2-15.餓竜天征
ー1ー
空を浮かぶ天空都市は本来地震の影響など受けない。
だけど、この時は建物や街道に至るまで天空都市にある様々なものが大地震を受けたかのように本来の形を保てずに倒壊した。
形を失ったのは物だけでなく、その街で暮らす住民を瓦礫で押し潰して形と命を失わせる。
辛うじて生き延びた者は安堵する暇はなく、かつての同胞である侵略者達に襲われて命を落としていく。
天空都市を防衛する騎士団は応戦するも、初撃の天空都市墜落による被害で一部は死に、全体の半数が負傷者となっていた。
さらに重力魔法の影響で飛ぶ事が出来ない。
そのような状況に陥っているため、騎士団はまともに機能していなかった。
暁の復天の攻撃に騎士団は徐々に戦線を後退していく。
戦いの最中、住民の避難を促す放送が街全体に流れる。
それは魔力を用いたものだが、非常時でも問題なく使えるようにと魔力を蓄積する事が出来て、使用者が魔力切れになっても使える代物だ。
戦火の天空都市にいち早く辿り着いたのは、空を飛べるアンヘルの部隊だった。
天空都市が堕ちても尚、重力魔法が発動している。
飛ぶのが困難だと判断したアンヘルは部隊を降下させて大地に降り立つ。
「これは……」
アンヘルのみならず、部隊の全隊員が言葉を失う。
見慣れていた街並みは崩れ去り、無数の死体が転がる。
ヴィクトリアを救出した際に凱旋した美しかった街道は波を打つように乱れて、血で汚れて臓物が散乱していた。
「増援か。これより先は通さぬぞ」
アンヘルの部隊を確認するや否や、大柄な男が姿を現した。
「暁の復天だな。通させてもらうぞ」
「いいや、通さない」
大柄な男の体が膨れ上がり、その姿を変える。
全身を黒曜石のような鱗に覆われた巨大な黒い竜へと姿を変貌させた。
黒い竜の右の瞼には傷が入って閉じられている。
隻眼となった黒い竜がアンヘルの前に立ちはだかった。
「私の名はブランク・ブラック・ブラッカー。ルシファー様に仕える悪魔なり」
「その身なり……聞いたことがあるぞ。黒い竜の悪魔。ヴィクトリア様救出任務の時にオグンさんを殺した悪魔だな」
「天翼の命など、これまでに数え切れぬ程奪って来た。名前などいちいち覚えておらぬ」
「お前がシリウスに……シリウス隊長に右目を貫かれた日の事だ。忘れたとは言わせない」
「……なるほど。あの忌まわしき日の事か。あの屈辱、忘れはしない。あの剣士の知り合いのようだな。憂さ晴らしに死んでもらうぞ!」
黒い竜は翼を広げる。
前方に向けて翼を羽ばたかせ始めた。
突風が吹き荒れて、アンヘルは体が吹き飛ばされないように何とか持ち堪える。
だが、アンヘルの背後より悲鳴が響く。
隊員達が突風に耐え切れずに吹き飛ばされたのだ。
「何と脆弱な天翼か。部隊に所属する兵士でありながらこの程度も耐えられぬか」
さらに羽ばたき、突風の威力が増す。
アンヘルは剣を地面に突き立てて吹き飛ばされるのを阻止する。
突風の威力に目を開けていられない。
目だけでなく口すらも開けられない。
口を開いた瞬間に顎が外れそうだ。
目を開いた瞬間に眼球が後頭部までめり込みそうだ。
実際にはどうなるかは分からない。
だが、そう錯覚させてしまう程強力な突風だった。
「くっ……アンヘル隊長! 危ない!」
レベッカの叫び声が背後より響く。
声が遠く、彼女が突風に吹き飛ばされたのが分かった。
「敵前で目を背けるとは愚かな」
「ぐふっ……!」
次の瞬間、アンヘルの体は凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。
黒い竜が振るったのは巨大な尾。
尾を振り回してアンヘルを薙ぎ払ったのだ。
アンヘルの体は弧を描きながら吹き飛び、大地に叩きつけられるようにして転がる。
その際に剣を手放してしまう。
頭を打ったのか意識が朦朧とする。
立ち上がろうにも体に力が入らない。
「その程度か。所詮は天翼。悪魔に敵うはずもない」
「ぐっ……」
手探りをするように周囲に手を這わせた。
そして、剣を見つけると急いで掴み取り、大地に突き立てて立ち上がる。
「……ちょっと油断しただけだ。この程度で粋がるな」
「ほう……面白い。中に攻められなくて退屈していたのだ。退屈しのぎだ、相手をしてやろう。早々にくたばってくれるなよ。その血肉を生きたまま喰らいたいからな」
「ふざけた事を抜かすな。くたばるのはお前の方だ!」
黒い竜は再び羽ばたき、突風を巻き起こす。
先程のダメージが残っていたせいで、今度は耐えられずにアンヘルの体は吹き飛ばされてしまう。
「粋がっていたのは、貴様の方だったようだな」
「くっ……まだまだ!」
アンヘルは立ち上がって黒い竜を睨みつける。
「立ち上がるか。そうでなくてはな。さて、お前が居るのは天空都市の外。重力魔法の影響下の外だ。空を飛べ。貴様らの得意な空の上で完膚なきまでに叩きのめして実力の差を思い知らせてやろう」
アンヘルは黒い竜の誘いに乗ることにした。
四枚の翼を形成する。
「ベクター、負傷者の数は?」
背後に居るであろう副官であるベクターに問い掛ける。
「突風の影響で半数以上は負傷しましたが、戦えない程ではありません」
「そうか。ならば、総員! 戦闘準備だ! 翼を展開し、この悪魔を倒すぞ!」
アンヘルの号令に隊員達は戸惑いながらも翼を広げる。
動きが遅い。
普段から指揮を放棄していた結果だ。
隊員達とのコミュニケーションを疎かにしてきたのも原因であり、今になって練度の低さが如実に表れてきた。
翼を展開させるだけでもそれが理解出来てしまう。
「……ベクター。悪いが皆の指揮を頼みたい」
これまで部隊を指揮してきたのはベクターだ。
アンヘルは自身の言葉よりもベクターの言葉の方が伝わると判断した。
それは言葉に出さずとも、ベクターに通じた。
「承りました。我々が全力で補佐します。アンヘル隊長は思う存分戦ってください」
「……ありがとう」
アンヘルは四枚の翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。
部隊もそれに続き、空へと舞い上がる。
黒い竜の姿をした悪魔、ブランク・ブラック・ブラッカーも空へと上がり、戦いが始まった。
ー2ー
アンヘルの次に天空都市に辿り着いたのはシリウスだった。
「シリウス様、あれは……」
「アンヘルの部隊だ。ベクターも居る。それと黒い竜の悪魔」
「悪魔……」
シリウス達は物陰に隠れて様子を窺う。
すると、アンヘルの部隊と黒い竜が天高く羽ばたいていった。
「どうしますか?」
「空に飛ばれては手が出せない。ここはアンヘルに任せるしかない」
「では、私達は天空都市にですか?」
「ああ。幸いにして、見張りの悪魔はアンヘルが引きつけてくれている。今がチャンスだ」
アンヘルなら勝てるはずだ。
天翼の英雄に相応しい才能を秘めているのは間違いない。
残念ながらシリウスにはアンヘルの才能を引き出すことは出来なかった。
適任者ではなかったのだ。
だけど、アンヘルならば、シリウスの手助けなどなくても天翼の高みに辿り着けるはずだ。
アンヘルを信じ、天空都市へと進む。
天空都市に入ると真っ先に酷い惨状が広がっているのが目についた。
見慣れた景色は跡形もなく崩れ去り、見知った顔の死体が転がる。
それはかつて堕天したシリウスを見送った兵士も混じっていた。
天空都市の入口として使われていた門の門番を務めていたのだろう。
その門も崩れ去り、今では支柱として使われていた柱が先が折れて天に向けて鋭利に伸びているだけだ。
「……ルシファーを追うぞ」
「はい……」
死体となった彼らはもう救えない。
自分に出来る事は、生きている者をこれ以上殺させない事だけだ。
「暁の復天は天空城を目指すはずだ。天空王の地位。ルシファーがそれに固執しているのは間違いない」
「シリウス様はルシファーと戦う気なのですか?」
「戦う気はないが、出会ったら戦うしかないだろう」
本音を言えば、この手で殺してやりたいと思っている。
自らの未熟さが招いたとはいえ、かつてヴィクトリアを救出任務にて部隊に起きた惨劇。
それを忘れたことなど一度もない。
憎い。
だが、今はエトワールがいる。
彼女まで失いたくない。
失いたくはない、そう考えているにも関わらず、ルシファーとの再戦を望んでいる自分がいる。
戦いになれば間違いなく彼女を巻き込む。
彼女の命か、復讐か。
どちらか片方しか取れないのだろうか。
このまま進み、ルシファーに出会うか否か。
それは現段階では分からない。
今は進むしかない。
シリウス達が天空都市に入る所をとある人物が見ていた。
「ラプラス! ラプラス見てよ! シリウス様とベルだよ!」
「……ん」
シリウスに追いつくために急いで移動してきたヴィクトリアは、ついにシリウスを見つける。
「急いで来たかいがあったね! さっ、急ごう! 急いで合流しよ!」
「……待って」
駆け出そうとするヴィクトリアの腕をラプラスは掴んで静止させる。
「何するの? 早く行かないと見失っちゃうよ」
「……ここからは敵がいっぱい。慎重に」
「でも、せっかく見つけたのに……」
「……慌てない。猫も居る。慌てると危険」
ラプラスに言われて足元に擦り寄る黒猫を見る。
魔法も使えない脆弱な存在であり、一度でも攻撃を受ければ命を落としてしまう。
「……そうだったね。猫さんも居るから慎重に進まないとだね。それじゃあ、騎士様。エスコートをお願いね」
「……ん。ヴィクトリアは私が守る。敵は殲滅する」
影がかかり、上空を何かが通過していく。
ヴィクトリアは空を見上げてそれを確認する。
「あれってドラゴン?」
黒い竜をヴィクトリアは不思議そうに眺める。
「……あれは悪魔」
「へー、可愛くない悪魔だね。ラプラスの仲間なの?」
「……違う。敵」
「そっか。戦っているのは……誰だろう?」
「……さあ?」
「まあいっか。それよりも今のうちに行こっか」
「……ん」
ラプラスは周囲を警戒しながら先導する。
ヴィクトリアと黒猫はその後をついて行くのだった。
ー3ー
空を飛ぶアンヘルはブランク・ブラック・ブラッカーと対峙する。
黒い竜の姿をした悪魔。
ベクターの指揮の下、部隊は広がる。
黒い竜を中心に扇状に陣形を取る。
新設の部隊であるが故に若い者が多く、未熟さが抜け切れていない。
陣形を取るだけでも迷いや乱れが生じていた。
この部隊では悪魔を相手取るのは厳しいとベクターは判断する。
だが、天翼人の首都たる天空都市が襲われているのだ。
ここで退く理由はない。
たとえ大多数が死んでも、天空都市の中に増援を送らなくてはならない。
それに勝機が全くないというわけでもない。
アンヘルの魔法ならば悪魔を討伐出来るはずだ。
部隊はアンヘルのサポートに徹する。
「アンヘル隊長。傷の手当てを……」
「必要ない。そんなの敵は待ってくれない」
治療を申し出るレベッカをアンヘルは拒否する。
黒い竜に吹き飛ばされた際に頭を切っていたらしく、血が垂れてくる。
上着の袖で血を拭い、キッと黒い竜を睨みつけた。
「行くぞ!」
「来るがいい」
アンヘルは右手で剣を持ち、左手に光球を灯す。
魔力を圧縮した光球。
その光球を黒い竜に向けて放った。
黒い竜は羽ばたき、光球を躱す。
巨大な翼が羽ばたくだけで突風が吹き荒れた。
それだけでただでさえ乱れていた陣形がさらに乱れる。
「呆けるな! 魔法攻撃を開始しろ!」
ベクターの指示で、部隊は光球を躱した黒い竜に魔法による攻撃を開始した。
だが、羽ばたきの突風で魔法が乱れて逸れる。
放たれた魔法の半分しか命中していない。
さらに命中しても黒曜石のような鱗に阻まれて通用せず、無傷でいる。
「何と脆弱な魔法か。この程度の力でこの世界を支配したというのか。ぬるい世界だな」
「くっ……魔法を途絶えさせるな! 隣の者と交互に魔法を放て!」
ベクターは歯軋りをしながら指示を飛ばす。
「効かぬ、効かぬぞっ!」
黒く輝く鱗が炎を防ぎ、氷を砕き、雷を弾く。
どの魔法も通じない。
乱れ飛ぶ魔法の中、アンヘルも再び光球を放った。
「ふんっ! 遅いわっ!」
黒い竜が身を捻じり、光球はまたしても躱されてしまう。
「くそっ!」
一撃だ。
たったの一撃でも当てることが活路を見出だせる。
黒い竜もそれが分かっているのだ。
アンヘルの魔法がどういったものなのかを知っている。
だからこそ躱すのだ。
隊員が放った炎が黒い竜に当たり、炎が上がる。
命中はしたが、黒い竜には通じない。
そして、炎を掻き分けて黒い竜が飛び出す。
「いかんっ! 回避行動を取れ! 攻撃が来るぞ!」
ベクターが叫ぶ中、黒い竜の口の中で青白い炎が灯される。
黒い竜の口より青白い炎が放たれた。
炎を放った隊員は一瞬にして青白い炎に包まれて地面に落ちていく。
さらに黒い竜は首を回して青白い炎を撒き散らす。
周囲に居た隊員を三人を焼き尽くした。
「見たか。これが本物の炎だ」
「あ……ああ……」
「こんなの勝てるわけないだろ……」
「ひいいいぃぃぃっ!」
一気に四人を屠った黒い竜を見て、数人の隊員が悲鳴を上げて逃げ出す。
「待て! 逃げるでない!」
必死で叫ぶベクターの声は虚しく響くのであった。
ー4ー
天翼の兵が飛び交い、黒い竜に向けて魔法を放つ。
「攻撃が来る! 回避に移れ!」
黒い竜が青白い炎を吐く。
回避行動が間に合わず、二人の隊員が餌食となった。
その光景を見て、ベクターは歯噛みをする。
やはり遅い。
指示を出してからの行動がワンテンポ遅い。
本来なら指示を出さずとも動いて欲しいところだが、それは無理だ。
敵の動きをまるで予測出来ていない。
ベクターが指示しなくてはまともに動いてもくれない。
だが、指示を飛ばしたところで間に合わずに炎に焼かれる。
そんな中、黒い竜が青白い炎を放つ。
レベッカに向けて放たれたものだったが、彼女は見事に回避してみせた。
中には、ああいった優秀な者も居る。
それはレベッカだけでなく、幾人かの隊員も黒い竜の攻撃を躱してみせる。
優秀な者だけが生き残り、そうでない者は死に絶えた。
辛い現実であるが、これが戦場である。
ある者はこれまでの鍛錬を怠らずに励んできた。
ある者は戦いの中で才能を開花させた。
適者生存とはよく言ったものだ。
「フハハハ。雑魚は居なくなり、強者だけが残ったな。ここからは楽しめそうだ」
攻撃が当たらなくなってきたブランク・ブラック・ブラッカーは嬉しそうに笑う。
まるでこれまでが遊技であったかのごとく。
そして、ここから黒い竜の動きが変わった。
放たれた青白い炎を隊員は躱すも、そこへ黒い竜が突っ込んで鋭い爪で斬り裂く。
裂かれた隊員は血を撒き散らしながら大地に落ちていった。
黒い竜は巨体を振り回し、長い尾を隊員に叩き込んだ。
衝撃で気を失ったのか、攻撃を受けた隊員はそのまま地面に落ちていく。
だが、落ちる隊員をベクターが掴み取り落下を阻止する。
「怯むな! 魔法の手を緩めずに攻撃を続けろ!」
黒い竜はベクターの方を見やるも、手を出さずに飛び去った。
指揮を執るベクターが倒されれば部隊は崩壊する。
それを黒い竜は理解していながらも手を出さない。
ベクターを倒してしまっては戦いを楽しめなくなるからこそ手を出さないのだ。
隊員が次々と倒される中、アンヘルは光球による攻撃を仕掛ける。
しかし、一度たりとも黒い竜には当たらず、不発に終わってしまう。
「アンヘル隊長。ここは攻撃方法に工夫を加えるべきです。でなければ当たりません」
「工夫といっても……」
レベッカの言葉通り、今のままではマズいのはアンヘル自身も理解していた。
「私に提案があります」
「提案?」
レベッカの提案を聞き、アンヘルは顔を顰める。
「それは……危険では?」
「現状はすでに危機的状況です。私が殺されるのも時間の問題でしょう」
「……」
「判断はアンヘル隊長、あなたに任せます」
「……ダメだ。その提案は受け入れられない」
「では、現状を変えられる手段があるのですか?」
目の前で隊員が一人、また一人と黒い竜に殺されて地面に落ちていく。
その光景を前にアンヘルは何も言えなかった。
「言い方を変えましょう。アンヘル隊長、私にやらせてください。私が必ず成し遂げてみせます」
「……何故そこまで戦える?」
「あの人の……デルクの意志だからです。性格に癖がありますが、彼は一人の兵士でした。果たすべき使命をしっかりと胸に刻んでいます。私はその意志を受け継ぎたい。ただそれだけです」
民を守り、敵を討つ。
それは自らの命を犠牲にしてでも成し遂げなければならない。
それが兵士としての使命。
「……任せてもいいのだな?」
「はい。覚悟なんて、兵士になった時から出来ています。ですから、後は頼みましたよ、アンヘル隊長」
アンヘルが頷くと、レベッカも頷く。
お互いに覚悟は出来ている。
一発勝負だ。
次の攻撃に全てを賭ける。
ー5ー
「ベクター!」
アンヘルはベクターに呼び掛けて、自らの目を指差す。
それが何を意図するのか察したベクターはすぐに指示を出した。
指示を受けたのは、先程落下するところをベクターに助けられた隊員。
彼に指示を出して、各隊員に指示の内容を伝えて回る。
その間も隊員が殺されていく。
短時間にも関わらず、長く感じられる。
ある程度指示が回ったのを確認したベクターは叫んだ。
「魔法による攻撃を続けろ!」
今までと変わらない指示であったが、それを聞いた隊員達は一斉に黒い竜の顔を集中的に攻撃し始めた。
この攻撃は目眩まし。
魔法で黒い竜の視界を遮る。
「小賢しい。目を狙えば通用するとでも思ったか」
黒い竜は嘲笑う。
だがそこに、黒い竜の右側にアンヘルが近付き、光球を放った。
至近距離まで迫っての一撃。
黒い竜は右目を負傷している。
それはつまり、黒い竜の右側が死角となっている事を意味する。
遮られる視界に死角からの攻撃。
躱すのは難しい。
だが、放たれた一撃は黒い竜には当たらなかった。
「その程度の小細工。死角から攻撃するなど簡単に予測出来る。これで終いだ!」
間近まで迫っていたアンヘルに向けて黒い竜が口を開く。
青白い炎がアンヘルを照らす。
「よそ見ですか。敵を前に随分と傲慢ですね」
レベッカの声が黒い竜の頭のすぐ背後から響く。
魔法による攻撃で身を隠させて、さらにアンヘルが右側に意識を向けさせる。
そして、レベッカが背後から奇襲を仕掛ける。
彼女の右手にはデルクの形見である剣が握られていた。
左手で黒い竜の頭を掴み、右手の剣で左目を狙って振り下ろす。
「無駄だ。そんな針ごときでは貫く事は出来ないと知れっ!」
黒い竜の言葉通り、堅く閉ざされた瞼に剣が弾かれてしまう。
それでもレベッカは何度も剣を突き立てる。
必死に、何度も、剣で突き刺す。
剣で瞼をこじ開けようともするが、ビクともしない。
「ええい! 邪魔だっ!」
しびれを切らした黒い竜がレベッカを振り落とそうと体を回転させる。
だが、レベッカは必死にしがみつき、黒い竜から離れようとしない。
暴れ回るように体を回す黒い竜に対し、レベッカは左目に攻撃するのを止めない。
焦れったいと、さらに暴れる黒い竜。
レベッカは必死にしがみつく。
今だ。
今しかない。
アンヘルは集中し、魔力を練り上げる。
魔力を圧縮し、光球を作り上げる。
仕留める。
黒い竜を絶対に仕留めてみせる。
レベッカが提案したのは自らを犠牲にして黒い竜を討つ事。
右目はかつての戦いでシリウスが貫いた。
左目は今、レベッカの攻撃で瞼が閉じられている。
攻撃を当てるのは今しかない。
確実に仕留めるには、魔法の威力を高めなくてはならない。
着弾すれば、近くに居るレベッカも巻き込まれる。
彼女は覚悟が出来ている。
だから自分も覚悟をっ……!
「……終わりにしてやる」
眩い光が周囲を照らす。
いつもよりも輝きを増す光球を暴れる黒い竜に向けて放った。
放たれた光球は黒い竜の胴体に当たり、大爆発を起こす。
爆音が轟き、遥か彼方へと木霊する。
直撃を受けた胴体の右側の鱗と右腕を吹き飛ばし、肉が露出する。
レベッカの体も吹き飛ぶ。
「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇl」
黒い竜は怒りを漲らせながら、左目をカッと見開く。
その眼前には剣を持ったアンヘルの姿が突っ込んで来るのを捉えた。
「くらえっ!」
開いた左目目掛けて、右手に構えた剣に勢いを乗せて突き出す。
黒い竜は体を回し、硬い鱗で剣を弾く。
「舐めるなぁ!」
黒い竜は残った左腕の鋭い爪をアンヘルに向けて振るう。
アンヘルは剣で受け流すも、威力を殺し切れずに剣は右手から離れる。
剣による攻撃を防がれただけでなく、手放してしまった。
だが、アンヘルの攻撃は終わらない。
左手に灯る光球。
アンヘルの利き手は右手。
右手から光球を放つよりも命中精度は劣るが、至近距離ならば当てられる。
「くらえっ!」
光球は黒い竜の脇腹に直撃する。
間近で大爆発を起こし、アンヘルと黒い竜は離れるように吹き飛ぶ。
「ぐぬああぁぁぁぁっ! 貴様ぁ! 許さぬ! 許さぬぞ!」
吹き飛ばされた黒い竜は上方へと飛ばされたアンヘルを睨む。
そして、殺そうと羽ばたこうとするも、巨体は上がらずに降下を続ける。
「ぬうっ!? これはっ?!」
「そこは天空都市の真上だ。重力魔法の影響下にある」
「チィッ!」
黒い竜は舌打ちをしながら天空都市から出ようとする。
「逃がすと思うなよ」
アンヘルも天空都市の上空に入り、急降下をする。
集中し、魔力を圧縮し、光球を右手に灯す。
絶対に外せない一撃。
アンヘルは自らの体ごと黒い竜に突撃させて、その背中に光球を叩き込んだ。
その日一番の大爆発を起こし、黒い竜は天空都市へと落ちる。
翼はもがれて、重力魔法の影響を受けて速度を増しながら落ちてゆく。
天空都市の入口たる崩れた門。
その支柱に黒い竜は突き刺さり、ブランク・ブラック・ブラッカーは息絶えるのであった。
アンヘルもそのすぐ近くに落ちる。
自らの魔法に巻き込まれ、アンヘル自身もボロボロである。
全身から血を流し、右腕はひしゃげておかしな方向に曲がっている。
辛うじて意識はあるが、鼓膜が破れたのか周囲の音が聞こえづらい。
身動き一つ取れないアンヘルの元に一人の人物が近付く。
「何をやっているのですか、あなたは……」
それはレベッカであった。
彼女はアンヘルの魔法の煽りを受けていながらも軽傷で済んでいた。
「あの時、黒い竜の頭を狙っていれば、そんな重傷を負わずに倒せていたのに」
当初は、レベッカごと黒い竜の頭を魔法で吹き飛ばす予定であった。
だが、アンヘルは頭ではなく胴体を狙った。
「あの距離で狙いが逸れたとは考えられません。わざとですね。私を殺さないために」
彼女の言う通り、アンヘルはわざと頭を狙わなかった。
「結果としては勝てましたが、あなたは重傷。馬鹿ですね……」
レベッカはデルクの形見である剣を抱きしめながら崩れ落ちる。
「私は死にたかった……。戦場で散ったデルクと同じように死にたかった……! 胸を張ってもう一度会いたかったのに……。どうしてっ!? どうして私を殺さなかった! デルクはあなたのせいで死んだのに! どうして私は死なせてくれなかったのっ?!」
涙を流して叫ぶレベッカをアンヘルは見つめる。
そして、気力を振り絞って声を絞り出す。
「何を……言っているのか、全然聞き取れないけど……何となくは、分かる……。どうする? 復讐をするなら、今だぞ……」
その言葉にレベッカは顔を上げてアンヘルを見る。
それからすぐに首を横に振った。
「出来ない……。私には、出来ない。本当は、復讐がしたかったわけじゃない……。ただ死に場所を探していただけ。部隊に入ったのもそのため。デルクが見ていた景色を見ながら、死にたかっただけ……。あなたの事なんか、どうでもよかった……。あなたに八つ当たりしたのは、行き場のない感情を抑え切れなかった。ただそれだけなの……」
涙ながらに語られるレベッカの言葉はアンヘルには届かず、意識は暗転するのだった。
ー6ー
「……」
配下である黒い竜が落ちていく様をルシファーは黙って見上げる。
「いい眺めだ」
その背後より声が掛かった。
「人間か……」
ルシファーが振り返った先には武装した人間が三十人程いた。
人間の中で一人、前に出ている男、アーノルド・ギルバート。
「まさかこのような場所に異物が紛れ込んでいるとはな。何とも愚かな」
「何を今更。人間とは愚かな生き物だ。失敗、間違い、過ちを繰り返す。だが、何度転ぼうと、何度虐げられようと、挫けずに立ち上がり前へと進む。それが人間だ」
「開き直るか。これだから人間は嫌なのだ。それで、その愚か者の代表である貴様は何者だ。墓石に刻む名を聞いておこう」
「アーノルド・ギルバート。しがない老兵だ」
「知らないな。だが、覚えておこう。貴様が死ぬ、その瞬間まではな!」
ルシファーは魔法を展開し、灼熱の業火がアーノルドに襲いかかる。
業火に呑まれたアーノルドは一瞬にして消え去った。
「悲鳴を上げる暇すらもなく、灰すらも残さずに朽ち果てたか。次は雑兵だ。数が多いだけが取り柄の下等生物が。まったく始末に困る」
ルシファーが再び魔法を行使しようとした時、それは起こった。
「ぐはぁっ……!?」
ルシファーは背後より刺され、胸元から刀身が生える。
振り返った先には業火で灼かれたはずのアーノルドが刀を手にルシファーの心臓を貫いていた。
「魔剣御隠盛苦。貴様は自らの部下の力に殺されるのだ。安心しろ。貴様の力は人類の未来、その礎に使わせてもらう」
アーノルドが手にしていた刀は魔剣。
それはジョーン・ジョーク・ジョーカーの力が宿った魔剣であった。
「くっ……、人間風情がっ……!」
アーノルドはルシファーが何かをする前に、左手に持った拳銃でルシファーの顔面に向けて銃弾を放った。
ルシファーの頭部は吹き飛び、悪魔の王は死に絶える。
「前哨戦は我々人類の勝利だ」
ー7ー
落ちる黒い竜の姿をシリウスも見ていた。
「……アンヘル。勝ったのだな」
やはりアンヘルは成し遂げてくれた。
彼の実力は本物だ。
アンヘルの成長に感慨深げに耽っていると異変が起きた。
いや、正常に戻ったと言うべきだろうか。
「あれ? シリウス様、体が軽いです」
エトワールの言う通り、突然体が軽くなった。
「重力魔法の効果が消えたのだな。だがどうしてだ? 魔力の温存か? だけど、解除するメリットがあるようには思えない。何故だ。何故、魔法を解除した?」
「理由は私達が考えても分からないのではないですか?」
「……そうだな。とりあえず今は先を進もう」
ルシファーが死んだ事で重力魔法の効果がなくなった事は、シリウス達が知る由もないのだった。
今回も読んで頂きありがとうございます。
第二部は次回で終わりとなり、第三部に話が続いていきます。
今回活躍したレベッカですが、元々はそこまで活躍させる予定はありませんでした。
彼女の役割は、デルクの婚約者である事をアンヘルに伝えた時点で終わっています。
ですが、アンヘルサイドの話になると、動かせるキャラが少なくて出番が増えていきました。
戦闘に関してはアンヘルも未熟なので単独で活躍させるのが難しいのもレベッカの活躍が増えた要因と言えます。
結果として元事務職という設定にも関わらず、戦闘でも活躍するという文武両道なキャラになってしまいました。
下手をしたらアンヘルよりも優秀なのかもしれません。
ちなみに今回のサブタイトルは画竜点睛をブランク・ブラック・ブラッカーをイメージして当て字に直したものです。
また次回の話も読んで頂きますようよろしくお願いします。




