41話 新たなる旅立ち
熱い。
深く閉ざされた意識の中で全身が焼けるような熱さに包まれる。
黒い炎が身体中に燃え上がり火達磨となった俺は、真っ暗な空間をただ一人で彷徨い続けていた。
苦しい、苦しい、苦しい。ずいぶんと長い時間が経過したように思える。
こんな苦しみが永遠に続くのなら、いっそのこと俺を地獄へと連れて行ってくれればいいのに……。
心の中でそう考えていると目の前にぼんやりと朧げな人影が現れた。
よく見るとそれはキリリンの背中で闇の中をゆっくりと歩いている。
「キリリン! 生きていたのか!?」
俺がそう叫んでも彼女はこちらを降り向こうとはせず、ただひたすらに歩みを進めていた。
「待ってくれ、キリリン! 俺も一緒に行く。連れて行ってくれ!」
そう言いながらキリリンの後ろで何度も喚き散らしても、彼女は俺の方を見向きもしない。
とうとう痺れを切らした俺は、彼女の肩をおもむろに掴んで引き留めた。
「キリリンっ!」
するとキリリンは振り向きながらも、そのまま後ろ回し蹴りを俺の腹に放った。
「うごぉっ!」
俺は火達磨のままその場にもんどりを打って倒れると彼女の足元に手を伸ばした。
「な、なにすんだ、キリリン……」
すると目の前のキリリンは俺の手をおもむろに踏みつけると、仁王立ちしながら俺のことを見下ろしていた。
『貴様はこっちに来るな!』
「な、なんでだよ、お前一人で行くなんて寂しいじゃないか。俺はお前と一緒に行きたいんだよ……。連れて行ってくれよ、なぁ?」
そんな俺にキリリンは侮蔑混じりの視線を向けて重々しくため息をついた。
『見損なったぞ。貴様にはまだやるべきことが残されているだろう?』
「やるべきことってなんだよ……。もう疲れたよ。俺は元々さ、別に世界を救いたいとかそんなこと思ってなかったし」
するとキリリンは優しく俺の身体を抱きかかえると、自分の豊満な胸元に俺の顔を埋めさせ、頬を俺の頭に当てて囁いた。
『弱音を吐くな。それでも妾の主か? 貴様がやるべきことなど、決まっているだろう』
「え……?」
キリリンに抱きしめられると、今まで感じていた焼き付けるような苦しみが、嘘のように消えていくのを感じた。
『────たすけて』
そして俺の頭の中で
『貴様との血盟の契りはまだ続いている。つまり妾の魂はまだこの世に繋がれているのだ』
「……」
俺は頭を上げてキリリンの顔を見つめる。
そこには涙で濡れた悲しい少女の笑顔があった。
『妾が貴様を連れていくことはできない。だから、貴様が妾をここから連れ出してほしい……』
するとキリリンの身体は美しい花びらとなって散っていき、俺の指の隙間をすり抜けていく。
「待て! 待ってくれっ!」
暗闇の中を一陣の風が吹くと、満面の花びらが光となって辺りを照らし出す。
『妾はいつまでも待っている……。貴様がここから救い出してくれることを』
優しい光に包まれながらも、俺は暗闇の霧に閉ざされていた空間が一気に晴れ渡るのを感じていた。
『そして忘れないでくれ。妾は常に貴様の傍にいる……』
──
「ここは……」
「よかった目が覚めたんだね!」
「トウリ様!」
「旦那っ!」
目を覚ますと視界にアイシャとクリスタ、ゼルの顔が入る。
傍にはシスターが俺の身体に回復魔法をかけているのが見えた。
辺りを見回すと、そこはエターニア王国の礼拝堂であった。
「痛てて……」
動こうとすると身体中に鈍い痛みが走る。
妙に身体が重いな……。
ん? 身体?
俺は自分の顔を撫で回すと、目と鼻や口があることに気がついた。
もしかして俺はまだ人間の身体から蚊に戻っていないのか。
そして右腕を上げようとするのだが、動こうとしない。
いや、そもそも右腕は肩から下が存在していなかった。
そういえばイースターエッグとの戦いの時に失ったんだっけ……。
「それにしても旦那まで死んでしまったらどうしようかと思いやしたよ……」
ゼルは俺の姿をまじまじと見つめてそうため息を付いた。
混濁した意識が次第にはっきりとしていく中、キリリンが死んでしまった事実を思い出した途端、深い悲しみが胸の中に押し寄せてくる。
「そうだ、キリリンは……。キリリンはどこに?」
俺が呻くようにキリリンのことを聞くとみんな悲しみに満ちた表情で顔を伏せる。
「キリリン様は、あちらに……」
クリスタは女神像の麓を指し示すと、そこには棺が置かれてあった。
俺はシスターにもう大丈夫だと回復魔法の使用をやめさせて、身体を起こそうとするが軋むような痛みで思わずよろめいてしまう。
「旦那、肩を貸しやすぜ」
「ああ、ありがとうゼル」
ゼルの力を借りて棺へと向かうと、その中にキリリンの遺体が綺麗に整えられた状態で横たわっているのが見える。
キリリンの頬に優しく触れると、冷たい感触が指を伝って感じられた。
彼女の表情はまるでまだ生きているかのように安らかで、俺にはまだキリリンが死んでしまったという実感が湧いていなかった。
『────そして忘れないでくれ。妾は常に貴様の傍にいる……』
夢の中での会話がふと頭をよぎる。
そうだ、まだ終わりじゃない。
彼女と俺はまだつながっている。
「そういえばクリスタ、前に『蘇生魔法』を使える者はこの世にいない、とか言っていたな」
「え、ええ……。各国からも情報を得ましたが、『蘇生魔法』は伝説のみでしか存在しないもので、この地上でその魔法を使える人間はいないと聞いております」
クリスタの言葉を聞いて俺は深く思慮を巡らせる。
『蘇生魔法』は実装されているが使用できないのは確かだ。
俺が蚊の姿から人間の姿に戻ったことにより、封印されたスキルが全て解放されているはずなのにも関わらず、依然として『蘇生魔法』が使用可能になっていないから間違いない。
伝説にだけ存在する魔法。
つまりそれは先代勇者とキリリンとが戦った時代にはあったのだろう。
その仮定が正しいとするならば、かつて先代勇者であったイースターエッグがキリリンを倒し、何かのきっかけで異端なる力を手に入れ、それを使って『蘇生魔法』に不具合をもたらした可能性がある。
『──私も異端なる力も元々は隠された世界で生まれたもので、私はそれを単に利用しているにしかすぎない。だから私もその力も誰かにイースターエッグなんだよ』
イースターエッグはたしかそう言っていた。
誰かに仕組まれていたこと、という部分が気になってはいるが、この世界がおかしくなっているのはイースターエッグが関わっているのは間違いない。
もちろん奴を倒せば全てが元通りになる確証はない。
だが俺にはまだキリリンとの血盟の絆が失われていないことを今でも感じることができるのが、まだキリリンを蘇らせることができるように思えてならなかった。
もしシステム的にキリリンを蘇らせることができなくなれば、おそらく血盟の絆は失われてしまうだろう。
俺はスキル一覧のHUDを開くと、凄まじい量のスキルがリストに並んでいるのを眺めた。
イースターエッグと俺のと実力の差。
一つは俺自身が俺自身が自分の力を使いこなせていないことにある。
それからもう一つ。それは奴にダメージを与えるための決定的な方法がないことだ。
だが奴を倒す方法は必ずある。
その証拠に奴はまだこの世界を破壊しきれていない。
つまりはこの世界のどこかに奴の力が及ばない何かがあるはずなのだ。
俺はこれからそれを探しに行く。
「『時空凍結魔法』」
俺は解放されたスキルからある魔法を確認すると、それをキリリンに対して発動させた。
するとキリリンの身体は棺ごとクリスタルのような透明な結晶に封じ込められ、続けて『転送魔法』を唱えると棺が目の前から消失する。
転送先はキリリンと俺が最初に会った場所、ヤータ・マケハの城だ。
「トウリ! 一体何を……」
アイシャは俺が突然取った行動に、戸惑いの声を上げた。
「キリリンは俺が生き返らせる」
「え!?」
「そんなことが可能なのですか?」
「ああ。おそらくだが『蘇生魔法』が使えなくなったのはイースターエッグのせいだ。奴を倒せばキリリンだけじゃなく他の者も生き返らせることができるだろう。ただし遺体が残されていればの話だがな。だからこうして劣化しないように魔法をかけた」
「まぁ、そうなのですね!」
クリスタは自分の民の命を救えると考えたのか、希望に満ちた明るい笑顔を浮かべる。
「そうだ、俺にはまだやれることがあるんだ! いつまでもうじうじしていられるか……ってぐっ、ぐあああああああああああああっ!!」
「どうしたの、トウリっ!?」
そう心に決めた瞬間、全身が溶けるような痛みが突然駆け巡り、俺は思わずうずくまった。
この感じ、まさかアレなのか!? また俺は惨めな蚊に戻ってしまうのか!?
ちくしょう、今度こそずっと人間でいられると思っていたのに……。
しばらく激痛に耐えて唸りを上げていると、急にその苦痛が嘘のように引いていき、爽やかな解放感が心を満たしていく。
「あ……」
ぽんっ!
まるでポップコーンの実が弾けるような破裂音が聞こえると、俺は人間から再び小さな蚊の姿に戻ってしまっていた。
「ええ……と」
気まずい沈黙がみんなの間で流れる。
「ぷっ、あははは……」
その緊張に耐えきれなくなったのかアイシャが吹き出しながら笑いはじめた。
「ご、ごめん、笑っちゃって。けど……あはははっ!」
どうやらアイシャは笑いのツボに入ってしまったらしい。
とうとうお腹を抱えて涙を流しながら笑い始めた。
「やっぱ、旦那はこっちの姿のほうが落ち着きやすねぇ」
そうなのね……。
どうやら『隔世輪廻』は効果時間があるようだ。
どうにか解放する能力に制限をかけるとかで効果時間を伸ばすことはできないだろうか。
いずれにせよ、このスキルに関しては検証する必要があるようだ。
そんなことをぷ〜んと飛び回りながら考えると、ふとみんなに話をしておかなければならないことに気が留まり、俺はゼルとアイシャに話しかける。
「あのさ、こんな姿で話すのもなんだけど改めてみんなに頼みたいことがあるんだ」
「なんですかい? 改まって」
「これからイースターエッグを倒す旅に出ようと思う。危険な旅になるだろうけど、できればアイシャとゼル、それにシスターにも付いてきてほしいんだ」
俺はこの通り蚊の姿をしているので、旅を続けるにはどうしても不都合が出てくる。
しかもイースターエッグの居場所のヒントは、今のところあのラストダンジョンしかないのだ。
正しいストーリーを辿ってそこに向かうのならこの二人は不可欠になるだろう。
とは言えイースターエッグの力はまだ未知数だし、奴も配下を多く従えているのでパーティ自体の強化も必要になってくる。
だがさっきの戦闘でイースターエッグの圧倒的な力を見て、心が打ちのめされているかもしれない。
はたしてこの二人が快諾してくれるかどうか、俺は不安に思っていた。
「今更何言ってるの、トウリ! 一緒に行くに決まっているでしょう。私だってイースターエッグのこと許せないんだから! 奴を倒してキリリンを生き返らそうよ!」
「旦那とキリリンの姉御にはオルサを救ってくれた恩義がありまさぁ。それに俺はアイシャの保護者なんで、ほっとく訳にはいかないってね!」
アイシャとゼルは顔を見合わせて朗らかな笑顔を見せながら答えた。
二人の横でシスターも無表情ながら何度も頷いている。
「ありがとう、みんな……」
俺はみんなの気持ちを聞いて、胸の奥底から勇気が湧いてきた。
「もちろん、私もできる限りのサポートをさせていただきます! それでどうでしょう、回復のためにもしばらく城で休まれては……」
手を叩きながらクリスタが提案する中、礼拝堂の外が兵士の声で騒がしくなってきた。
「いたわ! みんなここよ!」
入り口付近で声を上げたのはソアラであった。
どうやら彼女は今更ながらに兵士を呼んで来たらしい。
「ソアラ、無事だったのですね!」
クリスタが喜びの声を上げるのもつかの間、ソアラは汚いものを見つめるような視線を送り、信じられない言葉を放った。
「国家の反逆者、クリスタを捕らえろ!」
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