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第二章:文化祭準備

 クラス中の生徒たちの視線がぶつかってくる。真面目な視線、ニヤニヤした視線、眠たげな視線さまざまだ。普段から舞台に立っているから視線には慣れているつもりだったが、役割が違うとこうもチ居心地が悪いものなのか。

「えっと。それじゃあ、ウチらが演る劇を決めたいとお願います。みなさんよろしくお願いします」

 パチパチと拍手が聞こえてきた。それでも心安らぐどころかなおさら緊張が高まってきた。

「棗がんばれー」

 同じく委員に選ばれたゲラ子が隣に立って声援を送ってくれた。ありがたい限りですが、なんで私めが仕切っているのでしょうか。あんたが立ちなさいよ。そういうの得意そうでしょ。

 心の中で不平・不満を叫ぶものの、決まった以上は後戻りできない。クラスの中心人物を演じるつもりで行かなくてはいけない。深呼吸をしつつ、

「それでは早速ですが何を演るか決めたいと思います。みなさんタイトルの案をお願いします」

 隅っこの方でポツンとしてることを目指していたにもかかわらず何故こうなったのか。数時間前のことを思い出しつつ、世の中はままならないことを悟った。



 まだウチがクラスの委員なんかになる少し前の話。国語教師が文化祭の日程とかについて説明していた。我々は青春まっさかりの高校生。おのおの温度差はありつつも興味津々で聞いていた。ウチも何だかんだ演劇部員。素人が作るとどんな劇になるのか関心を持っていた。

「それじゃ、いつまでも私が話すわけにかないですし。代表決めましょうか。やりたい方いますか?」

 クラス中が微かにざわついた。自分たちの数ヶ月間のボスが誰になるか気になるところではあるだろう。とはいえ、もうある程度決まっているみたいなものではあるが。

「はい、俺やります」

「あたしも!」

 チャラい組の男子リーダー&女子リーダーがすぐさま手を上げた。体育祭でも立候補してたし、予想通りの展開だ。目立つのが好きなのか仕切るのが好きなのか。

「はーい。他にいますか?」

 先生もトントンとことが進んで安心している印象を受ける。変なトラブルがないのが一番ってことかな。

「……」

「……」

「……」

 以降、誰も声をあげなかった。よかった。これで確定だ。人柱になることはなかった。内心安堵しつつも、いよいよ文化祭がはじまるのかなとワクワクしてたその時、

「ちょっと待ったあ!!」

 山田が声を上げた。全員彼に注目した。どの表情にもキョトンいう吹き出しがついていた。

「……どうかしたの?」

 先生が若干めんどくさそうに尋ねた。

「なんでこいつらが代表をやるんですか!」

 そういって、ビシッと美男美女を指差した。

「……立候補したからですけど、それが何か?」

 トラブル起こすなよ、という気持ちが顔にありありと浮かんでいた。

「これって劇ですよね? やるからには良い劇をつくりたいですよね? であるなら、やっぱりその道のやつに仕切ってもらいたいですよ」

 ……あれ? おかしいな。雲行きがあやしくなってきた。嫌な予感がする。

「香村とゲラ子という演劇部のエースが二人もいるんですよ! 彼らにお願いするのが筋でしょ!」

 ウチらはエースじゃないぞっ☆ どちらかというとノーマルピーポーだぞっ☆ ……ってそんなことじゃなくて。

「あのね……山田くん……。こういうのはやりたい人がやるのがいいと思うな……」

 余計なこと口にしてんじゃねえよ、山田。だまってリア充どもに導かれてろよ。言外に微妙なニュアンスを込めるも、もちろん彼に乙女の機微などわかるはずもなく、

「こいつら体育祭もやってただろ! おいしいポジションとりすぎだろ。もっと分け合おうぜ。内申点とか社会に出た時とかの自己PRとかに関わるんだからさ」

 なんでンなことをテメエに心配されなきゃならねえんだよ。そこまで言うならテメエが責任とれよ。おい。言い返そうと口を開きかけると、

「たしかに演劇部員の方がはかどるか」

「あたしたち体育祭でもやったし。出しゃばりすぎちゃったかな」

 勇気を持って立候補した人たちも考えを改め始めた。いやいやいやいや。ぜひやってくださいよ。目立ってくださいよ。内申点かせいでくださいよ。軌道修正すべく、山田への反論を始めた。

「あのね……。演劇部っていってもね。うちらは役とか小道具とかがメインなの。演出とか脚本とかは全然やっていないんだ」

 だから君の思っているようなことはできないよ、と言外の意図をこめた。が、

「やったじゃん! チャンスじゃん! 香村の思い通りの芝居できるじゃん!」

 聞いちゃいねえ。ダメだこいつ。

「そういえば。香村さんのお兄さんも昔クラス代表してたわね」

 先生が唐突に昔話を始めた。スウっと身体の温度が三度ほど下がった気がした。

「あれは面白かったわ。学生ならではのフレッシュさと、しっかり練られた堅実さがあって。香村さんもできるんじゃないかしら?」

 簡単に言わないでくださいよ。ウチはウチ、兄は兄なので。そう思っていると、

「先生。兄妹だからって同じことができるのは違うと思います」

 ゲラ子が発言した。援護射撃ナイス!

「この子は根暗でひねくれで、おっちょこちょいで人前に立つタイプではないです。棗のお兄さんは気配りができて、優しくて、周りの人に好かれてたから、成功させられたんです! 棗とは違うんです!」

 友人は熱いハートを持って語ってくれた。……おい、言ってくれるじゃねえか。ウチが兄貴と違うだぁ? 反射的に先生に向かってピッと手を上げた。

「どうしたの、香村さん?」

「……代表をやります。やらせてください」

 クラス中がざわついた。ウチを心配してくれる囁き声も聞こえてきたが、構うもんか。

「あ……。香村さん。その。無理しなくて良いのよ。人には向き不向きがあるし。お兄さんができることが、あなたにできなくても全然恥じゃないのよ」

 その言葉がまた闘志に火をつけた。

「なんでですか? ウチが兄貴に劣るというんですか? 兄貴にできることがウチにできないっておっしゃるんですか? 見ててくださいよ。先生。兄貴のなんて霞むような劇を作ってあげますよ。この子たちに最高の思い出を約束してあげますよ」

 握り拳をつくって力説していた。ふと気づいたらクラス中がウチを凝視していた。先生も緊張しつつ真剣な顔をして、

「そう……。そこまで決意したのなら。香村さんにお願いしましょう」

 慌ててリア充組に目を向けると、

「そっだね。これはどう考えても香村の仕事だな」

「ごめんね、変な邪魔しちゃって。よろしく棗。期待してるよ!」

 二人はうちに向かって拍手をした。他の人たちもつられて手を叩いた。

「決まりね。香村さん、後はよろしくね」

「……はい」

 オウマイガッ。いつの間にか後には引けない状態になっていた。ノリと勢いで啖呵を切ったことにすぐさま後悔した。

 ……まあ、いい。ここまできたら楽しまなきゃ。部活だと他の人がいてなかなか触れ梅部分だ。自分の演技力に箔をつけるつもりで頑張ろう。

「さすが棗だね。私も一緒に頑張るよ。先生サブで付きます!」

 ゲラ子が先生にお伺いを立てた。

「いいわよいいわよ。どうせそうなるだろうと思ってたし」

 またもやクラス中に拍手が広まった。これにより正式に演劇部員がクラス代表をやることになった。見事に我が部のジンクスに沿った形になった。

「やるっきゃないね」

「そうね」

 二人して小さくエイエイオーをした。これから長い日々が始まる。まずはささやかな決起会をした。……ところでゲラ子。人に押し付けてないであんたがやればよかったのでは。どう考えたって、ウチよか向いてたでしょ。

「やあね。怖い顔しないの。リラックス!」

 こいつ確信犯だわ。自分の立ち回り方をミスったことを悟った。思うところはあるが、そろそろ先に進まないとらちがあかない。

「えっと。それじゃあ、ウチらが演る劇を決めたいとお願います。みなさんよろしくお願いします」

 生徒たちに挙手してもらい、ゲラ子に黒板に記載してもらっていた。個人的には一番ドキドキするシーンだ。何が出るかわからない宝箱を開ける感覚に似てる。今回出たやつだと、


・魔法にかけられて

・サマー・タイムマシン・ブルース

・時をかける少女

・人間失格

・ラジオの時間

・眠れる森の美女

・電車男

・桜の園

・項羽と劉邦

・ボヘミアン・ラプソディ

・合言葉は甲子園優勝


 古今東西の劇・映画・小説がバンバンと出ていた。人の趣味は十人十色というが、こんなに出てくるもかと驚いた。『人間失格』なんてどう演るんだ? キャピキャピした若人たちの前で、

『恥の多い生涯を送ってきました』

 と、言うのか。一通り意見は出そろっなので、次のフェーズに入る必要があった。

「それじゃ、ええと」

 どうすればいいんだろう。頭の中で考えていると、

「それじゃ、多数決とります。自分がいいなと思ったのに手をあげてください。それで五つに絞り込みます。その五つに対しても多数決を取ってって、最終的に一つに絞り込みます。それでいいですか?」

 友人の提案に対して各々頷いていった。了承のサインOK。ありがとうゲラ子! てかやっぱり代わってゲラ子!

 心の中で弱音を吐きつつ、クラスの表を取っていった。予想通りというかなんと言うか、集まる劇は偏りが見られた。『眠れる森の美女』といったディ○ニー系の話や『サマー・タイムマシン・ブルース』といったスカッとわちゃわちゃした話に集まった。『項羽と劉邦』や『人間失格』といった文豪系のタイトルは提案した人しか入れなかった。

 そんなこんなで絞った結果、最終的に『合言葉は甲子園優種』が選ばれた。過去に高校球児だった警察官ちょいとバカっぽいが、新聞記者の女性(ちょいと悪女っぽい)と一緒に麻薬組織を追う話だ。正直言って意外だった。もうちょっとメジャーなタイトルが選ばれると思ってた。

「たぶん目立つ奴らに野球部が多いからじゃない?」

 こともなげにゲラ子が言った。そういえば、そうだった。最初っから野球部の人たちが推してたな。たぶん中には忖度してる人たちがいるんだろうが。

「では劇のタイトルが決まったので今日はここまでにします。次回には配役を決めます。誰が警察官と新聞記者に誰がふさわしいか考えておいてください」

 みなに連絡事項を伝えた。

「そうそう。代表とか気にせずにいいから。女子マネージャー役に棗を選んでもいいからね」

 ゲラ子がおちゃらけつつ口にした。主人公の同級生であり、物語のキーパーソンだ。

「ちょっとゲラ子、うちがマネージャーなんて」

 確かに縛りとかない状態で配役を決めるのはいいことだが、なんでまたウチがマネージャーなんて。甲子園に連れてってもらうとかお姫様キャラじゃないし。でも、そんな正統派の役をやってもいいかも。そんな風に勝手に悶々としていると、

「ゲラ子、棗はどう考えても悪女なヒロイン一択だろ。ちゃんとコイツのこと考えてやれよ!?」

 たしかにという声がちらりほらりと耳に入った。うるせえよバカ。なんでもかんでも人を悪の道に落とさせやがって。ダース○ーダーになったろか。そんなこんな緩いだ空気が流れ、自然とこの会はお仕舞いとなった。


「ほんと、山田って女心わかってないよね。あいつ絶対モテねえわ」

 放課後の教室にて。ゲラ子はクラスメイトのことをこき下ろしてた。

「ま、まあ。いいじゃない。人には向き不向きあるし」

 胸の内では激しく共感するが、そう言語化するのは流石にかわいそうになってくるのでなけなしのフォローはした。

「いいや。ダメ。女の子には誰でも心の中にお姫様がいるんだから。古文の単語は忘れてもそのことは胸に刻まなきゃ」

 初めて聞いたぞ、そんなこと。気持ちはわからないでもないけど。

「とはいえ、うちも新聞記者とかの方が似合うだろうし。悪女の方が得意だと思う」

 一応、山田のフォローをすると、

「うん。私もそう思う」

 あんたはどっちの味方ですか。ジト目で友人を見ると、ゲラ子はまあままという調子で手をひらひらさせた。

「それはそうとして。脚本どうする?」

 すぐに彼女は切り替えて、今後の進め方を話し始めた。そう。代表だけで全部やるのは悪い気がしたので、

『脚本を書きたい人ゆる募です。やりたい人は手をあげてください!』

 と伝えた。結果はゼロ。誰も手をあげなかった。恥ずかしいとかそういうのではなく、誰も彼も興味のなさそうな顔をしていた。このクラスには自分の文才を主張したい酔狂なやつはいないんかい。

「仕方ないからさ。私とあんたで分担して作ろうか」

 友人は現実的な案を提示した。他に希望者はいないことだし、二人でなんとかしなくちゃならんな。

「機械的に前半と後半でわけようか。棗はどっちやりたい?」

 自分の中では物語はいかに終わらせるかが面白いと考えている。だから後半パートをやりたい。でもそれはゲラ子も同様の感覚を持っているのでは?

「そっちはどうなの。どっちやりたい?」

 ひとまず自分の気持ちは告げず、友人の意向を聞いた。

「私は前半かな。キャッチーなつかみで一気に引きこむ話が好きだから」

 なるほど。そういう考え方もあるのか。確かにゲラ子は勢いのあるストーリーが好きそうだ。

「ということで棗は私のこと気にせず後半部分担当していいよ。こだわりが強そうなあんたのことだから、物語はどう終わらせるかを考えてるんでしょ?」

 確かにそうなんだけど見透かされてるとイラッとするな。素直に喜べないぞ。

「まあまあ。これにて脚本担当も決まったので一件落着。よかったよかった」

 いつものニヤニヤ笑いではぐらかされた。

「さてと。明日の夕方にお互いあらすじと最初の二ページくらいを書いて見せ合おうか。それでこんな話にしようか決めて行こうよ」

「オッケー」

 慣れ親しんだ間柄だから話は早い。トントン拍子で進んでいった。ここまではまだいい。先輩方の進め方を見ているから、見様見真似でなんとかなる。クラスメイトの役作りもウチらでフォローして舞台に立てるぐらいにはなるだろう。

 問題は脚本。ゲラ子はわからないが、ウチは今まで特に強い興味を持ってはいなかった。おまけに普段自主的に文章を書く習慣がないからどこまでできるやら。

「なんとかなるっしょ!」

 友人はそう言うが気が重い。どんよりしていると、

「あんたの兄さんに見せて貰えばいいじゃない。演出とか脚本とかやってたのでしょ?」

 あ? というヤンキーのような表情をしているんだろうな。軽く舌打ちしたい気になってきた。

「っち!」

 というか実際に舌打ちした。そんな不機嫌オーラもどこ吹く風か、

「こういうのはプロに聞くのが一番よ。文章なんて読んでもらってナンボだし。私は一人っ子だから演劇経験者の兄弟なんかいないのよ。あんたは恵まれてると思いなさい」

 ヒラヒラさせながら言った。ここで皮肉をいうのも大人気ないので、

「選択肢の一つとして考慮させていただきます」

 政治家のように揚げ足取られない返事をした。文章なんて書きゃいいんでしょ。書きゃ。日本語を読めて日本語を書ければ脚本なんて誰でもかけるでしょ。問題なんてまったくないわよ。兄貴の手なんて借りるまでもないわ。

……この時はまだ虚勢をはる余裕がありました。



 さて、ところかわり我が家にて。ウチは自分の部屋でスェット姿になり、机の前に座っておりました。もう原稿用紙はノルマの七割は埋まっており、自分の才能に気づいてしまいまして。と、いう展開はもちろんなく。


 ターン!!!!!


 反射的にウチはキーボードを強く叩いた。

「書けるか!!! こんなの!!!」

 誰よ日本語を読めて日本語を書ければ簡単に脚本なんて作れるって。ムリでしょこれ。一文字も浮かばないよ、言葉なんて。大筋は既にあるのに全然進まない。諸先輩方に対して初めてリスペクトの気持ちを抱いた。今まで影で脚本をバカにしてごめんなさいあやまりますゆるしてください。

 もしウチがタバコを吸える年齢になったら、絶対に吸うようになるだろう。そしてあっという間に灰皿にタバコの山が出来上がるだろう。もちろんウチはイタイケな女子高生。タバコなんぞ吸えるわけがない。ということで代わりにリンゴジュースをチューチュー吸っていた。そこ! 絵にならないなんて言うな!


ーーコンコン


 っち。なんだよこんな時に。

「いいよ!!」

 若干怒鳴るような声をあげた。ドアがソオっと開いて、

「あの……。ご飯できたんだけど……。食べる……?」

 兄貴がびくびくした調子でたずねてきた。いつも飄々としていた兄貴にしては珍しい声色だった。よほどとっつきづらいように見えるんだろうな。

「あ!? 食べるよ!? 悪い!?」

 勢いよく立ち上がった。こんな時は飯を食べるに限る。先にリビングにいった祥太兄貴に追いついて席に座った。

 テーブルには肉じゃがに炊き込みご飯になめこの味噌汁と茶色い料理が並んでいた。茶色いご飯はうまいのだ。ってまたウチに気を使ってるな、こいつ。

「それじゃ、いただきます」

「いただきます!!」

 今日も両親はいないので兄貴と二人での食事。普段だったら嫌なシチュエーションだが、今日はもっと嫌なイベントがあるから全然気にならなかった。黙々と栄養補給をして脚本を書くためのエネルギーを吸収するのに専念した。うん。やっぱり味噌汁はなめこよね。

「……あの。だいじょうぶ?」

 おずおずと質問をしてきた。そんなにこちらの様子がいつもと違うのだろう。普段だったら無視してコミュニケーションの断絶を図るのだが、

「あ!? 脚本よ脚本!! 文化祭の劇の脚本をクラスのやつらに押し付けられたのよ! おかげでゲラ子と二人で作らなければならないのよ! なによ! なんで普段は役をやっているウチがやらなければならないのよ! 知らないわよ! 脚本なんて書きたいなんて思ってなかったわよ! てかどうせクラスの中には小説好きのやついるでしょ! 候補に『人間失格』なんてあげてるやついたし! そいつら書いて見なさいよ、立候補してみなさいよ! 小説も脚本も似たようなもんでしょ!? あんたの文学を世に問う絶好の機会でしょ! それを使わないなんてあいつらバカなの! 『本読む馬鹿が、私は好きよ。』 なんて言って欲しいの!? だったら脚本書いてよ! こんな美女に惚れられたいでしょ!? ウチに好かれたいのなら脚本書いてよ!」

 支離滅裂で八つ当たりめいたことを言ってる自覚は大いにある。というより小説付きのAさんからしたら八つ当たり以外なにものでもない。立候補するしないは彼らの勝手なのだから。

 マシンガントークが落ち着き、冷静になって目の前の男の顔を見た。一気に『しまった!』という感情が胸の中に広がった。兄貴はポーカーフェイスを意識しようとしてるが、その瞳にはあからさまなキラキラ感が出ていた。目は口ほどに物を言う、ってまさにこのことね。

「へ、へえ。演劇やるんだ。そして脚本担当するんだ」

 なんでもない声を装っているものの、興味津々の色がありありと出ていた。兄貴ほんとに演劇やってたの? 本音ダダ漏れなんですけど。

「そ、そうよ。悪い?」

 いつものような冷たい声を出そうとししたものの、本音ぶちまけたバツの悪さから動揺が混ざってしまった。祥太兄貴は首を左右に振り、

「いや。いいよ。すごくいい。絶対、書いたほうがいいよ」

 コイツなら絶対そう言うと思ったよ。

「でも結構大変みたいだね」

 同情めいた声を出した。

「そうなのよ! 一行目がまったく書けないの! いや、普段から脚本とかでなんでこんなの書けるの!? って思ってたけど、書ききれるだけすごいわよ! ……うちって文才ないんだろうな」

 今日は絶不調だ。もう嫌だ。兄貴にこんなに口聞いてるなんて。それでもなんとか自制は効いたと思う。目の前の男に『あんたってすごいよね。脚本書ききったんだから』と言わなかったんだから。

「ああ。俺も最初そんなだったな。勢いで脚本を引き受けたけど、なに書いていいか全然わからなかったよ」

「ホント!?」

 意外だった。兄貴は小さい頃からそつなくこなしているイメージがあった。言われたことは要領良くやっている方だったと思う。この人にも苦労したことがあったんだ。……背に腹は変えられぬ。……ここは堪えるときぞよ。

「……ど、どうやって乗り越えたの」

 まさかコイツに教えを乞う日が来ようとは。屈辱を押さえつけようと内心もがいたが、

「あ、それはね。ヘタクソでいいやって思って書いた」

「ん?」

 というと?

「文章を書く時にどうしてもカッコつけた言い回しとか、正確な表現とかを意識しちゃうけど、慣れてないと中々進まないんだ。そのうちペンを投げたくなっちゃう」

 まさにちょうど投げ出したくなってる。

「それだとね。結局苦しいんだよね。原稿埋まらないの気がばかり急いじゃって。だからとにかく一行で、シンプルで、下手で。という気持ちで取り組むのが一番かな。書ききっちゃえば、どうとでも直せるし」

 詰まった時ネットで調べてその意見は見たことがある。身近な人も語っているということは一定の真理はついているのだろう。それでも、そう言う人に限って、最初からある程度できるんだろうな。

「とか言って。どうせ兄貴のことだから出来の良い脚本になっちゃったんでしょ」

 やっかみめいた愚痴をこぼした。対して兄貴は楽しそうな笑顔を見せた。

「だったらカッコいいんだけど、これが本当に酷い出来なんだ。我ながらよくこんなの出せたなって。部活のやつらに見せたらディスられまくったよ」

 そこまで断言するからには相当ひどいんだろうな。

「なんだったら見てみる? これだったら書けるかも、っていう気になれるかもよ」

「えっ?」

 どうしよう。ここで見せてもらった本当に借りができてしまう。それでいいの? コイツに精神的余裕を与えるんだよ。お兄ちゃんっぽいことができた、っていう優越感を持たせるんだよ。ここでうなずくとズルズルいくよ。体感三分(実質十秒)の逡巡をした後、

「……見せて」

 降伏の白旗をあげた。今日は勘弁してあげる。ただ次はないからね。

「うん! 待ってて」

 小走りに自分の部屋に向かった。ホント、嬉しそうな表情をするよな。ウチと大違いだ。テーブルの食器はいつの間にか空になっていた。ずいぶん久しぶりに見る光景だ。いつも兄貴が食べてるのに、部屋に戻ってたっけ。

 取り留めのないことを考えていると、すぐに先方はリビングに戻ってきて、

「持ってきたよ。はいどうぜ」

 うちに原稿の束を手渡した。

「……」

 かなり古いものらしく、黄ばみが目立っていた。余白部分には補足や感想が所狭しと記載されていた。そのことからも試行錯誤したことが窺える。で、内容はというと。

 ペラペラと十ページくらい読んでみたが、まず見た目が汚い。原稿の一列目に文字が入っていて、誰のセリフかわかりづらい。そのセリフも長々とギャグめいたことを言い続けている。しかも寒い。

 場面転換も唐突で良くわからない。シュールレアリズムを狙っているのかと思ったが、セリフの凡庸さから見るに、単純に動き方のイメージができていないだけっぽい。

 ぶっちゃけ面白くない。どうやらコメディのようだがマジで笑えない。何一つクスリとくる要素がない。笑えないコメディの存在価値って一体何。

「……ひどいねこれ」

 人の脚本を読むからには流石のウチもオブラートに包もうと考えていた。が、こればかりは率直な感想がダダ漏れになってしまった。

「でしょ?」

 本人はこちらの反応を見ても、相変わらず楽しそうな笑顔を見せていた。

「書いている時にこれってダメなんじゃないかな? とか、受けないんじゃないかな? とかずっとよぎってたんだよね」

 で、周囲からボロクソ言われたと。

「……これだったら全然書けそう」

 ぼそっと思ったままのことを呟くと、

「そう!! その感覚だよ!!」

 部屋中に響き渡る声を上げた。お隣さんの迷惑になるかもだから落として。

「大事なのは『書けそう』っていう感覚だよ。ハードルを下げること。無駄に神格化させないこと。それが重要だよ」

 いつになく熱弁をふるっていた。

「一度書ききって仕舞えば『こんなもんか』という気持ちが芽生える。そうしたらもう一回書くのも苦痛じゃないし、書き直すこともできるようになるんだ」

 そんなもなのか。いまいち実感が湧かないが、

「ちなみに修正した原稿もあるんだ。読んでみる?」

「うん。見せて」

 今度は素直に返事した。兄貴に対して強がるよりも、コイツ原稿がどう変わったか純粋な興味を覚えた。

「じゃーん。そう思って用意してた」

 ……初めからそのつもりだったな。結果的に相談している形になってしまったが、とりあえずケチなプライドは脇に置いておこう。

 原稿をペラペラと十枚ほどめくってみた。即座に格段にレベルが上がっているのがわかった。まず原稿の使い方がきれいになってる。見やすいし誰のセリフかも把握できる(あたりまえのことなんだけど)。自然な台詞回しになってるし、場面転換も違和感を覚えない。同じ脚本がこうも変わるんだ。

「どう?」

 自信持った表情で聞いてきた。答えは決まっていたが期待通りに返すのもシャクなので、

「まあ。悪くはないんじゃない?」

 当たり障りないことを口にした。それでも兄貴は満足そうな表情でうなずいた。ちっ。

「そうそう。こんな風に書けば直せるから。脚本はまずとにかく埋める。結局これにつきるよ」

 いつの間にか食後のデザートが置かれていた。ウチはリンゴをシャリシャリと頬張りつつ彼の講釈を聞いていた。ひとまず執筆に対してのハードルは格段と下がった。不思議なもので他人の作品を見ることで、自分も脚本を書いてみたくなった。

「……ごちそうさま」

 立ち上がって自分の部屋の方へと足を向けた。その前に、と。兄貴の方へと振り返り、

「……ありがとう」

 形だけでも礼を述べた。向こうは一瞬きょとんとした後、まっすぐな笑みをうちに見せた。


 埋めればいいのよ埋めれば。そんな心意気で向き合うと不思議不思議。キーボードが進む進む。なんであんなに苦労してたのか全く謎だ。途中思いつきでエピソードを追加したりして遊び心を入れたりもした。気づいたら時計は0時を越えていた。

「ふう。ここまで」

 一種の充実感があった。遠い世界の出来事が急に身近になったような感覚。自分の言葉で物語をつむぐのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。

「っと。そろそろ寝よう」

 歯を磨くのは明日でいいやと考え、すぐにベッドに入った。肩もほぐれて、頭の中もスカッとしてた。今日はいい夢を見れそうな気がした。



 翌日の部活も終わった後。ウチとゲラ子はサイゼのドリンクバーで絶賛粘り中。原稿をテーブルに並べて侃侃諤々の議論を起こしていた。

「ちょっとゲラ子。なに主人公。いくらなんでもこんなバカっぽいセリフ吐く? もうちょっと賢いやつじゃないの?」

「これぐらいバカな方が華があるのよ。中途半端だとウザいだけよ。それよりも最後の犯人との戦い酷くない? めっためたにいたぶってさ」

「あら? いいじゃない。悪には徹底的にやるというの。自分が正義だと微塵も疑ってない警察にぴったりじゃない?」 

「あんたさ、高校の文化祭ということ忘れてない? そういうバッドエンドは部活の方でやらない?」

 すでに三時間ぐらいは居座っていた。特に混んではないからか、店員さんがウチらを生暖かい目で見ていた。印刷した紙はお互いの指摘で真っ赤になっていた。

 ぶっ通しで話し込んでいたので、さすがに疲れがでてきた。凝った身体をほぐすために、軽く背伸びをした。こういうのは伝染するものか、ゲラ子の方もストレッチをし始めた。これにて一旦休憩か。

「しかし。なんとか様になってきたね。ウチらでも脚本って書けるもんだね」

「ほんとね。興味があまりなかったでのもあるんだけど、私たち先輩に任せっきりだったもんね」

 なんとはなしに自分たちの努力の結晶を眺めていた。

「棗なんてビビってたのに何だかんでつくっちゃうんだもの。さすがね」

「へへん。やるでしょ」

 ドヤ顔をしたものの、

「……兄貴のアドバイスにもらったからね」

 悔しいがその事実は認めねばならない。ウチが一人で四苦八苦しても途中で投げ出すのがオチだった。祥太の話題が出たのでてっきりいじられるだろうと身構えたが、友人はどこか嬉しそうに、

「そっか。よかったね」

 と、簡単な感想を述べるだけだった。

「あんたは部活でも脚本書いてく?」

 ゲラ子が聞いてきた。想像だにしてなかったな。ちょっと考えて、

「うーん。どうだろう? わかんないな。役の方をメインでやるとは思うけど」

 元々演じる方に興味があって、シナリオを作るなんてことは考えもしなかった。お話しというのは読むもので書くものではなかった。

「ふーん。なんかあんたってさ、脚本書いてるとき生き生きしてたからさ。意外と向いているのかなって」

 へえ。そう言う一面もあるのか。自分だと意識してなかったが。部活でも今度提案してみようかな。文化祭を通して少し幅が広がった感触があった。


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