1-08.暁の復天
ー1ー
部隊はトウキョウのとある場所に集結する。
「ここより先に暁の復天のアジトの一つがある。目標はそのアジトにある地獄の門。それを叩く」
シリウスは突入班の面々の顔を見回しながら告げた。
皆が緊張した面持ちでいる。
この任務に失敗すれば地獄の門は開かれて悪魔が押し寄せてくる。
今までのような1体や2体ではなく沢山現れるのだ。
1体でも強力な力を持つ悪魔の討伐は困難を極める。
地獄の門の開門だけは何としてでも阻止しなければならない。
「シリウス隊長! 包囲網の展開が完了しました。予定通り十五分後に部隊の突入をお願いします」
「了解した」
伝令の報告を受けてシリウスは頷く。
暁の復天のアジトには出入り口が複数ある。
その中のいくつかの出入り口に目星をつけて各部隊が一斉に攻め入る。
それが予め各部隊の隊長と話し合って決められたことだ。
シリウス達は時間まで待機する。
その間、隊員達の緊張がひしひしと伝わってきた。
こういう時、できた隊長ならば気の利いた言葉の一つや二つ言えるのだろう。
だが、生憎とシリウスはそういったことは得意ではない。
むしろ苦手である。
どうしたものかと考えあぐねていると、アンナがこっそりと近付いて来て話し掛けてきた。
「……シリウス隊長。ちょっとよろしいですか?」
「どうした?」
「緊張してませんか?」
「……問題はない」
「フフ……」
「何がおかしい?」
「いえ、隊長らしいなと思っただけです」
「……」
「でも、気負い過ぎないでくださいね。私達も居ますから。そりゃあ、シリウス隊長には及びませんけど、私達だって強くなっているのですから」
シリウスがアンナの顔を見ると自信に満ちた顔で笑う彼女がいた。
「アンナちゃんの言う通りだ。隊長が居ない間に色々とやったからな。強くなってるぜ」
デルクの言葉に隊員達が力強く頷く。
その隊員達を見て、シリウスの口元が緩む。
「……そうか。それは頼もしいな。期待させてもらうぞ」
「「「「はい!」」」」
「シリウス隊長。そろそろ時間です」
暁の復天のアジトへと突入する時間が間近まで迫る。
「全員準備はいいな。……行くぞっ!」
シリウス率いる突入班が暁の復天、そのアジトへと移動を開始した。
ー2ー
「どうして待機なんですかー?」
待機班として残るアンヘルが不満を漏らす。
それを聞いたベクターが宥める。
「そう言うでない。アンヘルの実力は隊長も把握しておる。だが、新人にいきなり大掛かりな仕事を任せられないという事情があるのを理解するのだ」
「それは分かってますよー。でも、隊長は期待してるとか色々言うんですけど、こう待機させられたら文句の一つや二つ言いたくなりますよ」
「期待してるのは嘘ではない。アンヘルだけに任せている仕事があるではないか」
「アジトから逃げ出す敵に容赦なく魔法を放っていいっていうやつですね。もちろんやってやりますよ! 見ててください、敵なんかあっという間にやっつけてみせますから!」
「それは頼もしいですな。こうも頼もしい隊員が増えていくのは喜ばしいことです」
ベクターは最近になって成長した突入班の隊員達を思い浮かべる。
「さて、待機といいましてもいつでも動けるように。援軍が必要になる場合もありますから」
「はい!」
ベクター率いる待機班はアジトから離れた場所より戦況を見守る。
その中でアンヘルはいつでも魔法を使えるようにと身構えるのだった。
ー3ー
突入班が暁の復天のアジトへと向かう道すがら、想定外の出来事に遭遇する。
正確にいうならば予想はできた。
まさかこんなすぐに遭遇するとは思ってもいなかった。
「シリウス隊長……」
「……警戒しろ。一瞬たりとも気を抜くな」
さもなくば死ぬ。
突入班は足を止めて道の先を注視する。
そこには人影が一つ見えた。
誰かが道路の真ん中で佇んでいる。
佇むのは灰色の全身鎧を纏った騎士。
自身の背丈程ありそうな大剣を右手だけで軽々と持ち、その大剣は血に染まっている。
その周囲には両断された魔獣の死骸が無数に転がっていた。
灰色の騎士が葬ったのであろう。
「……」
この気配、あの灰色の騎士は紛れもなく悪魔だ。
おそらく、あれが暁の復天に加入した悪魔だろう。
灰色の騎士はシリウス達の存在に気付いているのだろうが微動だにしない。
シリウスは灰色の騎士から目を離さずにケビンに話し掛けた。
「ケビン。頃合いを見て先に進め」
「隊長は……あれと戦うのですか?」
「そうだ。討伐出来なくても足止めさえ出来ればいい。ここから先はお前達に任せる。早速頼りにさせてもらうぞ」
「はい、任せてください」
ケビンをはじめ、隊員達は嬉しそうに笑う。
「指揮はケビンに任せる。こちらも頃合いを見て、離脱して合流する」
「了解です」
「アンナ。空から魔法による攻撃を頼む。通じるとは思わないが、一応な」
「はい」
各々が行動すべきことを頭に思い描く。
シリウスは剣を構えて突撃の構えを取った。
「行けっ!」
シリウスが灰色の騎士に斬りかかった。
アンナを除くケビン達は戦う二人を避けるように駆け抜ける。
灰色の騎士はケビン達には気にも止めずにシリウスを迎え撃つ。
大剣で剣を弾いて反撃を仕掛けてきた。
重い一撃を剣で受け止めてシリウスは冷や汗を流す。
腕に伝わる凄まじい衝撃。
想定以上の威力に思わず剣を手放しそうになってしまった。
あの大剣は見せかけではない。
その外見に見合ったものである。
二枚の翼を広げて上空を飛ぶアンナは魔法にて稲妻を迸させる。
そして灰色の騎士に狙いを定めて稲妻を放つ。
狙い違わずに灰色の騎士を捉える。
だが、掲げた大剣に阻まれてしまう。
すかさず次なる魔法を発動する。
今度は炎を生み出す。
現れた炎を収束させて火球にする。
再び狙いを定めて火球を飛ばした
それを見た灰色の騎士は大剣を動かす。
また防がれると思いきや、灰色の騎士は大剣を振り回して火球を弾いた。
「っ……!?」
弾かれた火球はアンナに差し迫る。
アンナは身をよじらせて紙一重に火球を躱す。
過ぎ去る火球をアンナは呆然と見つめる。
相手は間違いなく手練だ。
討伐は不可能、足止めに徹する。
「アンナ。ここはいい。皆と合流しろ」
アンナは魔法の使い手として秀でている。
魔法の扱いに長けており、器用で小回りが利く。
威力ではアンヘルに劣るが、それ以外では彼女の方が優秀だ。
そんな優秀な彼女を足止めとして割くわけにはいかない。
「……了解しました。ご武運を」
アンナはケビン達と合流するべく飛び去っていった。
ー3ー
灰色の騎士が大剣を振り上げて斬りかかってきた。
シリウスはそれを受け流して、大剣の刃を地面へと落とす。
すぐさま灰色の騎士は大剣を斬り上げてシリウスを狙う。
横に跳躍して躱す。
態勢を整えようとしたところに三度大剣が迫る。
迫る大剣を剣で受け止めるも、体は吹き飛ばされて地面を転がってしまう。
立ち上がると、すぐにさらなる追撃が来た。
「くっ……!」
逃げていてはダメだ。
このまま恐れて逃げていたら、押し切られて負ける。
振りかぶった大剣が振り下ろされた。
体を捻らせて大剣を回避する。
さらに大剣の刀身、その腹を蹴り飛ばした。
灰色の騎士は僅かに態勢を崩す。
そこを狙って斬りかかった。
だが、灰色の騎士は反応が早く、即座に対応してみせる。
剣は灰色の鎧を捉えるも、その表面を滑らせて威力を殺されてしまう。
判断が早く、的確だ。
再び灰色の騎士に斬りかかる。
今度は大剣で受け止められてしまう。
剣を戻して何度も斬撃を放った。
その全てが大剣に阻まれる。
攻撃を防がれただけでなく、灰色の騎士が反撃に出てきた。
振るわれた大剣を剣で弾く。
剣と大剣がぶつかる。
火花を散らし、ぶつかり合う。
灰色の騎士は自身の背丈程ある大剣を片手で軽々と振り回す。
厄介極まりない相手だ。
何度も何度も剣と大剣が火花を散らせる。
一進一退の攻防と言いたいところだが、シリウスの方が押されていた。
残念なことに、この灰色の騎士はシリウスよりも強い。
自身では剣の腕ならば誰にも負けないと自負していた。
どんな相手でも一対一ならば勝てると思っていた。
だけど、目の前に居るのはシリウスよりも強い敵。
敵わない。
自惚れていた自分が恥ずかしい。
まだこのような強敵がいたとは思わなかった。
一人の剣士として強敵に出会えたことを喜びたい。
だが、状況が悪い。
今は天翼人の未来を左右する任務中。
足止めとはいえ悠長に戦っていられない。
相手の方が強いとはいえ負けるわけにはいかない。
シリウスの放った斬撃が灰色の騎士を襲う。
大剣によって防がれてしまうが、次なる攻撃を仕掛ける。
絶え間ない連撃が灰色の騎士へと注がれていく。
しかし、どの攻撃も決定打とは成り得なかった。
灰色の騎士が斬撃の軌道を読んで大剣を振るう。
剣は弾かれて灰色の騎士が懐に潜り込む。
そこから斬撃が繰り出される。
回避も防御も出来ない。
致命的な一撃。
せめてもの抵抗で後方へと飛び退る。
間合いが空いたことで剣を割り込ませる隙間ができた。
防御のために剣を動かす。
間に合うかギリギリの瀬戸際。
灰色の騎士の大剣が薙ぎ払われる。
シリウスの剣を弾く。
僅かに大剣の軌道が逸れるも、シリウスの左の肩口を深く抉る。
「ぐくぅ……!」
鮮血が舞う。
灰色の騎士が追撃を仕掛けようと大剣を掲げる。
激痛に苦しむ暇もなく、追撃に備えるべく剣を戻す。
掲げた大剣が振り下ろされた。
振り下ろされる大剣を剣で受けて流す。
大剣の刃がシリウスを避けて地面へと叩きつけられる。
攻撃は逸らした。
だが、斬撃の衝撃に耐え切れず、剣を落としてしまう。
手が痺れる。
いや、それよりも次の攻撃が……!
高まる殺気を確かに感じた。
今の今まで感じられなかったそれが眼前から浴びせられる。
死ぬ。
鈍く輝く刃がシリウスを狙う。
「待てっ!」
突如響く声によって灰色の騎士が制止する。
その手に握られた大剣がシリウスの首元の寸前で止まった。
「そこまでです。剣を納めなさい」
声の主が近付いて来た。
大剣が首元から離れたのを確認してから声の主の方を見やる。
「お前は……」
見覚えがある者がそこに居た。
二足で歩く鎧を着た巨大な鼠。
ゼネラル。
シリウスが以前戦った悪魔だ。
「またお会いしましたね。いつぞやはお世話になりました」
「やはりお前が暁の復天に協力する悪魔だったのか」
シリウスは後ずさり、傷口を押さえながら尋ねた。
「ふむ。どうやら誤解があるようですね」
「誤解だと?」
「事情を全て話す時間はありません。ひと言で言えば私らは暁の復天の敵対者。つまりはあなたと一緒ということになります」
「暁の復天の敵対者……。それを信じろと?」
「信じる信じないはあなたの勝手です。ですが、邪魔をするならば容赦はしません」
ゼネラルは視線を灰色の騎士に向ける。
邪魔をするのなら灰色の騎士が容赦なく殺すということだ。
灰色の騎士は二人の会話には興味がないようで、暁の復天のアジトがある方に視線を向けていた。
「……暁の復天にいる悪魔はお前達の仲間ではないのか?」
「それを言うのでしたら、堕天した方々はあなたの仲間ではないのですか? 違うでしょう? それと同じです」
「悪魔も一枚岩ではないということか……」
ゼネラルを信用できるかどうかは判断材料が少ない。
少なくとも、今のシリウスには何も出来ない。
「……協力は出来ない。ただ、目的が一緒というなら邪魔はしない」
「結構。ではこれにて失礼」
ゼネラルは灰色の騎士を連れて去って行った。
道筋を見る限り、どうやらケビン達とは別ルートを通って行くようだ。
シリウスはケビン達と合流すべく行動を開始した。
怪我を治療する暇はない。
痛む傷口を庇いながら後を追い掛けるのだった。
ー4ー
先行するケビン達は暁の復天の構成員達と遭遇する。
「盾持ちは二手に分かれろ! オグン! そっちを抑えといてくれ!」
「任せろ!」
「半分はこっちだ! デルク、こっちを片してオグンの応援に入るぞ!」
「おうっ!」
ケビンが仲間達に指示を飛ばす。
その指示は的確で着実にアジトの奥へと進んでいく。
「くらえっ!」
デルクの持つ二本の剣が敵を斬り伏せる。
「デルク! 先行し過ぎだ!」
「これくらいいいだろ」
「たくっ、お前は……! いいから下がれ!」
「あいよ」
渋々とデルクは後退する。
「よしっ! アンナ! 魔法で一気になぎ倒せっ!」
「はい! 皆、合わせるよ!」
陣形が乱れた敵に向けてアンナを筆頭とした魔法班が一斉に魔法を放つ。
それによって立ち塞がっていた敵がほぼ消える。
「一部は後方に引き返してオグンの援護を! デルクは数人を連れて通路の確保を頼む!」
部隊は進む、アジトの最奥を目指して。
「オグン、よく持ち堪えてくれた!」
「ケビンか。すまない。五人ばかり負傷させてしまった」
「そいつらなら今アンナが治療している。死ななかっただけでもよかった」
ケビンとオグンは暁の復天の構成員を殲滅していく。
幸いにして敵の強さはそれ程でもない。
元々は天翼人であるが、堕天によって翼を失い魔力量を著しく低下している。
戦意が高いようで恐れを知らずに次々と襲い掛かってくるが、油断しなければ対処できる。
「二人負傷! 下がります!」
「了解! 応援に入る!」
敵の中には手練がいる。
やはり一筋縄にはいかないようだ。
「こっちから敵の増援が来ます!」
「何っ!? まだ来るのか!」
「任せろ。こちらの敵は片付いた」
「頼んだぞ、オグン!」
時間を掛けながらケビン達は敵を殲滅していく。
「はあはあ……ようやく片付いたな……」
ケビンは魔法による治療を受ける隊員達を見回しながら呟いた。
そこへアンナが近付いて来た。
「お疲れ様です」
「ありがとう、アンナ。助かったよ」
「はい。ですが、まだ終わってませんよ」
「ああ、分かってる。本番はこれからだ」
そこへ隊員達が治療している間に先行していたデルクが戻ってくる。
「おっ、治療は終わったようだな」
「戻ったか。奥はどうだった?」
「少し敵がいたがやっつけて道は確保した。おそらくだが、目的の物がある部屋の目前まで確保したぞ」
「そうか。いよいよか。準備が出来次第出発だ」
ー5ー
ケビン達はアジトの最奥まで至った。
そこには大きな鉄の扉が現れる。
「頑強そうな扉だな」
「いかにもって感じがするだろ」
アンナは周囲を見渡して呟く。
「まだ他の部隊は来てないのね」
「そのようだな。戦闘の音は聞こえるが、かなり遠い。ここに辿り着くのはまだ掛かりそうだ」
「オレらが一番乗りってわけか。行こうぜ!」
デルクは戦う気満々のようだ。
だが、ケビンは苦い顔をする。
「シリウス隊長がいない中で戦うのは厳しいぞ。それでも行くつもりか?」
「隊長は頼りにしてるって言ってたろ。ここで実力を見せねぇでどーすんだよ」
「それはそうだが……やはりここは待つべきだ」
「なに怖気づいてんだよ」
ケビンがイラッとして言い返そうとした時、待ちかねていた人物が現れる。
「最奥まで辿り着いていたのか。さすがだな」
「シリウス隊長!」
現れたのはシリウス。
部隊を追い掛けて来て、ようやく追い付いたのだ。
「全員無事のようだな」
「はい、負傷者はいますが無事です。ですけど、シリウス隊長、その傷は……?」
左肩に入った大きな傷を見て隊員達はたじろぐ。
「止血はしてあるから問題ない。それよりも任務を遂行するぞ」
シリウスは隊列を確認して突入の準備をする。
そこでふと後方を確認するシリウスにアンナは不思議そうにする。
「隊長? どうしたのです? 誰か来るのですか?」
「大したことではない。……どうやら後から出てくるつもりのようだな」
後半の言葉はアンナに聞こえないように呟く。
「ようやく役者が揃いましたか。待ちくたびれましたよ」
突如声が響いて鉄の扉が開き始めた。
「歓迎されているようだな。……行くぞ」
戸惑う隊員達を引き連れて部隊は扉の先へと足を踏み入れた。
鉄の扉の先は大広間になっており、部隊が全員入っても十分に余裕がある。
そして、その広間に居た人物を見てシリウスは戦慄した。
「ご無沙汰しております。今は亡き騎士団長閣下の息子、シリウス殿」
男はシリウスに対して恭しく頭を下げる。
「……フリーマン。生きていたのか……」
フリーマン。
かつてヴィクトリアの護衛の一人で騎士の称号を与えられていた男だ。
そして、ベル……エトワールの両親を毒殺した張本人でもある。
その時の出来事が原因で処断されたと聞いていたが、まさか堕天して暁の復天に参加していたとは思わなかった。
「あの忌々しい娘はまだ生きていますか? あの時殺し損ねたのは失態です」
「黙れ!」
声を荒げながらシリウスは剣を構えた。
「お前はこの世に存在してはいけない! 今この場で始末してやる!」
フリーマンの言う忌々しい娘とはエトワールの事だ。
今でも彼はエトワールを殺そうと考えている。
それだけは絶対にさせない。
そして許せない。
彼の行った所業は許されるものではない。
エトワールの両親を毒殺し、彼女の幸せを奪った。
許せない。
許すことなんて出来ない。
「始末? いいのですか? もっと他にやるべき事があるのではないですか?」
フリーマンは自身の後方に目をやる。
そこには禍々しい扉のようなものが鎮座していた。
「地獄の門。これに用があって来たのですよね」
「お前を始末すればいいだけのことだ」
「残念ながら、この扉は私の意思にも生死にも関わらず開きます。私を殺したところで何の意味もない」
「やってみなくては分からないだろ」
「無駄なことを……」
その時、軋む音が広間に響き始めた。
音の発生源は地獄の門。
地獄の門が震えたのだ。
まるで開こうとしているかのようだ。
「シリウス隊長! あの男よりも門をなんとかしませんと!」
ケビンが吠えるようにシリウスに進言する。
ここまでの会話でシリウスとフリーマンの間に何かがあることは理解出来た。
だが、フリーマンよりも地獄の門をどうにかしなくてはならない。
「部下の言う通りですよ。早く何とかしないと、この世が悪魔で満たされる」
「くっ……」
シリウスは歯が軋むほど食いしばる。
フリーマンは憎き相手。
エトワールを悲しませて、ヴィクトリアを苦しませて、二人の関係を引き裂いた。
幼き日々の思い出が頭の中を駆け巡る。
楽しかった日常。
その日常は突如暗転し、不幸に変えた。
恨み。
憎しみ。
負の感情が湧く。
それでもシリウスは騎士である。
何も持たない子供ではない。
使命がある。
義務がある。
熟考の末、シリウスは地獄の門に目をくれる。
「…………フリーマン。いずれ必ず殺す」
「それは恐ろしい。ですが、その前に地獄の門を閉じないといけませんよ。さて、あなたは地獄の門の閉じ方をご存知ですかな?」
「……」
そんなものは知らない。
だけど、破魔の剣を斬れば地獄の門は破壊出来るはずだ。
「破魔の剣を使う。援護を頼む」
具体的なものはなく、大雑把な指示だけを出す。
隊長としてあまり褒められた態度ではないのかもしれない。
それでも今は冷静に頭を働かせることが出来そうにない。
だけど、今のケビン達ならば大丈夫だろう。
彼らはちゃんと動いてくれるはずだ。
これまで一緒に戦ってきた仲間。
お互いがお互いを知り尽くしている。
隊員達が臨戦態勢に入る。
それに伴ってフリーマンが鞘から剣を抜いて構える。
その剣はどこか異質で禍々しさが宿っていた。
普通の剣ではないことに気付くが、今のシリウスにはどうでもよかった。
シリウスが駆け出そうと踏み出すも、目の前に投擲された短剣が突き刺さった。
地面に刺さる短剣を前にシリウスは足を止める。
短剣を投擲したのはフリーマンではない。
では誰が……?
「その剣で斬ってはダメですよ」
今日二度目の出来事。
ゼネラル。
短剣を投擲したのは彼だ。
現れたゼネラルの後ろには灰色の騎士の姿もある。
二人の悪魔の登場に隊員達は動揺するが、シリウスは構わない。
「邪魔をするのか?」
さっきはお互いの邪魔をしないと話したはずだ。
それなのにどういうつもりだ。
「その魔法、破魔の剣でしたか? それで地獄の門を斬っても錠前が破壊されるだけで地獄の門自体は破壊出来ません」
その言葉にフリーマンは苦い顔をする。
どうやらゼネラルの言葉は本当らしい。
「錠前が破壊されれば閉じる事が出来なくなる。あなたの破魔の魔法を利用して地獄の門を永久に開かせるつもりだったのでしょう」
シリウスは一度剣を下ろしてフリーマンを睨む。
睨まれたフリーマンは肩を竦める。
「やれやれ……。上手く行きそうでしたのに残念です」
ゼネラルは歩み、シリウスの隣に立つ。
「地獄の門はそう簡単に破壊出来る代物ではないです。……地獄の門は私が施錠します。あなた方は彼を」
「……分かった」
まだゼネラルを信用しきったわけではないが、暁の復天と敵対しているのは本当のようだ。
ゼネラルに地獄の門を任せて、シリウス達はフリーマンを狙う。
「天翼人と悪魔が協力しますか。実に愚かなことだ。ですが、破魔の剣に魔法を弾く鎧。どちらも厄介極まりない」
フリーマンの背中より羽が生える。
それは蝶のような羽で、紫色の美しいものだった。
「この場は引かせてもらいます! またいずれお会いましょう」
フリーマンは羽ばたき、広間から飛び去ろうとする。
「奴を逃がすな!」
シリウス達は翼を出して、フリーマンを逃すまいと包囲を始める。
だが、異変に気付いたオグンが叫ぶ。
「隊長! 後方より敵が押し寄せております!」
「くっ……。部隊を二つに分ける! ケビン、後方の……」
シリウスが後方に気を取られている隙に脇を影が通り過ぎる。
その影がフリーマンであるのに少し時間が掛かってしまう。
「……フリーマンっ!? 待てっ!」
追い掛けようとするも、暁の復天の構成員が道を塞ぐ。
「こいつらを始末して奴を追い掛けろ!」
部隊と暁の復天が衝突する。
シリウスは一度振り返ってゼネラルの方を見やるも、すぐに気を取り直してフリーマンを追い掛けた。
ー6ー
広間に残されたゼネラルと灰色の騎士は開こうとしている地獄の門に向かい合う。
「さて、門を開きましょうか」
ゼネラルは暁の復天と敵対している。
それは事実である。
だが、地獄の門を開くのもゼネラルの目的の一つであった。
愚かにも悪魔の王を名乗った堕天の王ルシファー。
悪魔の力に手を染めて悪魔を支配しようとしている。
地獄に存在する真なる悪魔王を差し置いて悪魔の王を名乗り始めた。
それは愚かで浅はかで救いようのない行為である。
しかしながら、残念なことにルシファーに賛同する悪魔がいるのだ。
その数は大したことないが、中には実力者もいる。
少なくとも、今地球にいるルシファーに協力する悪魔が三体はいる。
彼らに対抗するためにも戦力が欲しい。
地獄の門を開けば、戦力を増やせる。
「……とはいえ、今はまだ門を開く時ではないですね。必ず門を開く時が来る。その時まで封印を……」
ゼネラルは禍々しい形をした鍵を取り出して地獄の門にその先端を向ける。
鍵を掛けるように鍵を捻ると、それに呼応するように門の錠前が閉まる。
そして、門は形を崩し、鍵へと集まり吸い込まれていく。
やがて鍵に全て収束し、門は消え去った。
シリウス。
破魔の剣ならば、地獄の門の錠前を破壊する事ができる。
もしもシリウスが錠前を破壊していたなら、二度と地獄の門を閉じることが出来なかった。
錠前の破壊。
それが今回、暁の復天がやろうとしていたことだ。
とはいえ、それを事前に阻止出来た。
さらに地獄の門の回収まで出来た。
上々の結果と言えよう。
暁の復天も重要だが、それよりも先にやらなければならない事がある。
「門は回収しました。ひとまずここを離れましょう」
ゼネラルは灰色の騎士を連れて、アジトから立ち去るのだった。
ー7ー
立ち塞がる暁の復天の構成員達を倒したシリウス率いる突入班は、遠くに飛ぶフリーマンを視認する。
「もうあんなに離れている……。シリウス隊長、これでは追いつけません」
「……まだ手はある。ベクター達と合流する! 急げ!」
突入班は翼を羽ばたかせて待機班との合流を急ぐ。
待機班はすぐに見つかった。
ベクターの姿が見当たらない。
何かあったのかもしれないが、今はそれどころではない。
目的の人物を探す。
その人物はすぐに見つかる。
「アンヘル! 丁度いい! 奴に魔法を放て!」
「シリウス隊長? どうしたのです、そんなに慌てて? それに奴って?」
「あそこだ! 今向こうに飛んでいる奴を狙い撃て!」
「え? あっ、はい……」
アンヘルは困惑気味ではあるが、翼を出して飛翔を始めた。
言われた通りに逃げるフリーマンに向けて光球を放つ。
光球は狙い違わずにフリーマンに吸い込まれていき、直撃した。
大爆発を起こし、四散する。
「やった……のか?」
シリウスは憎き相手の呆気ない末路に呆けてしまう。
これで本当に倒せたのだろうか?
「これでよかったんですか?」
「……ああ、ありがとう。助かった」
シリウスがアンヘルにお礼を伝えたところで、気になっていた事を尋ねる。
「ところでベクターの姿が見えないが、何かあったのか?」
「さっき伝令が来て連れて行きましたよ。緊急の要件がどうとか言ってました」
「次から次へと問題が起こるな……」
伝令が来て緊急の要件とは嫌な予感しかしない。
「シリウス隊長、ベクター副官がお呼びです」
そこへ隊員の一人がシリウスを呼びに来た。
「分かった。案内してくれ」
案内された先に居たベクターと伝令の兵士がいた。
二人共、神妙な面持ちで重苦しい雰囲気を漂わせている。
わざわざ呼び出すくらいだ、隊員達の耳には入れたくないのだろう。
隊員が下がるのを確認してからシリウスは口を開いた。
「その顔、良くないことが起きたようだな」
ベクターは頷き、その口を重々しく開いた。
「……今しがた、天空都市より緊急の連絡が入りました」
それから続く言葉はシリウスが予想だにしていないものだった。
「天空都市が暁の復天に襲われ、ヴィクトリア姫殿下が連れ去られました」
今回も読んで頂きありがとうございます。
話が本格的に動き出してきました。
今後部隊がどうなるのか、ヴィクトリアを救い出せるのか、シリウス達の戦いに注目してもらえればと思います。
さて、本作の主人公であるシリウスですが、このシリウスという名前は恒星から名前を貰いました。
シリウスは和名で「青星」と書くらしいです。
前作のタイトルが「青天の勇者と、星天の従者。」。
略すと青星になるので 前作で使いたかったのですが、その時には完結していたので本作で使わせて頂きました。
作者の前作「青天の勇者と、星天の従者。」、本作で興味を持って頂けたなら目を通して貰えればと思います。
そこそこ長いので時間を潰すのには丁度いいかと思います。
また次回の話も読んで頂ければと思います。