるような物言いをした。兄貴はきょとんとした顔をした後、

「う、うん。そうだけど」

 相変わらずウチの口調に対してはスルーしながら同意を表した。

「空けといて」

 といって、チケットを一枚突きつけた。出来る限り祥太の顔は見ないように、テーブルに視線をむけた。

「これは?」

「文化祭。劇やるから」

 出来る限りムスっとした声を出すように意識した。自分自身これが人にものを頼む態度かと思いつつ。

「え? いいの?」

「あたりまえでしょ。野暮なこと聞かないでよ」

 あんなに親身に教えてくれたじゃん。当然でしょ。本当はこういうことを言った方がいいのだけれど、心の中だけで呟いた。

「ありがとう! 絶対に行くよ!」

 はしゃいだ声が耳に入った。いつものような曇ない笑顔を浮かべていることも、容易に想像がついた。

「わかったらさっさと食べる! ご飯冷めちゃうよ!」

 作ってもらった分際が何を言うかと自分で自分に突っ込みを入れつつ、話を打ち切った。この後の兄貴は普段より二割増しの上機嫌でしゃべり、ウチは二割増しの不機嫌さで相槌を打っていた。

 ともあれ懸念していた二人が了承をもらえて内心ほっとしていた。兄貴がオッケーしてくれた方の安堵感が大きいような気がするのは思い違いだ。絶対に思い違いだ。



 校舎の窓ガラスに映った自分の姿をみる。ビシッとした黒のパンツスーツにピンクのブラウス。控えめだけども化粧を少々。どこからどうみてもOLにしか見えなかった。

「なに自分の姿に見惚れてるのよ」

 呆れた表情のゲラ子がいた。そういう彼女は学校指定のジャージに野球キャップというかなりラフな姿だった。

「……そういうあんたはそんなに変わんないわね」

 お祭り気分が全くない。

「うっさいな。役柄上仕方ないでしょ」

 彼女は野球部マネージャー役。ウチは新聞記者役。こうやって差が出るのは仕方ない。

「でもさ」

「うん?」

「こうやって揃うと文化祭っぽくなるんじゃない?」

 この組み合わせだと普段の学校っぽさは確かにない。

「そだね」

 いかにも劇をやるクラスといった感じだ。

「棗。いっしょに宣伝行こ」

「あいよ」

 それぞれ宣伝看板を持ち、廊下を歩いた。途中で来訪者を見たら、元気な声で呼びかけをした。お祭りごとだけあって、軒並み笑顔で反応してくれた。

「よ! そこのキレイな姉ちゃん。劇みたいからチケットくれよ」

 なんだ。この品のないナンパオヤジは。この空気に浮かれてるんじゃないのか。声かけるにしても、もう少し言葉を選んでくれないかな。心の中でブツクサ文句を言い、どうやって断ろうかと考えて振り向くと、

「きゃっ!!」

 一気に心の文句は消え去った。グレーのパーカーにブルーのジーンズというラフな格好の先生が目の前にいた。

「来てくれたんですね!」

 誘っても顔を見せてもらえるか不安だったから、なおさら嬉しかった。

「せっかくの教え子の誘いだ。行かねえわけねえだろ」

 そして軽くウチの姿を見渡し、

「……もう就職したのか」

「違います! 劇の衣装です」

 そこは似合ってるぞ、とか言うのが紳士のたしなみじゃないですか。

「冗談だって」

 一呼吸おいて、

「似合ってるぞ」

 さらっと言った。

「きゃっ」

 思わず女子ぶった声を上げてしまった。この人ずるい。

「ははは!」

 先生は楽しそうに笑ったあと、

「いやあ、高校は久しぶりにくるとイイもんだな」

 懐かしそうにぐるっと見回した。そんなもんなのか。

「先生ってどんな高校生活おくってたんですか?」

 この機会に普段聞かないようなことを尋ねてみた。先生はなんでもなさそうに手を振り、

「まあ、なまけた高校生だったな。授業サボって遊び呆けてたような悪ガキだったよ。文化祭とかもクラスの出し物に非協力的だったわ」

 一ミリもくるいのないイメージ通りの話が出てきた。

「よく予備校講師なんてなれましたね」

「はは! ホントだよな。香村に限らず最近の子たちはすげえわ。早い頃から予備校いって、ちゃんと文化祭に参加してさ」

 ホメられてるのかバカにされてるのか良くわらないことを言われた。

「お前らの劇って確か午後三時だっけ?」

「そうですそうです! 体育館で演るので忘れないでください!」

 ついつい意気込んでしまった。先方はまた楽しそうに笑い、

「ぜっていに忘れねえよ。期待してんぞ」

 安心させるように笑った。早くも劇をやるのに待ち遠しくなった。ちなみに今はまだ昼の中頃。もうちょっと本番まで時間がある。

「さってと。余った時間どうすっかな」

 チャンス!

「それじゃウチと一緒にまわ」

「はい時間切れ。棗。宣伝に行くよ」

 それまで黙ってたゲラ子が急に遮り、ウチを後ろに引っ張ってた。

「ぜひ楽しんでってください! 私たちの文化祭って評判いいので!」

 そして先生に営業スマイル。

「ちょっ。ちょっと。あまり引っ張らないで。これ借り物なの」

 友人に抗議しつつ、先生に向かってペコっと頭を下げた。

「がんばれよー」

 人ごとようにニヤニヤ笑いながら、ウチらに向かって手を振った。ちぇっ。せっかくのチャンスだったのに。十メートルくらい先生から離れたとこに来たら、

「ちょっと。邪魔しないでよ」

 ついつい恨み節をこぼした。対してゲラ子はツンとした口調で、

「いま私らは仕事中なので当然です。ちゃんと宣伝しましょう」

 ド正論そのものなのでぐうの音も出なかった。なので、

「はーい……」

 しぶしぶ答えた。そして気を改めて声をかけ巡らした。ちびっこ・受験生・他校生と外部の人間と思わしき人には片っ端から声をかける。ときにデートしている知り合いを見つけたら、思いっきりからかった。

「にしても今日はカップルをよく見るな」

 さっき自分もお仲間になりかけただけに、ついつい目で追ってしまった。

「そうね。私らのクラスでも文化祭直前に五人くらい付き合ったみたいだし」

「五人! そんなに!」

 みんなが青春しててショック!

「よく知ってるね」

「あんだけ騒いでたら嫌でも耳に入るしね。ってか、あんたぐらいじゃないの。情報入手してないの」

 マジか。そりゃあかんな。

「まあ。あんだけ一緒になにかやる機会多くなるしね。そりゃ仲良くなる人も多いんじゃない?」

 なるほど。

「ま。とにもかくにも今の私らには関係ない話だよ。ぼやぼやぼやいてないで宣伝続けるよ」

「へーい。じゃあ、もうひとまわりしてますか」

 気合いれて一歩踏み出そうとすると、

「おー。がんばってるねえ」

 後ろから聞き覚えのある声が耳に入った。なんなら今日の朝に触れた記憶がある。気のせいだろうと言い聞かせ歩を進めようとすると、

「あ、祥太さん。お久しぶりです!」

「小波ちゃん(注:ゲラ子の本名です)、久しぶりだね」

 さっきは静かにしてたゲラ子が、ハキハキと礼儀正しくしていた。

「こら棗。ちゃんとお兄ちゃんに挨拶しなさい」

 そして母親ぶったセリフを口にした。なんかむかっ腹が立ったが、ここで駄々こねるのも大人気ないと考え、

「きてくれてありがとう(棒)」

 心を込めてお礼を述べた。対して、

「いやあ。ずいぶんにぎやかだね。誘ってくれてありがとう(にこっ)」

 こりゃまた百点満点の受け答えをした。義理とはいえ兄妹なのに育ちがこんなに変わるものなのか。

「棗はもう少しお兄さんの愛想の良さを見習った方がいい気がする」

 友人が内心こっちが気にしてるところをグサリと指摘する。うるせえ。沈黙は金というべきか、兄貴はただ笑って何も言わなかった。話題を変えるかのように、

「えっと。どうしてスーツなんか着て。就職活動?」

「ボキャブラリーが貧困じゃない?」

 さっきもその話したばかりだし。

「嘘嘘。ずいぶん大人っぽくみえるね」

 ……。急にナンパなこと言っちゃって。文化祭の雰囲気に乗せられちゃってるわけ? あーあー。やだやだ。

「なにあんた照れてんのよ」

「照れてない!」

 変なこと言ってる友人に釘を刺した。それでも通じず、ゲラゲラと笑っていた。実に苦々しい。ついつい梅干しを口に入れたような顔になってしまう。そんなウチの表情を見て、友人は頭にピコンと電球が光ったような顔をした。

「祥太さんってこの後どうされます?」

 唐突に兄貴の予定を聞いた。

「うーん。二人の劇まで時間があるから、ブラブラ廻ろうかなと思ってるけど」

 そう答えると、

「ぜひ棗と二人で回ってくださいよ。学校中で趣向を凝らしてて楽しいですよ!」

 水を飲んでいたら盛大に吹きこぼすところだった。

「ちょっと、ウチ絶賛仕事ちゅうなんだけど!?」

 慌てて抗議すると、

「大丈夫よ。割りかし我が校の劇おもしろいこと有名だし。宣伝とか一人でもなんとかできるし」

 さっきと言ってることが真逆じゃねえかよ。おい。

「でもさ。ほら。悪いじゃん? ゲラ子に押しつけるの悪いしさ」

「水臭いこといわないの。私のことなんて気にしなくていいよ」

 もちろん気にしてねえよ。自分のことしか気にしてねえよ。

「でもさでもさ。いちおうウチってクラス代表だしさ。自分だけズルしちゃいけないと思うのだわさ」

 友人はこれ以上ない程の呆れた顔をして、

「おーい。麻衣! こっちこっち!」

 突如ウチらがよくつるむ子の名前を読んだ。後ろの方を見るとビクッとした姿の友人がいた。ゲラ子に呼ばれておずおずとこっちに近づいて、

「……こんにちわ」

 兄貴に対して気まずげに挨拶した。

「麻衣、こちら棗のお兄さん」

 瞬間、彼女は『あっ!』という表情をして、次に非常に楽しそうな顔になった。

「それじゃ。こちらの方が噂の……」

 なんの噂だよ。なんの。

「香村祥太と言います。いつも妹がお世話になってます」

 どういう意味だよ。

「いえ。もう慣れたので大丈夫です」

 そっちもどういう意味だよ。

「ねえ、麻衣。スケジュールにないけど、棗やすんでもいいよね? 今日までがんばってもらったし」

 一瞬、麻衣ちゃんはきょとんとしたが、ウチを見て、兄貴を見て、それからもう一度ウチを見た。そしてまた『あっ!』という表情をして、満面の笑みを浮かべた。

「うん! いいよ! 今まであたしたちを引っ張ってくれたから! 誰も文句言わないよ! かわりに宣伝しとくから! ぜひ休みなよ!」

 曇りなき眼で元気よく言っていた。なんだろう。なんか二心ないように見えて、思いっきりお腹の中に何かを隠しているようなこの感じ。

「決まり! じゃあ、楽しんでいきなよ」

「ごゆっくりー」

 いうが早く、友人たちはそそくさと立ち去っていった。きゃっきゃうふふ言ってて仲良さそうだった。その姿に非常に疎外感を覚えた。

「……」

「……」

 放り出されたウチらは互いに気まづい思いをした。残されるこっちの状況は少しは想像して欲しい。

「ああ。じゃあ。俺はここで……」

 そそくさと兄貴は立ち去ろう(逃げよう)としているが、

「待ってよ」

 ガシッと止めた。

「あんたが一人で回ってるのを見られたら、またなんか言われるでしょうがな」

 そうなると非常に腹立たしい。

「兄貴はどこに興味ある? 不本意ながらついてってあげる。不本意ながら」

 大事なことなので二回言いました。先方は嬉しさと申し訳なさを混ぜたなんともいえない反応をした後、

「じゃあ。案内よろしく……」

 おずおずと口にした。

「はいはい。まかされました」

 これ見よがしにため息をついた。それでも不思議なことに、頭の中ではすぐに候補場所が何箇所か浮かび上がっていた。


 

 それなら棗が行ってみたいところで。優柔不断な姿をこれでもかと見せつけられた。こういうときぐらいは自分の行きたいところを言えばいいのに。いくらか文句が浮かんだが、お気に召すままというのであれば好き勝手に選ばせてもらおう。

「えっと……。ここに入る……の?」

 教室の入り口でビビっている兄貴。そこは黒い看板がかかり、黒い幕で窓は塞がれ、担当の生徒たちも黒い衣装に包まれていた。

「二年F組の『旧・鹿骨病院』へようこそ。探検されますか?」

 トドメにおどろおどろ名前ときたら、お化け屋敷以外にありえない。

「そうだよ」

 受付の人に見えるように満面の笑みを浮かべ、

「たしか、『お兄ちゃん』がウチの好きなところって行ったんだよね?」

 口にしたことには責任持てよというプレッシャーを暗にかけた。

「う、うん。まあ」

 口籠もりつつ、とりあえずどんなとこかと張り出されている看板を読んでいるようだ。えっと、何々。


『鹿骨病院は郊外にある病院でした。スタッフの愛想もよく、医者も親切に診てくれるので、地元の評判はとてもよかったです。ただ、ときどき入院患者が行方不明になるという気味の悪い噂がございました。そんなおり、院長が首吊り自殺をし、副院長が失踪するという痛ましい事件が起きました。客足は自然と途絶え、とうとう病院は畳むことになりました。経営陣は解体費用を払えないため、病院の敷地はそのままとなり、地元で有名な廃墟となりました。数年が経ち再び奇妙な噂が流れました。夜になると旧鹿骨病院のなかで人影が見え、時には話し声が聞こえる。それが朝になってみてみると、ただの廃墟のままになっている。地元の学生であるあなた方は肝試しにそこに行き……』


 兄貴は一通り看板を読んだ後、

「肝試しなんてしなくてもいいと思うよ。学生には楽しいことたくさんあるんじゃないかな。カラオケとかボーリングとか」

 お化け屋敷の趣旨を全否定するという面倒くさい客に成り下がっていた。

「ひょっとして怖いの?」

「い、いや。別に。怖くないよ」

 ウチの質問に対して精一杯の強がりで答えると、スタッフの方から、

「よかったです。てっきり妹さんに連れられて嫌々来てたのかなと思っちゃってました。安心しました。怖くないとのことなので是非たのしんでください」

 笑顔で退路を絶たれてく。少々お顔が青白くなりつつあるが、

「そ、そうだね。そ、それじゃ二人入らせてください」

 覚悟を決めてお金を払った。

「まいどですー。それじゃ、この場所でまたお会いできるのを祈っています」

 不吉なことをさらりと言った。

「さ。『お兄ちゃん』。行きましょう」

 見るからに顔色が優れない兄を伴って、暗幕の中に入り込んだ。さてさてどこまで怖がらしてくれるのか。楽しみね。



 ===


「ぎゃあーーーーーーーーーーーーー」


「ちょっとこないで」


「ひえええええええええええええええ」


「ごめんなさいごめんさい」


「っああああああああ」


「ううう」


 ===


 ……二人揃って叫びまくっていた。既に羞恥心など捨て去っており、出口についた頃には身も心もヘトヘトになっていた。

「や、やっと。終わったか」

「そ、そうね」

 シャバの空気はとてつもなく美味しかった。文化祭の音を聞き、平和のありがたさを実感した。

「……ホラー系はこれっきりにして……」

「……うん。全然問題ない……」

 これから本番控えてる人間が体力を使ってしまうのはどうかと思う。

「……次は本当に祥太の行きたいところ教えて。……できれば静かなところで」

「……うん。そうだね。じゃあ、あそこでお願い」

 彼が口にしたのは今のウチらにうってつけの場所だった。



 図書室にはカラッとした陽が差して、暖かい空気が流れていた。普段は本を読んでいる人や勉強している人たちが目立つも、文化祭の日はここでも大勢の人で賑わっていた。在校生や受験生のおすすめの本が紹介されていたり、文芸部の書いた小説が置かれてたりした。

「ここでも催し物があるのね」

「意外でしょ。ここの生徒だった頃に俺も同じこと思ったよ」

 そう言えば兄貴もここの卒業生だったっけ。

「わざわざこんな場所に?」

 こう言っては何だが、特に目を引くようなものはないと思うが。

「うん。それはね」

 隅の方のコーナーに足を進めた。ついてってみると古びた冊子が数冊置かれていた。タイトルをみると、


『とりつだいがく革命』

『俺とお前。恋のワインディングロード』

『しらけどりが飛んでった』

『罪と蜜』


 独自性を出そうとして微妙に滑ってる文字が目に入った。

「ひょっとしてこれって?」

「そう。過去の演劇部の脚本。慣例的に寄贈してんだ。誰が読むか全然わかんないけど」

 そう言いつつも楽しそうな表情で手に取った。日付的には八年前だから、祥太の先輩が書いたものかな。

「どう? おもしろい?」

「うん。面白いよ。っと言いたいけど」

 申し訳なさそうに苦笑いをして、

「どこか勢いで書いてたり、根拠ない自信にあふれているところがあって。今読むと背中がくすぐったくなるかな。俺含めてみんな若いなって」

 現在進行形で脚本を書いてるウチとしては、そういう青さは読み取れなかった。慣れているだけあって上手いなとすぐに思う。ん? てことは、

「祥太の脚本もココに置いてあるの?」

 軽い気持ちで聞いてみると、

「……さあ。どうだっただろう」

 わかりやすく明後日の方に顔を向けていた。この人、ひょっとして脚本しか書いてないんじゃないかな。

「で。どれ?」

 ポリポリと顔を書いた後、

「えっと。これとこれ。あとこれもかな」

 あっさりと三冊ほど見せてくれた。さっさと素直に言えばいいのに。前はすぐに見せてくれたんだしさ。

「ふーん。どれどれ」

 さてさて兄貴の脚本のタイトルはというと、


『ヴェニスの商人』

『秋の日のヴァイオリン』

『聖橋』


 既製脚本とオリジナルっぽい脚本が混ざった感じだ。

「タイトルからして兄貴っぽいね。真面目そうな印象を受ける」

 良くも悪くも。そんなニュアンスを先方も受けたのか、軽く苦笑いしていた。

「ちょっと読ませてもらうね」

 言いつつパラパラとめくった。

「どうぞ」

 と、言いつつ合否を待つ受験生のように落ち着かない様子を見せた。なにもそこまで硬くならなくてもと思いつつ、自分のことを思うとわからないでもなかった。

 さてさて内容はというと。几帳面に見やすく整えられた文章に、意味が飛び抜けないように選ばれた言葉。適度なタイミングで取られた間。これまたやっぱり兄貴らしい脚本だった。ただ、ウチらが普段使っているものよりも数割増しで洗練された印象を受けた。

「……まあまあね」

 ストレートに称賛するのもなんかムカつくので、少々生意気げに言ってやった。それでも、

「ありがとう。あの頃、がんばって書いたんだよ」

 素直に嬉しそうな顔をした。ちぇっ。こういうところは調子狂うなあ。

「さすが。お兄様ですね。努力家ですね。ワタクシなど足元にも及びませぬ」

 言ってる本人ですら若干めんどくさいことを口にしていた。なんだろう。自分のより書けてる兄貴のを見て悔しがっているのだろうか。今回初めて書いた分際のくせして。

「棗はまだまだこれからだよ。高校生活はまだ続くし、大学も控えてる。たくさんチャンスはあるよ」

 穏やかに優しく諭してくださった。うう。余計みじめになるなあ。

「……祥太だってまだ若いじゃん。隠居ぶるのはまだ早いんじゃないの」

 精一杯の負け惜しみを口にした。また窘められると思いつつも、なけなしの反抗をしたつもりだ。ところが予想と違って兄貴は軽く目を開いて、

「……そうだね。棗の言う通りだね」

 ぼそっと言ったのちに黙り込んだ。あれ? なんか気にしてることあったのかな。これはこれで調子狂うな。

 それでも数秒後にはいつものように笑って、

「そろそろ時間だと思うけど。大丈夫?」

 ん?

「ヤバ、集合時間だ! ごめん兄貴。先行くわ!!」

「いってらっしゃい。楽しみにしてるよ」

 普段の口調に戻って、ウチに向かって手をひらひらと振った。こちらもサッと手をあげて、集合場所に向かった。さて。待ちにまったショータイム。気合入れますか。



 見渡す限りの人・人・人。体育館の中は在校生やら保護者やら先生やらで溢れていた。

「さっすが。普段の舞台とは違うね」

「そだねー」

 いつもは身内と関係者ばかりで、見知った顔が大半を占めていた。今日みたいに知らない顔がこんなにあるのは新鮮だ。

「ちょっと緊張するねー」

「うん。ドキドキする」

 舞台慣れしていない子たちの初々しい反応が聞こえてきた。それに微笑ましく思って見てると、

「だっせーな。度胸が足りねえんじゃねえ。俺を見習えよ」

 山田のイキった声が響いた。みると顔面が蒼白となり、身体もプルプルと震えていた。お前も度胸が足りないんじゃないかな。うん。

 もうちょっと同級生たちの様子を見たい気持ちもあるが、

「はーい。注目」

 クラスの子たちは一斉にこっちを見た。

「ついにここまで来たね。泣いてもこれが最後。思いっきり楽しみましょう」

 みんなコクっとうなずいた。ウチは大きく吸って、

「いくぞ!!!!!!!!!!」

 体育館の後ろまで響く声をだした。

「「おおおおお!!!!!!!!!!!」」

 後に続いて多数の声が続いた。うん! らしくなってきた!!



 *****


 俺の名前は中原直樹。二十七歳。エリート刑事だ。渋めの顔つき、落ち着いた雰囲気、あふれる知性で世の女性をきゃーきゃー言わせている。俳優になれば人気が出るのではとたまに後悔することもあるほどだ。ただ、正義の味方を志した俺は簡単に女になびくわけにはいかない。今日も今日とて悪を成敗するために、日々活躍をするのだ。

 と、いうようなことをいつかは言えたらいいなと思いつつ、世の中そううまくはいかない。場所はバスケットコートや木目の床でおなじみの体育館。目の前を見ると真剣な目をした小学生たちが俺を見ていた。隣では俺の上司がニコニコしながら講演をしていた。

「と、いうわけでインターネットというのは大変危険です。ばれないと思って変なことを書いても、簡単に見つかってしまいます。くれぐれも爆破予告なんてしないようにお願いします」

「はーい」

 と、元気な声で返事した。マジで頼むよ。そんなことされたら俺らの仕事が増えるからな。

「ちなみに。いたずらでやってみたら。心から後悔することになるからね」

 シラーっとした空気が一気に流れた。小学生ビビらしてどうするんですか。

「それじゃ、何か質問ある人いらっしゃいますか?」

 気を取り直して相方が声をかけると、何人からか手が上がった。上司はそのうちの一人にマイクを渡した。

「そこのお兄さん。彼女いますか?」

 わははと周りのガキ共大爆笑。出たよ。小学校あるあるネタ。いるといってもいじられるし、いないといってもいじられる。最悪だ。

「うーん。ごめんなさい。今日はインターネットの説明の日だから、それに関することでお願いします」

 おお、上司ナイス。さすが慣れている。ありがとうございますです。

「ちなみに中原君は彼女いません」

 わははと再び周りのガキ共大爆笑。だよねー。あの人ナルシストっぽいもんねー。もてなそうだよねー。

 次から次へと俺への嘲笑が聞こえる。このクソ上司。覚えてやがれ。



 *****


 出だしは順調。主役の彼はソツなく役を演じていた。彼の一挙一同でこちらが狙った通りにドッカンドッカン笑いが起きた。兄貴が脚本にハマってたのはわかる。これは超気持ちいい。自分の書いたものに反応もらえるの、こんなにいいものだと思わなかった。

「おーい。棗。そろそろ出番だよ」

 ウチの方にもお呼びがかかった。っと。そろそろか。パンツスーツの状態が問題ないことを確認し、自分の今後の動きをざっと頭の中で振り返った。うん。問題ない。

「すー。はー。すー。ばー」

 軽く息を整えて、精神を集中させた。いつものように適度な高揚感が染み渡った。OK。こちらもお仕事に入りますか。



 *****


 十七時十五分のチャイムが鳴った。カバンを手に取って俺は帰宅し始めた。フロアには定時で仕事が終わるイカツイ顔つきの人たちであふれていた。ぼんやりと歩いていると、

「ねえ」

 という女性の声が聞こえた。凛としたきれいな音だった。たぶん恋人にでも声をかけているのだろう。羨ましいご身分だね。

「ねえ」

 その相手は気づいていないようだ。全く。そういえばこの声どっかで聞いたことあるような気がする。

「あなたよ」

 ドンドンと肩をたたかれた。って、俺か。いったい誰だ。振り返ってみると、俺は血が凍るような気分を味わった。

 キャメル色のコートにパリっとしたスーツ。良く整えられたショートカット。そしてしっかりとした勝気な瞳。さっき喫煙所で見かけた女だ。何でコイツがこんなところにいるんだ。

「はじめまして。あなた、中原直樹さんよね?」

「ええ。そうですが。あなたは?」

「私は岡田藍。新聞記者よ。よろしくね」

 左手に東都新聞と書かれた腕章をつけていた。

「ええと。どのようなご用件でしょうか? あいにく私はひとり身なので不倫とかには無関係なのですが」

「ああ。そういうネタがあったらぜひ教えて欲しいんだけれど、今日は別件だから安心して」

 何を安心すればいいのだろうか。こちらが身を固くして構えると、

「ただ単に普段の仕事を教えてくれればいいのよ。あくまでコネづくりのつもりだから」

 それでも釈然としないままでいると、

「何よ。こんな美人とデートできると思えば安いもんでしょ。あんたにはもったいないくらいよ」

 すごい自信家だねえ、この人。というか初対面で何でここまで言われなきゃいけないの。

「はあ。暇なので良いですけれど。それではあちらのフリースペースで」

 岡田さんを話ができるところに案内した。彼女はそれでいいのよとヒマワリのような笑みを浮かべながら、ついてきた。


 彼女が聞いてきたことは当たり障りないことばかりだった。普段どんなことをしているのか。やりがいはなにか。今後何に力を入れていきたいか。俺は特に出しても問題ないことを淡々と答えていた。

「はい。今日はおしまい。どうもありがとうございました」

 三十分くらい話した後、彼女は俺に告げた。すぐにノートやICをしまっていった。

「こんなのでよかったのでしょうか。正直言って特に目新しいことは伝えられなかったと思いますが」

「いいのいいの。さっきも言ったように顔を売りたかっただけだから」

 一応筋は通ってもないわけではないが。

「だとしても私はまだ下っ端ですし。そんなに活躍しているわけではありませんよ」

「細かいことはいいのよ。聞屋が来ているから、何かあると思ってきなさい。それに」

 一呼吸置いた後、

「ちょっとタイプだし」

 といった後、いたずらっぽくベロを出した。

「じゃあ。またね」

 嵐のように彼女は去っていた。フロアには帰宅する人たちであふれていた。



 *****


 ふう。一旦ひと休憩。普段の舞台と違うな。見慣れてない人の前で演じるプレッシャーを感じつつも、楽しそうに目を光らせてる人たちの前で演じる充実感も味わった。

「おつかれ。やるじゃない」

 マネージャー姿でスタンバってるゲラ子に声かけられた。

「ありがとう。久しぶりで緊張したな」

 友人はカラカラと笑い、

「うそつき。余裕綽綽だったじゃない。やっぱ演技の方が生き生きしてるわね」

「そう?」

 なんだかんだ脚本も書いてて楽しかったが。

「ほとんど眉間にシワを寄せてたわね。ストレスオーラをものすごく出してたわよ」

 ……ああ。そういえばそうだった。喉元すぎたから熱さを忘れてた。

「あんたはどうなの? 演技と脚本どっちがいい?」

「さあ。どっちかしらね。後で感想教えて」

 言い残して女子マネージャーは舞台に上がっていた。さて。友人は脚本と演技のどちらがいいか。お手並拝見と行きますか。



 *****


 夢を見ていた。俺の高校時代のものだ。見た瞬間わかると言うのも珍しい。夢の中では、ここが働きどきと思ってか、太陽がカンカンと照っていた。体中の汗が噴き出て、のどがカラカラになった。グラウンドの土が風に舞い、けむけむしい光景が広がっていた。俺は目の前から次々と飛んでくるボールをさばいていた。

「中原! きびきび動け!」

「はい!」

 監督からのヤジを受け流しつつ、俺はノックの嵐を耐えていた。激しく動くため身体が燃えるような熱さになっていた。それをどこか心地よくも感じていた。

「おらあ、しゃきっとしろ! 中原!」

「はい!」


 練習の休憩中、グラウンドの隅に座り込んでいた。少し風が吹いてきて、体中をいやしてくれる気がした。急に頬に冷たいものがあたり、

「ひゃっ⁉」

 と、思わず大きな声を出してしまった。黒髪にポニーテール、しっかりとした勝気な瞳と、いかにも活発な雰囲気をした女がニヤニヤ笑っていた。

「おい、麻子。何しやがる」

 せっかく穏やかな気持ちにひたっていたのに。

「ごめんごめん。ちょっと驚かそうと思ってさ」

 悪びれずに言った後、俺に向かって空色の缶を俺に向かって投げた。受け取ってみると、ポカリスエットだった。

「この前、ジュースおごってくれたでしょ」

「こりゃまた律儀に」

 若干あきれた気分を持ちつつ、せっかくなのでもらったものを口にした。うん。うまい。

 麻子は俺の隣に座り込んで、周りの球児を眺めていた。

「直樹、レギュラーおめでとう」

 唐突に言われて面食らった。照れて声が裏返らないように気をつけながら、

「あんがと。侍の一人としてチームに貢献しないとな」

 と、返した。

「練習いつも頑張ってたもんね」

 今度は顔が赤くなるのを感じた。

「おいおい。マネージャーさん。あなたの立場でえこひいきはいかんぜよ」

 軽口をたたくことでごまかそうとした。

「ちぇ。かわいくないな。素直に喜んどきなさいよ」

「相変わらずお前らは仲がいいな」

 後ろから大柄な奴が話しかけてきた。

「ああ。神野か」

「おお。そういや、直樹。レギュラー獲得おめでとう」

「エースで四番様に言われると嫌味のように聞こえるけれどな」

 必要もないのについつい憎まれ口をたたいてしまい少し自己嫌悪を抱いた。

「こらこら。そういうこと言わないの。でもすごいよ、神野君。頼りにしているよ。頑張ってね!」

 俺と話すよりも一オクターブくらい高い声で言った。おいおい。マネージャーさん。えこひいきはいかんぜよ。二人に聞こえないように、けれども自分にだけは聞こえるようにつぶやいた。



 *****


 ゲラ子の声は演劇慣れしてるだけあって、良く通った。そして仕草も活き活きとしていた。観客は自然と彼女の姿を目で追っていた。

 彼女の脚本がいいかどうかは判断がつかない。自分も書いてあるから思い入れフィルターがついてしまっている。少なくとも言えることは、舞台で話す彼女はそれだけで魅力的だ。華がある。ウチにはないもので、ちょっとだけ羨ましかった。



 *****


 レストランでは照明を抑えめに、ロウソクの淡い光で満たされていた。周りにいる客も少し着飾った格好をして聖夜を楽しんでいた。目の前の料理もこの日のために考え抜かれたものが並んでいた。

「あんたよくこんな店取れたわね」

 やや呆れた顔をしつつ、けれどもどこか楽しんでいつつ言った。

「これでも俺は地方公務員でかつ独身貴族だぜ。なんだかんだ金はあるんだよ」

 前の女は顔を引きつらせていた。

「まあまあ。そんなことより飲もうぜ」

 空になっていたグラスに赤ワインを注ぎ込んだ。

「まったく」

 それでも彼女は笑いながら赤い液体を口にした。なんだかんだこの場を楽しんでいるみたいに。

「それでは。ここでプレゼント交換の時間です」

 そうして俺は白いリボンに包まれたスカイブルーの箱を取り出した。

「あら。ティファニー?」

「感謝しろよ。結構吟味したんだからさ」

 憎まれ口をたたきつつも喜んでもらえるか気が気ではなかった。彼女の表情をどきどきして見ていた。

「ありがとう。大切にするわ」

 心からそう思っている。彼女の瞳がはっきりと語っていた。


 地上四十階の窓には夜の東京が広がっていた。個人的には百万ドルの夜景と言っても触りはないくらいだ。

「きれいな景色ね」

 淡々と言っている様に見えて楽しそうな様子がにじみ出ていた。俺は手じかにあった白州をとって、

「せっかくだから一杯いただこうか」

と、声をかけた。彼女は特に軽口をたたかず、チェイサーに水を注いでいた。

「それじゃ、君の瞳にカンパ~イ」

「ば~か」

 俺の冷たいギャグに冷たい言葉で返した。うん。こうでなくちゃ。

「私ってさ」

 少し口を濁した。瞳には憂いの色をにじませていた。

「昔ホテルのロビーによく通ってたのよね」

「何でまた?」

「一生縁がないと思ったからよ」

 はぐらかすように笑った。

「そっか。とりえず縁があってよかったな。俺に感謝しろよ」

 今度は呆れたように笑った。それを無視して二つのグラスにウイスキーを注いだ。そうして俺はグラスを手に取った。彼女もつられて持ち上げたので、静かに二人で乾杯した。



 *****


 物語は次第に佳境に入っていた。主人公とヒロインが親しくなっていき、主人公の過去も明らかになっていた。

 彼はとある非合法組織を追っていること。昔、好きだったマネージャーが非合法組織に殺されたこと。そして、いい感じになっていた女の子は非合法組織のメンバーで、マネージャーの妹だったこと。そして組織を裏切ろうとして、殺されかけていること。

 そしていま、主人公が追ってを倒して、まさに話を終わらせようとしているところであった。



 *****


 俺はお転婆プリンセスの方に足を進めた。

「体調はどうだい?」

 アイスブレイクもかねて軽口をたたいてみると、

「埃まみれの古倉庫に連れ出されて風邪気味ね」

 摂氏零℃の答えが返ってきた。相変わらずつれないね。

「上司と話してみると少しは情状酌量はあるっぽいぞ」

 続けてみるも、

「あら。そう」

 そっけない返事が戻ってきた。いやあ。コミュニケーションは難しいねえ。んじゃ、

「それと俺、草野球のチームに入ろうと思うんだ」

 初めてこっちの方を見た。

「またバリバリのバッティングをしてやろうと思ってよ」

「あー。だいたいいつもなめられて前の打者を敬遠させらるという」

 麻子のやろう。下らねえことまで妹に吹き込みやがって。

「いいんじゃない。あんたらしくて」

 自分のこれからのことを思って寂し気に笑った。

「それでさ。出所したらさ、俺のチームのマネージャーになってくれよ」

 予想外のセリフで鳩が豆鉄砲を食らったような面構えをしていた。

「いやあ。俺ってさ。女が目の前にいると燃えるのよ。おめえが来たらホームラン量産しちまうぜ」

 はーという深いため息をついた後、

「あんたには女は出来そうにないわね」

 といった後、

「手伝ってやってもいいわよ」

 続けて大きな笑顔で、

「その代わり『合言葉は甲子園優勝』だからね。ビシバシしごくわよ」

「ああ。よろしく頼むよ」

 そして、今後彼女の支えになれるように、くさいセリフを口にした。


「ずっと待ってるからな」



 *****


 万雷の拍手がウチらを迎えた。すべてのストーリーを語り終え、安堵と達成感を味わった。文化祭の出し物だから甘めに評価されているとはいえ、これは成功と考えて問題ないのではないか。

 改めて全員が舞台にもう一度上がった。ウチは観客の拍手を浴びつつ、席の方を見渡した。招待した二人が来てくれているか気にかかっていた。

 が、心配は杞憂だった。二人とも最前列でウチらの劇を見ていた。しかも隣同士で。偶然知り合って仲良くなった、って言う感じではないだろう。まるで長年来の友人に再会したような親しさが見られた。それが妙に心のトゲのように気になった。

「なつめ。おつかれー!!」

「やりきったー!!」

「うわ! ちょっと重い!」

 次々と同級生がおぶさってくる。すべてが終わった解放感からみんな気持ちが昂っている。ウチも細かいことは傍に置いといて、まずはクラスメイトとお祭り気分を共有することを優先した。


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