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9話 勇者の真似事

「おお、す、すげぇ……」


 俺は目の前に広がる崇高な光景に目を奪われた。


 空の色は転生する前の世界よりもずっと深く、雲も薄く黄色い陰りがはっきりとした立体を作っていて、フワフワと浮かんでいながらもしっかりとした物量を感じ取れた。


 太陽の光を受けて煌々と照らされた草原は、風が吹くたびに絶え間なく波のようなざわめきを立てており、その向こうにはうっそうと木々が覆い茂る森や、そしてさらにその向こうにはゴツゴツと荒い岩肌で形作られた山脈が陽炎のようにうっすらと連なって見える。


 そして時折心地よい風と共に流れてくる動物の鳴き声や草花のざわめきを聞いていると、心にわびしさが込み上げてくるようだ。


 絵に描いたような世界が広がっているのを目前とした俺は、本当に異世界に生まれ変わったのだと実感した。


「グラフィック班とサウンド班、頑張ったなぁ……」


 特にグラフィック班のアートディレクターはロマン主義の美術に造詣が深く、かなり無理を言って高い品質を追求してもらったし、サウンド班にも季節や環境だけでなく温度や湿度にもこだわってもらい、雨の日も風の日も昼夜録音に走り回ってもらったのだ。


 それを思い出すだけでも涙が溢れてくる思いだ。


 しかしこれほど他の班のスタッフは頑張ってくれたのに、俺が配属されていた企画班はその全ての努力を無駄にしてしまった。


 そう思うと下腹部あたりがキリキリと痛んでいるのを感じた。


 地面でざわざわと揺れ動く草花を見てみると、ゲームの解像度で表現されたものとは違い、どれだけ近付いてもボヤけることはなかったし、逆に葉脈や毛状突起などのテクスチャーでは表現しきれないような細かな物までもが見て取れるになっていて、触るとほのかに柔らかな弾触があり、まるで作り物とは思えないほどのリアルな感じがひしひしと伝わってくる。


 できればゲーム制作に携わったみんなにも、この風景をモニタの向こうからではなく現実として広がった世界で感じて欲しかった。


「何の話だ?」


 俺の独り言にキリリンは不思議そうな顔を向けて聞いてくる。


「いや、なんでもない。初めて見る風景にちょっと感動しただけだ」


「そうなのか?」


 キリリンにとっては普通の景色なのだろうから、ピンと来ていないみたいだった。


 もっとも俺が感じたこの感動は、美しい光景を目の当たりにしたことによってもたらされたものではなく、この美しいクリエイティブに携わったメンバーを思い出してしまい、少ししんみりとしてしまっただけなのだが。


「な、なぁ、転移魔法っていつでもどこへでも簡単に移動できるものなのか?」


 誤魔化すように俺はキリリンが先ほど使った魔法について尋ねてみた。


「いや、転移魔法とは言えど万能ではない。移動できるのは一度行った場所に限られるし、魔法を発動するにしても建物やダンジョンの中では発動できない。それになぜか戦闘中でも使うことが出来ないのだ。便利なように思えて所々不便ではあるのだが、妾の眷属の中で魔法が不得手な輩でも使えるので重宝はしている」


 なるほど。転移魔法の機能は、俺が転生する前に作っていたゲームの仕様通りってことらしい。


 このラピュセリア・クロニクルの世界を現実として見た場合の戦闘中とはどのような状態なのかはっきりしないが、敵に狙われていなければ大丈夫なのだろう。


「この近くに勇者が生まれた小さな村があるはずだ。そこで食べ物にありつくことができるだろう。それに今この世界で起こっている状況や、今勇者はどこに潜んでいるのか探ってみたいしな……」


「おお、それはいいじゃん、早速その村に行ってみようぜ!」


 キリリンの提案に俺は軽快な口調で賛同した。


 俺のこの不自然に明るい態度には裏がある。


 キリリンは未だに過去に対決した勇者に執着しているみたいなのだが、俺はこの世界を作ったクリエイターの一人であるので今の時代について知っている。


 この世界における現在の時代は、勇者とキリリンが対決してからすでに300年経っている。


 なのでこの世界には魔王は存在しない。あるのは破壊神を復活を目論む者と、その企てを阻止しようとする新しく生まれてきた勇者一行との戦いだけだ。


 当然キリリンと対決した当時の勇者はもう生きてはいないだろう。


 それを俺の方からキリリンに直接伝えてもいいのだが、自分がこの世界を作ったことを明らかにしなければならないし、それを今のキリリンに言ったところでどんな面倒なことになるのか予測がつかないので、俺はキリリン自身で理解してもらったほうがいいと考えたのだ。


「確かこの近くにあるはずなのだが……」


 そうポツリと呟いてからキリリンはこの場から全く動こうとしない。見るからにもじもじと不安そうに周囲を伺っている。


「……もしかしてお前迷ったのか?」


 俺にそう言われてキリリンは細かく震えつつも悔しそうにうつむきながら黙ってしまった。


「転移魔法使ってでも迷うって、どんだけなんだよお前! 方向音痴にもほどがあるぞ!」


「……し、仕方なかろう! 妾は長い間眠りについていたのだから!」


 半泣きで恥ずかしそうに必死で言い訳をするキリリンに俺は心底呆れてしまった。


「まったく、仕方ないな。まぁ、村はゆっくり探すとして、その前にお前その格好なんとかしろよ。人里にそんな物騒な格好だと怪しまれるだろ」


「そうか? 至って普通の格好だと思うのだが……」


 キリリンはマントをひらりと手で掴んで軽くなびかせながら、禍々しくもちょっぴりエッチな黒い鎧に身を包んだ自分の姿を確認している。


 そりゃお前いつもは自分の城で引きこもって滅多に出てこないから誰も気にしないんだろ!


 これだから箱入り魔王ってやつは……。


 しかし世間知らずのキリリンをこれ以上非難しても仕方がない。ここはそこはかとなく変装の提案をしてみるのほうがいいだろう。


「まぁ、つまりだあれだ。今から勇者の村に潜入捜査するんだから魔王の格好だとまずいだろ。そうだな、手頃なところで冒険者の格好なんかどうだ?」


 ふむ、と考えを巡らせるキリリン。


「それはそうだな。冒険者の格好か……。確かこんな感じだったか」


 キリリンは自分の赤いマントでドレスルームのカーテンのように自分の姿をシャッと遮蔽する。


 てっきり俺はキリリンが魔法で変身をするものかと思っていたのだが、どこから着替えを取り出したのかマントにはキリリンの影がいそいそと着替えをしているのが写って見える。


 その向こうからシュルシュルと肌を滑るような絹擦れが微かに聞こえてきた。


 なんかイメージと違って生々しいな……。ってかこれ裏に回ると着替えが丸見えだろ。


「どうだ、これでよいか」


 赤いマントが左右にシャッと開かれる。


 そこにいたのは黒のポニーテイルで、ライトアーマーで身を包み簡素なブロードソードを腰に携えた、見るからに駆け出しの剣士のような少女の姿があった。


「おお、完璧だな」


「そうであろう?」


 フフン、と得意げにデカい胸を反らしながらドヤ顔で誇るキリリン。


 だがその幼い体に不釣り合いなバカでかい胸だけはどうにかならないものだろうか、と俺は心の中で不満を零した。


「よし、それじゃあ俺は飛べるから上空から村を探してみるとするか」


 俺は15mくらいなら上空に飛ぶことができるので、空から村を探すことが出来るはずだ。


「それは名案だな。では妾も探してみるとしよう。」


 そう言うとキリリンもふわりと体を魔法で宙に浮かせる。……出来るんだったら最初からそうしろよ。


 俺は自分の背中にある羽をぷ〜んと羽ばたかせながら上昇して辺りを見渡す。


「村、村ね。……なんかそれっぽいものは見えないな」


 村には人が生活しているだろうから、煙が立っているのかと思ったんだがそれらしきものは見当たらない。


 俺も確かにこの景色には見覚えがあるのだが、ゲームであれば地図が表示されていたので自分の現在地や方角が一目でわかるのだが、今はそれを確認することができないので目的地への位置関係が曖昧だ。


「貴様の蚊の目だとそれほど遠くは見渡せまい。どれ、よく見えるように魔法をかけてやろう。鷹の目(イーグルズ・アイ)


 キリリンは魔法を俺にかけると、信じられないくらいに俺の視力がグンと上がり遠くの物まで見渡せるようになった。そして視界も紫外線を感知できるようになったのか、物の輪郭に色がついてはっきりと見える。


「む。あそこに多くの人影が見える。ほらあそこだ」


 キリリンの指差す方に視線を向けてみると、確かに木々の隙間から数騎の馬に乗った人影が馬車を取り囲むように森の中を駆けていくのが分かる。


 そして後方を見てみると何やら小人のような影とドロドロとした液体のようなものが次々と馬や人に襲いかかっているようだった。


「どうやらあの人間どもはゴブリンに追い詰められてスライムの巣に入ってしまったな。あの人間もそこそこの手練れのようだが、なぜか低レベルのモンスターに翻弄されてしまっているようだ」


 よく見るとモンスターらしき影が人間の抵抗を物ともせずに、一方的に叩き潰したり飲み込んでは体内で溶かしていて、人間の一行(パーティ)が全滅するのは時間の問題であろう。


 気がかりなのが俺が知る限り自分が作ったゲームの中で、あのようなイベントが発生するという仕様は見たことも聞いたこともないということだ。


 嫌な胸騒ぎが俺の胸の中で湧き上がってくる。


 この世界はどこか俺が知っているゲームの世界とは何かが異なる、そんな気がしてならなかった。


「キリリン、あいつらをすぐに助けに行くぞ」


「助けるって誰をだ、あのモンスター達をか?」


 キリリンの気の抜けた問いに俺は苛立ちを覚えたが、彼女がそう思うのは無理もない。キリリンは元々魔王なのでモンスター側で考えるのが道理だろう。


「違う。人間の一行(パーティ)をだ。あのままだと全員モンスターに食われちまう」


「なぜ妾が勇者の真似事なぞしなければならないのだ」


 不機嫌そうに顔をプイッと背けるキリリンに俺は小さい手をスリスリと擦り合わせながらキリリンの目の前で頼み込むようなジェスチャーを見せた。


「このまま勇者が生まれた村を探しても埒があかないだろ? あいつらを助けることが出来れば勇者の情報を得られることができるかもしれない。なぁ、頼むよ」


 そんな俺にキリリンはジト目でこちらを睨みつけて少しの間考えるが、諦めたようにため息を漏らして渋々返事を返す。


「……ならば仕方ない。不本意だが人間の手助けをしてやる」


 こいつ、本当にチョロいな。世間知らずなところもあるから変なおじさんに騙されて連れて行かれないか俺は心配だよ。


 まぁ、そうと決まれば是非もない。一刻も早く人間の一行(パーティ)を助けに行かなければ手遅れになる。


「なぁキリリン、俺を連れてあそこまで高速移動できるか? 俺がいくら急いでもたどり着く前に一行(パーティ)が全滅してしまう」


「よかろう。ではトウリよ、皮袋の中に潜んでいるがよい」


 キリリンは腰に帯びた皮袋の紐を解き、その口を拡げて俺を袋の中へと誘った。


 俺的にはキリリンの胸元に潜むことをイメージしていたのでちょっぴりガッカリしてしまったが、今はそんなことを言っていられない。俺は大人しくキリリンの皮袋の中に入ることにした。


「それでは行くぞ。押し潰されるなよ」


 袋の外からキリリンの声が聞こえた瞬間、急激なGが俺の身体全身にのし掛かってきて思わず俺は悲鳴を上げた。

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