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8話 旅立ち

 この世界は俺がゲームとして作った世界だと女神ナーシャは言っていた。


 俺の作ったゲームはバグだらけのまま販売されたわけで、だとしたらこの世界はバグで溢れているということになる。


 不意に俺はキリリンが封印されていた石棺に近づいた時のことを思い出した。


 近づいただけで視界にデジタルテレビの電波レベルが低下した時に見られるようなブロックノイズが走り、聞こえてくる周囲の音もぶつ切りになっていて、あれは明らかに不自然な感覚だった。


 もしかしてあれがこの世界におけるバグなのか?


 俺に与えられた唯一使うことが出来るスキル、『異端審問(アドミンズ・センス)』。


 石棺を『異端審問(アドミンズ・センス)』で調べた時、クモのようなモンスターが現れた。


 クモ、虫、バグ。


 このスキルが一体どういう効果なのか、正直今のところよく分からないが、あのモンスターがこの世界におけるバグの具現化なのだとしたら、随分とつまらない冗句だ。


 もし仮にだが、『異端審問(アドミンズ・センス)』がこの世界のバグに干渉できるスキルだとすれば、何かが俺にバグを潰すことを求めているのかもしれない。


 (バグ)欠陥(バグ)を潰すというのは何とも皮肉な話だ。


 だが、今の俺は転生する前の世界とはもう関係のないのでバグを修正する義理はない。


 そもそもこの世界の状況が転生する前の世界に存在するゲームに反映されるかどうかは定かではないのだ。


 バグを潰す理由が俺には……。


 その時、ふと転生前の記憶のようなものが頭をよぎる。


『────よぉし、じゃあ約束』


 記憶の中で、幼馴染の愛架と交わした約束のことを思い出した。


 確か俺は最高に面白いゲームを作ることを彼女と約束して……。


『────たすけて』


 不意に愛架の声が聞こえたような気がして、チクリと締め付けるような焦燥感が胸にこみ上げてくる。


 そうだ、こんなところでのんびりしている暇はないんだった!


 俺はこの世界の何処かに存在する愛架を探すために転生してきた。


 女神ナーシャはこの世界に生まれたバグは愛架が不完全な形で転生したからだ、と言っていた。


 もしかするとバグを追っていけば愛架の居場所にたどり着くことができるのではないか。


 ぐぅ〜〜〜〜……。


 そうやって考えを巡らせていると、不意にアニメみたいなベタな空腹音が鳴った。


 しばらく変な空気と静寂が俺とキリリンの間に訪れる。


「……?」


 目の前にいるキリリンはキョトンとした表情を浮かべてこちらを見ていた。


「……いやさっきの音はどう考えてもお前のだろ。何キョトン顔してんだ」


「なに? さっきの奇妙な音は妾の体から鳴ったのか?」


 すると再度、ぐぅ〜〜〜〜と間の抜けた音がキリリンのお腹から鳴り響き、慌ててキリリンは自分の胃の部分をさすった。


「多分お前、棺桶に長い間封印されていたから腹が減ってるんじゃねぇか。てか、魔王って腹減るの?」


 俺はふと湧いてきた疑問を投げかけると、キリリンは首を傾げながら未だになり続ける腹の虫を抑えようと必死になっている。


「いや、封印される前までは魔法により妾の眷属たちから魔力の糧を常に供給されていたので食事は随分ととっていない」


「魔力の糧? 魔力って腹の足しになるのか?」


「魔王は魔族だからな。魔力を満たすだけでも命を維持できるのだ」


「へぇ〜。そういやあんまり魔王がパクパク飯食ってるイメージはないよな」


 俺がぼんやりと返事を返すと、キリリンは難しい顔つきで何やら考え始めた。


「それにしても妙だ。さっきから魔力が供給されてこない。妾の眷属たちに何かあったのかもしれぬ。いずれにせよこのままだと妾も飢えてしまうだろうから、城の外へ出て調べてみる必要があるだろうな」


 ふむ、と考えを巡らせるキリリンの言葉を、俺は他人事のように聞いていた。


 魔力が減ってはいてもキリリンは腐っても魔王だ。一人でなんとかするだろうし、俺が同行する必要はないだろう。


 むしろ俺、蚊だから足手まといにしかならないかもしれない。


 というのは言い訳で、外が危険だと思ったからなのだが。


「そうか、じゃあ気をつけて行ってこいよ。俺はここで待ってるから」


「何を言っておる。貴様も一緒に来るのだぞ。さもないと貴様も生きていけないのだからな」


「え、そうなの?」


 突然同行を告げられて、俺は素っ頓狂な声を上げた。


「そうだ。妾は最悪何かを捕食するだけでも生きていけるが、貴様はそうはいかん。その姿だと何者かから吸血することでしか糧を得られるのだろうが、この城にはもはや安全に吸血できるようなモンスターはいない。さっきのクモみたいに逆に捕食されそうになるのが関の山だ」


 考えてみればそうか。この城はキリリンの城なので今は安全に過ごせてはいるが、城の主人がいなくなったら俺は一体どうなってしまうのだろう。


 そう考えると今いる城が急にこの世で一番危険な場所のように思えてきた。


「それに、もし血盟主の貴様が死ねば眷属である妾も死んでしまうのだぞ」


「マジで!? じゃあ何で俺みたいな蚊と血盟を結んじゃったの!?」


 はぁ、と小さくため息をついてキリリンはうな垂れて答えた。


「魔力を大量に持った存在が貴様しかいなかったからだ。妾とて貴様と血盟を結んだことが不本意であるのは今も変わらない。だが妾が貴様を守護れればそれで問題はなかろう」


 何このイケメン。俺がメスなら惚れてるわ。


 まぁ俺も愛架を探しに行きたかったので、いつまでもここに居座っているわけにはいかない。


 それに自分が作った世界を実体験として感じることが出来るのは興味がある。


 うんざりしながら作った世界ではあるが、結局俺はこの世界が好きなのだろう。


「ま、まぁ暇だし。お、お前がそこまで言うなら付いてやってもいい、かも……」


「覚悟は決まったようだな。ではトオリよ、転移魔法を使ってこの城から出るぞ」


 ツンデレヒロインっぽく返事してみせたのだが元ネタが分からないキリリンから、当然ツッコまれることはなかった。


 ──


 その頃、人里から遠く離れた街道でけたたましい蹄鉄の音をたてて国境を越えようとしている一台の馬車があった。


 その馬車を取り囲むように十数騎の騎馬が陣形を保ちながら、馬車とともに森で囲まれた道を駆けて行くのが見える。


 その騎馬に搭乗しているのは白銀の鎧を身に纏った屈強そうな騎士たちと、魔法文字の刺繍が施されたローブを纏った手練れの魔導師、それに純白の司祭服に身を包んだ司祭であった。


 いずれの馬の鞍や馬車にも王家の証である紋章のレリーフが施されており、ただならぬ一団であることを物語っている。


 だがその国で最も先鋭な騎兵に寄り固めたれた守りが今、この周辺に生息している雑魚モンスターの襲撃によって破られようとしていた。


「なんだ、このモンスターたちは……」


 とある騎士はこれまでに感じた事のないほどの不気味な戦慄が全身を駆け巡るのを感じていた。


 彼は下流貴族の出自の身でありながら、エターニア王国の騎士団に配属されてから次々と武勲を挙げ、齢32にして異例の近衛騎士の配属となったほどの実力の持ち主であった。


 彼のような歴史がまだ新しい家柄の騎士は、近衛騎士に配属されると最も危険な任務を任される。


そして今もこの一隊の殿(しんがり)として、馬を走らせながらも器用に後ろのモンスターを弓矢で射止めようとしていた。


 そしてまた一匹、弓でモンスターの頭蓋骨を貫いたと思った瞬間、その矢はモンスターの目の前で止まり、モンスターは矢を掴んでは自らの弓に番えながらも凄まじいスピードで追いかけてくる。


「ただのゴブリンだぞ! ただの!」


 小柄の妖魔の群は馬のスピードを凌ぐ凄まじい速さで、木々の枝を掴んでは猿のように飛び跳ねながら近づいてくる。


 周りの騎士達が次々とモンスターの弓によって射止められては、悲鳴を上げながらゴブリンの大群の中に飲み込まれて行く。


「死んで……たまるか!」


 殿(しんがり)を務める騎士は前方の騎士達が討たれていくのを、もはや気に留めてはいなかった。


 考えることは、この位置に止まりながらも馬を走らせつつ、自分の命をいかに守るかであった。


 王国きっての精鋭部隊がゴブリンに敗れたとなれば、それほど不名誉な死などないからだ。


 最も守るべき対象は馬車の中にいるのだが、それは彼の仕事ではない。


 馬車はもっと家柄の良く将来も期待された騎士達が守ってくれるだろう。


「アメリア、メアリー……」


 初めてその騎士は戦場で女神の名ではなく自分の妻と娘の名前を呟いた。


 その瞬間、ついにゴブリンが放った矢がその騎士に迫ってくる。


 無我夢中で振り回した剣が偶然にもその矢とぶつかり、騎士は一命を取り留める。


「魔導師どもは何をやっている!」


 騎士が叫んだ瞬間、前方から火矢(ファイアーボルト)が大量に放たれ、ゴブリンの群れに降りかかるのが見えた。


「やった!」


 しかし安堵したのもつかの間、全てを燃やし尽くすような爆炎を物ともせず、妖魔の影が迫りくる。


「ば、バカな……」


 強力なデーモンすらも駆逐することができる王宮魔導師の魔術を全身に浴びても怯むことなく、むしろ好機とばかりに背中に飛びついてくるゴブリンに、騎士は完全に不意を突かれてしまい、身体ごと馬から引きずり落とされてしまった。


「ぐはぁっ…!」


 地面に叩きつけられた騎士に、間髪入れずに飛びかかる大量のゴブリンの群れ。


 白銀で美しくあしらわれた兜を、鎧を、身にまとっていた装備の全てを剥ぎ取とったゴブリンは、それらのパーツを自らの体に縛り付け、歓喜の声を上げながら小躍りをし始めた。


「か、返せ……」


 朦朧とした意識の中、力なく手を伸ばす騎士の後頭部に、複数の硬く尖った棍棒がためらいなく振り下ろされ、途端に騎士の脳髄はズタズタにすり潰されてしまう。


 輝かしきエターニア王国近衛騎士の身体は、あえなくゴブリンの餌食となった。


「ああ、神よ。我らを守り給え……」


 その惨状を知ってか知らずか、馬車の中で一人祈りを捧げる少女がいた。


 エターニア王国国王ガゼフ十三世の娘であり、王位継承権第一位にいるクリスタ姫その人である。


 彼女は一ヶ月前に魔王が復活を宣言してから、病床についている国王に代わり各国に同盟を結ぶ為、全ての国家指導者を集めた全国家会議に出席し、今はその帰りであった。


 ある時、城の侍女が魔王の配下を名乗る者に身体を乗っ取られ、周囲にいる兵士達を斬殺した後、一方的にラピュセリアに存在する全ての国を侵略することを宣言すると、乗っ取られた侍女は自身の身を黒い炎で焼き払った。


 前の魔王との戦いの教訓を幼少の頃から叩き込まれ、各国の要人と渡り合っていたクリスタ姫は、すぐさま各国に使者を送り、魔王軍対策の手はずを速やかに整えて、わずか数週間で全国家会議の開催まで漕ぎ着けた。


 しかし会議はラピュセリアの中心に位置する世界最大の戦力を持ったアークライト帝国で行われることとなった。


 エターニア王国はこの世界の始祖が生まれた国であり、また代々勇者が生まれる聖地であるので、魔王が再び現れた際には予め会議はエターニア王国で行うと各国と協議を重ねて決定してきたのだが、ここに来て最大の戦力を持つアークライト帝国自らが主導権を握るように動き始めたのだ。


 魔王が現れたのに勇者が未だ姿を見せていない状況下、アークライト帝国はもはや勇者の力は前時代的と触れ回り、それに賛同する国家も現れた。


 歴史はあれど衰退の一途を辿るエターニア王国は、勇者が現れていないのではその権威を示すことができず、ただ一つの田舎国家としてしか見なされなかったので危険を顧みず姫直々に全国家会議に参加したのである。


「姫! どうかご心配召されるな! エターニア王国が誇る近衛騎士団が……ぐぁぁっ!!!!」


 馬車の扉の向こうで近衛騎士団長ベイルの声が聞こえたが、すぐに悲鳴と変わった。


「ベイル隊長!」


 クリスタは慌てて窓に駆け寄ったが、そこには巨大なスライムにまとわりつかれ、鎧と骨を残して上半身をどろどろに溶かされた元人間の姿があった。


 周りの木々を見渡すと、枝からおびただしい量のスライムが滴り落ちているのが見える。


「ああ、どうか、どうか神よ。この地に勇者を遣わし、我らが民を救い給え……」


 クリスタの祈りは虚しく、制御を失ったベイルの亡骸を乗せた馬は、後方に引き下がりながら主人の死体を地面に落とした。

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