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天翼の英雄は勝利の剣を掴み取る。  作者: 僕私俺
第一部・天翼編
3/39

1-03.アンヘル


 ー1ー


 シリウスは天空都市に戻っていた。

 悪魔の出現について直接話を聞きたいということで、シリウスが直々に天空城を訪れたのだ。

 地上に残した部隊に心配がないと言えば嘘になるが、天空都市からの増援で守りは堅くなっている。

 指揮をベクターに任せているし、大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。


 「シリウス様! お帰りなさい!」


 報告を終えたシリウスは、ヴィクトリアの元に向かう。

 すると、ヴィクトリアは中庭でお茶をしていた。

 嬉しそうにするヴィクトリアに出迎えられて、席に座るように促される。

 悪魔の出現で雲行きが怪しいにも関わらず、彼女は普段と何ら変わらない。


 向かい合うように椅子に座ると、侍女が新しく淹れた紅茶を差し出してきた。


 「最近会えなくて寂しかったです」

 「最近と言いましても、ほんの数日ですよ」

 「でも、シリウス様がすぐに会いに来てくれると言ってたじゃないですか! ずっと楽しみにして待っていたのですよ!」

 「それは申し訳ありません。こちらも忙しくて中々戻れなかったのです」


 悪魔の件がなければ戻る予定がなかった。

 これでも早く会えた方なのだが、ヴィクトリアにはこちらの事情は分からない。

 もっとも、今回帰れたおかげでこの程度の文句で済んだのはよかった。

 まあ、いつ戻っても文句を言われることには変わらないのだけど。


 「任務の方はどうなのですか?」

 「ちょっと問題が発生しまして、今は特に忙しくなってきました」

 「そうなのですか。でも怪我もなくて、元気でいてよかったです」

 「自分も姫殿下の元気な姿を見れて嬉しいです」


 彼女の言葉に合わせて返すも、彼女は頬を膨らませてどこか不満げにする。

 何が気に入らないのだろうか。


 「むー。やっぱり堅苦しいです。昔みたいに喋りたいのに」


 なるほど。

 そういう事か。


 「あと、姫殿下ではなく、名前で呼んで。二人きりの時は名前で呼ぶって言ったじゃない」

 「……態度が堅いのは慣れてください。こればかりは昔のままというわけにはいきませんから。納得してくださいね、ヴィクトリア様」

 「……うん」


 不承不承といった感じで頷く。

 甘やかされて育てられたワガママな彼女ではあるが、自身の身分については理解している。

 理解はしているが、納得はしていない。

 駄々をこねる時もある。

 むしろ駄々をこねる時の方が殆どだ。

 今日は駄々をこねずに聞き入れてくれたので一安心する。


 「でも、シリウス様がお城に呼ばれるなんて珍しいですね」

 「問題の内容が深刻なので、そのせいです」

 「ふーん」


 ヴィクトリアはシリウスが抱える問題には興味がなさそうにしている。

 彼女からすれば外の情勢など興味がない代物だ。

 昔はそうではなかった。

 天空城の外の世界に何があるのか気になって、シリウスやベルだけでなく色んな人に話をねだっていた。

 だけど、いつしか関心を示さなくなってしまった。

 天空城に閉じ込められるようにして暮らす彼女は外に出ることが出来ない。

 外の事を知っても意味がない。

 無駄なのだ。

 どんなに願っても外には出られないのだから。

 知れば知るほど自分が惨めになると彼女は気付いてしまったのだ。

 だから外の世界に関心を示さなくなった。


 「またすぐに行っちゃうのですか?」

 「明日までは天空都市に居ます。明日から部隊に新人が入隊するので、報告ついでに新人を拠点まで連れて行こうかと思いまして」

 「それでは、明日まではずっと一緒に居られるのですね!」

 「さすがにずっと一緒には居られないですね。仕事もありますし、屋敷の方も気になりますし」

 「なんだ……」

 「時間に余裕はありますから、また明日会いに来ますよ」

 「本当ですかっ!? 絶対ですよ! 絶対来てくださいね! 私、待ってますから!」


 ヴィクトリアと約束を交わし、天空城を後にするのだった。




 ー2ー


 天空城を後にして自宅である屋敷に戻り、書斎にて事務作業をこなす。

 問題が山積みだ。

 ヴィクトリアには時間に余裕があるとは言ったが、仕事ができる内に減らしておかなくては間に合わない。


 事務作業を初めて数時間。

 終わりの目処が立ってきた。

 まだ作業は残っているが、そう時間は掛からないだろう。

 時間に余裕が出来たのを確認して一息つくことにした。


 「エトワール。コーヒーを頼む」


 書斎の入口に待機していたエトワールに声を掛ける。


 「一人分じゃなくて二人分用意してくれ。それと書庫の方に運んでくれ」

 「かしこまりました。すぐに用意致します」


 シリウスは書庫に移動する。

 書庫は本で埋め尽くされていた。

 父の代より集めてきた本は計り知れないほどの量になっている。

 あまりにも増え過ぎたために増築をしたのだが、今もなお増え続けているため本棚に収まり切らないどころか書庫に入り切らなくなってきた。

 再び増築が必要だなと最近考え始めているところである。


 目当ての本を何冊か手に取って、机の上に積み上げていく。


 「シリウス様。お待たせしました」


 そこへエトワールがコーヒーを運んで来た。

 コーヒーを机に並べたのを確認して、彼女を隣に座るように促す。


 「よろしいのですか?」


 確認を取るエトワールに苦笑する。

 今までにも何度か同じことをしてきたが、彼女は毎回確認を取ってくる。

 真面目なのはいいのだが、もう少し態度を緩めてもいいのになと思う。

 もしかしたら、ヴィクトリアもこれと同じ気持ちを抱いているのかもしれない。


 「構わない。仕事中のところで悪いけど付き合ってくれ」

 「では……失礼します」


 エトワールは席に着くと積み上げられた本に目を通す。


 「悪魔に関する本ですね」

 「ああ。これから必要になりそうだから、今のうちに調べておこうかと思って」

 「てっきり一息つくのかと思っていました」

 「休憩だよ。偶々調べものがあって、悪魔はそのついでだ。それに本を読むか剣を振ることでしか暇を潰せないしな。昼間から寝ていると使用人に叱られてしまうからね」

 「あら? そんな使用人が居るのですか?」


 エトワールはとぼけるが、この屋敷でシリウスを叱ってくるのは彼女だけである。


 「ですけど、私はシリウス様が健康でおられるのが一番だと考えています。そのためにも不摂生な生活は送らないでください」

 「体調を崩して倒れたら屋敷ごと倒れそうだしな」


 ぶっちゃけて言うとシリウスの家はそこまで裕福ではない。

 父が遺した広い屋敷に住めているが、中は質素である。

 調度品の類はなく、食卓に並べられる食事も豪勢とは言い難い。

 生活費に使用人の給金と屋敷の維持費でシリウスの給料などすぐに底をついてしまう。

 頑張って切り詰めてもプラスマイナスがゼロになるだけだ。

 出費がかさみ、マイナスになってしまう事もしばしばある。

 ただでさえギリギリなので、当主であるシリウスに何かあれば屋敷ごと潰れてしまうのは冗談ではない。

 ちなみに書庫に増えている本の殆どは貰い物である。

 父の知人だった者達からよく送られてくるのだ。


 「お暇でしたらヴィクトリア様に会いに伺えばいいのではないですか」

 「ただでさえ誤解されているのに、これ以上誤解されるようなことはしたくない」

 「では街に散策してみるのはいかがですか?」

 「悪くないな。買い物をする余裕はないが、見て回るくらいならいいな。……今度一緒に出掛けてみるか?」


 一人で出掛けても寂しい気もするし、どうせ出掛けるなら誰かと一緒の方がいいだろうと思ってエトワールを誘ってみる。


 「ご命令でしたら」


 エトワールに職務以外の頼み事をすると「ご命令でしたら」と毎回のように口にする。

 全てをこちらに委ねてエトワールは自らの意思を介入させようとしない。


 「今度の休暇にって言ったらどうかな?」

 「シリウス様の休暇にですか?」

 「エトワールの休暇にだよ。だから命令は無しだ。自分の意思で決めてくれ」

 「……」


 エトワールは考え込む。

 普段なら何事にも動じず、すぐに受け答えをするのに今回は悩み、答えあぐねている。


 「すまない。言い方が意地悪だった。今のは忘れてくれ」


 そう伝えるも、エトワールは悩み続けた。

 そして、口を開く。


 「……シリウス様。言っておきますが、私に休暇はありません。ですので、一緒に街を散策することは出来ません」

 「……そっか。じゃあ仕方ない」


 使用人達は交代で働いており、それ以外の時は休暇が与えられている。

 それは言った本人であるエトワールも雇い主であるシリウスも知っていた。

 そしてシリウスは、彼女が休暇中にも屋敷のために尽くしてくれている事も知っていた。

 陰で使用人としての腕を磨き続けている事も知っている。

 それでも、休暇がまったくないわけではない。

 だけど、休暇がないと断られてしまった。

 要するにシリウスはフラレたのだ。

 シリウスに都合があるように彼女にも都合がある。

 断られたのは仕方ないだろうとシリウスは自らを納得させた。




 ー3ー


 シリウスは気持ちを切り替えて本を開く。


 「悪魔。地獄に住むという異形の生物の総称だ」

 「シリウス様も任務で悪魔に出会したのですよね」


 エトワールはヴィクトリアと違って外の情勢に詳しい。

 外に出て任務を遂行することが多いシリウスからしてみればありがたいことだ。

 彼女に聞けば留守の間に天空都市で何があったのか知ることが出来るから。


 「巨大な鼠の姿をしていて鎧を纏い、言葉を話していた。短剣を操って素早い動きで戦うのが特徴的だったな」


 ゼネラルについて思い返す。

 シリウスは圧倒出来たが、隊員達が相手をしていたら負けてしまうだろう。

 訓練が必要だ。

 特に連携の訓練をするべきだ。

 短期間で個人が強くなるのは難しいが、連携によって部隊全体が早期に強くなる事は可能だ。

 もちろん連携するのも簡単ではないが、個人個人を強化していくよりは現実的である。


 「悪魔は高度な知能を持ち、高位の魔法を操るので高い戦闘力を有していると聞きます。シリウス様が無事で本当によかったです」

 「隊員達も負傷者は出たけど死亡者はゼロだ。全員生きていたのは運がよかった」


 今回は運がよかった。

 過去の事例を見ると、悪魔の手によって多くの死者が出ているのだから。


 「本によりますと、悪魔達は地獄から来るらしいですね」

 「本当に地獄というものがあればだがな。地獄から来たというのは、過去に現れた悪魔がそう言っていたというだけで本当かどうかは分からない。もしかしたら、名称が地獄というだけで、こっちが想像している地獄とは別物かもしれない」


 シリウス達天翼人が想像する地獄とは人類が想像する地獄と相違ない。

 何故なら地獄の概念を人類から得たからだ。


 「悪魔の情報は少ないですね。どの本も似たようなことしか書かれていませんし、過去に現れた悪魔の数を合計しても大した数にはなりませんから情報が少ないのでしょうね」

 「そのようだな。地獄にいる悪魔の総数が分からないし、どうやって来るかも分からない。もしかしたらこれまで現れた悪魔は大規模遠征の下見という可能性もある」

 「……もし仮に悪魔の軍勢が押し寄せてきたらどうなるのでしょうか?」

 「天翼人と数が同等なら確実に負けるだろう。悪魔は強力な存在だ。天翼人の力を上回っている」

 「……シリウス様でも勝てないのですか?」


 仮定の話だが、エトワールは不安そうにする。


 「一対一なら何とかなるだろう。だが、敵が複数なら勝てない。戦わずに逃げた方が賢明だ」

 「そうですよね。もしもの時はシリウス様も逃げますよね」


 生き残るためなら逃げるのが正しい。

 だけど、それは出来ない。


 「……悪魔の軍勢が来たら、間違いなく天空都市が標的にされるだろう。その時は騎士である自分は立ち向かわなければならない」


 シリウスは騎士だ。

 逃げるわけにはいかない。

 たとえ死ぬと分かっていても戦わなければならない。


 「もしもの時は使用人達を連れて逃げて欲しい。狙われるとしたら天空城と王族だ。その間に住民が逃げるのは難しくないはずだ」

 「……シリウス様もヴィクトリア様を連れて逃げますよね?」

 「姫殿下を連れて逃げるかどうかは悪魔の動きによって左右される。でも、天空都市を襲うのなら、王族が狙われるのは間違いない。姫殿下を連れて逃げたところで追って来るだろう。結果が先延ばしになるだけで結末は変わらない」

 「……」


 エトワールは押し黙る。

 瞳を潤わせて、今にも泣き出しそうだ。

 彼女がここまで感情を露わにするのは珍しい。


 「私は……もう一人ぼっちにはなりたくないです……」


 何故、彼女がここまで感情を昂らせるのかが分かった。

 彼女が幼い頃に起きた両親を毒殺された悲劇。

 その時に彼女は一人になってしまった。

 シリウスの家が引き取らなければどうなっていたか分からない。

 当時の彼女は悲しみに暮れていた。

 シリウスが根気よく寄り添い続けて、彼女は立ち直ったが、もう以前の彼女ではなかった。

 ベルからエトワールへ。

 エトワールの仮面がなければ彼女は壊れてしまう。

 そして、もしもシリウスに何かあったら、彼女はどうなってしまうのか。

 想像したくもなかった。


 「……何の根拠もない仮定の話だ。だから大丈夫。エトワールが心配するようなことは何もない」

 「……はい」


 力なく頷く。

 焦燥する彼女をこれ以上見たくないので話題を変えることにした。


 「悪魔の話は置いといて別の話をしよう」


 机に置かれた本の中で悪魔とは関係ない本を取り出した。


 「それは……動物図鑑ですか?」

 「地上に降りた時に狼の魔獣と出会ったんだけど、その時にちょっと気になることがあったから、エトワールと一緒に調べようと思って」

 「お手伝いします」


 エトワールと二人、紙とコーヒーの香りが混じり合う書庫にて調べものをするのだった。




 ー4ー


 調べものを終えて書斎にて残りの書類作業を終わらせた。

 その後は夕食を取り、その日は眠りについて朝を迎える。


 「それじゃ、行ってくる」

 「行ってらっしゃいませ、シリウス様」


 シリウスは天空城へと向かう。

 ヴィクトリアとの約束もあるが、部隊に新しく入隊する新人を迎えに行かなくてはならない。


 シリウスが去った後、エトワールは溜め息をつく。

 昨夜はよく眠れなかった。

 悪魔の軍勢がもしも訪れたらという話を聞いて不安で寝つけなかったのだ。

 子供っぽいのかもしれない。

 だけど、どんなに気を強く持っても不安に駆られてしまう。

 寝不足で不調でいたのを主であるシリウスに悟らせないように気を張っていたから余計に疲れてしまった。

 シリウスはまた天空都市の外に行くので当分帰って来ないだろう。

 主がいないからといってダラける気はないが、気を張りつめる必要はない。

 幾分か楽になる。


 エトワールは屋敷に戻って雑事に取り組むのだった。




 ー5ー


 「初めまして! 自分はアンヘルと言います! これからお世話になりますので、よろしくお願いします!」


 シリウスとそう歳の変わらない青年が元気よく挨拶をした。


 「部隊の隊長を務めるシリウスだ。以後、よろしく頼む。貴君の実力は耳にしている。今後の活躍には期待している」

 「はっ! 期待に応えたいと頑張る所存です!」


 アンヘル。

 見るからに活発そうだ。

 理屈っぽいシリウスとは逆の印象がある。


 「早速で悪いが身支度を整えてくれ。これより魔獣の討伐及び発生の原因を調査するために天空都市の外で任務を行う。アンヘルにも現地まで行って、任務に参加してもらいたい」

 「了解しました!」

 「準備の前に色々と説明しておかないといけないな」


 シリウスは天空城の中を歩きながら色々と説明する。


 「天空城の中を自由に行き来できるのは下層のみだ。中層以降は階級が高くないと入れないから気を付けろ」

 「隊長なら入れるのですか?」

 「……一応な」


 ヴィクトリアと親しいというのもあって、本来ならシリウスの階級では入れない所にまで入れる。

 それをわざわざ言う必要はないだろう。


 「シリウス様!」


 アンヘルを案内していると、突然シリウスの名前を呼ばれる。


 「姫殿下……」


 名前を呼んだのはヴィクトリア。

 嫌なタイミングで出会した。

 会いに来るのは構わないが、せめてアンヘルがいない時に現れて欲しかった。


 ヴィクトリアはこちらに駆け寄ろうとしたが、見知らぬ顔を見つけたので思いとどまる。

 ゆっくりとした足取りで近付いて来た。


 「ごきげんよう、シリウス様。今日も素敵ですね」


 外面モードのヴィクトリアはやはり気品に溢れていた。

 一体、いつまでそれを維持できるのか。


 「姫殿下も相変わらずお綺麗です」

 「ありがとうございます。それでそちらの方は?」

 「紹介します。本日より部隊に配属されたアンヘルです」


 ヴィクトリアに見惚れて呆けていたアンヘルに挨拶をするように促す。


 「あっ……じ、自分はっ、アンヘルと言います!」

 「アンヘル様ですね。私はヴィクトリアです。よろしくお願いします」

 「よ、よろしくお願いします!」


 緊張してテンパるアンヘルにヴィクトリアは優しく微笑む。

 その笑顔にアンヘルは顔を紅くしてしまう。


 「彼は非常に優秀で、これから天翼人の未来に大きく貢献してくれるはずです」

 「そうなのですか? では、未来の騎士様なのですね」

 「い、いえ……自分はその……そこまで強くは……」

 「ご謙遜なさらなくてもいいのですよ。これから頑張ってくださいね」

 「はい! 誠心誠意務めさせてもらいます!」


 アンヘルの紹介が済んで、シリウスはヴィクトリアについて尋ねる。


 「姫殿下はどうしてこちらに?」


 ここは天空城の下層であり、王族が練り歩くような場所ではない。


 「……ちょっと用がありましたので」


 ヴィクトリアはそう答えるが、実際はシリウスに会いに来たのだ。

 初対面のアンヘルがいるのでそれを誤魔化す。


 「お仕事中のようですし、私はこれで失礼します。シリウス様、また後で」

 「はい。後で挨拶に伺います」


 ヴィクトリアは去って行った。


 「綺麗な人ですね……。あの方が姫様なんですよね?」

 「そうだ、あの御方が姫にして王女、ヴィクトリア姫殿下だ」

 「物静かで優しそうな方でしたね。あんな綺麗な人とお付き合いできたらきっと幸せですよね」

 「……そうだな」


 残念ながら、ヴィクトリアのあの態度は演技である。

 だが、アンヘルはそれに気付いていない。

 今しばらく夢を見させてやろうと黙っておくのだった。




 「シリウス隊長!」


 ヴィクトリアと別れてしばらく、今度は一人の天翼人に呼び止められた。

 少し慌てた様子でいる。

 何かあったのだろうか。


 「すみませんが、彼を、アンヘルを借りてもよろしいですか? 書類の方で一部不備がありましたので……」


 話を聞いてみると、アンヘルが入隊した際に提出した書類が足りなかったらしい。

 書類作成をさせるため、アンヘルとは一度別行動を取ることにした。


 「アンヘル。時間を決めて合流しよう」

 「はい。分かりました」


 天空都市の入口にて合流することとなった。

 少し時間が掛かるようなので、少し予定を遅らせて天空都市を出ることになるが仕方がない。


 その場はアンヘルと別れてヴィクトリアに会いに行くことにした。




 ー6ー


 シリウスは周囲を見渡して近くに部外者がいないのを確認する。

 問題がないのを確認してから中庭に足を踏み入れた。


 「ヴィクトリア様。出発の挨拶に伺いました」


 中庭にて読書をしていたヴィクトリアに声を掛ける。


 「シリウス様! 随分と早かったですね。新人さんの相手にもう少し時間が掛かるのかと思っていました」


 本から顔を上げたヴィクトリアはシリウスの顔を見て嬉しそうにする。


 「少し時間が出来ましたので、早めに挨拶に伺った次第です」


 シリウスはヴィクトリアが読んでいた本に目を向ける。


 「何を読んでいらっしゃるのですか?」

 「これですか? ファンタジー小説です。最近見つけた一番のお気に入りです」

 「一番のお気に入りですか。余程気に入られたのですね。どんな内容なんですか?」


 ヴィクトリアにはお気に入りが多い。

 彼女は自身が面白いと思えばなんでもお気に入りにする。

 特に面白いものは一番を付けるのがお約束だ。

 今回も一番を付けるくらいだ。

 相当気に入っているのだろうな。


 「これはですね! 悪魔に捕まったお姫様を騎士様が助けに行くお話なんです!」


 悪魔とはタイムリーな話題だ。


 「騎士様が苦難の末に悪魔からお姫様を救い出して、二人は結ばれるのです! どうです? いいと思いませんか?」

 「ええ、そうですね。いいと思います」

 「ですよね! いいですよね! シリウス様も読みますか? 読んで見てください! 是非!」

 「はい。読んでみますから。少し落ち着いてください」


 ここまで興奮するなんて余程面白かったのだな。


 「でも、今ので話のオチまで聞いてしまった気もしますね……」

 「そこは大丈夫です! 二人が結婚してからも話は続きますので!」

 「そうなのですか。では、楽しみに読ませて頂きます」


 シリウスはこういった娯楽小説はよく読む。

 主にヴィクトリアに勧められるからだ。

 嫌々読んでいるわけではなく、結構楽しませてもらっているのでヴィクトリアが本を勧めてくるのは素直に嬉しい。

 そして、ヴィクトリアから借りた本をエトワールも読んでいる。

 強制的に読ませているわけではなく、彼女の方から読んでもいいかと尋ねてくるのだ。

 ヴィクトリアからは借りたと一言も言っていないにも関わらずにだ。

 エトワールもこういった本が好きなのだ。

 幼馴染三人で本の趣味が合うとは、やはり気が合うのだろう。

 また三人揃うことがあれば本の話をしてみたいなと、シリウスは密かに思うのだった。


 「ところでシリウス様。ベルは元気ですか?」


 別れ際にヴィクトリアがそんなことを尋ねてきた。

 何の前触れもなく、突拍子もなかったが、会う度に聞かれることなので大して驚かなかった。


 「変わらず元気にしてますよ」

 「そうですか。それはよかったです。それではシリウス様、行ってらっしゃいませ」




 ー7ー


 アンヘルとの待ち合わせの時間にはまだ余裕がある。

 天空城に居てもやることがないのでシリウスは一度屋敷に戻ることにした。


 屋敷に着くと、シリウスに気が付いたメイドが慌てた様子で出迎える。


 「シリウス様!? お、お帰りなさいませ」


 エトワールの姿が見えない。

 おそらく中で作業しているのだろう。


 「すまない。仕事の方で時間が出来たんだ。少しの間屋敷で休ませてもらうよ」

 「はい。ゆっくりとお寛ぎくださいませ」

 「ところでエトワールは? 姿が見えないけど奥に居るのか?」

 「あっ……えっと……」


 エトワールについて尋ねるとどうも歯切れが悪い。


 「何かあったのか?」

 「いえ、そういうわけではないのですが……」


 メイドから事情を聞いてシリウスは納得した。

 納得した上で、エトワールの元に向かう。


 向かった先は書庫である。

 そこにエトワールはいた。

 机の上に組んだ腕を枕にして寝息を立てている。

 彼女にしては珍しく職務中に眠ってしまったようだ。

 聞いた話だと、彼女は寝不足だったらしく、どこか元気がなかったとの事。

 もしかしたら、昨日の話で不安にさせてしまったのかもしれない。


 シリウスはそっと近付き、ずり落ちかけていた毛布に手を伸ばす。

 使用人の誰かが掛けてくれたであろう毛布を掛け直して、彼女の寝顔を見つめる。

 安心したかのように眠っている。

 眠る彼女の傍らにヴィクトリアから借りた本と同じ本が置かれていた。

 彼女の私物か他の使用人達から借りたのかは分からない。

 悪魔を倒す騎士の物語。

 この本を読んで、昨日した話の不安が和らいだのだろう。

 そういえば、久し振りに彼女の無防備な姿を見た気がする。

 悪いと思いつつもその姿を見つめる。

 思えば、彼女はずっと気を張り続けていた。

 負担を掛けていたのかもしれない。

 無理をさせていたのかもしれない。

 今はゆっくり休んでもらおう。


 エトワールを起こさないように書庫を後にしたのだった。




 少しの間、屋敷で休むもエトワールが起きてくることはなかった。

 エトワールがいない見送りに寂しさを覚えつつも、天空都市の入口へと向かう。

 入口に辿り着くもアンヘルはまだ来ていなかった。

 約束の時間にはまだ時間があるので居ないのは無理ない。

 アンヘルを待っている間、屋敷で見たエトワールの寝顔を思い出す。

 幸せそうに笑みを浮かべていたが、はたしてどんな夢を見ていたのだろうか。

 内容は分からないが、きっと楽しい夢を見ていたのだろう。

 これからも彼女が安心して眠れる世界が続いて欲しいものだと、密かに願う。

 

 アンヘルがやって来たのは、その後すぐだった。


 「シリウス隊長。もう来ていたのですか。お待たせしてすみません」

 「謝る必要はない。約束の時間よりも早く着いてしまっただけだから。それで、書類の方は問題ないのか?」

 「はい。でも、おかしいんですよ。書いて提出したはずなんですけど、出してないことになっていたんです。おかげで同じ書類を記入する羽目になりました」

 「……確かにそれは妙だな」

 「まあ大したことではないですから、別にいいんですけどね。それでどうするんです? 時間より早いですが、もう出発するのですか?」

 「出発だ。このままここに居てもしょうがないからな」


 シリウスは四枚、アンヘルは二枚の翼を広げて羽ばたく。

 天空都市を離れて、任務に使っている拠点を目指すのだった。


 今回も読んで頂きありがとうございます。


 さて、今回新しく登場したアンヘルですが、当初の予定ではシリウスと二人でダブル主人公とする予定でした。

 ですが、シリウスを主軸に話を書いている内に気付けば脇役となってしまいました。

 とはいえ、そこそこ活躍するので、どんなキャラなのか覚えておいてください。


 本作が書き上がった後に読み直してみると、大分キャラが変わっているなと思う事が多いです。

 特にエトワールに至っては誰だお前はとなるレベルです。

 そういう所も読んでいて楽しめるかと思います。


 また次回の話も読んで頂ければと思います。

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