1-05.マリー
ー1ー
人間達が治療を受けている間、シリウスはマリーと話をすることにした。
微弱に感じ取れる魔力に天翼人の翼を持つマリー。
彼女について一つ心当たりがあった。
「もしかして……片翼か?」
片翼。
人間と天翼人の間に生まれた子供、またはその子孫のことを指す。
「お察しの通りです。母は人間ですが、父は天使様になります」
「天使様か。さっきもその単語を聞いたが、なぜ天翼人を天使様と呼ぶ?」
「なぜと言われましても困りますね。昔からそう教わってきたので。多分ですけど、この辺りは天使様が魔獣をよく討伐してくれているじゃないですか。そのおかげで私達が魔獣に襲われる頻度が少ない。天使様の寵愛を受けて生活しているから敬っているのだと思います」
「寵愛……。悪いがそんなつもりで魔獣を討伐しているわけではない」
「分かっています。私みたいに外に出て作業する者達なら、それは理解しています。ですが、拠点から出られないで暮らす者はそう信じています」
マリーは淀みなく答える。
質問に対して考える素振りを見せることがない。
それはつまり、嘘をつこうとしているわけではないということだ。
「えらく素直に答えてくれるのだな。もう少しはぐらかされたりするのかと思った」
「それは危険だと思ったからです。戦力差は圧倒的。戦いになれば私達は負けます。いえ、戦いにすらならないでしょう。敵対ではなく友好的であるべきだと私は判断しました」
友好的。
マリーはそう言うが、シリウスはどうだろうか。
別に友好関係を築こうと思って助けたわけではない。
だからといって敵対する気もないし、一方的に殺戮する気もない。
交流を続けていくかは分からないが、今は友好的に接するべきだろう。
気掛かりなのは隊員達の態度。
今はシリウスの指示に従ってくれてはいるが、いつ不満が爆発するか分からない。
全員が人間のことなどどうでもいいと思っている。
いきなり暴れ出すとは思えないが、不平不満を口にするかもしれない。
それが人間の耳に入ったら面倒だ。
「隊長。人間達の治療が終わりました」
治療の手伝いをしていたアンナが声を掛けてきた。
アンナはマリーを睨むように見る。
やはり警戒しているようだ。
「ご苦労。では、マリー。案内を頼めるか?」
「はい。こちらになります」
ー2ー
歩きながら、マリーがこっそりとシリウスに話し掛けてきた。
「先程の話の続きですが、構いませんか?」
先程とはどの話のことを指しているのだろうか。
ひとまず話を聞いてみる事にする。
「構わない。話してくれ」
「はい。これは個人的な話なのですが、天使様が敬われているのはありがたいのです」
「やはり人間達も片翼を忌避しているのか?」
「そうです。私の暮らす拠点では、天使様を敬っているおかげでそうではないのですが、他では片翼は気味悪がられています」
「あまり君に話すことではないのかもしれないが、天翼人の間でもそれは変わらない。片翼は蔑まれている存在だ。天空都市に足を踏み入れることすら許されていない」
「そうでしょうね。でも、隊長さんからは私を蔑んでいるようには感じられないのですが?」
「蔑んではいないからな」
「良い人、なんですね」
「さて、それはどうかな」
「正直なのですね。嘘でも気に掛けてくれるかと思っていました」
「それはつまり、良い人ではないからだ。気遣おうとはしていない」
「なるほど。隊長さんの人となりが分かってきました。悪い人ではないという事が分かっただけでも僥倖です」
辿り着いたのは横に広い建物。
その近くに作られた地下へと続く階段。
周囲の瓦礫を見渡しながらマリーが説明する。
「この辺りはかつて駅と呼ばれていて人々の生活を支えていた場所です。この先もその一部になります。ついて来てください」
そう言ってマリーを筆頭に人間達は階段を下りていく。
だが、シリウス達は足を止めた。
「お前達はここで待機していろ」
「……隊長が一人で行くのですか?」
訝しげにいるアンナに頷く。
「警戒するのも無理はない。不安もあるはずだ。無理してついて来る必要はない」
シリウスの言葉にケビンとデルクは呆れる。
「鼠の巣には潜れと言っておいて、ついて来るなはないでしょう」
「所詮は人猿の住処ですし、ついて行きますよ」
隊員達の顔を見渡して全員が同じ心境でいるのを確認する。
「……ケビン、デルク、アンナ、オグン、アンヘルはついて来い。それ以外はこの場で待機」
各々了承する中、アンヘルだけが嫌そうにする。
「自分も行くのですか?」
「待機していても構わないぞ」
「……行きますよ。待機なんて退屈ですから。どんなに数が多くても殲滅してやりますよ」
まるで戦いになると思っているかのような口ぶりだ。
「言っておくが、こちらからは攻撃するなよ」
「えっ!? ダメなんですか!?」
「当たり前だ。不必要な争いは控えるべきだ」
余計なことをしないように、アンヘルを見ておいた方がいいな。
「さて、下りるぞ。良い情報を聞き出せればいいのだがな」
ー3ー
地下構内には老若男女、様々な人間が生活していた。
天井には電灯は点灯しており、掃除が行き届いている。
人間達の衣服は汚れや繕った跡があるが、質は悪くない。
さらに極端に痩せ細っている者もいないので、食料が行き渡っており、飢えている者はいないようだ。
表情を窺ってみると、別段暗いわけではなく、絶望の色は見えない。
むしろ、子供がはしゃぎ回ったり、笑い声が聞こえたりと明るい雰囲気がある。
天翼人との大戦にて大敗し、地下で惨めな生活を送っているのかと思いきや違ったようだ。
思いの外、快適な生活をしているのではないかと思えてきた。
人間達はシリウス達を物珍しそうに見てくる。
警戒やら恐れているといった感じがしない。
シリウス達も人間の生活というのを初めて見て、興味津々で見回す。
やがて先を進むマリーが足を止める。
マリーが案内した先には小さな天幕が設えられていた。
天幕の中にマリーは呼び掛けて事情を説明すると、天幕の入口が開かれた。
「どうぞ、天使様。中にお入りください」
シリウスは天幕に入る。
ケビン達も恐る恐るといった感じで続く。
「これはこれは天使様。わざわざご足労頂き申し訳ありません」
天幕の中には六人の人間がいた。
見るからに年老いた男性二人と女性一人。
それぞれに一人ずつ侍っている。
「初めまして。私はコモリと言います。この駅を任されている者です」
駅の代表者であるコモリが挨拶をする。
シリウスも挨拶をして勧められた椅子に座っていく。
「マリー達が助けられたようで天使様には感謝の言葉しかありません」
「感謝には及びません。魔獣の討伐が我々の任務ですので。それと聞きたいことがありましたから」
「聞きたいことですか。伺いましょう。天使様のお力になれるのなら我々としても嬉しいことですから」
シリウスは居住まいを正してから本題に入った。
「我々の任務は魔獣の討伐ともう一つ、最近急増している魔獣の発生原因の調査になります。そこでお尋ねしたいのが、魔獣の動向について気になることがありましたら教えて欲しいのです。些細なことで構いません。何かありませんか?」
シリウスが尋ねるとコモリは考え込む。
ひと言も言葉を発さずに考えている。
長い沈黙。
その長考の末、コモリは口を開いた。
「……マリー。お主はどうであるか? 外に出る者の方が気付く事があるのではないか?」
「確かに最近魔獣が増えているのは感じています。でも、原因となると……」
マリーは言葉を詰まらせる。
彼女も原因までは分からないようだ。
「……天使様。もし仮に原因が分かった場合は問題解決に尽力なさるのですか?」
「ええ、その時は問題解決のために動きます」
「そうですか……」
コモリは再び長考に入る。
彼の態度を見るに何かを知ってるように見える。
勘でしかないから確信があるわけではない。
追求したところではぐらかされるだけだろう。
ならば、別の件を尋ねてみるか。
「魔獣の件とは別に、悪魔について何か情報はありませんか?」
「悪魔というと、度々地球に現れるという地獄の異形種ですね」
「そうです。実は最近遭遇したので、悪魔についても調べているのです」
「遭遇……。戦ったのですか?」
「ええ、逃げられてしまいましたが。早いうちに対処が出来たので怪我人は出ましたが死亡者はゼロです」
それを聞いてコモリは目を見開いて驚く。
「悪魔の話は何度も耳にしています。天使様でも苦戦を強いられて多大な被害を出すこともあるとか。それなのに今回は死亡者が出ないで済むとは……失礼ですが強いのですか?」
「優秀な者が揃っていますので」
その言葉にアンヘルを除いた隊員達は苦い顔をする。
コモリはそれに気付かずに再び考え込み、意を決したかのように口を開いた。
「……また後日に話し合いの場を設けたいのですが、よろしいでしょうか?」
「理由を窺っても?」
「魔獣の増加に悪魔、まったく心当たりがないわけではないのです。こちらでも精査したいので」
「なるほど……。では、一週間。一週間後に再度ここに来ます。それでよろしいですか?」
「もちろんです」
一週間後に来ると約束を取り付けてシリウス達は天幕を後にした。
ー4ー
天幕を出たところで、ふとケビンが足を止める。
彼の視線の先には幼い子供達が遊び回っていた。
「おっ、ケビン。ちっちゃい子が好みなのか?」
デルクが茶化すように言う。
「そんなわけないだろう。娘と同じくらいの年齢だなと思っただけだ」
「ふーん……」
そこへ二十人程の集団が近付いてきた。
男女が入り混じり、中には子供の姿も見える。
一体何の用だろうか。
男性が一人、前に出て話す。
「天使様。少しよろしいですか?」
「何でしょうか?」
シリウスが代表して応対する。
「先程は助けて頂きありがとうございました」
「ああ。ミノタウロスの時の……。感謝の必要はありません。我々は任務を果たしただけですから。それに、全員を救えたわけではありません」
「あのままでしたら我々は全滅していました。死んでしまった者達は残念ですが、私達が生還できたのは天使様のおかげです」
男性は後方に立つ女性と子供に目をやる。
「こうして生きて家族と再会できました。それだけでも感謝の言葉しかありません」
「……そうですか。我々としてもそう言って頂けて喜ばしいです」
「ありがとう」
「主人を助けて頂き、何とお礼を申し上げたらいいか」
「助かりました」
「お兄ちゃんたち、ありがとー」
人々から感謝の言葉を伝えられる。
直接感謝を伝えられるとは思っていなかったのでシリウスは驚く。
それは隊員達も同様だったようで彼らも驚く。
一通り感謝の言葉を伝えられると、シリウスは一礼してからその場から立ち去った。
駅から出ると、隊員達が口々に人間について話す。
「人間達も天翼人と何ら変わらないのだな……」
「そうみたいだな……。彼らにも生活があって、家族や仲間達のために外に出て物資や食料を命懸けで調達したりと苦労があるみたいだしな」
「でも、意外だったな。こう言っては悪いが、もっと困窮した生活を送っているのかと思っていた」
「それは思った。ギリギリに切り詰めて痩せ細ったり、餓死したりして、不衛生な生活をしていそうなイメージを持っていた」
「実際は充実とまではいかなくても飢えに苦しむ者がいない。それに子供達が笑っていた。子供が元気でいるのは豊かな証拠だ」
「子供ね。結構可愛かったな。むしろ、天翼人の子供の方が暗いんじゃないかと思えてくるくらい明るかったな」
「落ち着きがあると言ってしまえばそれまでだが、社会に束縛されていると思えてくるな。その点、人間達は自由だった」
「自由であるかもしれないが、人間は魔法を使えないから危険が多いはずだ」
「あの片翼の女の子、名前何だっけ? あの子は戦力として重宝されているだろうな」
「マリーでしょ。名前くらい覚えなさいよ」
「戦力といっても、所詮は片翼だ。天翼人の平均魔力量の半分程の魔力しかないし、そこまで強くはない」
「それでも人間からしてみれば大事な存在だろう。天翼人を天使様と敬うのもあの子の活躍も影響しているはずだ」
「案外、人間と仲良くできるのかもな」
「隊長的には人間のことはどう思いますか?」
隊員達の会話には参加せずに黙っていたアンヘルが唐突に尋ねてきた。
シリウスの考えは他の隊員も気になるらしく、皆がシリウスの発言に注目する。
「現段階では何とも言えないが、あのコモリという男、何かを隠しているのは間違いない」
「やはり人間は信用に足らないと?」
「いや、決めつけるのは早計だ。彼自身は話そうとしていたが躊躇っていた。おそらくだが、コモリよりも上の存在。上官だか上司だかは知らないが、そいつの許可がなければ口に出せないのだろう」
「許可を取るための一週間というわけですね」
「一週間という数字は長いかもしれないが、人間達が十分に話し合うには丁度いいはずだ」
アンヘルは次に疑問に思ったことを尋ねる。
「それと気になったのが片翼です。彼女についてはどう思いますか?」
「そうだな……。彼女の存在に天翼人は快く思わないだろう」
「はい。正直自分も快く思っていません」
「だろうな。多くの天翼人がそう思っているはずだ。そんな彼女を人間が受け入れた。彼女からしてみれば、他に居場所がない。追い出されたら行き先がない。ある意味一番追い詰められた存在だ」
「そんな片翼を人間達は利用しているのですね」
「彼らの関係について、詳細までは分からない。本当に慕っている可能性だってある。ただ、コモリが隠している事については知らない雰囲気だったな」
コモリが何を隠していたのかは分からない。
いずれにしろ、一週間後にどうなるか、何かしらの結果が出るだろう。
ー5ー
その日の夜。
アンヘルは拠点の中を練り歩いていた。
「どーしたアンヘル、暗い顔をして」
話し掛けたのはデルクだった。
「いえ……別に……」
「……そっか。メシ、まだだろ? 一緒にどうだ?」
アンヘルの様子が気になったデルクは夕飯に誘うことにした。
「はい。では、ご一緒します」
「そうこなくちゃな。早速行くぞ」
二人が食堂用に作られたテントに向かうと、昼間に駅に行った隊員が揃っていた。
「おっ、二人も来たのか。アンヘル、こっち空いてるぞ」
ケビンが空いていた隣の席をアンヘルに勧める。
「アンヘルばかりズリぃな。オレの席は?」
「期待新人だからな。ゆくゆくは上官になるかもしれないし、今のうちにごまをすっておくのは当然だろ。お前はテキトーに座れ」
「それを本人の前で言うかー」
デルクは隅に置かれていた木箱を引っ張り出し、椅子代わりにして腰を下ろした。
そうして、アンヘルやケビンが使っている机でデルクも一緒に夕飯を取る。
「オグン、相変わらず食うな。すげぇ山盛りじゃねえか」
「腹が減っては戦はできないと隊長が言っていたからな。食えるうちに食っておかなくては」
「そんなに食ってたらデカい図体がさらにデッカくなるぞ。まあ壁役がデカくなるのはありがたいが」
「デカいのがオレの取り柄だからな。こればかりは隊長にも負けんよ」
「それに対して、アンナちゃんは少食だよな。そんなに隊長の目が気になるのか?」
「少食なのは元からだから。隊長は関係ない。何でもかんでも隊長に繋げないでよ」
「うちの部隊のアイドルであるアンナちゃんの恋の行く末が気になるんだよ。なあ、オグンもそう思うだろ?」
「うむ。我が部隊の紅一点であるからな。気になるのは違いない。気になる相手が居ないと言うのなら自分が告白したいくらいだ」
「大胆だねー。オレも好きだぜー」
「はいはい。ありがと」
「うわぁ、テキトー……」
「やはりデルクが居ると一気に騒がしくなるな」
「相棒に褒められるとは思わなかったよ」
「相棒言うな。それと褒めたんじゃなくて、うるさいと言いたいんだ」
「つれねぇな、ケビンは」
そこでデルクは黙々と食事を取るアンヘルに視線を向ける。
「で、お前はどうなんだ? 何だか悩んでいるようだが、気になることでもあるのか?」
アンヘルは手を止めてデルクの顔を見る。
「最初会った時は元気いっぱいな感じだったのに。今日はえらくしおらしいじゃねえか。悩みでもあるのなら聞くぜ」
アンヘルが視線を巡らせると、デルクだけでなく、ケビンもアンナもオグンも心配そうにアンヘルを見ていた。
「悩み……というよりも気になったんですよ、隊長の態度が」
「隊長が? どういうことだ」
「人間の対応に何と言うか違和感を覚えたんです。たかが人間にあそこまで丁寧に接する必要があったのかと。もっと言えば、助ける必要もなかったのではないかとも思っています」
シリウスの対応についてアンナが答えた。
「私も最初はそう思ったよ。治療を手伝うのも隊長に言われなければやらなかったし。でも、治療してよかったと今では思ってる。あの人達にも家族が居て、生還した彼らに喜んでいた。そして、お礼を言われた。人間は私達天翼人と一緒なんじゃないかな?」
「それは結果論だ。最初の段階では何も分からない状態だった。それに隠し事をされているのを黙って見過ごしていたのも気になる。無理矢理でもいいから聞き出せばいいのに」
「そうだね。結果を得てからの感想だね。後からなんとでも言えるし、いくらでも美談にできる。でも、これだけは言える、隊長を信じてよかったと」
「隊長を信じ過ぎですよ……」
「そうかな? ……そうかもね。新人君もいずれ分かるよ。なんで私達が隊長を信じているかを」
「まあ、アンナちゃんはちょっと盲信し過ぎてる気もするがな」
「うるさい。デルクのくせに」
「何その言い方。ヒドいなー、傷つくなー」
「はいはい」
アンナはデルクのからかいをテキトーに流す。
それを尻目にしながらケビンは自らの意見を述べる。
「個人的な意見だが、隊長が人間を助けたのは情報よりも同情したからではないかな。目の前で殺されるところを見せられたら、あまり気分がいいものではないし。あくまで魔獣討伐の任務ということにして人間を助けたのではないか」
ケビンの意見を聞いてオグンも自らの意見を述べた。
「そういう見方もあるのか。オレは別の感想を抱いたな。本当に情報を得ようとして助けたと思った。恩を売って情報を得ようとしていたんだ。悪魔について何の手掛かりがなくて、行き詰まっていたところでもあるしな。藁にでも縋りたいのだろう」
「あまり隊長っぽくない気がするな」
「何を言っている。相手は人間だ。利用するのは当然だ。強硬手段に出なかったのも、今後も利用できると考えがあったからであろう」
アンナとオグンが言い争っている中、ケビンがアンヘルに話し掛ける。
「意見は人の数と同じくらいにある。隊長にも隊長の思惑があるだろう。だけど、部隊に所属している隊員は全員が隊長を信じている。それだけは事実だ」
「そうですか……」
隊員達はシリウスを信じているが、出会って間もないアンヘルには納得出来ないことが多いのであった。
ー6ー
「今日はどうするんですか?」
「昨日は魔法の実力を見たからな。今日は剣の実力を知っておきたい」
昨日に引き続き、シリウスはアンヘルを連れて拠点を出る。
「剣なんて必要あるんですか? 魔法で十分じゃないですか」
「普通ならそうなのだが、お前には色々と学んでおいて欲しいんだ」
アンヘルの実力があれば、いずれ騎士の称号を得られるだろう。
それだけでなく、天空王より翼を授かって六枚になる栄誉を賜われる逸材だ。
そのためにも魔法だけでなく、剣の腕を身に付けたりとオールラウンダーになって欲しい。
なって欲しいが、シリウスが教えられるのはせいぜい剣の技術くらいだ。
これから色んな人から様々なことを教わるだろうし、シリウスは自身が教えられることを教えようと考えた。
「お前の魔法はスゴい。それは素直に称賛したい。だが、高い威力故に状況によっては制限される。例えば仲間が居る時だ。仲間を巻き込んでしまう場合は魔法を使えない。他にも敵が近くにいる時だ。近過ぎると自分ごと巻き込んでしまう」
「そうかもですけど、遠距離でも使えるから大丈夫じゃないですか? 近付かれる前に、ババーっとやっつければいいだけですし」
「敵を殲滅するだけならそれでいいが、仲間を救援する時はどうする? それに敵の中には近くまで忍び寄る者もいるだろう。そうなった時の対処の仕方も会得しといた方がいい」
アンヘルには強くなってもらいたい。
独りよがりの力ではなく、仲間を守るための力を身に付けて欲しい。
「そこまで心配する必要はないと思いますけどね。まあ、隊長が言うのならやりますよ」
えらく引っ掛かる物言いだが、やってくれるようだ。
訓練するための魔獣を探していると、ミノタウロスを発見した。
「昨日ケビン達が仕留めたのと同種だな」
「今回は剣でってことですけど、まさか一人でですか?」
「いや、討伐は二人で当たる。あれは危険度が高い。しかし、今まであまり見掛けなかったが、こう何度も出会うとは。これも魔獣の増加が関係しているのかもな」
シリウスは鞘から剣を抜く。
アンヘルもそれに合わせて剣を抜いた。
「お前の動きに合わせる。好きに暴れて来い」
「それでは遠慮なく行かせてもらいます!」
魔力で剣を覆い、耐久性を高めてアンヘルは駆け出した。
その後ろをシリウスが続く。
迫る二人にミノタウロスは気付き、身構える。
斬りかかるアンヘル。
ミノタウロスは戦斧を振るい、強烈な一撃が剣を弾く。
仰け反ったアンヘルを狙ってミノタウロスは戦斧を振り下ろす。
横合いから飛び出したシリウスが剣でそれを受け流した。
「行け!」
シリウスの声に反応したアンヘルが戦斧の脇をすり抜けて、懐に潜り込み、ミノタウロスの胴体を斬る。
だが、踏み込みが甘かったせいで浅く、ミノタウロスを倒すには至らない。
ミノタウロスの振り回した左腕がアンヘルを狙う。
アンヘルは剣で防いで直撃は免れたが、体は吹き飛ばされて地面に転がる。
シリウスはアンヘルを庇うように前に立つ。
ミノタウロスは戦斧を振り回す。
それをシリウスは弾き返した。
再び戦斧を叩きこもうとするミノタウロスの攻撃に合わせて剣を振り、手首を斬り落として攻撃を阻止する。
そこから跳躍し、首を刎ねてミノタウロスを仕留めた。
戦いが終わり、シリウスはアンヘルの手を引いて助け起こす。
「……強いですね」
「一応隊長だからな」
「やっぱ自分は魔法の方がいいです」
「アンヘルは魔法を主に立ち回った方がいいのは間違いない。だけど、近接戦闘にも対応出来るようにしておいた方がいい」
「隊長も魔法を上手く使って立ち回るのですか?」
「魔法は不得手なんだ。簡単な魔法なら使えるが、アンヘルやアンナのような高度な魔法は使えない。せいぜい破魔の魔法程度だ」
「破魔って、それスゴい魔法じゃないですか。使える人初めて見ましたよ」
「そこまで重宝するものでもない。言った通り、他の魔法は苦手なんだ。魔法が必要な時はお前の力を頼らせてもらうからな」
「はい! 任せてください」
「とはいえ、まずは剣の指導が必要なようだな」
「お手柔らかに頼みますよ」
「それはお前次第だな」
アンヘルが今後どのように成長していくのか、シリウスは心の中で期待するのだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
前作では一話に必ず1戦闘を入れるようにしていましたが、今回はそういった事はなく、一話一話を短めにしています。
おかげで話の進みは遅いですが、読みやすくなっているかと思います。
話はまだキャラ紹介の段階でありますので本格的に話が動くのはまだ少し先になります。
また次回の話も読んで頂ければと思います。