53話 ククリの葛藤
「あの、ずっと気になっていたことなのですが……」
俺がこの世界に生まれてきた経緯をあらかた説明し終えると、ククリが今ここで聞くべきなのかどうか迷いながらも張り詰めた面持ちで俺にそう問いかけてきた。
「……キリリン様は、魔王なのでしょうか?」
「……」
その途端、アイシャやゼルからも緊張した気配が伝わってくる。
たしかエターニア王国の城で魔王イースターエッグと対峙した時に奴が言っていたことが、みんな気になっていたんだろう。
たしかイースターエッグはキリリンに向かってこう言っていた。
『────かつてお前と戦った時に、お前の力を吸収したのだ。魔王としての力を。だから私はもう勇者ではないしお前もまたこの世界の魔王ではなく、ただの魔族にすぎないのだ』
あれからククリはずっと強い葛藤に苛まれていたことは、彼女の表情を見れば一目瞭然だ。
ククリだけでなくここにいるみんなはキリリンのことを世界を破壊するような危険な奴だとは思っていない。
だがキリリンが再び魔王として蘇る可能性だって考えられる。
そうなったら彼女が世界を滅ぼすかもしれない、と考えるのは無理もない話だ。
これはちゃんと話しておかないと、後々いさかいにも繋がりかねないな。
俺は意を決してはっきりとこう答えた。
「そうだ。だけど今は元魔王って言った方が正確だろうな」
「トウリは知っていたの? キリリンがその……元魔王だってこと」
アイシャが控え目に俺たちの会話に割って入ってくる。
その口調からは俺を責めるような意思は感じられなかったが、秘密にされていたことが何か寂しげに感じていたようだ。
「……すまない、別に隠すつもりはなかったんだ。こうして話せる機会はなかなかなかったし、みんなとこうしてパーティを組むなんて夢にも思ってなかったからな」
「トウリ様はキリリン様を生き返らせるためにイースターエッグを倒す、そう仰っていましたね?」
確かめるようにククリはそう心苦しげにそう告げる。
それに対する俺の答えは何も迷いのないものだった。
「ああ、大切な仲間だからな」
「もしキリリン様がこの世界を滅ぼすような存在であれば、私は……」
俺を止めなければならない、そう言いかけてククリは言葉を詰まらせる。
ククリの気持ちは痛いほど分かる。
彼女にとってキリリンは命の恩人にも等しい。
城での晩餐会でも仲良く会話を交わしていたし、本心ではきっとキリリンのことを助けたいと思っているに違いない。
しかし世界の平和が脅かされるようなことはあってはならない。
もしキリリンが生き返った後に魔王になって世界を征服するようなことになれば、魔王に加担したことになる。
キリリンの復活を阻止するべきか。
それは彼女にとって苦渋の選択であった。
「それは分かっている。だけどキリリンは魔王の力をイースターエッグに奪われていたし、彼女と出会ってから別に世界を滅ぼすことに興味を抱いている様子はなかった」
「ですが……」
ククリは複雑な気持ちで俺に食い下がった。
彼女だけじゃない。
アイシャもゼルも心の中でどこか不安に思っていた様子で、黙って俺たちの会話を聞いていた。
だが俺にはキリリンがたとえ魔王になったとしても世界は滅ぼさない、という確信があった。
なぜなら、この世界における魔王という存在は世界を滅ぼす存在として設定されていないからだ。
それはこの世界をゲームとして開発していた俺にだけにしかわからないことだった。
かつてこの世界の元になったゲーム、ラピュセリア・クロニクルは、開発途中で急なゲーム内容の転換があった。
β版の開発段階ではたしかに魔王が世界を滅ぼす存在として設定されていた。
だが様々な事情で開発プロジェクトのディレクターが急遽変更になった際、「気に入らない」という理由で魔王の設定どころか世界観そのものが作り直しになってしまったのだ。
その時に魔王という存在は、過去の世界を脅かしていたと伝承の中でしか語られない存在となり、新たなボスとして「破壊神」というキャラが作り出された。
だからこの世界における魔王というのは、伝承の中でしか恐れられない存在であり、世界を滅ぼすという設定は与えられていないのである。
だがそれをゲーム世界の住人であるみんなに理解してもらうのは無理だ。
ならばキリリンが魔王になることは絶対に阻止すると強く説得する他なかった。
「……お前も今のキリリンのことが危険だと思うか?」
「いえ、とても良い人でした!」
そう力強く答えるとククリは頭を激しく振る。
きっとククリ自身もキリリンを救いたいと強く思っているのだろう。
今、彼女は世界を脅かす可能性と恩人を救いたいという気持ちの中で、心が激しく揺れ動いているに違いなかった。
「俺もそう思う。なぜなら俺はキリリンが魔王に戻って世界を破壊させないとそう信じているからだ。だからククリもあいつのことを信じてやってくれないか」
「信じる……」
囁くように呟いた言葉がククリ自身の胸に響き渡り、陰りのある表情に僅かな光が差し込む。
「それに安心しろ、俺がキリリンを再び魔王になんかさせない! 絶対にだ! だってあいつが魔王になったら俺たちと戦わなくちゃならないじゃないか」
俺はそう声高に言い放つと、ゼルもそれに乗っかるようにボヤき始めた。
「俺もキリリンの姉御みたいにイースターエッグよりおっかないのとやりあうなんてごめんでさぁ」
「そうだよ、私もキリリンを魔王なんかにさせない! ククリだってそうでしょう?」
アイシャにもそう諭され、ククリは何かに気づいたように頷きを返す。
「ええ、ええ……! その通りです! 私はククリ様にも生きててほしい! 私もキリリン様に魔王なってもらいたくない! もし魔王になろうものなら私が阻止して差し上げます!」
迷いが消えたのか、ククリの暗く強張った表情から希望の光が差し込んで、決意が溢れるような面持ちに変わっていった。
その決意は彼女だけのものではない、ここにいる全員が同じ気持ちであることを確認した。
もうすっかり焚き火は沈みかけようとしている。
「さぁ、今日はここまでにしよう。明日も早いからな」
「そうだね、また話せる機会があるし。今日はもう寝ようか」
「もう今日はくたくたでもう限界でさぁ……」
俺がそう切り出すとアイシャは満足そうな表情でう〜んと身体を伸ばし、ゼルも目に涙を浮かべながら大きなあくびを溢した。
するとどこからかすぅすぅ……と小さな寝息が聞こえてくる。
そこにはさっきまで喋っていたククリが、座ったままこくりこくりと船を漕いでいる姿があった。
きっと旅の疲れも相まってか今までモヤモヤしていたものも晴れて、急に睡魔に襲われたのだろう。
かくいう俺も胸のつかえが取れたら急に眠たくなってきた。
「おやすみ、ククリ」
アイシャはククリの身体をサラマンダーの背中に預けると、その上に優しく毛布をかけてあげると、その日はみんな眠りについた。
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