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第三章:デート

 天気は爽快。雲ひとつない空が広がっていた。目の前は富士山がくっきりの見え、背景では『キャー』とか『ギャー』という叫び声が響いていた。

「んで、俺はなんでこんなところにいるんだっけ?」

 隣で先生がぼやいていた。

「朝から元気ないですね。こんな可愛い子とデートできるんですよ! テンションあげてて行きましょうよ!」

 連れの方は普段と違ってグレーのパーカーに黒のパンツというラフな格好でいた。新鮮な姿を見てまた鼓動が早くなった。向こうは『はあ』と軽いため息をついた後、

「それで。香村はどれに乗りたいんだ」

 しぶしぶながら恭順の意をしめした。そうこなくっちゃ。

「それじゃ。まず『ドドンパ』に行きましょう!」

 長い長いデートが始まった。



 どうして先生とウチがイケナイことをしているのかというと、話は数日前まで遡る。ウチは服を買いに繁華街をぶらぶらと歩いていた。チャラい若者から怪しいキャッチ、観光中の外国人と多彩な人々がひしめき合ってた。

 そんな中で見知った顔を見つけた。道路を横目にそわそわしながら歩いていた。偶然出会えてなんてラッキーとテンションが上がって、

「こんにちわ☆」

 と声をかけた。先生はびくっとした後、落ち着かない様子でこちらを見た。

「ああ。香村か」

 そう言ってまたキョロキョロした。明らかに挙動不審だった。いつもの余裕のある先生っぽくなかった。

「どうしたんですか?」

 向こうは口を開いては閉じてを繰り返した。言おうか言わまいか迷っているみたいに。最後に観念したような顔をして、

「実はスマホを落としてな。この辺りを探してんだよ」

 そりゃ一大事だ。このご時世スマホに依存している生活だけに、失くしたとなったら大変だ。これは一肌脱がねば。スマホとなったら女子高生の方が強いかもしれない。

「落としたところの心当たりはあるんですか?」

 むう、という顔をして、

「気づいたらなかったな。通りぞいの喫茶店で使ってた記憶はある。店内にはなかったからひょっとしたら道路かなと」

 店には今のところなしと。

「電話されてみました?」

 親切な人が拾ってくれてて所在地を教えてくれる、という話を聞いたことがある。

「ああ。ただ誰も出なかったな」

 渋い顔をされて答えた。ふむ。拾ってくれた、というのもなし。まだ誰にも気づかれてないか、はたまた盗まれたか。はあ。ルパン三世みたいに発信器が付いていれば一瞬でわかるのにな。たわいもない想像をしてふいにピンときた。

「先生って紛失したとき用の設定てされてますか? GPSで今の場所を探したりできるんですよ」

 ウチの話を聞いて『そういえば』という表情をした後、

「確かケータイショップで買ったときにやったな。店の人に勧められて」

 それだ! それなら場所がわかるかも!

「ウチのスマホ貸すので、調べてみてください!」

 探索ページを開いた状態で先生に渡した。「すまん。恩に着る」

 ウチのスマホに情報を入力し始めた。数十秒間は画面をじっとみていたが、急にテクテクと歩き出した。引っかかったのかしら。

 一直線に大通りを進んだのち、急に沿道の辺りに目を凝らし出した。ぽろっと落としたのかなと思い、うちも何とはなしに眺めていた。ふと黒っぽい塊が視界の隅に入った。見覚えがあるなと思い、反射的に拾い上げるとビンゴ!

「先生! ありました!」

「まじか!!」

 すぐにウチから譲り受け、いくつかのアプリを立ち上げて自分のかどうかチェックしていた。内容的に先生のと確信したらしく、やっと安心した表情を見せた。どうやら特に変わった点は見受けられなかったみたいだ。

「いやあ、助かった。香村ありがとう」

 ほころんだ顔を見せた。予備校でも中々見ることがないので、自然と顔が熱を持った。

「何かお礼しなきゃな。なんか食いたいもんあるか」

 高揚感をもって即答しようとしたが、すぐに冷静モードになった。もしかしてチャンスじゃない? 千載一遇のチャンスじゃない?

「じゃあですね~」

 先生は瞬間『しまった』という面持ちをしたがもう遅い。

「今度デートに誘ってください!」

 ここで距離を詰めなきゃいつ詰める。一時的に嫌われても一時的に引かれても、ここは強くでなきゃと思い、かなり強引な提案をした。



 という経緯より本日の富士急ハイランドを勝ち取った。ウチ偉い! 頑張った!

「きゃあ!!」

「うぎゃああ!」

 超高いジェットコースターで叫びを上げつつ、満足感でいっぱいだった。


「あー楽しかったですね」

 前から気になってたアトラクションに、しかも好きな人と一緒に乗れて大満足だった。

「うう」

 先生はグロッキーになっていた。ひょっとして絶叫系って苦手なのかな。

「少し休みましょうか?」

 ウチだけがエンジョイしててもしょうがない。無理や連れてきたとはいえ、遊園地は二人一緒に味わなきゃ意味がない。少なくとも努力はしなきゃ。そう思っていると、

「大丈夫だ。今日はお前へのお礼だ。好きなのを好きなだけ乗りな」

 うわっ。かっこいい。青い顔して震えながら口にしても、やっぱりかっこいい。大人だ。

「なら。好きなとこに行っちゃいます」

 男の強がりに対しては甘えるのがエチケットだ。存分に寄りかからせてもらおう。

「おう。遠慮するな」

 拳を軽く胸に叩いた。から元気とはいえ頼もしい。パンフレット見渡して、

「次はこれに乗りたいです!」

 富士急ハイランドの名物のひとつ『ええじゃないか』を指さした。さっきと似たような絶叫系だ。先生は、

「お、おう。よ、よし行くか」

 なんとか同意してくれた。頬をピクピクひきつらせていたのは絶対に気のせいじゃないな。



 こうして先生とデートするなんて想像もしていなかった。ただ予備校講師と生徒その一ぐらいの距離感だと思っていた。それがまさか一緒に遊園地にあそびに行くほどになるとは。世の中なにが起こるかわからない。

 そよ風が肌を優しく撫でた。髪が目に入りかけたので軽く払った。ついでにキャラメルラテを口に運んだ。かなり遊び回ったので、カフェでちょっとした休憩を取っていた。

「いやあ。たまにはこういうところに来るのはいいもんだな」

 先生はアイスコーヒーを半分ほど飲み干して、ふぅっと深呼吸をした。初めて今日リラックスした表情を見せた。

「今日は付き合っていただきありがとうございます。とても楽しかったです」

 改めて礼をいった。今のうちに伝えておかないと忘れてしまうかもしれない。

「いいってことよ」

 何でもなさそうに手をひらひらとさせた。

「しっかし意外だな。香村がこういう絶叫系が好きだとは」

「ですよねえ。実は好きなんです。キャーって大声を出すのが気持ち良くて」

「なるほど」

 先生は苦笑いした。

「普段の香村って落ち着いた雰囲気が出ているから新鮮に感じたよ。こいつも結構はしゃぐんだなって」

「ふふ。実は昔はアクティブ系で通ってたんですよ」

「マジ? 想像つかねえな」

「ホントですよ。子どもの頃に祥ちゃ……兄貴とシンデレラごっこをしてたんですが、つねにセリフがフォルテッシモで。近所迷惑ありゃしないでしたよ」

 この前みた夢のように。あの頃はまだ兄貴と仲良かったっけ。自分ながら溌剌さを持ち合わせた気立てのいい子だった。すっかりひねくれたやつになっちゃったな。

「ほお。仲の良い兄妹ってやつか。うらやましい限りだぜ」

 からかい気味に口にすると、ついウチは身を硬くした。

「昔の話ですよ。最近は冷え切ってしまい、基本的に仮面夫婦みたいな会話しかしませんよ」

 脚本について話をしたのは例外中の例外。あんなに言葉を交わすのは中々ないだろう。

「そっかー。そういうもんか」

 こちら側の表情の乏しさを察したのか、今度は茶化さなかった。逆にウチの方が慌ててしまった。誘った手前、先生にも楽しんで欲しい。

「それじゃ、先生。もっと遊びましょう!」

 少し明るめの声を出した。先方もこちらの意図を汲んでくれて、

「ははあ。仰せのままに」

 大袈裟な身振りをしてうちに従った。休んだからかさっきよりはリラックスした笑顔を見せてくれた。


 その後もウチらは富士急ハイランドのアトラクションを一通り制覇した。絶叫系はもちろんメリーゴーランドやティーカップ、ホラー系と見れるところは見切った。お化け屋敷はあまりの怖さに二人そろってギブアップしてしまった。

 終わる頃には空が茜色に染まっていた。次第に家族連れは家路につき始めていた。程よい疲労感と程よい気持ちよさが身体の中に残っていた。

「おおし。遊んだ遊んだ!」

 先生は大きくストレッチをした。その表情には久しぶりに羽を伸ばした種類の表情をしていた。ただただ先生の重荷になっただけではないことがわかってホッとした。

「さて。帰るか」

 長かったホリデイもこれで終わりかという雰囲気になりかけたが、

「あ、ちょっと待ってください。最後に一つだけ」

 危うく忘れるところだった。朝からずっと頭の隅に置いておいたのに。

「オッケー。なんだ? 行っておきたいアトラクションでもあるのか?」

「いいえ。違います。ちょっと野暮用で」

 そう言ってうちはテクテクと歩き出した。先生も『はて?』という顔をしつつ、うちについてきた。当然だろう。目玉の場所はあらかた回ったのだから。

 着いたのは土産ショップだった。そこには買い物客で大きな賑わいを見せていた。アトラクションにちなんだグッズやら山梨名物の食べ物やらが並んでいた。ウチはその中でお菓子コーナーに目を向けていた。人気のスペースだけあって、人の隙間を見つけるのに苦労する。

「おお、お土産か。律儀だな」

 先生も付き添って横から眺めていた。

「習慣になってしまって。買わないと落ち着かないんですよね」

 半分の集中力で先生の話を聞いていた。貰い手が好きな物、苦手な物を頭の中でリストアップしつつ、ウチの小遣いの負担にならない物を精査していた。

「友人とかにでもあげんのか?」

「いえ、兄貴です」

「は?」

 先生の言葉に詰まった声が聞こえた。

「あいつって旅行に行くたびにウチにお土産を買ってくるんですよ。その度に借りが増えてきちゃって。嫌になっちゃう」

 こういう遠出したときに返さないと負債が溜まる一方なんですよね。

「なんていうか。その」

 連れの男性は幾分か言葉を探した後、

「なんだかんだお前ら仲が良いな」

 その瞬間、周囲の音が耳に入らなくなった。いつものように自分の血が冷たくなる感触があった。土産探索を止め、先生に対して真っ直ぐに視線をぶつけた。

「予備校講師でも人間分析を誤ることあるんですね。ハズレですよ。ハズレ。ハ・ズ・レ。ウチら兄妹は仲悪いですよ。認識改めてください」

 指をびしっとつきつけるような気持ちで答えた。こちらとしては借りを返さなければ気がすまない。ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

「ああ。そうかい」

 同意した声を相手は出したが、顔にはニタニタした笑いが張り付いていた。よくゲラ子がウチに見せるのと同じ種類のように思えた。こうなったら何を言ってもダメだというのは友人との付き合いから学んでいるので、そのまま無視することにした。

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