48話 赤毛の馬
「こらっ、ま、待ちなさい!」
アイシャが逃げて行く馬の群れに向かってそう叫ぶと、ふらふらとした足取りで追いかけていった。
「はぁはぁ、なかなか捕まえられませんね……」
その後に続くようにククリも息を切らせながら付いていく。
二人とも数日歩き詰めだったので、ほとんど体力が空っぽの状態で走っており、その様子はさながらスポ根マンガのしごかれシーンのようであった。
「う、うう……」
その後方でゼルは顔に馬の蹄を付けられて失神しており、シスターの看病を受けている。
「お、おかしいな。こんなはずじゃ、なかったのに……」
俺はぷ〜んと飛びながらもアイシャたちの後を追いかけていた。
乗馬のチュートリアルのために用意された馬なので、誰でも簡単に手懐けられるはずなのに、俺たちは馬に触れることさえできないまま、ずっと馬の群れを追いかけ回していた。
こんな状況に至ってしまった経緯は1時間ほど前まで遡る。
──
俺たちは山を下り、態勢を低くしながらゆっくりと馬の群れに近づいて行く。
「すごい、白毛の馬までいるのですね!」
「しっ、静かに。馬が逃げちまいやすぜ……」
ククリが驚きの声を上げると、ゼルがそれを諫めた。
幸運にも馬の群れはこちらの気配には気づかずに、ノンビリとした雰囲気で平野の草を食んでいる。
この世界における馬のパフォーマンスは毛の色によって分別される。
茶毛、白毛、黒毛、月毛、赤毛の順にレアリティが上昇し、速さやスタミナが高くなっていくのだが発見できる確率はそれに従い小さくなっていく。
そしてレアリティが上がれば上がるほど気性が荒くなり、手懐けるのが難しくなってくるという設定だ。
ちなみここは乗馬のチュートリアル用にレベルデザインされた場所なので、茶毛か白毛の馬しかいない。
なぜ赤毛の馬が最も高いレアリティに設定されているかのというと、それは俺と共にこの世界を作ったプロデューサーが三国志演義のファンで、作中に出てくる兎のように早い赤い馬『赤兎馬』から発想を得たらしい。
なぜ西洋風のファンタジーなのに中華風の設定を取り入れたのか、俺にはよく分からないのだが……。
「まずは馬を捕らえないとな……」
「ここはぜひ私に任せてください!」
俺の言葉にククリが自信に満ち溢れた表情で返事を返す。
「だ、大丈夫なのか、ククリ?」
「はい、乗馬なら幼い頃から嗜んでいましたから! まずは挨拶をして心を通わせることが大切なんです」
「へ〜〜。じゃあククリ、俺たちに手本を見せてくれ」
胸をドンッと叩きながらドヤ顔でそう応えるククリを見て、俺は彼女に馬の捕獲を頼むことにした。
「はい、よく見ていてくださいね!」
ククリはそう言うと、慈愛に満ちた表情を見せながら、草を食んでいる馬の群れに意気揚々と近づいていく。
彼女が選んだのは茶毛の馬だった。
その馬なら比較的簡単に捕獲できるだろう。
「ごきげんよう。とてもいい天気ですね♪」
「!! ヒヒヒィ〜〜〜〜ン!」
ククリが優しく声をかけた瞬間、その馬は激しく嘶き、メタル系のモンスターばりの反応を見せて群れごと逃げて去ってしまった。
「あ、あれ?」
ポツリと取り残されたククリは、呆気にとられてしまい遠くへと離れていく馬の群れをただ茫然と眺めるしかなかった。
「何がいけなかったのかしら……」
「ほ、ほら、あの馬は野生だから、城にいた馬なんかよりもずっと警戒心が強いんじゃないかな、きっと!」
真剣な表情で悩むククリに、アイシャが駆け寄りながらフォローを入れる。
「そうですね! 実は私も少し緊張していたので、それが伝わってしまったのでしょう」
なるほどと納得したように手を合わせるように叩くと、ククリは気を取り直したように笑顔を見せた。
「まだ逃げた馬はあっちの方で草を食べてやすぜ。ただ満腹になったらここを離れるかもしれねぇですから、急いだほうがいいかもしれやせん」
たしかにゼルが遠く指差した方向にさっきの馬の群れがいるのが見えた。
「そうだな。せっかくのチャンスなんだし、なんとかして馬を捕獲しようぜ!」
「はいっ!」
俺の言葉に勇気付けられて、ククリは満遍の笑みを返した。
──
そして現在に到る。
あれから何度もチャレンジしているのにもかかわらず、状況は全く変わらないどころか、馬を追いかけますのにみんな疲れ果ててしまいパーティは壊滅寸前にまで陥った。
アイシャも試みたものの取りつく島もなく、馬は全力で逃げて行ってしまう。
そこでゼルが気配を消しながら馬に強引に跨ってみたが、異常なまでの拒否反応を示されて宙に投げ出され、顔面を両足で蹴りつけられる始末だ。
よくあれで死ななかったなと、シスターの治療を受けるゼルを見ながら感心する。
「ま、待ってくださぁい……」
ククリはアイシャと共に無理矢理作り笑顔を浮かべながら馬に近づいていく。
これで5度目のチャレンジだ。
「はぁはぁ、お、おびえないで。わ、私たちはあなたの仲間なの……」
「だ、だから、ね? き、君の背中に乗せてくれないかな?」
肩で息をしながら、ククリとアイシャは出来る限りフレンドリーに馬に話しかけようとする。
「!! ブヒヒヒィ〜〜〜〜ン!」
だがその努力も虚しく、今度は後ろ足で馬の糞を二人に掛けながら馬は逃走して行った。
糞まみれになりながらも、しばらく笑顔のまま硬直していた二人であったが、少しの時間が経つと糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。
「も、もう無理です……」
「私も……」
や、やばい。どうしよう。ここまで上手くいかないとは……。
「す、すまないみんな……。俺が馬を捕まえようと言い出したばかりに……」
俺はボロボロになった仲間たちに謝罪の言葉を述べるが、もう返事をする気力すら残されていないようだった。
肉体的だけでなく精神的にもボロボロになった仲間たちを見て、俺はもしかしたらあの馬は異端に侵されているのではないかと思い至り、遠くに見える馬の群れに『異端審問』を試すことにした。
そうすればあの馬が異端でおかしくなっているかどうかすぐわかる。
「『異端審問』……っ!」
しかしその結果はあまりに意外なものだった。
「そんなバカな……」
結論を言うと、あの馬の群れは異端に侵されていなかった。
「いや、そんなのは絶対におかしい」
俺は心の中でかぶりを振った。
手懐けるのがもっとも簡単な茶毛の馬を、あれだけやって捕獲できないなんてどう考えても変だ。
あの馬はチュートリアル用で、普通の馬とは少し仕様が違う。
その点で俺は何か見落としをしていないだろうか……?
「あ、そうか!」
俺は記憶の中を弄っていると、ある重要なアイテムのことを思い出した。
『勇者の証』だ……。
本来アイシャに授けられるはずのアイテム『勇者の証』がない!
そう言えば、ゲームの中で乗馬のチュートリアルが始まる前に、馬の群れが『勇者の証』の光に導かれて勇者の周りに集まってくるイベントシーンがあったはずだ。
本来勇者であるアイシャに渡されるはずの『勇者の証』は、現在魔王イースターエッグが持っている。
アイテムを持っていないことで整合性が取れず、イベントが始まらないからいつまで経っても馬が捕獲可能にならなかったんだ。
そうか。おかしかったのは馬ではなく、俺たちの方だったということか。
それに気付いた俺は、蚊の姿をしているというのに、俺の額からダラダラと冷や汗が流れ出るのを感じた。
「ど、どうしよ……」
その時だ。
突然、地面から大量の炎が湧き上がり辺りを包み込む。
「え、何? 何が起きたのっ!?」
「まさか、敵襲?」
慌ててアイシャとククリが身構える。
だがそこに現れたのはモンスターではなく、炎のように燃えるようなたてがみを携えた赤毛の馬であった。
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