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57話 行商人の集落

「……INNって、もしかするとこっちに宿屋があるってこと?」


「確かにそっちの方向に轍の跡がありやすぜ。行ってみやすかい、旦那」


 アイシャが考え込むようにその小さな道しるべを見つめていると、地面を調べていたゼルが草が直線状に倒れているのを発見した。


 俺の記憶もあまり定かではないが、転生前にこの世界をゲームとして作っていた時は、こんな道しるべはなかったはずなのだが。


「そうだな、もしそこに人がいるのであれば何か詳しいことが聞けるかもしれない。とりあえず行ってみるか」


「え、ええ……」


 ククリはそこはかとなくティルニアの様子が気になるようであったが、これ以上この場にいても何も情報は得られないだろう。


 俺たちはその道しるべに従いこの場を離れることにした。


 しばらく道なき道を進んでいくと、遠くの方に木で作られたコテージとその周りにいくつかのテントが立ち並んでおり、ちょっとした集落のようになっていた。


 コテージは明かに即席で作られた感じで、所々まだ作りかけな箇所が散見する。


「煙突から煙が……きっと誰かいるに違いないよ!」


 確かにコテージの煙突からもくもくと煙が立ち上り、しかも「INN」と書かれた看板の下にはお酒がなみなみと注がれた樽形の看板が目に映った。


「うほぉ! こいつぁ、期待できそうですぜ!」


 樽の看板を見て酒にありつけると思ったのか、ゼルは舌舐めずりをして見せる。


「昼間っから飲む気満々かよ。あんまり金がないんだから、ほどほどにしてくれよな……」


「分かっていやすって、旦那!」


 本当に大丈夫なんだろうな……。


 俺は今人間の子供の姿をしているんだが、もちろん酒を飲むことはできないだろうから、なんだか惜しい気がする。


 そうぼんやりと考えていると、いついかその集落までたどり着くことができた。


 集落の脇に馬のサラマンダーを停めると、俺たちは早速コテージへと入っていった。


「いらっしゃいませ〜」


「うわ、これは一体どうしたんだ……」


 扉を開けた途端、そこには何人もの行商人と見られる男たちが、昼間から酒に入り浸りながらどんよりとした雰囲気でたむろしているのが見えた。


 中には涙を浮かべながら大笑いしているような奴もいたが、そいつもなんかヤケクソ気味で「終わりだ、もう終わりだ〜」と叫びながらフラフラと千鳥足で歩き回っている。


 恐る恐る俺たちも丁度空いているテーブル席に腰かけると、子供のように小さなウェイトレスがこちらに近づいてくる。


「ご、ご注文は、お、お決まりですかぁ……って、げっ!」


 そのウェイトレスは新人なのかぎこちない笑顔を浮かべていたが、俺を見た瞬間なにやら驚いたかのような態度を見せた。


 ん? この女の子、どこかで……。


「あ、思い出した! メルカだ、行商人のメルカ! なんでお前がこんなところでウェイトレスをしているんだよっ!?」


 ウェイトレスの格好してたからわからなかったが、オルサに訪れる前にキリリンと一緒の時に出会った女の子だ!


「そ、そうだけど? キミみたいな男の子とどこかで会ったっけかなー……」


 顔を強張らせつつ、メルカは戸惑いながらも聞き返してきた。


「あ、ああ。えと、そうだな……」


 そうか、あの時俺は蚊の姿でキリリンの影に隠れていたんだった。


 だからメルカの中では俺との面識は一切ないことになっているのか。


 ならば、なんとか自分がキリリンの知り合いだったことを伝えることができないだろうか……。


「そうだ! あの時、キリリンって女の子からREDKILLってアイテムを買っただろう? 俺、そいつの知り合いで……ってぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 そう言いかけた途端、突然溶けるような痛みが全身に駆け巡っていき、俺はたまらず叫び声をあげた。


 まさか、こんな時にアレに戻ってしまうのか?


 あまりにも唐突すぎる!


 だいぶ人間の姿を維持できていたと言うのに……。


「ト、トウリ! 大丈夫っ!?」


「ちょっと、お客さん!?」


「あああああああああああああっ!!」


 ぽんっ!


 皆に心配される中、空気が弾けるような音を立てて、俺は再び人間から蚊へと姿を変えた。


 ああ、また戻ってしまった……。


「まだまだ完璧じゃないようだ。もっと姿を維持できるように力をコントロールしないと」


「か、蚊が……喋ってる……」


 青ざめた顔を見せながらメルカが俺を指差してそう呟いた。


 それを見て俺はあからさまに狼狽て見せる。


 し、しまった! エターニア王国から人の言葉を喋る蚊として俺は指名手配を受けているんだった!


 喋る蚊なんて全世界探しても俺ぐらいしかいないだろう。


「キミはもしかして、あの時キリリンと一緒にいた!?」


「えっ、俺を知ってるのか!?」


 俺は彼女の目の前でぷ〜ん、と飛び回って驚いて見せる。


 そんなはずはない、俺はメルカに直接見つかってはいないはずだ。


 俺の投げかけた疑問に彼女は頬を僅かに赤らませながら、口元に手を当てて目を逸らした。


「そ、その、私が寝ている時に、キリリンと何かしてたでしょ? その時、トウリって誰のことかな、と思って見ていたから……」


 え?


 あれ、見られてたの?


 ぶっちゃけ人だとわからない感覚なのだが、蚊は血を吸っている瞬間、夢中になってしまうため、無防備のあまり最も叩き落とされやすいのだ!


 だからその行為を誰かに見られてはならない。


 とか、モノローグで解説している場合じゃない!


 そう、俺とキリリンがメルカと初めて会った夜、彼女の隣で俺はキリリンの血を吸ったのだ。


 キリリンが漏らしていた吐息や声で彼女は起きてしまい、俺の吸血行為がメルカに見られていたということか!


「気づいていたのか……」


「ちょっと、トウリ。キリリンとその時何をしていたの……?」


「……詳しくお聞かせいただけますか?」


 メルカの恥じらいを含んだ仕草を見て、ただならぬ気配を感じとったアイシャとククリは光の消えた視線をこちらに寄越すと、俺はたまらずたじろいでしまった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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