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天翼の英雄は勝利の剣を掴み取る。  作者: 僕私俺
第一部・天翼編
7/39

1-07.エトワール


 ー1ー


 天空城にて、暁の復天に関する情報を報告し終えたシリウスはヴィクトリアの自室に訪れる。

 扉をノックして名乗ると、部屋の中からドタドタと駆け寄る音が聞こえてきた。

 勢い良く扉が開かれると、そこには扉を開けた張本人、ヴィクトリアの姿があった。


 「お帰りなさい! シリウス様!」

 「お久し振りです、姫殿下。お元気そうで何よりです」

 「シリウス様も元気そうでよかった。入って入って。今お茶を淹れさせますから」

 「はい。失礼します」


 シリウスはヴィクトリアの部屋に足を踏み入れる。

 早速侍女が苦々しい顔をしているのが目に入った。

 先程のヴィクトリアのはしたない行為に頭を痛めているのだろう。


 「ヴィクトリア様は相変わらずやんちゃなところがありますね」

 「何の事でしょうか?」


 彼女はとぼけるが、目が泳ぐ。

 やはり自覚はあるようだ。

 侍女のためにも釘を刺しておいた方がいいだろう。


 「お綺麗なのですから、もう少しお淑やかにしていた方が素敵ですよ」


 シリウスの言葉に侍女がうんうんと頷く。

 それを受けて、ヴィクトリアは少しバツが悪そうにする。


 「シリウス様がそう言うのなら……」


 聞き入れてくれたが、すぐに忘れるだろうなとシリウスは思った。


 向かい合うように座って、侍女が淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。


 「まだ任務中ですよね。次はいつ行かれるのですか?」

 「今は入手した情報を上層部に報告して、その判断を待っているところです」

 「ふーん。このまま命令が下りなければいいのに。そしたら、いつまでもシリウス様と一緒に居られますし」

 「そういうわけにもいきません。部隊を置いてきたままですし、残してきた部下達が心配ですので」

 「分かっていますよ。ほんの冗談です」


 そう言ってヴィクトリアは紅茶を啜る。


 「今回の件は厄介なので、上の審議は時間が掛かりそうですけどね」

 「そうなのですか?」

 「はい。これはヴィクトリア様の耳にも留めておいてほしい話です」

 「何でしょうか?」

 「暁の復天についてです」


 暁の復天の名前を出すと、ヴィクトリアがピクリと反応を示す。


 「……話を伺いましょう」


 珍しく真剣な顔つきになる。

 普段からそうしていれば威厳があるのにな。


 「ヴィクトリア様も知るように、暁の復天は堕天した者達が集まった組織です。その暁の復天が大きく動き出そうとしています」

 「何か計画を立てていると?」

 「はい。何か良くないことを画策しております。最近では悪魔を味方につけているそうです。人間の中にも暁の復天に参加する者がいるとも耳にしています」

 「悪魔に人間ですか……。それで、何を画策しているのか、分かっているのですか?」

 「地獄の門。地獄の出入り口たる地獄の門を開こうとしています」

 「その地獄の門が開くとどうなるのですか?」

 「地獄との行き来が簡単になり、これまで以上に悪魔が地球にやって来ます。もしかしたら悪魔の軍勢がやって来るかもしれません」

 「そうですか……」


 ヴィクトリアが不安そうにする。

 体を縮こませて、震えている。

 抱きしめて安心させたいところだがそうもいかない。

 周りには侍女の目もあるし、仮にも天翼人の姫君だ。

 一部隊の隊長であるシリウスがこうして会えるだけでも普通では有り得ない。

 あくまでヴィクトリアが取り計らってくれているおかげだ。

 それなのにヴィクトリアに触れようものなら、どんな処罰を受けるか分からない。


 「そうならないように上層部は協議をしているはずです。自分も最善を尽くすつもりですので、どうかご安心を」

 「はい……」


 気休め程度の言葉ではヴィクトリアの不安は拭い切れなかった。


 「ルシファーも動いているのでしょうね……」


 ルシファー。

 暁の復天の設立者にして頭目。


 「暁の復天のトップです。ルシファーの指示の下で部下が動いているはずです」

 「そうですよね……」


 ヴィクトリアは暗い顔をする。

 彼女とルシファーの関係を考えると当然の反応だ。


 「いずれにしても、今後は暁の復天との戦いが主な任務になるでしょう。戦いになれば敵は容赦なく倒します。その事をどうか心に留めておいてください」

 「はい。私にとって、シリウス様の命の方が大事です。私に気を遣わずに任務を果たしてください」

 「了解しました。魔獣の増加や活動の活発化は地獄の門が関係しているはずです。この任務が片付けば少しは落ち着けるでしょうね」

 「それは良い事を聞けました。また毎日遊びに来れるのを楽しみにしておきますね」


 ヴィクトリアは嬉しそうに笑う。

 それから少し雑談を交わしてシリウスは部屋を後にしようと立ち上がった。


 「それでは自分はそろそろお暇します」

 「はい。次に会える時を楽しみにしてます」


 シリウスが扉へと向かう。


 「……ねえ、シリウス様」


 ヴィクトリアに呼び止められる。

 何について聞かれるのか予想出来たが、それを態度に出さず振り返る。


 「何でしょうか?」

 「……ベルは元気ですか?」

 「はい。元気にしていますよ」


 いつもと同じ質問だ。

 だけどヴィクトリアは顔を俯かせてシリウスと顔を合わせない。

 何かがいつもと違う。

 不穏な気配を察知する。


 「……ベルは、その……私を……、私を恨んでいますか?」


 シリウスは驚く。

 なぜヴィクトリアがそう思っているのか検討がつく。

 だが、これまでそれについて一度たりとも話題に出したことはなかった。

 どうして今になって言葉にしたのか。

 シリウスはヴィクトリアを見る。

 彼女は俯き、顔を合わせようとはしない。

 そして、机に上に組まれた手が震えているのが分かった。

 恐怖による震えなのが見て取れる。

 ヴィクトリアは怖がっていた。

 エトワールの両親が毒殺された事件の原因が自分ではないかと思っているのだ。

 それについて今まで誰も言及していない。

 だけど、ヴィクトリア自身も気付いているのだろう。

 彼女はずっと聞きたかったのだ。

 しかし、聞くのが怖かった。

 今の今まで怖くて聞けなかったが、今日ようやく聞けた。

 今日に至るまで彼女の中でどのような葛藤があったかは分からない。

 だけど、ヴィクトリアは勇気を出した。


 「……ヴィクトリア様。自分が言えるのは、ベルがヴィクトリア様を恨んではいないということだけです」


 そう伝えてみるも、ヴィクトリアには気休めにしかならない。

 エトワール……ベルが実際にどんな気持ちを抱いているのか彼女には知る術がないのだ。

 シリウスはヴィクトリアに歩み寄り、俯く彼女の耳元に口を寄せて囁いた。


 「……今回の任務を無事に終えたら、ベルを入れてまた三人で遊びましょう」

 「本当に……?」

 「はい、約束します。招くにしても連れ出すにしても、少し強引な手段になりますけど、お任せください」

 「……楽しみにしてもいいのですか?」

 「もちろんです」

 「分かりました! 楽しみに待っていますね、シリウス様!」


 顔を上げて嬉しそうに笑うヴィクトリアと約束を交わすのだった。




 ー2ー


 シリウスが天空都市に戻っている間、地上に残る部隊は拠点の防衛及び周辺の警戒をしていた。

 そんな中、一部の隊員達が食堂用のテントに集まる。

 ケビン、デルク、オグン、アンナ、そしてアンヘルがテーブルを囲む。


 「今頃シリウス隊長は姫殿下と会っているのだろうな」


 まずはデルクが口を開く。

 お調子者でムードメーカーなところがあるので、こういった場面ではデルクが一番最初に口を開くことはよくある事だ。


 「いつも思うのだが、あの二人って普段何を話してんだ?」

 「さてな。そもそも恋人同士だとどんな会話をするのだ?」

 「独り身のオグンには聞いてねぇよ」

 「むっ……。ではお前は普段彼女と何を話しているのだ?」

 「それはまあ、色々だよ」

 「色々とは何だ? 色々とは」

 「って言われてもよぉ。改めて聞かれるとな。何も出てこねぇな。当たり障りのねぇことしか話さねぇし。強いて言うならかっこいいとか可愛いくらいだし……へへっ」

 「何笑ってんだか、気持ち悪い」

 「ヒッデェな、アンナちゃんは。そんなツンケンしてるから隊長と付き合えねぇんだよ」

 「それは関係ないでしょ!」

 「いいや、関係あるね。口が悪くて性格に難があるのは問題がある」

 「そうか? 個人的にはいいと思うのだが」

 「オグンは黙ってろ。ともかく、少なくとも隊長の好みではないと思うぞ」

 「そうは言うが、お前は隊長の好みを知っているのか?」

 「フッフッフッ、当然だよ、我が相棒」

 「相棒言うな。皆にお前と同類に思われたら困るだろ」

 「子供の写真見せびらかすのと、彼女の写真見せびらかすのは、どう考えても同類でしょ」

 「うっ……ぜ、全然違うぞ! 違うからな!」

 「はいはい。それで隊長の好みが何なの?」

 「さすがアンナちゃん。乙女だねぇ。気になるよねぇ」

 「チッ、ウザい」

 「うわっ、舌打ちしたよ」

 「いいから言え」

 「あっはい……。まあ、隊長の好みは具体的には知らんけど」

 「知らないのかよ」

 「チッ、使えねえ」

 「アンナちゃん、ちょっと怖いよ。……ゴホン。好みのタイプは知らないけど、清廉潔白で純情で清楚なお姫様が嫌いな男はいないだろ」

 「まあな」

 「うむ」

 「だろ? アンヘルもそう思うだろ?」

 「はい。ヴィクトリア様は素敵ですもんね。自分も憧れています」

 「おっ! アンヘルも姫様好きなのか。競争率高いから覚悟しておけよ」

 「望むところですよ! 相手が隊長だろうと負けません!」

 「ははっ。フラレても泣くなよ」

 「……」

 「アンナ……。そんな不機嫌そうにするなよ。チャンスはきっと巡ってくるさ」

 「いいよね、ケビンは。妻帯者だからそんな余裕な態度ができて」

 「それはまあ……あはは。……何かすまん」

 「謝らないでよ! 私が惨めみたいじゃない!」

 「でも、隊長の周りにいる女子なんてヴィクトリア様とアンナさんくらいだから案外いけるんじゃないですか?」

 「アンヘルは早速ライバルを減らしに掛かっているな」

 「そんなつもりはないですよ」

 「あっ……そういえば、隊長の屋敷に行った時だが、隊長と同い年くらいのメイドがいなかったか?」

 「ああ、何人か集まって無理矢理押しかけた時だろ。よく覚えているな。おい、ケビン。妻帯者なのに他の女性に気を取られていいのか?」

 「深い意味はない。ただずっと隊長に張り付いていたから気になったんだ」

 「あのメイド、愛想が悪くなかったか? 終始無表情だったし」

 「まあ、メイドだし、一歩下がってる感じがして別にいいんじゃないか」

 「話し掛けてもテキトーに受け答えするだけでつまらなかったぞ。他の使用人とは結構普通に話せたのにな」

 「お前、何やってんだよ……」

 「話し掛けるくらい別にいいだろ。ともかく、あのメイドは無愛想だし、隊長も別に何とも思っていないだろ」

 「そんな無愛想だった? 私も話し掛けたけど、そんな印象はなかったよ。まあ、あまり感情を表に出さなかったのは否定しないけど。ただ単にデルクが避けられていただけじゃないの」

 「そんなわけないだろ。オグンはあのメイドどう見えた?」

 「うーん。直接話してないからな。見た感じだと、綺麗ではあるが、やはり表情に乏しい気がしたな」

 「相変わらず奥手だな。何にしてもアンナちゃんのライバルはお姫様くらいだな」

 「そうかな……?」

 「あんま納得していない感じだな」

 「うん。あのメイドさん、私と話していても淡々としていたけど、隊長と話をしている時はどこか嬉しそうにしていたように見えたな」

 「隊長は色んな女性からモテているようだな」

 「そうじゃなくて、隊長も何だか心を許している感じで話してた。普段私達やヴィクトリア様と話している時とは違って」

 「自分のところの使用人だから当然じゃないか? アンナに対しては上官として接するのも当然だし、いくら仲がいいとはいえ姫殿下に対して丁寧に接するのも当然だ」

 「ケビンの言う通りだ。深く考える必要はない」

 「……だよね。そうだよね。うん、きっとそう」

 「それにしても、皆で隊長の家に押し掛けるなんてスゴいですね」

 「他の隊なら絶対にしないことだしな」

 「シリウス隊長が相手だからできたことである」

 「おかげで翌日の訓練は厳しかったよ。全く誰のせいだか」

 「なんでこっちを見るんだよ。アンナちゃんだって隊長の家を見てみたいって言ってたじゃんか」

 「うっ……」

 「隊長の家ってどんな家だったんです?」

 「デカい屋敷だったな。アンヘルも出世すれば立派な家に住めるぞ」

 「うーん。自分としては大き過ぎるのは嫌ですかね。掃除が面倒くさそうですし、家なんて寝泊まりできれば小さくてもいいです」

 「そのために使用人がいる。面倒事は全て彼らに任せればいい」

 「オグンさんはそうかもしれないですけど、家に他人が居るのは落ち着かないですよ。やっぱ一人が一番です」

 「そこらへんは慣れだろうな」

 「家はデケェ方がいいだろ。豪華絢爛な家に住みてぇよ」

 「私は豪華過ぎるよりも質素な感じの方がいいな。そこは隊長の屋敷は丁度いいなと思ったよ」

 「掃除は行き届いていたし、結構住みやすそうな屋敷だったよな。うちの娘も広い家に住まわしてやりたいよ。夢のまた夢だけど」

 「質素なところが隊長らしいな。ただ、屋敷が広いわりに使用人の数が少なくなかったか?」

 「掃除が行き届いていたから別にいいんじゃない? 他の屋敷がどうかは知らないけど、そんなもんでしょ」

 「まあ、そうだよな」

 「またお邪魔してみるか。今度はアンヘルも一緒に」

 「いいですね。面白そうですし、行ってみたいです」

 「えー、また怒られるよ」

 「いいじゃんか。ちょっと次の訓練が厳しくなる程度だし、また行こうぜ」

 「んー、まあ、皆が行くならいいかなー」

 「素直に行きたいって言えばいいのに」

 「うっさい!」

 「アンヘルも楽しみにしてろよ。結構デカい屋敷だから驚くぞ」

 「そんな大きい屋敷なんですか?」

 「おうよ。なんたって悪魔殺しの英雄が建てた屋敷だからな。無駄にデケェぞ」

 「ああ、隊長のお父さんって騎士団長を務めていて悪魔を単独で撃退したんですよね」

 「スゲェ強かったらしいぞ。隊長も強えし、あの屋敷も未来の悪魔殺しの英雄が住む家になるだろうな」


 「話が盛り上がっているところで申し訳ないのですが、見回りの時間が過ぎてますぞ」


 突如響くベクターの声に全員が反応する。


 「べ、ベクター副官……!」


 全員が立ち上がり、敬礼をする。


 「敬礼は不要。それよりも職務を果たしてください」

 「やっべ、もうこんな時間だっ!」

 「急ぐぞ! では、ベクター副官失礼します!」


 ケビン達はテントを後にして、それぞれの持ち場につくのだった。




 ー3ー


 上層部より呼び出されたシリウスは新たな任務を命じられた。

 命じられた任務は、暁の復天による地獄の門が開かれるのを阻止する事。

 任務にはシリウスの部隊だけでなく、他にも部隊がいくつか派遣される。

 部隊を集めての共同任務だ。

 居場所は人間達の情報で判明していた。

 もちろん情報源については上層部に黙っている。

 無用な混乱を避けるためだ。

 人間から得た情報だというのはシリウスの部隊しか知らない。

 一番の問題は人間達が嘘をついている場合だ。

 だが、今回に関してはそれはないと考えている。

 あのアーノルド・ギルバートという総帥と呼ばれている男。

 シリウスは人間を一つの情報源として利用できるかもしれないと考えているように、アーノルドも天翼人を利用できるのではと考えているはずだ。

 今回はお互いの力量を測るためのもの。

 人間は諜報力を示した。

 現段階では天翼人を一網打尽にするのでなければ嘘はつかない。

 下手に敵対行動を取れば天翼人から攻撃を受ける。

 それは人類が望むものではない。

 だからこそアーノルド・ギルバートは嘘をつかない。

 そして、アーノルドは提供した情報をどう活かすのか試そうとしている。

 試されているのは天翼人かシリウス個人なのかは定かではないが、ここでシリウス達は結果を出さなくてはならない。



 「もう出立するのですか?」


 天空城から屋敷に戻ったシリウスはすぐに出立するとエトワールに告げた。


 「新しい任務が発令されたんだ。結構大掛かりな任務になる。その準備のために早めに部隊と合流しておきたい」

 「そうなのですか。お気を付けてください」

 「ああ」


 シリウスはエトワールの顔を見つめる。

 エトワールの顔を見て思い出すのはヴィクトリアとの会話。

 ヴィクトリアはベルがシリウスの屋敷で働いているのを知っているが、名前を変えていることは知らない。

 わざわざ伝える必要はないし、下手に伝えてヴィクトリアがベルの両親が毒殺された原因に気付くのを恐れたからだ。

 だけど、ヴィクトリアは真実に気付いていた。

 今更色々と取り繕う必要はないだろう。

 それに、三人でまた遊ぼうと約束してしまった。


 「ベル。今度の任務から戻ったら話がある」


 そう伝えると、驚いた顔をされる。

 だが、すぐにいつもの表情に戻る。


 「……シリウス様。ベルはもう居ません」


 エトワールにとって、ベルは断ち切った過去である。

 ベルはもう存在しない。

 それを改めて伝えられたシリウスは寂しさを覚えた。


 「……そう、だったな。では、エトワール。帰ったら話がある」

 「はい、承りました。シリウス様の帰りをお待ちしております」


 そう言ってエトワールは頭を下げた。


 「……荷物の用意が手間取っているようですね。少し様子を見て来ます」


 使用人がシリウスの持って行く荷物を用意しているのだが、その様子を見にエトワールはその場を離れていった。

 普段ならば雑談をしながら待っているのだが、今日は逃げるように去っていく。

 不注意とはいえ、ベルの名前を出したのは失敗だった。

 彼女には悲しい過去がある。

 それでも、いつか彼女がエトワールではなくベルと名乗ってくれるのを願うのだった。


 玄関にて待っているとメイドが荷物を持ってシリウスの元にやって来た。


 「シリウス様。お荷物をお持ちしました」

 「ありがとう。エトワールは?」

 「他に用事があると言ってました」

 「……なるほど」


 避けられているなと、すぐに分かった。


 「あの、ケンカをしたのですか?」


 メイドが恐る恐るといった感じで尋ねてきた。


 「ケンカとは少し違うな。ケンカをしているふうに見えたか?」

 「エトワールさんが落ち込んでいるように見えたので……。彼女が落ち込むなんてシリウス様と何かがあった時くらいですから」

 「あー、ちょっと不用意な事を言ってしまってね。悪いけどエトワールのケアを頼んでもいいか?」

 「それはシリウス様の方が適任なのでは……」

 「いつ帰れるか分からないからな」

 「ですけど、私達が何を言ってもエトワールさんには届きませんよ。いつも表情を変えませんし、感情を見せてくれません」

 「そうなのか?」


 エトワールがあまり感情を表に出さないのはシリウスも知っている。

 それでも全く見せないわけではない。

 今回みたいに落ち込んで見えるといったことはよくある。


 「結構笑っていると思うけどな……」

 「それはシリウス様の前だからですよ」


 どことなくメイドが呆れている気がする。


 「おっと、長話をし過ぎたな。出来る限りの事でいい。悪いけどエトワールの件、頼んだよ」

 「はい。いってらっしゃいませ」


 そうしてシリウスは屋敷を後にした。

 屋敷を出て振り返るも、エトワールの姿がない。

 寂しいなと思いつつ、視線を上階へと向けると二階の窓辺にエトワールの姿が見えた。

 掃除をしているようだ。

 その姿を見つめる。

 初めはシリウスの存在に気付いてなかったが、やがてエトワールはシリウスの姿を捉えて気付く。

 シリウスが手を振ると、エトワールは少し困惑した顔をしながらも手を振り返してくれた。

 その光景を使用人達は微笑ましく思いながら見守るのであった。




 ー4ー


 拠点に戻り、部隊と合流したシリウスは主要メンバーを招集させる。


 「作戦の概要を説明する」


 ベクター、ケビン、デルク、オグン、アンナをはじめとした隊員達の顔を見回す。


 「今回は6つの部隊の合同任務だ。3つの部隊が暁の復天のアジトを包囲し、残りの3つの部隊がアジトに乗り込んで地獄の門の開門を阻止し、可能なら破壊する」

 「6つの部隊ですか……。大掛かりな任務になりましたな」

 「暁の復天に地獄の門だ。事の重大さは計り知れない。我々天翼人にとって失敗が許されない任務になる」


 そこでケビンが挙手をする。

 それを受けて、シリウスは頷いて発言を許可する。


 「我々の部隊はどうなるのですか? 包囲ですか? 突入ですか?」

 「アジトに突入だ。だが、全員じゃない。部隊を二つに分けて一つは突入。もう一つは非常時に動けるように待機してもらう。待機組の方はベクターに指揮してもらう」

 「はい。お任せを」


 非常時に動けるように待機とは言ったものの、これは方便である。

 今回の任務は当然ながら隊員は全員参加。

 だが、危険度が高いにも関わらず練度が足りていない者もいる。

 そういった者達を無闇に死なせないためにも理由をつけて待機させるのだ。

 今は力不足でも将来有望な者が多く居る。

 彼らを早死にさせるわけにはいかない。


 「アンヘルはどうなさいますか?」

 「待機だ。連れ回し過ぎて連携の訓練の方が出来ていないし、アンヘルの魔法は突入には不向きだろう」


 シリウスの言葉に皆が頷く中、デルクが口を開く。


 「あいつの事ですから、きっと文句言いますよ」

 「それは仕方がない。今回は待機してもらおう。皆もあの魔法に巻き込まれたくないだろ」

 「むしろ、自分が外に居るのをいいことにアジトに向けて撃ってきそうですよ」

 「その時は大人しく観念するんだな」

 「えー、そんなー」


 隊員達は苦笑する。

 緊張が緩んだのだろう。

 こういうのはデルクが居ると助かる。


 「実際問題、結界が張ってあるはずだ。外から魔法で攻撃しても大して意味はないだろう」

 「アンヘルの魔法なら力押しで壊せるんじゃないですか?」

 「壊せるだろうが、どれくらい時間が掛かるか分からない。それに敵がどう出てくるかも分からない。それだったら逃亡する敵を狙い撃ってくれた方が助かる」


 暁の復天には悪魔がいる。

 悪魔の数が分からないうちはアンヘルという切り札はギリギリまでとっておきたい。


 「今回は重要な任務になりますけど、騎士団は動かないのですか?」


 アンナが疑問に思ったことを尋ねる。


 「騎士団はいつもみたいに天空都市に残っている」

 「ああ、警備に忙しいとかいういつものやつですね」


 アンナは騎士団に対して特に期待していなかったらしく、すぐに得心がいったようだ。

 騎士団は実力者揃いだ。

 彼らの主な任務は天空都市を守ること。

 昔は外での活動を活発にしていたが、今では完全に天空都市に引き篭もっている。

 騎士の称号を持ちながら外で活動するのはシリウスを含めた各部隊の隊長及び副官くらいだ。

 もちろん、天空都市を守ることも大事なことなのは理解している。

 それでも実力を持ちながら何もせずにいるのは見ていて気分がいいものではない。

 天空王が苦言を呈せば変わるかもしれないが、騎士団は天空都市防衛という職務を果たしているのでおそらく何も言わないだろう。


 「……最近は悪魔の出現が確認されている。天空都市の守りを固めるのも間違ってはいない。彼らには彼らの任務がある」


 部下を納得させるのも隊長としての役目だ。

 一応言うべきことは言っておかなくては。


 「分かっています。私達は私達の任務を果たすだけです」


 こうして、暁の復天との戦闘に向けて動き出すのだった。


 今回も読んで頂きありがとうございます。


 少しずつではありますが、ストーリーが動き出して来ました。

 このまま第一部の終わりまで駆け抜けていきます。


 また次回の話も読んで頂ければと思います。

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