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天翼の英雄は勝利の剣を掴み取る。  作者: 僕私俺
第一部・天翼編
4/39

1-04.人類


 ー1ー


 シリウスとアンヘルが拠点に辿り着いた頃には陽が沈みかけていた。


 「ベクター。今戻った。遅くなってすまない」

 「到着が遅れてましたので心配しておりましたが、何もなかったようで安心しました」


 天幕にいたベクターに帰還の挨拶を告げて、アンヘルを紹介する。


 「着任早々に外での任務とは難儀ですな」

 「体を動かす方が好きなので、むしろよかったと思っています」

 「それはそれは元気で結構。他の者達も見習って欲しいものですな」


 そこへケビンが顔を出す。


 「ベクター副官、在庫の確認終わりました……あっ、隊長。戻っていたのですね」

 「ケビンか。丁度いい。彼が新しく入隊したアンヘルだ。急で悪いが、拠点内を案内してやってくれ」

 「了解しました。アンヘルといったね。自分はケビンだ。今後ともよろしく頼む」

 「はい! よろしくお願いします!」


 アンヘルを連れてケビンは天幕から去って行った。


 「どうですかな、彼は?」

 「まだ何とも言えないな。事前情報だとやんちゃな印象があったが、今日の態度を見る限りはそこまでの印象はない。まあ、元気過ぎるという感じはあるがな」

 「今日は初日で緊張していたのでしょうな。数日もすれば緊張もほぐれましょう。今後彼が実戦でどのように動いてくれるか、そこが大事になってきます」

 「確かに実戦の部分が一番大事だ。他の作業なら失敗しても命を落とすことはない。だが実戦は違う。命を落とすことがある。命を落としたらそれまでだ」

 「実戦以外でも失敗が多ければそれはそれで考えものですがな」

 「そこは時間を掛けて教えていけばいいさ。誰だって失敗はする。失敗をしないようにするのも大事だが、失敗した時にどう対応していくかも大事になってくる。案外、最初に失敗が多い方が優秀になるかもしれない」

 「教える側からしてもそちらの方が教えがいがありますからな」

 「そこは教える側の性格によるだろ。手が掛からない方がいいって言う者もいるし」

 「それを仰る方は自分のことしか考えていないのでしょうな。楽をしたいやら、やりたくないやらと自分本意で他者に向き合おうとしていないからこそ出てくる言葉です」

 「確かに、そうかもしれないな……」

 「まあ、中には本当に優秀で手の掛けようがないくらいに優秀な方もいますがね」

 「そんな優秀なやつがいれば天翼人の未来は安泰なのだがな。仮に悪魔の軍勢が攻めて来ても追い返せるくらいにスゴい奴が居てくれればいいのに」


 そんな人物が居れば、ヴィクトリアの命が脅かされることもなく、エトワールが毎日安心して眠れるのにな。


 「私としましては、隊長に期待しているところがありますぞ」

 「冗談を言うな。剣を振ることしか取り柄がなくて散々迷惑を掛けたじゃないか」

 「そんなこともありましたな」

 「ベクターからすれば、すごく鍛えがいのある隊長なのだろうな」

 「それはもちろん。これからも厳しくさせてもらいます」

 「そうか。なら、期待に応えられるように努力していこう」

 「ここで弱音を吐かないのが隊長らしいですな」


 守りたい人がいるのだからそれは当然だろう。




 ー2ー

 

 翌日になり、シリウスはアンヘルと数人の隊員を連れて魔獣の討伐に向かった。


 「見ろ。狼の魔獣だ」


 シリウスは遠くの方に見えるのは、以前にも戦ったことのある狼の魔獣、黒い狼が群れを成しているのを見つける。


 「あれを討伐するんですね」


 アンヘルは緊張した面持ちでいる。

 初めての実戦だ。

 緊張しない方が難しい。


 「デルク。アンヘルに付いていてくれ」

 「へいへい。わーてますよ」


 相変わらず態度が悪い。

 だけど、デルクは意外と面倒見がいい。

 任せておけば役目を果たしてくれるはずだ。


 「隊列を確認しろ! 攻撃を開始する!」


 四人の隊員とアンヘルが遠距離から魔法を放とうと準備する。


 「お、おい……」

 「ああ、すげぇな」


 隊員達が驚くのには理由があった。

 一際大きく迸る魔力の流れ。

 それを引き起こしていたのはアンヘル。

 魔力は圧縮され、光の球体となってアンヘルの手元に灯る。


 「……放てっ!」


 シリウスも驚きつつも、魔獣の討伐に意識を切り替える。

 アンヘルは光の球体を放つ。

 光の球体は真っ直ぐと黒い狼の群れに向かう。

 黒い狼達は魔法に気付き、散らばるが遅かった。

 光の球体は地面に着弾すると、大爆発を起こしたのだ。

 轟音が鳴り響き、辺り一帯を焼き尽くす。

 巻き込まれた黒い狼を一瞬にして殲滅する。

 そこに遅れて他の隊員達が放った魔法が届くも、アンヘルの魔法に巻き込まれて霧散するのだった。

 攻撃の余波でシリウス達の元にまで突風が通過する。

 通り過ぎる突風には意に介さずに、その場にいる全員が目の前で起きた光景に呆気にとられていた。

 アンヘルの放った魔法は彼らがこれまで見てきた魔法を遥かに凌駕する。

 桁違いだ。


 「……今のが全力なのか?」


 シリウスはアンヘルに尋ねる。


 「全力ではないですけど、まあそこそこ気合を入れてやりました」


 高威力の魔法を行使したにも関わらず、アンヘルは大して疲労を見せずに平然としていた。


 「本気でやったことはあるのか?」

 「いえ、さすがにそれは危険だって自分でも分かっているので」


 今の魔法でも十分危険だ。

 それをちゃんと理解しているのだろうか。


 「今の魔法はまだ使えるのか?」

 「はい。あのくらいの魔法なら余裕で何回も使えます」

 「……場所を移そう。今度はお前一人の魔法に任せる」

 「任せてください! やってやりますよ!」




 ー3ー


 アンヘルの魔法が炸裂する。

 一帯にいた魔獣を瞬時に消し炭に変えてしまう。

 これで八度目であるが、相変わらずアンヘルは平然としていた。


 「次はどこ行きます? まだまだ余裕がありますよ!」

 「……休憩に入ろう。アンヘル。お前は少し休め」

 「えー。全然余裕ですよ。次行きましょうよ」

 「昼時だ。体力が余っていても腹は減ってきただろ」

 「言われてみれば減ってきましたね」

 「だろ。とりあえず拠点に戻ろう。お前の活躍を皆に知らせたいしな」

 「活躍って、そんな照れますよー」


 分かりやすい態度だ。

 謙遜も取り繕いもない。

 実際にアンヘルの力はスゴイので何も言えない。



 拠点に戻ってシリウスはベクターと相談する。


 「ふむ……。アンヘルの実力は把握しましたが、にわかには信じられませんな」

 「実際に目の当たりにすれば分かる」

 「隊長の話を疑っているわけではないのです。ですが、あまりにも規格外過ぎて……」


 アンヘルの力は圧倒的過ぎる。

 もしかしたら超常の力を持つ天空王に匹敵するほどの力を有しているのかもしれない。


 「……昨夜に話したことを覚えているか?」

 「もちろんですとも。これでも物忘れはしない方なので」

 「それは頼もしいな」


 悪魔に対抗できる力。

 アンヘルの力は天翼人が抱えている問題を解決できる。


 「アンヘルの魔法は強力なものだ。それは疑いようのない事実だ。だが、問題もある」

 「その問題とは?」


 ベクターはシリウスを試すように問う。


 「力の使い方。アンヘル自身が己の力に呑み込まれないようにしないといけない。そして、その力を自らのためだけに使うのではなく、民のために使って欲しい」

 「それは彼を利用するということですかな?」

 「違う。アンヘルには騎士になれる素質がある。近い将来に騎士になれるはずだ。アンヘルには騎士として仕え、騎士としての務めを果たしてもらいたい」

 「なるほど。騎士ですか……。隊長よりも優秀になりそうですな」

 「言ってくれるな」

 「彼が我々より上の立場になるのも時間の問題でしょう」

 「ああ。そのためにもアンヘルが道を踏み外さないようにしなくては」

 「騎士としての道に導くというわけですか」

 「そういう事だ。……ベクター。しばらくの間、アンヘルを任せて貰いたい」

 「大任になりますぞ。なんたって彼は天翼人の未来を担うのですから」

 「彼一人に天翼人の未来を背負わせるつもりはない。だけど期待している。今はまだアンヘルの上官だ。教えられるのは今だけ。彼の今後のために教えねばならないことがある」


 アンヘルの力は強力である。

 その力を間違った使い方をしてはならない。

 それを教えなければ。



 その後はベクターにもアンヘルの魔法を見てもらうために再び拠点の外に出て、魔獣をいくらか討伐してその日は終わるのだった。

 ちなみにアンヘルの魔法を見たベクターは驚きを隠せず、驚愕を露わにしていた。



 ー4ー


 翌日。

 シリウスはアンヘルを連れて拠点の外に出る。

 移動しながらアンヘルは疑問に思っていたことを尋ねてきた。


 「なんで今日は二人だけなんです?」

 「お前が居たら他の隊員の訓練にならないからだ」

 「訓練? 実戦なのにですか?」

 「実戦だからこそだ。実戦でしか分からないことがある。それに今は悪魔の出現で色々と問題が起こっている。早い内に連携の精度を上げておきたい」

 「それって自分も参加した方がよくないですか?」

 「初めはそのつもりだったが、その前に色々と教えておこうと思ってな」


 シリウスは魔獣の群れを見つけると、身を隠して魔獣の群れを観察する。


 「見ろ。魔獣だ」

 「いつもの狼の群れですね」

 「よく見ろ。その中に二足で立つの狼も紛れている」

 「うーん……あっ、本当だ。あれって噂の悪魔なんですか?」

 「あれはワーウルフ。異界からやって来た魔獣であるが、悪魔ではない」

 「へー、異界って地獄ですか?」

 「それは分からない。悪魔みたいに言葉を話すわけではないからな。ただ、地球とは別の世界からのは来たのは確かだ」

 「ふーん。……で、どうします? ここから魔法を放って蹴散らしちゃいますか?」


 アンヘルはいつでも魔法を放てるようにと準備を始めた。


 「まあ待て。アンヘル。お前は自分の魔法についてどれくらい理解している?」

 「どれくらい?」

 「例えば、魔法の射程距離とか、爆発の範囲とか、何回使えるとか色々だ」

 「飛距離はまあ……どこまでも飛ばせますよ」


 それが事実なら予想以上に規格外過ぎる。


 「……言い方が悪かったな。有効射程距離だ。確実に敵を爆発に巻き込む距離はどれくらいになる?」

 「そーいうことですか。そうですね……視界に入れば狙って撃てます」

 「視界か。千里眼の魔法は使えるな?」

 「使えますけど、あまり得意ではないですね。視えて1キロ先ですかね」

 「十分な距離だな。それだけあれば大抵の魔獣に感知されずに殲滅できる。それで爆発の規模はどれくらいだ?」

 「確実に扱えるのなら昨日のやつの倍はいけますかね。時間を掛けて魔力を編み込んでいけばもっと広範囲にいけますけど、制御が難しいので暴発しちゃうかもです」

 「……倍までに留めておけ。それ以上は今の力量で扱うのは止めておけ」

 「えー。なんでですか? 使ったっていいじゃないですか」

 「実力に見合った力を行使しろ。お前の魔法は強力だが、一つ誤れば自分に返って来る。自分だけでなく周りの仲間ごと巻き込んでしまう。そうならないように自分の実力をしっかりと見極めて把握するんだ」


 今のアンヘルには理解出来ないかもしれない。

 それでも伝えておかなくては。

 取り返しがつかないことになる前に。


 「それに、制限するのは今だけだ。お前なら今よりも高い、遥か高みにまで手が届くはずだ。限界を超越できる。それだけの力を持っている」

 「そうですか? いやあ、照れますね。そこまで期待されると嬉しいです」


 アンヘルは嬉しそうに頭を掻く。

 その姿に苦笑しつつ話を続ける。


 「続けるぞ。爆発の規模はどれくらいまで小さくできる?」

 「小さくですか? うーん……いつも思いっきりやってるから分からないですね」

 「そうか。丁度いい的があるし、色々と試してみるか」


 シリウスは狼の群れを指し示す。

 それを受けてアンヘルはニヤリと笑う。


 「なんか面白そうですねー」




 ー5ー


 シリウスはアンヘルの魔法を色々と試す。

 実際に使うだけでなく、本人から話を聞いたりして、アンヘルの実力を少しずつ掴んでいく。


 「やはり、爆発を最小まで絞り込んでも結構な規模があるな」

 「別にいいんじゃないですか?」

 「よく考えてみろ。敵味方が入り乱れている中では使えないということだ。それに近距離で放てばお前自身も巻き込まれてしまう」

 「近付かれる前に倒せば問題ないじゃないですか。一撃で仕留めれば味方が手出しする必要もないですし」

 「毎回それが出来るとは限らない」


 状況に応じて的確に動けるように指導しなくては。

 しかしそれは今やることではない。

 今日はアンヘルの魔法を知ることに尽力をする。

 とはいえ、いずれ別の戦い方も教えるべきだろう。



 魔法を使うと魔力を消費する。

 アンヘルの魔法は威力も規模も大きいが、消費する魔力もそれに比例して大きい。

 それでもアンヘルは何度も魔法を行使することができた。

 尋常ならざる魔力量を保有しているからこそ何度も行使する事ができるのだ。

 本人曰く、魔法は一日中使えるが、魔力よりも先に体力の方が底をついてしまうらしい。

 魔力が尽きることはないが、体力という制限があるというわけだ。


 「ふむ。今日一日でお前の魔法を大分理解出来たな」

 「自分もですよ。今までは考えなしで使って来ましたから、今日初めて知ったことが多いです」

 「理解が深まれば、もっと力を引き出すことができるようになる。今よりももっと強くなれるはずだ」


 アンヘルはこれからもっと強くなれるだろう。

 そして、天翼人の未来に貢献してくれるはずだ。


 「話が変わりますけど、隊長ってお姫様と仲がいいんですか?」

 「まあ、幼馴染だからな」


 隊員達から聞いたのだろうなとシリウスは判断する。


 「へー、今度紹介してくださいよ」

 「軽いノリで紹介できる相手ではない。それにこの前紹介しただろ」

 「あんな堅苦しい紹介じゃなくて、もっとソフトっていうかフランクな感じのやつですよ」

 「だから軽いノリで紹介できる相手ではないと言っているだろ」


 そう焦らずとも、アンヘルの実力があればすぐに謁見できるだろう。


 「そんなに姫殿下にお会いしたいのか?」

 「会いたいですよ。あんな素敵な方と仲良くなりたいと思うのは男として当然じゃないですか」

 「素敵? まあ……うん。綺麗だとは思うよ、見た目は」


 ヴィクトリアの外見が綺麗だというのはシリウスも同意する。

 だが、内面はどうだろうか。

 昔はドレスで木に登ってスカートの中身が見えるのもお構いなしだった。

 気に入らないことがあればすぐに文句を言うし、あれはヤダとかこれがいいとワガママ放題だった……昔は。

 昔はそうだった。

 ……。

 …………。

 ………………ん?

 昔はそうだったが、今はどうだろうか?

 多少ワガママなところはあるが、昔ほどではない。

 はしゃぐことはあるが、ドレスで木に登ることはしない。

 落ち着きがある。

 人前に出る時は深窓の令嬢のように振る舞っている。

 自制が効くようになっている。

 もしかしてヴィクトリアはアンヘルが言うように素敵な人なのか?

 今まで昔の印象のままで見てきたが、お姫様として恥じぬように成長した一人の少女ではないか?


 「どうしたんですか? 急に黙っちゃって」

 「……ある事に気付いただけだ。大したことではない」


 子供だと思っていたが、ヴィクトリアも成長しているのだなとしみじみと思うのであった。




 ー6ー


 「隊長とアンヘルじゃないですか」


 一度拠点へと戻ろうとした時、連携の訓練をしていたケビンを始めとした隊員達に出会す。

 ケビンの他にデルクやオグン、アンナの姿がある。


 「そちらの訓練の方はどうなっている?」

 「大分様になってきたとは思いますよ。日頃から隊長に絞られていますし、初めて連携を取るというわけではないですからね」

 「そうか」


 そこへ一人の隊員が飛んで来るのが見えた。

 隊員は降り立ち、シリウスの姿に気付いて慌てて敬礼する。


 「索敵に何か引っ掛かったのか?」

 「はい! 魔獣を見つけました」


 その報告にケビンはニヤリと笑う。


 「次の獲物はそいつだな」

 「ですがその……交戦中なんです」

 「交戦中? 魔獣同士で縄張り争いでもしているのか?」

 「いえ、人間と戦っています」

 「人間?」


 人間と魔獣が戦っている。

 そのこと自体は別段珍しくない。


 「ひとまずその場所に向かう。案内してくれ」


 シリウスとアンヘルもケビン達に同行する事にした。



 向かった先では確かに人間と魔獣が交戦中だった。


 「……一方的だな」


 牛頭に強靭な人型の肉体を魔獣、ミノタウロスが一方的に人間を攻撃をしていた。

 三メートルを超える巨体なミノタウロスを相手に劣勢ではあるが人間側は奮戦している。

 陣形が崩れても即座に立て直している。

 欠けた部分を補い、適切に対処していた。

 それでも圧倒的な力量差は覆らない。

 一人、また一人とミノタウロスが持つ巨大な戦斧の餌食となっていった。

 人間は全部で三十人程。

 そのうちの十人が肉塊になって大地を汚す。


 「どうします、隊長? 人間と魔獣両方やっちゃいますか?」


 天翼人にとって人間などそこいらにいる動物と何ら変わらない。

 この場にいる者達は人間がどうなろうと興味がない。


 「……」


 シリウスは戦いを見つめる。

 戦う者の中に一人だけ少女が混じっていた。

 ヴィクトリアやエトワールとそう年齢が変わらないように見える。

 少女の姿が二人と重なる。

 ここで見捨てることは簡単だ。

 だけど、それをしてしまったら……。

 脳裏をよぎる血塗れの少女。

 そして重なる二人の姿。


 シリウスは決断した。


 「……魔獣のみを殺せ」

 「えっ? 人間を助けるんですか?」

 「我々の任務は魔獣の討伐と調査。人間から何か情報を得られるかもしれない。やるべき事は決まっている。我々はただ任務を遂行するのみだ」

 「……了解しました。では、そのように動きます」


 ケビンに指揮を任せて、シリウスとアンヘルは戦況を見守る。


 「なんで自分が行ったらダメなんですか?」


 アンヘルは不満を口にする。


 「まだお前の実力を把握し切れていない。近接戦闘に於いてどの程度戦えるか未知数だ。それはケビン達も同じ認識だ。即席で組ませても連携は取れないと判断した」

 「ここから魔法を放つのはダメなんですか? そっちの方が楽ですよ」

 「それでは人間を巻き込んでしまう。それに、ケビン達の成長の度合いを確認しておきたいしな」

 「人間はどうでもいいですけど、これも訓練の一環になるんですかね?」

 「そうだ。彼らはこれからお前の背中を預ける者達だ。その戦いぶりをしっかりと見ておけ」

 「……分かりました。では先輩方の戦いを見させてもらいます」




 ー7ー


 ケビンが指揮するのは八人程のチーム。

 剣士であるケビンとデルク、重装備のオグン、魔法使いのアンナ、その他に隊員が四人。


 「隊長が見ている。失敗は出来ないぞ」

 「新人もな。これからの威厳に関わる」

 「あの魔法を見せられて私の威厳なんてないと思う……」

 「アンナちゃん、へこみ過ぎ」

 「そうだぞ。新人の魔法は仕方ないにせよ、隊長にはいい所を見せないと嫌われるぞ」

 「隊長はそんな人じゃない」

 「嫌われないにしても、いい所を見せてアピールしとかないとな」

 「だよな。なんたってライバルがお姫様だから。こういう所でアピールしないと」

 「べ、別に私は隊長のことなんて……」

 「はいはい。そんな態度じゃいつまで経っても結婚出来ないぞ」

 「うるさい!」

 「結婚はいいぞ。うちの嫁さんは優しいし、娘は可愛い。良いこと尽くしだ」

 「昨日は嫁さんの愚痴を言ってたくせに、どの口が言ってるんだ」

 「さて何の事やら。記憶にないな」

 「あー出たよ、お得意の記憶にございません」

 「ねえ、また人間がやられてるよ」

 「あっ、ホントだ。でも、まだ生きてるぞ」

 「あれはもう助からんだろ」

 「人間が死ぬのは構わないが、これ以上死なれては我々の評価に影響が出る。行くぞ」


 八人が戦闘に入ろうとした時、ミノタウロスの足元が凍った。

 氷の魔法によりミノタウロスの動きが鈍る。

 踏み込みが甘くなったミノタウロスの振るう戦斧が少女の前に叩きつけられた。

 一撃で人体をひしゃげさせる攻撃が外れて、少女は事なきを得た。


 「おい……今のは魔法だよな?」

 「はい。間違いなく魔法です。ですが、私達は誰も魔法を使っていません」

 「人間は魔法を使えない。一体誰が?」

 「あの少女……微弱ですが魔力を感じます。それにこの感じ……天翼人?」


 人間の中で奮戦する一人の少女。

 彼女から感じ取れる魔力は間違いなく天翼人の力。


 「あれを見ろ、翼だ!」


 少女の背より光り輝く二枚の翼が生える。


 「人間の味方をする天翼人か。事情があるのかもしれないが、あのままでは話を聞く前にやられる。人間を助けるのは不本意だが、加勢しよう」


 各々が翼を形成させた。

 まずはオグンが先行する。

 鎧で全身を覆い、巨大な盾を構えてミノタウロスの前に立ち塞がった。


 「あなたはっ……!?」


 突然目の前に現れたオグンに少女は驚く。

 少女だけでなく、その場に居た人間全員が驚いた。


 ミノタウロスは突然の乱入者に動じず、戦斧をオグンに向けて振るう。

 オグンは盾で受け止めるも体が仰け反る。

 続く攻撃は体勢を崩しながらも盾で防ぐが、戦斧によって盾を弾き飛ばされてしまった。

 飛ばされた盾を尻目にミノタウロスはさらなる攻撃を仕掛けようとする。

 攻撃がオグンに集中している隙に、アンナと二人の隊員が魔法を放つ。

 アンナの放った稲妻がミノタウロスと体を貫いて痙攣させる。

 さらに風が切り裂き、炎が焦がす。

 ミノタウロスの動きが止まる。

 そこへ四人が剣を手に突撃した。

 ケビンを筆頭にデルクと二人の隊員が続く。

 まずケビンが左足の腱を狙う。

 続く二人は右足の腱を斬る。

 自らの巨体を支え切れなくなったミノタウロスは地面に膝をつく。

 デルクの持つ二本の剣が戦斧を持つ右腕を斬りつけた。

 斬り落とすまではいかなかったが、ミノタウロスの手から戦斧は滑り落ちて地面に激突する。

 追い打ちを掛けるように体勢を整えたオグンが槌を振り上げた。

 ミノタウロスの顎を的確に捉えて砕く。

 そして、トドメとばかりにデルクは首、ケビンは心臓を狙うのだった。




 ー8ー


 ミノタウロスの死骸が横たわる。

 その横で生き残った人間達がケビン達に対して跪く。

 その中で代表して少女が口を開いた。


 「天使様。助けて頂き感謝致します」

 「天使?」


 聞き慣れない言葉にケビンは首を傾げる。


 「天使様がいなければ我々は全滅していました。こうして生き永らえているのは天使様のおかげです」


 別にケビン達は助けようと思って助けたわけではない。

 人間の命なんてどうでもいいと思っているし、ただ単にシリウスの命令に従ったまでだ。

 それなのにここまで畏まれると、さすがに居心地が悪い。


 「隊長を連れて来ました」


 どう対応したらいいか困っていると、アンナがシリウスを連れてやって来た。

 もちろんアンヘルも一緒である。

 ケビンはシリウスに任せるべく身を下がらせた。


 「初めまして。こうして人間と話すのは初めてなので、至らないところがあるかもしれません。不快な思いにさせてしまうかもしれませんが、話を聞きたい」


 シリウスが代表者と思われる少女に話し掛ける。


 「はい。私達は天使様の言葉に従います。聞きたいことがあるのでしたらいくらでも話します。ですが、その前に負傷者の治療を行ってもよろしいですか?」

 「天使……? 話は治療が終わってからで構わない。それと場所を移したい。この辺りでよさそうな場所があれば教えて欲しい」

 「感謝します」


 少女は後方で待機していた人間に治療の指示を出す。

 それからすぐにシリウスに向かい合う。


 「場所は私達の拠点で構いませんか?」

 「拠点の場所を教えたら、我々が襲撃するとは考えないのか?」

 「私達は天使様の庇護のもとで暮らしています。天使様が死を望むと言うのなら死にましょう。いつだって命を差し出す覚悟は出来ています」

 「自害するのも殺されるのも変わらないということか」


 果たして、この少女はどこまで本心なのだろうか。

 それを見極める必要がありそうだ。


 「……アンナ。治療の手助けをしてやれ」

 「よろしいのですか?」

 「構わない。恩を売っていた方が話を聞きやすい」


 天翼人を天使と呼び、何故か忠誠を誓う人間。

 そして天翼人の力を持ちながら人間に与する少女。

 有益な情報など得られるとは思っていないが、任務とは別に調べなくてはならないことがあるようだ。


 「名前は何と言う?」

 「マリーと言います。よろしくお願いします、天使様」


 そう言って少女は頭を下げるのであった。


 今回も読んで頂きありがとうございます。


 キャラが増えてきて掛け合いが増えてきました。

 掛け合いが増えれば覚えやすくなってくると思います。

 終盤に登場したマリーですが、彼女は本作で重要な立ち位置に居るキャラです。

 彼女の今後の活躍に期待してもらえばと思います。


 また次回の話も読んで頂ければと思います。

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