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6話 キスリル・リリラル・リリスヴェリリオン

 気がつくと俺は小さな泉の水面をプカプカと浮いていた。


 近くで水が激しく地面に打ち付けられるような音が聞こえる。


 あれから俺はどうなったのだ……。


 気を失う前の記憶がどうも曖昧で、俺は必死に自分の記憶の糸を手繰り寄せる。


 そうだ、確か変な女の子に命令されて……。


 水音が聞こえる方に目を向けると、そこには美しく深い紺色の光に包まれた滝があり、水飛沫の中からは人の気配を感じる。


 誰かそこにいるのか。


「ん? どうやら気がついたようだな」


 俺の視線を感じたのか、滝の下から艶やかな白い肌をスルリとのぞかせて、小さな少女が現れた。


 全裸だ。全裸の少女だ。


 小さな体には不釣り合いな豊かな胸を揺らしながら、その少女は俺の目の前まで歩いてくると、不遜な態度で水で濡れた髪をばさっとたなびかせて見せた。


 ちくしょう、大事なところは長くて滑らかな黒髪でしっかりと隠されて見えやしない!


「どこを見ておる! 卑しい奴め!」


 そう言うと少女は顔をわずかに赤らめながら、左腕で胸のあたりを隠し、右手の中指を親指で押さえてピンッと弾いた。


 パンッ! と空気が炸裂するような音と共に俺の小さな体は吹き飛んで岩の壁に激突しそうになったが、寸前で俺は羽を広げ空中にふわりと上昇して難を逃れた。


「あ、あぶねぇ……危うくラッキースケベで死ぬところだったぜ……」


「ぬかせ。さっきから貴様に刺された胸が腫れてしまったではないか。痒くて仕方ない。妾の誇り高き柔肌を汚すなどと、本来であれば処刑されるべき所業ぞ?」


 仰々しい口調の割には少女の幼すぎる声なのでイマイチ威厳を感じない。


 しかしどことなく尊い気持ちになるのはなぜだろうか。


「お前は一体……」


 俺からの問いに少女は顔をしかめて見せた。


「妾の名を聞く前に、まずは貴様から名乗るのが礼儀だ、この不逞者め」


 俺、俺の名前……。


 転生する前の名前を告げようとしたが、記憶に霧がかかったようにモヤがかかって釈然としない。


 そういえばこのあどけなくも偉そうな少女もどこかで見た覚えがあるような気がする。


「い、イシガミ。イシガミ トウリだ……」


 なんとか記憶を探り出して自分の名前を振り絞ってみせたのが、目の前の少女は本当にどうでもよいことを聞いたかのようにつまらない素振りを見せながらフン、と鼻を鳴らした。


「イシガミ? 東方に住まう神の子孫を公言している一族の姓に響きが似ておる。蚊の分際で名前まで傲慢な奴よ」


 パチンと指を鳴らすと、黒いオーラが少女の周りを竜巻のように集束し、肌や髪を濡らす水を切って禍々しい黒き鎧となって彼女の身体を包み込んだ。


「妾の名はキスリル・リリラル・リリスヴェリリオン。……この世界の魔王だ」


 おぞましいほどの強烈な少女の魔力に気圧されてしまったせいか、緊張してしまって長すぎるその名を一度聞いただけでは覚えることができなかった。


「キル……え、なんて……?」


 つい聞き返してしまった俺に、少女は眉をひそめながらはぁ、とクソでかいため息をついて見せた。


「つくづく不敬な奴め。もう一度言ってやるからその小さな頭に刻み込むがいい。良いか、妾の名はキスリル・リリラル・リリルべリュ……」


 ……噛んだ。それも豪快に。


 気まずい沈黙がこの場を支配する。


 もうなんか目の前にいるキルなんとかさんは、あまりの恥ずかしさに小さな目に涙をためながら頬をぷくぅと膨らませてイジけてしまっているし。


 魔王とはいえ見た目はただの小さな女の子なのでなんか妙な背徳感が湧いてきた。


「あ、ほ、ほら! 一回で覚えられなかった俺が全面的に悪いんだし。そうだ! 俺の小さな頭だとその長い名前は覚えきれないからさ、どうだろう……キリ、キリリンって呼んでもいいかな……」


 キ、キリリンって何だよ、俺wwwwwwアカン、自分で笑ってまうわwwwwwwwwww


 つい思わず言葉に出してしまったクソダサいネーミングに、俺は自分自身でツボにはまってしまい、こみ上げる笑いを必死で耐えなければいけない羽目になった。


 蚊であることで表情が分かりづらくなっているのが唯一の救いだ。


「……なんだと?」


 流石に怒ったのか少女は上目遣いでギロリと一瞬睨んできたのだが、自分の名前を噛んでしまった手前邪険にすることは出来ず、キリリン、キリリンと何度か呟くとプイッとわずかに顔を剃らせながら呟くほどの小さな声を漏らした。


「ん……好きにするが良い……」


 そう言う彼女の表情には僅かながら微笑みのようなものが見て取れる。


 気に入っちゃったよ!?


 それにしても、キリリンってwwwwwww


 そう心の奥底で笑いながらも、自分が発したキリリンと言う名前に聞き覚えがあるような気がして、心のどこかで違和感を覚える。


 彼女から聞いた名前だけでなく、目の前にいる少女の顔立ちや姿を見てとっさに思いついたのだが、どうも初めて聞いたような気がしない。


 キリリン、その名をどこで聞いたのだろうか……。


 物思いにふけながらぷ〜んと浮かんでいると、調子をすっかり取り戻したのかキリリンは先ほどまでの厳しい態度で真っ直ぐな視線をこちら向けてくる。


「ところでイシガミよ、どうやってこの城に入ってきた? この城は強力な闇の結界で守られておる。虫ケラは疎か、魔王である私でさえもその結界を破って中に入ることはできないのだ」


「トウリでいいよ。どうやってって、俺は異世界から転生してここで生まれたばかりなんだ」


 転生と聞いてキルなんとかさん改め、キリリンは好奇に満ちた表情を見せて僅かにほうっと唸った。


「なるほど。ただの蚊ではないとは思っておったが、貴様は転生者か。古来より転生者は天運の定めの元に生まれてくると聞く。それでトウリよ、貴様は特別な力を授ける聖杯を全て飲み干したようだが、どのような力を使役できるようになったのだ?」


「特別な力? そんなの使えないよ」


「え?」


「え?」


 俺の何気ない返答にキリリンは首を傾げて聞き返すと、釣られて俺も首を傾げて聞き返した。


「いやいや、全属性の最終魔法を同時かつ半永久的に放つことができる『無限並列魔法エンドレス・パラレル・アリア』とか、この世の理をすべてを破壊する『虚無魔法(ケイオス・マジック)』とかそういうの、あるだろう?」


「いや、だから使えないって」


「ん?」


「ん?」 


 なんだかさっきからどどうも会話が噛み合わない。


 確かに幾多のスキルが与えられたのだが、その殆どが自分が蚊であるために使えないのだ。


「期待してもらって悪いけど、俺は見たとおりただの蚊だぜ? そんな強力な魔法を使ってでもしたら体が潰れちまうんだよ。唯一使えるのが『異端審問(アドミンズ・センス)』ってスキルなんだが、それが何の効果を発揮するのかは俺にもよく分からない」


「『異端審問(アドミンズ・センス)』? そんなスキル聞いたこともない。言葉の響きから感覚を増幅させるためのスキルなのだろうが、この世界では感覚を増幅させるだけのスキルなぞそう珍しくもない」


 キリリンは、はぁ……とため息を付いた。


「せっかく聖杯を用意して何百年も掛けて魔力を貯め続けていたというのに……これだと全くの無駄ではないか。まさに豚に真珠、猫に小判、いや蚊に聖杯と言ったところか。まさかお前のようなただの蚊風情が妾の血盟主になろうとは……」

 

 この世界における新たなことわざを作ると、キリリンは頭を抱えて落ち込んで見せた。


「悪かったな、ただの蚊で。ところでキリリン、血盟主ってなんなんだ?」


 質問を投げかける俺にキリリンはううう、と半泣きで小さな体を震わせながらも律儀に説明し始めた。


「……魔族は己の血を捧げることによりその者の眷属となる。血を捧げられた者は血盟主となり、自らの魔力を眷属に供給する代わりに眷属からは永遠の忠誠と、生命力が得られる。つまり貴様と妾は魔力と生命を分け合う主従関係にあるというわけだ」


「ふ〜ん」


 と言いつつもプ〜ンとキリリンの周りを飛び続ける俺。


「で、なんでお前、俺なんかの眷属になったわけ?」


「好きでなったわけではないわ! 貴様が妾の復活に必要な聖杯を全て飲んでしまったからではないか!」


 キリリンはええい、と怒りに任せて飛び回る俺をぴょこんぴょこんと跳ねては何度も両手で潰そうとするが、俺は余裕でそれを躱して見せる。


「さっきから言っている聖杯って、あの祭壇の上にある金色の器のことか?」


「そうだ。あれは妾の物だ。あれを飲むことで妾は魔王としての本来を力を取り戻すことができるのだ。それを貴様は、貴様はっ……!」


 そう嘆きながら、パン、パンと手で俺を叩き落とそうととするキリリン。


 強大なモンスターは一撃で仕留める魔王が、蚊を追いかけ回す姿は側から見ていて随分と珍妙に映っていることだろう。


 もしかしてこいつはモンスターを倒すことはできても、蚊を潰すことは慣れていないのだろうか。


「そんなに大切な物ならお前が先に飲めば良かったじゃないか」


「飲もうとした! でもあの棺が開かなくて、それに体を動かせるほどの魔力がまだ溜まってなかっただけなのだ!さてはトウリ、貴様は冷蔵室にとってあった他人のプリンを黙って食べてしまうタイプなのだな!?」


「食べないよ。だって俺、ただの蚊だし〜」


「そう言う問題ではな〜いっ!」


 キリリンはやり場のない怒りとイライラで、もはやキャラは完全に崩壊してしまいさっきまでの威厳が見る影も無くなってしまっている。


 しばらくするとそれに彼女自身が気づいて顔を赤らめさせながらコホン、と咳払いをついた。


 すると周囲の気配が一変し、ピリリと殺気に満ちた空気でこの場は満たされて、俺は戦慄せざるを得なかった。


「もはや人の言葉で語るのも億劫だ。ならば貴様の骨身に刻むことができるように、妾の魔力をもって知らしめてやろう!」


 キリリンは深い紅の瞳を見開きパチンと指を鳴らせて見せると、周囲の空間がけたたましい破裂音とともに丸ごと消し飛んだ。

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