1-09.ルシファー
ー1ー
それは幼き日の記憶。
まだエトワールがベルと名乗っていた頃。
「ヴィクトリア!」
天空城の中庭にて退屈そうにしていたヴィクトリアに彼女を呼ぶ声が掛かる。
「シリウス! ベル!」
遊びに来たシリウスとベルの姿を見つけたヴィクトリアは元気よく二人に駆け寄る。
侍女がはしたないとかお行儀が悪いと言って咎めるがヴィクトリアは聞く耳を持たない。
「いいの! 二人と遊ぶ時ははしゃいでいいの!」
訳の分からないことを言って侍女を困らせる。
「ヴィクトリア! 遊びに来たよ!」
ベルもヴィクトリアと遊べるのが嬉しくてはしゃいでいる。
もちろんシリウスも嬉しい。
元気よく手を振ってヴィクトリアを迎える。
「ねえねえ、今日は何して遊ぶ?」
早速何して遊ぶかヴィクトリアが尋ねる。
「探検しようよ! 私、ヴィクトリアのお家広いから全部見てみたい! ねっ、シリウスもいいでしょ?」
「うん! 探検したい!」
「分かった! じゃあ、この前の続きだね! しゅっぱーつ!」
三人で天空城の中を探検する。
以前にも何度か天空城の中を探検したが、子供の足では行ける範囲に限界がある。
途中で中断するのが毎度のお約束だ。
「そういえば厨房でクッキーを焼くから立ち寄ってねって言ってたよ」
「ホント! じゃあ、今日は厨房を通って行こう!」
「どうやって行く? この前と違う道を通る?」
廊下には金色の刺繍が施された真紅の絨毯が道を成していた。
その真ん中に陣取って作戦会議をする。
作戦会議といってもただ単にあーしたいこーしたい、どこ行きたいと好き放題に言い合っているだけだ。
道を塞いで邪魔ではあるが、それを咎める者は誰一人としていない。
通りがかった者達は口元を緩ませながら三人を避けていく。
近くに控える侍女だけが申し訳なさそうに通行人に頭を下げるが、三人は気にも留めずに作戦会議を続ける。
作戦会議の末、今日は下層の方を探検することとなった。
手を繋ぎ、歌いながら練り歩く仲睦まじい三人を兵士や使用人達は微笑ましく見送った。
色んな部屋をお邪魔をして、出迎えられたり叱られたりと様々な反応をされる。
予定した通りに厨房に立ち寄ってクッキーを頂く。
そこで歩き疲れたのかベルは眠気に襲われる。
こっそりと後をつけていたヴィクトリアの侍女に抱きかかえられるとベルは眠りについた。
今日の探検はここまでだ。
侍女と共にシリウスとヴィクトリアは中庭に戻る。
シリウスとヴィクトリアはベルを起こさないように少し離れて二人きりで話す。
中庭に植えられた大樹を背にして二人は並ぶ。
「ヴィクトリアは最近どんな本を読んでるの?」
「最近はねー、これ!」
ヴィクトリアが取り出した絵本の表紙にはお姫様と騎士が描かれていた。
「またお姫様と騎士の話?」
「またって言わないの! 好きなんだからいいじゃない」
ヴィクトリアはお姫様と騎士の話が大好きだ。
それは昔から変わっていない。
「シリウスのパパも騎士なんでしょ。シリウスも大きくなったら騎士になるの?」
「うん! 騎士になる! 最近はお父さんに剣の稽古をつけてもらってるんだ」
「やった!」
「なんでヴィクトリアが喜ぶの?」
「んふふー、内緒ー」
「あー、ズルい。教えてよー」
「いやー、教えなーい」
「どうしてもダメ?」
「んーとね、シリウスが騎士になったら教えてあげる」
「分かった。約束」
「うん。約束」
二人は小指同士を結び、約束する。
「……ねえ、シリウス。騎士になっても会いに来てね……」
「もちろん」
「絶対だよ! 絶対だからね! 騎士になって私を助けてね!」
「もちろんだよ! 騎士になってヴィクトリアを助けるよ」
「じゃあ、また約束……あっそうだ! あれやってみたい。騎士が忠誠を誓うやつ」
「ちゅうせい?」
「シリウス知らないのー? 私は絵本で見たから知ってるよ。騎士がお姫様の手にキスするやつ」
「それなら知ってる! やってみようか!」
二人は大樹の前で向かい合う。
シリウスは片膝をついてヴィクトリアの手を取る。
ヴィクトリアの手を握るのはよくあることなので恥ずかしくもないし照れることはない。
だが、なぜだかこの時はドキドキと心臓が高鳴った。
なぜだろうか。
シリウスは手早く済ませようと、手の甲に口づけをしてすぐに手を離す。
「……」
「……」
お互いに無言である。
シリウスは片膝をついたまま固まり、顔を上げられない。
顔が熱い。
鏡を見なくても真っ赤になるほど火照っているのが自分でも分かる。
それをヴィクトリアに見られたくなかった。
からかわれると分かっているから。
「……ねえ、シリウス……」
「……ん?」
「これって結構恥ずかしいね……」
シリウスが顔を上げると、同じように顔を真っ赤にしたヴィクトリアの顔がそこにあった。
目が合うとお互いに笑みが溢れる。
「約束……。忘れないでね」
「うん。騎士になったらヴィクトリアを助けるよ」
ー2ー
シリウスが暁の復天のアジトを襲撃していた頃、ヴィクトリアは自室にて寛いでいた。
「シリウス様は今頃外で頑張っているのかな……」
ヴィクトリアは天空城の自室にて、窓から街並みを眺めながらボソリと呟いた。
「姫様。心配いりませんよ。シリウス隊長はお強いですから」
呟きが耳に入ったのか侍女がそんなことを言う。
本気で言っているのか、お世辞でそんなことを言っているのか分からない。
この侍女について知っていることは名前と淹れてくれる紅茶が美味しい事くらいだ。
それ以外の事、どのような人物なのか何も知らない。
「そうですよね。シリウス様なら心配はいりませんよね」
だから、当たり障りのない返答をしてしまう。
もう少しこの侍女について知ってみようかな。
気晴らしくらいにはなるし。
ヴィクトリアが侍女について尋ねようとした時、扉がノックされる。
「はい」
「……」
侍女が返事するもノックした者は何も声を発しない。
「……どちら様でしょうか?」
「……」
再度声を掛けるも何も返事がない。
ヴィクトリアの部屋の前には護衛が張り付いている。
護衛は一人だけでなく、部屋に至るまでの通路にも何人も配置されている。
彼らが通したのだ。
ノックした人物は不審な人物ではないはず。
それは侍女も分かっているので、扉を開けようと取ってに手を伸ばして回す。
扉を開けた先には男が立っていた。
歳を重ねてはいるようだが、年老いてはいない。
男性を見て侍女は首を傾げる。
見たことがない男性、一体誰だろうか?
男性は侍女に構うことなくズカズカと部屋の中に入って来た。
「大きくなったな、ヴィクトリア」
嬉しそうに笑う男性を前に、今度はヴィクトリアが首を傾げた。
「どなたでしょうか?」
「覚えていないか。無理もない、最後に会ったのが十年以上前になるからな」
「はあ……?」
十年以上前と言われてもやはりピンと来ない。
ヴィクトリアからすればこれが初対面である。
「それで、わざわざ私の部屋まで来て何の御用でしょうか?」
サッサと要件を済まして帰って貰おうとヴィクトリアは尋ねる。
「ヴィクトリア、君を連れ出しに来た」
「私を? ……もしかして、シリウス様の使いの者ですか?」
以前にベルを含めた三人で遊ぼうと約束をしたのを思い出す。
「シリウス? ……ああ、あの騎士団長の息子か。彼は関係ない。それよりも、ついて来てもらうぞ」
そう言って男性がヴィクトリアに手を伸ばす。
「ま、待ってください!?」
侍女が慌てた様子で二人の間に割って入る。
「ひ、姫様……! あ、あれを、見てください!」
侍女が指した先は部屋の外。
そこには護衛の兵士が倒れていた。
この男性が倒したのだろう。
「……賊、ですか?」
ヴィクトリアは身構えながら問い掛ける。
「いいや、違う」
「では何者ですか?」
「言わないと分からないのか?」
「当たり前じゃないですか!」
男性は呆れた様子で肩を竦ませる。
「今はルシファーと名乗っている」
「ルシ、ファー……」
「思い出したかね? 君の父親だよ」
ー3ー
ヴィクトリアは囚われの姫君である。
彼女の父親はルシファー。
ルシファーは暁の復天の首魁であるが、それ以前は全天翼人を治める天空王であった。
発端はヴィクトリアが生まれた数年後。
ルシファーの弟が反旗を翻したのだ。
反旗を翻したといっても大それたことはしていない。
弟が上層部の重鎮達を自らの配下に加えて内部から支配をした。
その上で天空王であったルシファーに一騎討ちを挑んだ。
その結果、ルシファーを打ち破って翼を六枚奪い取った。
翼が十二枚となった弟は自らを天空王と名乗り、新たな支配者として君臨する。
いきなりの天空王の交代に当初は混乱があった。
だけど、すぐに混乱は収まる。
上層部を先に支配下に加えたのもあるが、ルシファー以外は無血での天空王の位を奪取したのも大きい。
傲慢なところはあるが、別に暴君というわけでもない。
むしろ寛容である。
元々が天空王の弟としてそれなりの地位にいたこともあり政治に精通している。
統治者として相応しい人物であった。
混乱はすぐに収束し、平穏を築いていった。
幼かったヴィクトリアは天空王が変わってからも姫としての地位に在り続けた。
新しい天空王はヴィクトリアを処刑することはなかった。
というよりもヴィクトリアの命に興味などなかった。
天空王の地位にしか関心がなく、ヴィクトリアはトロフィー、勲章みたいなものだ。
政治的にまだ使えるというのもあるので、ヴィクトリアは今日この日まで姫として育てられてきた。
今後、生きている間は政治的に利用される。
自らの意思を介在させる余地はなく、一生道具として扱われる。
ヴィクトリアは囚われの姫君。
彼女はいつの日か助けてくれると信じている。
誰かではなく、騎士が。
騎士が囚われた自分を救い出してくれる。
幼き日に交わした約束をシリウスが叶えてくれると信じているのだ。
一方で、敗北したルシファーはというと、十二枚あった翼は半分となり、天空都市から逃げるように去った。
天空都市から追放され、堕天したのだ。
逃げた先で同じく堕天した者達をまとめ上げて暁の復天を結成する。
復讐のために、再び天空王の地位を手に入れるために。
その時が訪れるのを同胞を集めて、力を蓄えて待つ。
堕天、人間、それから悪魔を配下に加えた。
悪魔の王を自称し、さらなる戦力増強を図る。
そして自らの目的のためにヴィクトリアを欲した。
天空城に潜り込ませていた部下から地獄の門が狙われているという情報を掴み、ヴィクトリアを連れ去る計画を早めた。
地獄の門を囮とし、あわよくば前騎士団長の息子に錠前を完全に破壊させる。
多くの部隊が出払い、守りが薄くなった天空城に潜り込んでヴィクトリアを連れ去る。
それがルシファーの立てた計画だった。
ー4ー
「お父様、なんですか……?」
「そうだとも。君の父親だ」
ルシファーが歩み寄ると、その分ヴィクトリアと侍女は後ずさる。
「そう警戒しなくてもいい。戸惑うのは分かる。ただ一緒に来てもらいたいだけだ」
「どこに連れて行くというのですか?」
「君の在るべき所にだ」
ルシファーはヴィクトリア達の脇を通り過ぎて窓辺まで歩み寄り、城下を眺める。
「まさか君達が地獄の門の存在に気付くとは思わなかった。それを突き止めて攻勢に仕掛けてくるとはな」
それはシリウスが突き止めたことだとヴィクトリアは知っている。
どのような方法で突き止めたかまでは知らないが、その功績は大きく、ルシファーも予期していなかったようだ。
「だが、動きが遅い。時間があったおかげでそれを利用するための策を取れた」
「私をわざわざ連れ出すために地獄の門を囮にしたというわけですか。一人を連れ出すだけなのに随分と凝った計画ですね」
「当然だ。君にはそれだけの価値がある」
「価値……。所詮はあなたも天空王と何も変わらないようですね」
ヴィクトリアを利用しようとするルシファー。
親子の愛情を一切感じ取れない態度にヴィクトリアはやはりなと思った。
「さて、付いて来てもらうぞ」
「素直に従うとでも?」
「君なら従うさ」
その時、城下に広がる街で爆音が轟き、黒煙が上がる。
「始まったようだ」
「今のは何ですか!?」
「見たまえ」
ルシファーが窓から城下を見るように促す。
窓の先に見える街から火の手が上がっていた。
さらに爆発が次々と発生し、被害を拡大していく。
「これもあなた方の仕業なんですかっ!? 今すぐ止めなさい!」
「民が心配かね? 随分とお姫様らしく成長したではないか」
「そんな事はどうでもいいです! 今すぐ攻撃を止めなさい!」
「攻撃を止めるのは構わない。ただし、一つ条件がある」
「……何でしょう」
「そう身構えなくてもいい。ただ君に付いて来てもらいたいだけだ。我々としても力づくでというのは抵抗があるのでね」
「何が力づくには抵抗があるですか……! 街を襲っておいて!」
「ふん。それでどうする? 来るのか? 来ないのか?」
ヴィクトリアは街を見つめる。
今も尚、爆発音が響いている。
爆発音に混じって、悲鳴も聞こえてきた。
民を守らなくては。
守られてばかりの姫ではなく、守るんだ。
「……分かりました。付いて行きます。ですので攻撃を今すぐ中止してください」
「姫様!」
侍女が悲鳴のような叫びを上げるが、ヴィクトリアは構わずにルシファーに向き合う。
「止めるのはこの天空都市を出てからだ」
「そうですか。では急ぎましょう」
それからヴィクトリアは侍女を見る。
「彼女には手を出さないでください」
「無論だ。彼女には語り役としての役目がある」
「そうは結構。……行って参ります。お元気で」
「……はい。姫様も……」
ルシファーは漆黒の翼を六枚出現させて羽ばたく。
窓より外に出てヴィクトリアはその後に続く。
二人が飛び去った後、少しして爆発音は止んで攻撃も止まるのであった。
ー5ー
「本当なんですかっ?! 天空都市が襲われてヴィクトリア様が連れ去られたというのは!」
部隊を招集させたシリウスは、任務中に天空都市で起きた出来事について話した。
動揺が広がる中、伝令がやって来る。
「シリウス隊長。今回の任務における被害状況をまとめておきましたのでご確認ください」
「ご苦労」
書状を受け取ったシリウスは目を通し始めた。
「悪魔が現れたのか……」
「確認された悪魔は二体ですが、それぞれが突入した2つの部隊を半壊させています。さらにその後に包囲していた3つの部隊を攻撃していずれも大きな被害が出ています」
「参加した部隊は全部で6つ。その内5つが大きく被害を受けた。被害甚大だな……」
「残念ながらそうなります。シリウス隊長の部隊は運がよかったです。悪魔に出会わずに地獄の門まで辿り着くことが出来て。その上で開門を阻止してくれました」
運がよかった?
違う。
運がよかったのではない。
わざとシリウスの部隊を避けて襲撃したのだ。
邪魔者を排除し、シリウスが地獄の門まで辿り着けるように手配して地獄の門の錠前を破壊しようと誘導した。
まんまと暁の復天に躍らされたのだ。
人間の情報に騙されたのか、どこからか情報が漏れたのかは分からない。
いずれにしても判断材料が少ない。
「他の部隊の隊長及び副官は戦死、又は指揮ができない程までに負傷しております。今この場において指揮を執れるのはシリウス隊長だけとなります」
「……了解した。ひとまず、他の部隊に負傷兵の治療をさせて待機するように伝えてくれ」
伝令が去るとシリウスは小さく溜息をつく。
天空都市の襲撃、ヴィクトリアの誘拐、任務の被害状況。
一度に多くの出来事が起き過ぎている。
頭が混乱する。
何から手を付けたらいいのか分からない。
「隊長……。大丈夫ですか? 疲れが出ているように見えます」
アンナの心配する声が耳に届く。
「大丈夫だ。だが、少し頭の中を整理しておきたい」
本当は疲れているし、ゆっくりと休みたい。
だけど、ヴィクトリアが連れ去られたというのに休んでなどいられない。
自分にしか出来ないことを成さなければならない。
今この場において指揮を執れるのは自分とベクターのみ。
立場上、シリウスが最高責任者となる。
自分がしっかりしなくては。
「ヴィクトリア……」
今どこに居る。
どこに連れ去られた。
無事なのだろうか。
怪我はしていないだろうか。
乱暴なことはされていないだろうか。
泣いてはいないだろうか。
寂しがったり、不安がったりしていないだろうか。
無事でいて欲しい。
無事であって欲しい。
不安だ。
「シリウス隊長」
ヴィクトリアの安否が気になっていたシリウスにベクターが声を掛ける。
「姫殿下が連れ去られて不安なのは分かります。ですが、落ち着いてください。あなたは部隊を率いる隊長です。隊長の不安、動揺は隊員にも広がります。一度落ち着いて、状況を俯瞰してください」
ベクターの言葉にシリウスは焦っていた気持ちにゆとりが生まれた。
そのゆとりは、現状を把握する手助けとなった。
「落ち着きましたか?」
「ああ……。すまない。気を遣わせてしまって」
「いいのですよ。こんな老いぼれでも役立てるのなら嬉しい限りです。シリウス隊長。まずは目の前のことから一つずつやっていきましょう」
シリウスは深呼吸してさらに気持ちを落ち着かせる。
それから気合いを入れるべく自らの頬を叩く。
「……よしっ! アンナ!」
「はい!」
「負傷兵の治療の手助けを頼む。隊員を何人か連れて他の部隊を回ってくれ」
「はい! 了解しました!」
アンナは一礼してその場から去った。
治療に長けた隊員を幾人かを見繕い、他の部隊へと向かう。
「オグン。他の部隊に警護を手配してくれ。暁の復天と魔獣に注意しろ。それから治療が終わった部隊から順次移動を開始してくれ」
「了解した。それで移動させる場所は?」
「ひとまずはここから一番近い拠点に集めてくれ」
「ここからですと……あそこか。全員を収容できますかね?」
「出来なくても構わない。指揮系統に乱れがあって負傷者が多い状況だ。分散させたままでは各個撃破されてしまう。それは阻止しなくてはならない」
「なるほど。そういうことですか」
「それに今後のことを考えれば、一箇所に集めておいた方がやりやすい」
それからデルクを見る。
「デルク。部隊を移動する際の補佐を頼む」
「おう! 任せてくれ!」
最後にケビンの方を見やる。
「ケビン。この付近で天空都市を襲撃した暁の復天が潜伏していないか調べてくれ」
「了解しました」
「天空都市からも行方を探しているはずだ。一つでも多く候補を潰しておくんだ」
こうしてシリウスの部隊が動き始めた。
ー6ー
程なくして、6つの部隊は拠点に集結する。
「やはり収まり切らないか」
「拠点を拡げてはいますが、時間は掛かるようですな」
「一部をヴィクトリアの捜索隊として別の拠点に置くことも視野に入れるべきだな」
「そうですな。ケビンの報告次第で対応を決めて参りましょう」
ベクターと今後について協議していると、暁の復天を捜索していたケビンが天空都市からの使者を連れて戻って来た。
「シリウス隊長! 朗報です! ヴィクトリア姫殿下の居場所が判明しました!」
「本当かっ?!」
「はい、捜索中にこちらの使者殿に出会いまして……」
ケビンが使者に目を向けると、使者は前に出て一礼する。
「シリウス隊長。天空王より勅命を受けて馳せ参じました」
「伺いましょう」
「ご存知の通り、ヴィクトリア姫殿下はルシファーによって連れ去られました。その現在位置が判明したのですが、天空都市は外に手を回せる状況ではありません」
「天空都市が襲撃されたからか。それが原因で動けないのだな」
「はい。ヴィクトリア姫殿下が居るのはこの近辺。近くに部隊を置くシリウス隊長にヴィクトリア姫殿下を救出するようにと勅命が下りました」
勅命は天空王自らが下した命令である。
断ることは出来ない。
無論、断る気などなかった。
ヴィクトリアを助けに行ける。
この場にある部隊は全てシリウスの指揮下にあり、救出のために動かすことが可能だ。
全てがお膳立てられているかのように感じる。
まるで、彼女が読む物語の姫と騎士のようだ。
準備は整っている。
あとは物語のようにヴィクトリアを救い出すだけだ。
「それと、ルシファーの殺害も天空王より仰せつかっております」
天空王からしてみれば、ヴィクトリアの救出よりもルシファーの討伐の方が重要なはずだ。
だけど、いかに天空王であってもそれを直接口にするようなことはしない。
「最後に、天空王より秘宝を預かっております。是非ご活用ください」
他の使者達が運んできた荷物を検める。
二人で運ばれてきた荷物。
大きな物で重量もそれなりにある代物だ。
包みを開けてみると、中には石像が入っていた。
天翼人の美しい女性を象った像。
まさに人間達が言うような天使と言っても過言ではない程に美しい女性の姿をしている。
「『天翼の結界』が込められた石像です。運ぶのは大変かもしれませんが、それに見合った……いえ、それ以上の効果があります」
「翼を持たない者を弾く結界だな」
天翼の結界。
それは天空王が扱う魔法の一つ。
効果は天翼人の翼を持たぬ者を弾くこと。
暁の復天の殆どが堕天した者である。
翼を失った彼らは結界の中に入ることが出来ない。
当然ながら人間と悪魔も結界の中には入れない。
唯一結界に入れるのがルシファーのみ。
この結界があれば、どんなに敵が多くてもルシファーを孤立させる事ができる。
これを使ってルシファーを仕留めろ、ということなのだろう。
だけど、シリウスにとってヴィクトリアの方が大事である。
表面上では従うが、ヴィクトリアの救出を最優先に考える。
「結界は石像を中心に展開されます。範囲は限定的ですが、持続時間は長いです。破壊されるのだけは気を付けてください」
使者にお礼を告げて、部隊は準備に取り掛かった。
ー7ー
「シリウス隊長。怪我の方は大丈夫ですか?」
準備が整いつつある中、灰色の騎士との戦闘で負った怪我を心配したアンナがシリウスに声を掛けてきた。
「治療は受けたから問題ない。アンナの方は大丈夫か? ここのところ忙しいから疲れが溜まっているだろ」
「大丈夫ですよ。隊長に鍛えられていますから、これくらい何ともないです。それに、それを言ったら隊長の方が忙しいじゃないですか」
「そうでもないさ。アンナ達が動いてくれるから楽ができてる。優秀な部下がいてくれて助かってるよ」
「ホントですかー?」
「本当だとも」
「それなら、もっと褒めてくださいよ」
「もっと……?」
シリウスとしては褒めてるつもりなので、もっと褒めてと言われても困る。
「頭とか撫でてくれてもいいのですよ」
「……撫でて欲しいのか?」
「そこは何も聞かないで撫でてくださいよ」
「……」
戸惑いつつも手を伸ばし、アンナの頭に乗せようとする。
だが、直前になってアンナがスルリと避ける。
「……おい」
苦言を呈そうとするシリウスに対してアンナは舌を出しておどけてみせる。
「ダメですよ、隊長。そういうのは好きな子にしてあげることですから」
「……」
「まあ、中には髪を触られるのを嫌がる人もいますけどね。セットが乱れてしまいますし」
「からかっているのか?」
「いえいえ、隊長のためにレクチャーしてあげたのです。あっ、ちなみに私は髪を触られるのは嫌じゃないですよ」
「それなら何でさっき避けた?」
「……そんなに私の頭を撫でたいのですか?」
「……」
シリウスは困惑する。
別にアンナの事は嫌いではないし、労いたいという気持ちもある。
だけど、それをどう伝えたらいいのか分からない。
「……シリウス隊長」
シリウスが困惑して何も出来ないでいると、アンナが静かに口を開いた。
「魔法班の準備が整いました。いつでも出発できます」
何かを言うのだろうと思っていたら、ただの報告だった。
「ああ……ご苦労……」
「はい。失礼します」
アンナは翻して去って行った。
足早で、悲しそうに瞳を潤わせて。
残されたシリウスは何とも言えない気持ちになるのだった。
その後、準備が整ったという報告が次々と舞い込む。
全ての準備が整い、ヴィクトリア救出に向けて動き出した。
今回も読んで頂きありがとうございます。
第一部も終盤に差し掛かって来ました。
次の話で第一部はひとまず終わりとなります。
個人的には、ようやくプロローグが終わって本編が始まるなと思っている所です。
そして次の話が重要な話となり、第二部へと繋がっていきます。
また次回の話も読んで頂ければと思います。