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天翼の英雄は勝利の剣を掴み取る。  作者: 僕私俺
第一部・天翼編
2/39

1-02.悪魔


 ー1ー


 最初の中継地点となる拠点に駐在員が派遣されると場所を移す。

 移した先で新たな拠点を構築し、再び駐在員の派遣を申し出た。

 待機している間は拠点を防衛に当たる。

 そんな中、シリウスは拠点内で人を探していた。


 「ここにいたのか」


 シリウスは武器の手入れをしていた二人の隊員に近付き、話し掛けた。


 「精が出るな」

 「隊長!?」


 話し掛けたのはケビンとデルク。

 ケビンは三十二歳、デルクは二十四歳でシリウスよりも歳上の部下である。

 この二人は部隊の中でも剣の腕が立つ剣士だ。


 椅子に座っていた二人は立ち上がり、姿勢を正す。


 「楽にしてくれて構わない」

 「ではお言葉に甘えて」


 デルクはだらしなく腰掛ける。


 「お、おい!」


 慌てるケビンにシリウスは苦笑する。


 「そこまでだらけられるとは思わなかったよ」

 「隊長ならこれくらいで怒らないでしょ」

 「そうだな。だが、その代わりに訓練は少し厳しくしておこうか」

 「うへぇ……、そいつは勘弁を」


 デルクは座りながら姿勢を正す。


 「ケビンも座ってくれて構わない」

 「はっ! 失礼します」


 デルクと違ってケビンは真面目である。


 「いきなりで悪いが、二人に頼みたいことがある」

 「わざわざ隊長からご指名を頂けるとは、嬉しいですね」

 「それは結構。こちらでも二人の剣の腕は評価している。それを見込んでの頼みだ」

 「俺ら二人がかりでも隊長には敵いませんから、嫌味に聞こえますよ」

 「またお前は……」


 ケビンはデルクの頭を軽く叩く。

 デルクも本気で言ったわけではないので、すぐに頭を下げた。


 「相変わらずだな。他の部隊の前では態度に気を付けろよ。今問題を起こして部隊を追い出されたら結婚に響くだろ」


 デルクには天空都市に残した婚約者がいる。

 それを心配をしての忠告だ。


 「こんな馬鹿でも好いてくれる奴がいるとは、世の中物好きな輩がいるんだな」

 「うっせ、ぶん殴るぞ!」


 感慨深げにいるケビンに向けてデルクは拳を握ってみせる。


 「いずれにしても美人な彼女がいるんだ。彼女を悲しませるなよ」


 態度を改めるように釘を刺すも、それを素直に受け止めてくれていたらこれまでしてきた忠告にも従ってくれたはずだ。


 「美人なんて、そんな……。写真見ます? 見たいですか? 見せますよ、ほら」


 案の定、届いてはいないようだ。

 しかも頼んでもいないのに彼女の写真を取り出して見せびらかす。

 その写真はこれまでにも何度も見せられたものである。

 写真の女性が美人であるのはお世辞ではなく事実だ。

 どうしてこんな美人がデルクを選んだのか疑問しか湧かない。


 「その写真、何回も見たよ」


 ケビンが呆れながら言う。


 「いいだろ、別に。それにお前だって娘の写真を何度も見せびらかしているだろ」

 「うちの娘は可愛いから問題ない。可愛いは正義だ。何をやっても許される」

 「マイハニーだって可愛いだろうが!」

 「何がマイハニーだ。気持ち悪い」

 「んだと、テメェ!」


 マイハニーと呼んでいるのが気持ち悪かったことはシリウスも心の中で同意する。


 「マイハニーを馬鹿にすんな!」

 「彼女じゃなくて、お前のことを言ってるんだ」


 このまま放っておいたら、延々と言い合いそうだ。

 話が脱線したのはシリウスが原因であるが、まさかここまで白熱するとは思わなかった。


 「そろそろ任務の話をするぞ」

 「あっ、すみません……」


 ケビンは頭を下げる。


 「構わない。大事な人がいることは良いことだ」

 「隊長にも大事な人がいるんですか?」


 いきなりデルクがそんなことを尋ねてきた。


 「…………それよりも仕事の話だ」

 「おっ! 今言葉を詰まらせましたね。誰の事を想像したんです?」


 デルクが興奮気味で尋ねる。

 今度はケビンは止めない。

 彼もシリウスの恋愛事情が気になるのだ。


 「まさか姫殿下ですか? いつも仲良くしてますもんね!」

 「姫殿下はただの友人だ」

 「でも、この間、姫殿下が訓練場に顔を出した時に抱き合っていたじゃないですか」

 「抱き合ってはいない。向こうから抱きつかれただけだ」

 「そうでしたっけ? 仲睦まじくしていたように見えましたけど」

 「友人として接しているだけだ」

 「でも……」

 「デルク」


 なおも続けようとするデルクの言葉を遮る。


 「姫殿下の婚姻は政治的な案件だ。不用意な発言は控えろ」


 デルクの発言は争いの火種となる。

 派閥争いに無用な荒波は立てたくないし、巻き込まれたくない。

 それにヴィクトリアとは友人関係であり、それ以上の関係でないのは事実だ。

 ただ、抱きつかれたりするのはスキンシップが過ぎるとシリウスは思っている。

 何度か苦言を呈してみたが、ヴィクトリアは特に気にした様子は見せず、態度を改めなかった。

 幼い頃より同年代の友人はシリウスとエトワールくらいしかいなかったので、寂しい思いをしてきたのを知っている。

 なので、親しく接してくるのは理解出来る。

 理解出来るが、もっと自身の立場を考えて欲しいというのが、シリウスの正直な意見だ。


 少し強めに言ったのが功を奏したのか、デルクは大人しくなる。

 話が一段落ついたのを見計らって本題に入った。


 「……さて、前置きが長くなったが本題に入ろう」


 部下とのコミュニケーションは大事だが、無駄話が長くなってしまった。

 今は任務中だ。

 気を緩み過ぎるのはよくないなと、反省する。


 「魔獣の目撃情報が入っている。どうやら、拠点の近くに魔獣が住み着いているらしい」

 「へえ……どんな魔獣何ですか?」


 デルクは真剣な顔で尋ねてきた。

 任務の話となると先程までのふざけた態度は消え去る。


 「鼠だ。ただの鼠ではない。巨大な鼠。1メートルはあるらしい」

 「鼠……。そいつら群れを成していませんよね?」


 ケビンは抱いた疑問を尋ねる。


 「それを調べて来て欲しい。可能なら討伐を頼みたい」


 二人は顔を見合わせる。

 そして、二人して嫌そうな顔をする。


 「まさか二人でですか?」

 「人数は多く割けないが、オグンにも頼もうと思っている」

 「男三人のむさい所帯で行けと? アンナちゃんは来ないんですか?」


 真剣な顔つきはどこに行ったのやら、デルクがまた馬鹿げたことを言い出した。


 「残念ながらアンナには別の要件を頼んでいる」

 「えー。じゃあ、隊長は? 隊長が居てくれるなら手早く片付くのに」

 「ここの防衛があるから同行は出来ない。それでどうする? 無理強いはしない。その時はお前達にここの防衛を頼む」

 「心配は無用です。やりますよ。せっかくご指名を頂けたことですしね」

 「自分も引き受けます」


 デルクに続き、ケビンも同意する。


 「よし。追って連絡を出す。いつでも動けるように準備しておいてくれ」

 「「了解!」」




 ー2ー


 「おう。お前らも鼠退治に出るようだな」


 鎧を着込んだ大柄な男性が、装備を整えたケビンとデルクの前に姿を現す。

 長い柄の先端に鉄塊が付いた槌を片手に巨大な盾を背負っている。


 「よう、オグン。相変わらず亀みてえな恰好だな」

 「これで命を守れるのなら安いものだ。お前らのこともちゃんと守ってやるから安心しろ」


 デルクの軽口をオグンは気にせずに応える。


 「鎧が重くて遅れるんじゃねえぞ」

 「その時は飛んで移動するさ」


 天翼人の翼は衣服や鎧を着ていても、その上に翼を形成することが出来る。

 なので、どんなに着込んでいても問題はない。


 「お喋りはそこまでだ。揃ったのなら出発するぞ」

 「ケビンは真面目だな。デルクも見習え」

 「うるせぇ。さっさと行くぞ」


 三人は拠点を出発し、魔獣の目撃情報があった場所へと向かう。


 「知ってるか? 魔獣が現れる前から巨大な鼠が地球に存在していたらしいぞ」


 道すがらオグンが鼠の話題を出す。

 その話題にデルクが食いつく。


 「マジか。それで巨大って言うくらいだからやっぱデカいのか?」

 「ああ、今回の目撃情報があったヤツと同じくらいで1メートルはあったらしい」

 「まさか今回現れたのは魔獣じゃなくてソイツじゃないよな?」

 「さてな。それを含めての調査なんだろう。まあ、魔獣でないのにそんな巨大な鼠がいるなんて眉唾だがな」

 「と言うと、オグンも見たことがないのか?」

 「ああ。実は隊長から聞いた話なんだ」

 「隊長は変なことばかり調べて、変な知識ばかり蓄えているよな」

 「だな」

 「おい。そろそろ到着する。意識を切り替えろ」


 ケビンが二人に警戒を促して会話は終わった。



 「目的地はこの先か? 地下のようだが、本当にここで合っているのか?」


 地上に空いた地下へ続く巨大な穴。

 その穴を前にしてデルクはぼやく。

 デルクの言葉にケビンは呆れる。


 「お前は本当に話を聞いていたのか? 鼠が住み着いているのは地下だ」

 「でもここ、人の手が加えられているぞ」


 入口である穴は崩落して空いたものだが、その先は人の手によって作られた人工物。

 空洞が道となって続いていた。


 「これも隊長から聞いた話だが、ここは昔チカテツと呼ばれるものが走っていたそうだ」


 オグンの言葉にケビンは思い出す。


 「チカテツ……聞いたことがあるな。確かデンシャの一種だろ? 巨大な鉄蛇のような姿をしているというアレだろ」

 「巨大な鉄蛇? そのチカテツって強いのか?」

 「移動用の乗り物らしいから強いとかそういうのはない」

 「ふーん、つまんねぇの。……しっかし、地下を掘って道を作るとか、地を這う人類にはお似合いだな」


 天翼人にとって人類は大戦の敗者であり、デルクに限らず見下す者は多く存在している。


 「地下に逃げて今も地下に住んでるらしいし、また新しい穴でも掘っているのだろうな」

 「アリの巣でも作っていそうだな。そのうち、深く掘り過ぎて地獄に通ずるのではないか」

 「そいつは迷惑な話だ。まあ、人類にとってこの世はすでに地獄だろうがな」


 大戦の勝者である天翼人が飛び交い、地上には魔獣が蔓延っている。

 人類にとって生き難い世界に様変わりしてしまった。


 雑談もそこそこに三人は穴の中を見下ろす。


 「……中から風が出てきているな。空気の流れがある証拠だ。このまま入っても酸欠で倒れる心配はなさそうだ」

 「崩落で片方の道は塞がっている。一本道だ。二人共、盾より前に出るなよ」


 ケビン、デルク、オグンの三人は地下へと潜るのだった。




 ー3ー


 「隊長。至急報告したいことがあります」


 杖を持った若い女性隊員がシリウスに報告しに来た。


 「アンナか。どうした? 緊急の要件か?」


 アンナには拠点の周囲にいる魔獣の捜索をさせていた。

 わざわざ戻って報告とは何かあったのだろう。


 「はい。実は魔獣とは別のものが確認されました」

 「魔獣とは別? どういう事だ?」

 「隊長も知っての通りですが、魔獣は異界からやって来た生物、又は、この地に既存する生物が魔力の影響を受けて変化したものです。ですが、それらの魔獣とは明らかに別種のものでした」

 「……交戦はしたか?」

 「いえ。即座に危険だと判断し、帰還しました」

 「そうか。いい判断だ」


 シリウスは近くで控えていた隊員を呼び出す。


 「すぐさま外に出ている者を全員帰還させろ! それからベクターを呼べ、緊急会議だ」


 シリウスの指示を受けて部隊は動き出す。

 各所に散っていた者達が拠点に戻る。


 「隊長! 負傷者です! どうやら例のやつと交戦したようです」

 「分かった。話を聞きたい。すぐに案内してくれ」


 負傷者は血を大量に流していたが、幸いにして傷口は浅い。

 致命傷には至らず、適切に治療すれば後遺症は残らないだろう。


 「喋れるか? 早速で悪いが、何があった?」


 シリウスは負傷した隊員から話を聞く。


 「隊長……。あいつ、話したんです。言葉を……」

 「言葉を話した? ……外見はどうだった?」

 「外見は……鼠です。デカい鼠。ですけど、二本の足で立って鎧を着て……」


 武装をし、言葉を話す鼠。

 魔獣には武装したり、魔法を使う個体はいるが、言葉を話したりはしない。

 知性がある。

 魔獣とは異なる存在。


 「隊長、これ以上は……」

 「分かった。治療に専念してくれ」


 一体何が起こっているというんだ。

 まさかと思うが、奴らが現れたというのか?


 シリウスは会議用に作られた天幕に入る。

 天幕に揃っている隊員に、負傷した隊員から聞いた話をする。


 「ベクター。まさかとは思うが、これは悪魔ではないか?」

 「断片的な情報だと文献に書かれたものと相違ありませんが、現段階で決め付けるのは早計ですな。ですが、注意するに越したことはありません」


 悪魔。

 地獄という異界に暮らしている者達の総称だ。

 その姿は異形で、知能は高く、言葉を話すという。

 過去に数度、その姿を確認されているが、いずれも天翼人によって討伐された。


 「ところで、ケビン達が戻っていないようだが、やはり間に合わなかったか?」


 シリウスの言葉にアンナが申し訳なさそうに頭を下げる。


 「申し訳ありません。拠点より距離があったもので連絡員が探しても見つからなかったそうです」

 「アンナが謝る必要はない。こちらの判断ミスだ」


 とはいえ、悪魔の出現は予想出来なかった。


 「距離があったからこそ実力のある三人に頼んだのだが、今回はそれが仇となったか。あの三人なら、もうすでに地下に潜っているだろうな」

 「それでどう動きます?」


 ベクターは問い掛ける。

 かつてシリウスの父と共に戦場に立った彼は経験が豊富で紛れもなく実力者だ。

 彼自身もこうすべきという意見があるはずだが、それは必要最低限しか言わない。

 シリウスの成長を思ってこその采配だ。


 「悪魔らしきものが出現したということは知らせるべきだ。各所に作った拠点に連絡を。各拠点の守りを固めろ。ひとまずはそれで凌ぐ」

 「ケビン達三人はいかがなさいます?」

 「もちろん応援に向かう。三人に頼んだのは鼠の魔獣の調査。今回遭遇した悪魔は鼠の姿をしていたという。無関係であって欲しいが万が一もあり得る」

 「助けるとならば、誰が行くかという問題になります」

 「それに関してだが……ベクター、ここを任せてもいいか?」

 「やはりあなたが向かうのですな」

 「ああ。本来ならば隊長は残るべきだろう。だが、経験という意味ではベクターの方が勝る。この場の指揮はベクターの方が適任だ。そこに実力が劣る隊長が居れば、指揮系統に支障が出る」

 「ふむ……。あまり自分自身を卑下する必要はないと思いますが、承りました。ここの防衛はお任せ下さいませ」

 「任せたぞ。ベクター」

 「はい。ですが、一つだけよろしいですか?」

 「なんだ?」

 「アンナを連れて行って下さい。隊員と一緒ならばあなたも無茶はしないでしょう」

 「……分かった。無茶はしない。そんなわけだ、悪いがアンナには付き合ってもらうぞ」


 突然名指しされたアンナは嫌な顔一つせず了承する。


 「かしこまりました。隊長のお供をします」




 ー4ー


 デルクの持つ剣が巨大鼠の体を斬り裂く。


 「オラァッ! はあはあ……これで何体目だ?」

 「さあな。十体を超えたあたりから数えてないからな」

 「オグン。オメェ、敵を引きつけるとか言って全然出来てねぇじゃねえか!」

 「数が多いんだ。それくらい理解してくれ」

 「無駄口を叩いている暇はない。次が来るぞ!」


 地下に潜った三人の周りを巨大鼠が取り囲む。

 その数は計り知れない。

 魔法によって暗視する事ができるが、数えるのが億劫になるほど潜んでいる。


 「っしゃあ! かかって来い!」


 重装備で身を固めたオグンが巨大鼠を挑発して注意を引きつける。

 それでも全ての巨大鼠を引きつけられるわけではない。

 通り抜けようとする巨大鼠の頭蓋を槌で叩き潰すも、その横を次々と巨大鼠が駆け抜けていく。


 「やはり凌ぎ切れないか……。悪いがそっちで対処してくれ!」

 「オグンは十分やってくれている。デルク、泣き言は言うなよ」


 ケビンは両手で一本の剣を握り、的確に巨大鼠を倒していく。

 先走らず確実に仕留めに回る。


 「文句は言っても、泣き言は言わねーよ。それがオレの信条だ!」


 デルクは両手に剣を一本ずつ持って、戦場を駆け抜ける。

 斬り込むだけでなく、すれ違った巨大鼠も斬って敵の戦力を削いでいく。


 「そいつは頼もしいと言いたいが、文句も言わないでくれると助かる!」

 「オメェみてえに真面目に生きるとかオレに似合わねぇよ!」

 「それもそうだな! 真面目なお前なんて気色悪過ぎる!」


 三人は奮戦する。

 剣を振り、槌を振るい、盾で弾く。

 徐々にではあるが巨大鼠の数を減らしていった。


 このまま押し切れる。

 三人はそう思った。


 「少し留守にしている間に、野蛮な客人が来ていたようですね」


 突如響く男性の声。

 その声を合図に巨大鼠達は三人から距離を取る。


 「助かった……のか?」

 「いや、違う」


 ケビンは声のした方に視線を向けて剣を構える。


 「何者だ!?」


 そこに居たのは鎧を着た鼠。

 二足で立ち、他の巨大鼠と比べると大きいが、ケビン達と比べると小柄である。


 「何者ですか……。私はゼネラル。最近この地にやって来た新参です」

 「おい。この鼠、魔獣のくせに喋りやがったぞ」


 デルクはゼネラルが喋ったことに驚く。


 「魔獣? いえいえ、私は魔獣ではありませんよ。悪魔です。彼の地より参りました、悪魔ですよ」

 「悪魔だと? 実在していたとは驚きだ」


 ケビンは警戒を続けるも、ゼネラルは気にせず続ける。


 「ええ、驚いたことでしょう。ですが、これからは驚かなくなるかもしれまん。世界を繋ぐ扉が開かれようとしていますから」

 「何を言っているのかよく分からねぇが、あいつを仕留めるということでいいんだろ?」


 デルクが両手に握る剣を構える。


 「……そうだな。あの鼠が大将のようだしな」


 オグンも武器を構えて前に出る。


 「まったくお前達は喧嘩っ早いんだから……。だが、三人で挑めば負けはしない」


 警戒状態だったケビンは腰を落として臨戦態勢に入る。


 「血の気の多い輩ですね。格の違いが分からぬとは何とも憐れな。お前達は手を出さなくていい。……鈍っていた体を動かすのには丁度いい相手です」


 ゼネラルが武器を構える前にオグンが盾を前面に押し出して体当たりする。

 迫るオグンに対してゼネラルは跳躍してオグンよりも高く跳ぶ。

 オグンの肩に手を付き、体を一回転させてオグンの後方に着地する。


 「器用な奴だ。次はオレが……」

 「待て! 気を付けろ!」


 オグンが自身の後方に跳んだゼネラルに目掛けて槌を振りながら注意を促す。

 その左肩には鎧の隙間を縫うように一本の短剣が突き刺さっていた。

 先の跳躍の際に短剣を突き立てられていたのだ。


 振られた槌をゼネラルは再び跳ぶようにして躱す。

 オグンの槌を持つ右腕の上を回りながら短剣でオグンの右手の甲を刺した。


 「ぐうぅ……!」


 オグンの右手から槌が落ちる。

 全身を鎧で覆っているオグンには、本来、刃は通らない。

 しかし、可動部にはどうしても隙間ができてしまう。

 その隙間を狙ってゼネラルは短剣を刺したのだ。


 「さて、まずは一人です。次はどちらです? それとも二人一緒に来ますか?」

 「クソがぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇい!」


 デルクが駆け出してゼネラルに斬りかかる。


 「待て! 先走るな!」


 ケビンの言葉を無視してデルクが駆け出した。

 デルクが両手に持つ二本の剣がゼネラルに襲いかかる。

 しかし、ゼネラルは軽い身のこなしをもって躱していく。

 振られた腕が真横に来た瞬間を狙ってゼネラルは短剣を突き立てる。


 「ぐっ……。うあぁぁぁぁっ!」


 短剣が刺さった状態でデルクは剣を振り続けた。

 ゼネラルは魔法で短剣を作り出し、デルクの体に次々と突き立てていく。

 剣が振られる度に体に短剣が生えるも、構うことなく剣を振る。

 だが、脇腹に深く短剣が刺さり、ついに体勢を崩して倒れてしまう。


 「デルク!」

 「これで二人。まだ殺しはしないです。餌になってもらいますから。やはり与えるなら新鮮な肉を与えたいですからね」

 「調子に乗るなよ」


 ケビンは剣を構えてゼネラルを見据える。


 「仲間がやられたというのに随分と落ち着いたものです。優秀なのでしょう。ですが、ここは戦わずに逃げるべきでしたね」


 ゼネラルは腕、獣でいうところの前足を地面につけて駆け出す。

 ケビンは素早い動きをするゼネラルの動きを見極めて剣を振る。

 だが、ゼネラルは体を捻るように跳躍し、紙一重で剣を躱す。

 すれ違いざまに短剣を腕に突き立て、さらに着地時には足に短剣を突き立てた。

 「さて、どれくらい痛めつければ大人しくなるのでしょうか?」


 ゼネラルは三人に背中を向けながら離れる。

 隙だらけであるが、三人は攻撃しなかった。

 怪我をして動けないからではない。

 圧倒的なまでの実力差。

 不意をついても敵わないと気付いてしまったからだ。


 手も足も出ず、どうすべきかと悩む三人。

 その最中、ゼネラルはある一点に視線を向けた。

 三人が地下に侵入した出入り口がある方に。


 迸る稲妻が巨大鼠の群れに襲いかかった。

 稲妻は巨大鼠を容赦なく貫き、その多くを黒く焦がす。

 そして、凄まじい勢いでゼネラルに斬りかかる者がいた。

 ゼネラルは短剣で剣を受け止める。

 二者はそのまま斬り結ぶ。


 「いきなり襲いかかるとは野蛮ですね……!」

 「ただの挨拶だ。悪く思うな」


 数度の剣戟の末に二者は離れる。


 「隊長!」

 「無事かっ!?」


 シリウスは三人を背にしてゼネラルと対峙する。




 ー5ー


 「隊長ですか。なるほど、手練れなのも納得がいきます」

 「お前は悪魔だな。なぜここに居る? どうやってここに来た?」

 「目的、手段。あなたが疑問に思う事は多いでしょう。ですが、それを律儀に答える気はありませんよ」

 「そうか……。いずれにしても、悪魔はこの場で始末する」


 シリウスは剣を構える。

 それを見て、ゼネラルも短剣を構えた。


 「私はゼネラル。あなたは?」

 「……シリウスだ」


 お互いの名前を名乗り、それから無言で対峙する。

 そしてシリウスとゼネラルは同時に駆け出した。

 ただでさえ背が低いのに、ゼネラルはさらに姿勢を低くして下から斬り上げる。

 シリウスは短剣を弾く。

 低い位置からの攻撃は対処が難しい。

 だが、対処し難いというだけで、シリウスが対応出来ない程のものではなかった。

 ゼネラルを大きく仰け反らせるも、バク転するように後方に跳んで体勢を整える。

 そこへシリウスは畳み掛ける。

 ゼネラルの戦い方は体格の小ささと軽い身のこなしを利用したものだ。

 それを封じるには力で抑え込むのが一番である。

 案の定、ゼネラルの動きは鈍り、防戦一方になる。

 ゼネラルは距離を取ろうとするも、シリウスは動きを読んで先回りする。

 逃がさずに追い込んでいく。


 剣の腕、その技術においてシリウスは遥か高みにいる。

 騎士団の長たる自らの父に幼い頃から指導を受けていた。

 それだけでなくシリウス本人の類稀なる才能。

 今だに鍛錬を怠ることのない日々。

 遥かな高みにいてもなお、その腕を磨き続けている。

 そうして手に入れたシリウスの力は誰にも劣らず、天翼人の中で最たる強さを誇っていた。


 ゼネラルは畏怖を抱く。

 並の実力ならば多少力押しされてもゼネラルは対応できる。

 ゼネラル自身も高い実力を秘めているからだ。

 最初に目にした時からシリウスの実力も高いことには気が付いていた。

 だが、その強さはゼネラルの予想を超えていた。

 警戒を怠ったわけではない。

 敵の強さを見誤ったのだ。


 ゼネラルは鎧を上手く使ってシリウスの剣を受け流す。

 危機的状況に於いて、恐怖を抱こうと自我を失わずに冷静さを欠くことなく対処する。

 鎧に走る無数の傷。

 その全てはゼネラルの体を傷つけることなく守ってくれているという証だ。


 ゼネラルは短剣を投擲する。

 間近での予備動作もなく行われた攻撃であったが、シリウスは僅かに身を捩って回避した。

 しかし、その背後にはケビンがいた。

 それはシリウスも理解していたが、それでも回避した。

 ケビンの目の前で火柱が上がり、短剣を吹き飛ばす。

 この魔法はシリウスのものではなく、共に来ていたアンナの魔法である。

 今こうしている間も、物陰に隠れて戦況を窺っているのだ。


 「くっ……お前達! やれ!」


 初撃のアンナの魔法で数は減らせたが、巨大鼠の数は今だに多い。

 魔法で短剣を作りながらゼネラルは巨大鼠に指示を飛ばす。


 一斉に動き出す巨大鼠。

 その全てが襲いかかろうとしてくる。


 「アンナ!」


 シリウスが指示を飛ばす。

 アンナは物陰より姿を現し、魔法にて業火を巻き起こす。

 巨大鼠を波のように押し寄せた灼熱の炎が呑み込む。

 シリウスとケビン達を避けるように燃え盛る炎。

 それはゼネラルも燃やそうとするも、炎は弾かれる。


 「魔法が効かない鎧。それで魔法を弾いたのか」


 おそらくは地獄で作られた代物であろう。


 「特殊な素材を使って作られた鎧です。もっとも、あなたには意味がないようですがね」

 「魔法よりも剣の方が得意だからな。せっかくだ。その鎧にも通じるか試したい。……見るがいい! 如何なる魔も斬り裂く破魔の剣をっ!」


 燃え盛る炎を背に、シリウスの持つ剣が光り輝く。

 それはシリウスが父から受け継いだ魔法である。

 破魔の力を己の剣に込めて解き放つ。


 黄金に輝く剣。

 振られた破魔の剣は短剣を滅ぼす。

 ゼネラルは後退しながら魔法で短剣を作る。

 後退するゼネラルに追撃を仕掛けようとするも、ゼネラルは二本の短剣を投擲した。

 一本はアンナ、もう一本は無防備なデルク。

 アンナは自身の魔法で短剣を防げる。

 だが、デルクはそうもいかない。

 シリウスはデルクに投擲された短剣を弾きに向かう。

 何とか弾いて振り返るも、ゼネラルの姿は消えていた。




 ー6ー


 「逃げられたか……」


 周囲に折り重なるようにして倒れる巨大鼠が燻る中、シリウスは呟いた。


 ゼネラルは逃げた。

 短剣を弾いている隙に逃げたのだ。

 ここで仕留められなかったのは手痛い。


 「隊長。三人の治療が終わりました」


 負傷したケビン、デルク、オグンの三人をアンナは魔法にて治療を施した。


 「助かりました。隊長達がいなかったら死んでましたよ」


 九死に一生を得たケビンがシリウスにお礼を述べた。


 「無事で何よりだ。早速で悪いが聞きたいことが山積みだ」

 「はい。こちらとしても報告したいことが多いです」

 「戻りながら話そう。拠点が心配だしな」


 シリウスは帰還しながらケビン達から何があったのか事情を尋ねる。


 「悪魔か。初めて会ったが恐ろしい相手だ」

 「恐ろしいって……圧倒していたじゃないですか。隊長の方が恐ろしいですよ」

 「アンナが居たからこそ圧倒出来たんだ。一人だったらどうなっていたか分からない」

 「謙遜で言っているんですか? ですけど、隊長から逃げたのはすごいですよね」


 ゼネラル。

 突然現れた悪魔。

 最近魔獣が増えているのと何か関係がありそうだ。

 偶々魔獣が増えているのかと考えていたが、もう少し調査が必要のようだと判断したのだった。




 「ベクター。何か異常はなかったか?」

 「こちらは何の異常もありません」


 拠点に戻ったシリウスはゼネラルについて報告をする。


 「本当に悪魔が居ましたか。これはひと波乱起きそうですな」

 「ああ。……追加の伝令を頼む。ゼネラルの情報を共有しておかなくては」

 「承知しました」


 ベクターはすぐに指示を飛ばす。


 「悪魔が何体現れたのか、それが気掛かりだな」

 「はい。件のゼネラルだけで悪魔が一体ならばいいのですが、複数体現れたとなると厄介ですな」


 魔獣の増加に悪魔の出現。

 調査任務は荒れようとしていたのだった。


 読んで頂きありがとうございます。


 今回は主人公であるシリウスの部隊が本格的に動き出し、所属する隊員を紹介する話となりました。

 作中で明言されている通り、物語の部隊は文明が崩壊し、荒廃した日本の東京です。

 正直、日本でなくても、異世界やらファンタジー世界でも成り立つ内容とはなっていますが、崩壊した東京という事にした方がイメージしやすいかと思い、東京にしました。

 ちなみに、作中で言われていた地球に生息している巨大な鼠はカピバラの事です。


 後書きには作中で語られなかった事や設定等の裏話を書いていこうと思っていますので、よろしければ目を通してください。


 また次回の話も読んで頂けたらと思います。

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