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7話 データの墓場

 あたりを見渡すと煌々と燃え盛る炎に満ちた荒野の上で俺は飛んでいた。


 なんだ、いきなり別の空間に飛ばされてしまったぞ!


 戸惑いを隠せないで呆然としていると、遠くから地鳴りのような蹄鉄の音と獣のような咆哮が幾重にも重なって聞こえる。


 遠くに目を凝らすと地平線を埋め尽くすほどの魔物の大軍勢がこちらに押し寄せてくるのが見える。


「お、おい。なんかやばくないか!?」


 あんな大軍に巻き込まれたたまったものではないと慌てふためいていると、俺の意識に直接話しかけるようにキリリンの声が聞こえてきた。


『案ずるな。これは妾のかつての記憶を映し出しているに過ぎない。ここにあるものは全て陽炎のようなもので触れることも触れられることも出来ないのだ』


「な、なるほど。そう言うのは早く言ってくれよな!」


 魔物達の大軍勢を見てると、先頭には禍々しくも黒いオーラを放つ鎧に包まれたスラリと長身で凛々しい金髪の美女が、巨大な戦闘用馬車の上で大剣を突き立てて威風堂々と佇んでいるのが見える。


『かつて妾は並み居る6人の強力な眷属とその配下の大軍勢と共に、世界を手中に収めようとしていた……』


「ちょ、ちょっと待て! まさかお前、あの美女が自分だと言うわけじゃないだろうな!」


 今のちんちくりんな体型とは違い、回想の中の彼女はキラキラと大人の魅力に溢れた美女で、胸の大きさも現実のキリリンのようにバカデカいわけではなくバランスがいい感じで形が整っている。


 髪の色も黒ではなく輝くような金髪だ。


『何を言っておる。あれはどこからどうみても妾ではないか』


 こいつ、本気で言っているのか、それにしても自分を美化しすぎだろ……。


 とは言えこの情景は現実ではなくキリリンの妄想、もとい回想の世界であることがわかったので安心した。


『そんな時、勇者と名乗る者が卑しくも妾の軍勢の前に立ちはだかったのだ』


 構わずナレーションを続けるキリリン。


 すると迫り来る魔物達の前に悠然と立ちはだかる1つの影が現れた。


 その者は頭には青い宝珠であしらわれたサークレットを被り、全身には銀色に輝く鎧を纏った凛然とした顔立ちの女性だった。


 彼女は石で作られた重々しい棺を鎖で引きずっており、自分の髪と同じエメラルドを思わせるような瞳をキリリンに向けている。


 それは怒りや憎しみなどの感情はない聖人のような瞳だった。


 彼女が引きずっている棺は見たことがある。あれは確かキリリンがさっきまで封印されていた石棺だ。


 勇者とされる女性は迫り来る魔物の軍勢を物ともせず、担いでいた棺に繋がれている鎖を投げ捨てて腰の大剣に手をかける。


 勇者が自分の右肩に大剣を掲げると、その刀身からまばゆい光を放たれた。


 勇者は深く腰を落とし、自らの体を捻るとともに空間を大剣で薙ぎ払うと、その光が閃光のように放たれて目の前まで迫って来ている魔物の群を一網打尽に切り裂いた。


 何度も勇者はその大剣で魔物達を蹂躙し、大地にはおびただしいほどの魔物の死骸の山が出来ており、ついにその地に立っているのはキリリンが自分だと言ってはばからない長身の美女と、黒いフードとマントを羽織った6体の眷属のみとなった。


「貴様らは一切手を出すな。これは妾と勇者との決闘である」


 回想の中のキリリンがそう言うと、6体の眷属達は控えるように短く返事を発してフッと姿を消した。


 キリリンは横に大剣をかざすと刀身からは禍々しい紫色のオーラが溢れ出し、そのオーラからは亡者の顔がいくつも浮かび上がっておおおお、とうめき声を上げている。


 それに対し勇者は体を半身わずかに捻り、腰を落として大剣を自分の口元の高さに構えては、剣先の狙いをキリリンの目元に定めた。


 わずかな静寂が2人の間に訪れる。だが次の瞬間、空気が破裂する音と共に、双方がいた地面が激しくめくれ上がった。


 もうそこには2人の姿はなく、勇者とキリリンはその一瞬でかなりあった距離を一足飛びに詰めてお互いの大剣をぶつけ合う。


 凄まじいスピードで何度も切りつけ合う2人の姿に俺は呆気にとられる他なかった。


 それは早いとか遅いとかそういうのとは別次元の戦いであった。


 勇者は何体もの自分の分身を生み出し、キリリンを追撃しようと剣術だけでなく魔法をも放って、その攻撃にキリリンは巨大な扉をいくつも生み出しては、強大なモンスターを無尽蔵に召喚して応戦しながら勇者本体への攻撃の手を緩めない。


『この壮絶な戦いは七日間も続いた……』


 ん? なんか回想が適当なダイジェストになって来たぞ。


 次第に2人はなんか楽しそうにキャッキャウフフと戦っているし、お昼なんかはお弁当をあ〜んして食べさせ合いっこしてるし、夜は一緒に温泉に入って寝るときは手を繋いで寝てるし!


「なんで仲良くなってるの!?」


『そして7日目の夜、遂に妾の魔力が尽き果てしまった。』


 無視かよ……。


『魔力を使い果たしたとは言えど、妾の存在自体を完全に滅することが出来なかったかつての勇者は、次に生まれてくる新たな勇者にその役目を託すために、持っていた棺に妾を封印したのだ』


 回想のシーンはキリリン封印のシーンに切り替わる。


 勇者も瀕死の重傷を負いながら苦痛の表情を浮かべ、封印の魔法をキリリンに放ち続けている。


 そしてその魔法によって石棺に引きずり込まれようとするも必死で抗うキリリンの姿があった。


「おのれ勇者よ、これで終わったと思うな! 必ずや妾は復活し貴様と再び合間見えよう! ゆめゆめ忘れるでないぞ!」


 断末魔のようにそう言い残して、キリリンはとうとう棺の中へと引きずりこまれ重い石棺の蓋が固く閉ざされた。


 棺が閉ざされる瞬間、キリリンは勇者が涙を浮かべ悲しそうに笑う顔を見たのだがその意味はキリリンには分かりもしないようであった。


 ──


 キリリンの回想は終わり、俺はあの異空間から元の空間に戻ってきていた。


「妾が封印された棺は、その後に現れた眷属が瀕死の重傷を負った勇者の追撃を振り切り城へと持ち帰った。城には魔力を無尽蔵に溜め込むことが出来る聖杯があったので、妾が何かあった時は眷属に各地から魔力を集めてくるように命じておったのだ」


 そう言うキリリンは回想の姿から元のちんちくりんでバカでかい胸を携えた姿に戻りこちらを見ている。


 戻して! あの頃のキリリンの姿に戻して!


「そしていくつかの月日を経て妾は確かに目覚めた。しかし思った以上に魔力が回復しておらず、妾は意識を取り戻すことはできても、体を動かすことさえも出来なかった」


 そう言いながらキリリンは忌々しいものでも見るかのような表情で自分の体を抱え込んだ。


「しかもこの世のものではない不思議な力に縛られ、妾の眷属の力を持ってしても棺を壊すことが出来なかった。なす術もなく棺の中で途方にくれていると、貴様がやってきて棺を破壊し妾に魔力を与えて動けるようにしてくれた、というわけだ」


 キリリンの話を聞いて、どうもその話に引っかかることがある。


 かつての勇者によって棺に封印されし魔王……。


 どこかで聞いたことがある設定だ。どこかで……。


「あ〜〜〜〜〜〜っ!!」


「え、何なのだ!? 突然大きな声を出して。ビックリするではないか……」


 突然叫び出した俺に、キリリンはビクッと怯えるように体をわずかに震わせた。


「おい、ここはどこだ!?」


「ここか? 妾の城だが……」


「いやそうじゃなくて、城の名前だよ!」


「ヤータ・マケハの城だ。それがどうしたのだ?」


 ヤータ・マケハ……ヤータマケハ……。


 俺は頭の中でキリリンが教えてくれた城の名前を何度も呟く。


 ヤタマケハ、ハケマタヤ…………ハタケヤマ……。


 ハタケヤマ!


 その瞬間転生する前の記憶が蘇り、プロデューサーであった人間の嫌な顔がフラッシュバックする。


 思い出した! 俺が転生する前までに作っていたゲームのとあるダンジョンの名前だ!


 正確に言うと、ゲームをクリアした後にプレイヤーが行くことができる裏ダンジョンとして実装されたのだが、結局デバッグが間に合わないということでオミットされたステージだ。


 ゲームの試作品を作るときに最初にこのダンジョンから実装されたので、システム根本の仕様と間接的に繋がっているプログラムがあり、マスターアップする時点でもそのまま消すことが出来ずに導線を封印することだけで対処したのだった。


 俺がディレクターとしてプロジェクトに配属されたのが、β版としてそのダンジョンが実装された後だったので詳しい状況は分からないが、確か全ての元凶、かつての勇者が打ち倒した真の魔王が眠る城という設定だったはず。


 自分の名前をダンジョンの名前にしたりするのは、プロデューサーの畠山が考えそうなことだった。


 あいつめ、よりにもよって俺が転生した世界に自分の名前を入れ込みやがって。


 そしてキリリン……。


 目の前にいる少女についても思い出した。


 どこかで見たことがあると思ったら、ゲームのヒロイン案として俺がアイディアとして挙げたキャラクターに似ている。


 確か一度は採用され、宣伝でもヒロインの一人として公表されたのにも関わらず、プロデューサーの突然の判断で突然登場人物の再考がなされた挙句にボツになったと聞いていた。


 それが俺が知っているキリリンだ。


 しかし見た目や名前はそっくりではあるが、口調などのキャラクター設定や一部のデザインが異なっている。


 俺が考えたキリリンは魔王ではなかったし、それにこんな幼い体に不釣り合いで不自然な巨乳にした覚えもない。


 だがこの少女といい、この城といいそんな偶然はあるのだろうか、と俺はウサギのような目でじっと視線を向けている美少女魔王を見ながら考えていると、とある予感が頭をよぎる。


 この城はβ版時代に作られた世界に切り離された場所であり、テストデータやボツアイディアの墓場でもあるということだ。


 だから目の前にいるような中途半端なキャラ設定の魔王がいたり、聞いたことも無いようなスキルなどが存在したりするのだろう。


 俺は目の前にいる少女の姿を見ながらそう確信した。

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