4話 異端なる転生
再び訪れた暗闇の中で、体が縮むように小さくなっていくのを感じ、自分の意識もまたゆっくりと消え始めた。
──そしてどれだけの時間が流れただろうか。
俺は不意に自分の意識がまだ存在しているのに気づいた。
周囲はぼんやりとした光が降り注いでおり、自分の体が薄い膜のような何かに包まれているのを感じる。
体を包んでいる膜がどうも窮屈だったのだが、ペリっとわずかな音と共に膜が破れ始める。
うんしょ、うんしょと膜を脱ぎ捨てると、自分の体がなにやら赤い液体の水面にプカプカと浮かんでいるのが分かった。
視界の中にピコンとゲームのメッセージウィンドウのようなものが浮かび上がり、「幼虫に進化しました」という文字が表示される。
あ、あれ……? これはどういうことだ。幼虫? 幼虫だと? 俺の体は今どうなっている……。
そう言えば自分の米粒より小さな体から、僅かながら生命の気配を感じることができた。
俺は望み通り墓の中で死んだはずではなかったのか。
ぼんやりとする意識の中で、僅かな焦りを感じて赤い水面でちょこまかと慌てふためいた。
そしてちょうど慌てふためくのもいい加減飽きてきた頃だ。
栄養が、栄養が足りない、と不意にこの世界に生まれて初めての生理的欲求が込み上げてきた。
堪らず自分の体を浮かべている赤い液体を飲み始めると、不思議と飢えへの感覚は和らいでいった。
空腹が満たされたのもつかの間、今度は酷い眠気が自分の意識にのしかかってきて、視界に「サナギモードに移行します」とメッセージウィンドウが浮かび上がり、それを最後に再び俺の意識は深い闇の中に沈んで行った。
──……。
……い。
あつ……い……。
熱いっ!
うだるような暑さと先程とは比較にならないほどの窮屈感に俺は眼を覚ました。
体が火がついたように熱い! 俺の体に一体何が起きているんだ!?
そしてなんだこれは。体を締め付けている殻のようなもの。
頭の辺りがもう無理だ。圧迫感がハンパない。
あまりの苦しさに、躍起になって頭を壁に押し付けると、メリメリと音を立てながら殻が裂け始めた。
これは行ける、これで出られるぞ!
俺は必死になって頭を壁に擦りつけると、メリメリ、メリメリと裂け目が拡がっていく。
「ぷはぁっ!」
ようやく頭が殻から解放され、思わず声を上げた。
しかしまだ体が殻によって縛られていて苦しくて仕方がない。
もう一踏ん張りだ。身悶えながら殻からの脱出を試みた。
「うんんんんんんんんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
あと少し、あと少しで出られる!
俺は全身の力を振りしぼってもがくように身をよじった。
「ふぐうううううううううううううんんんんんんんんんんんんっ!!」
もう少し、もう少しで出られるぞっ!
「んんんんんんんんんんんんんんんああああああああああああっ!!!」
キュポン!
半分ほど体が殻から出ると、あとはあっけなく全身が殻から抜け出すことができ、これまでに感じたことがないような開放感に包まれた。
さっきまでの熱も嘘のように引いていくのを感じる。
「や、やっと出られた……」
視界には例によって「成虫に進化しました」と書かれたメッセージウィンドウが表示され、しばらくするとすうっとフェードアウトしていった。
成虫?
俺は全身に神経を巡らせて自分の体に起きている状況を把握した。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は体の節々を動かし、赤い水面に映る自分の体をまじまじと観察した。
自分の姿はどう考えても虫だ。虫ケラだ。
体からへの字に曲がった足が6本生えてるし、背中からは羽が生えているし。
試しに羽を広げ、はばたかせて飛んでみた。
ぷ〜ん、と腑抜けた音を出しながら体が宙に浮かんだ。
で?
何がどうなってこんな姿になってしまったんだ……。
あの時の女神は俺を最強人間として転生させるって言ってたよな。
あれ?
蚊になってしまったのかさっきまでの記憶がまるで夢のように朧げになってきている。
あれはただの夢でしかなかったのか……。
グルグルと色んな考えを巡らせていると、ザザッと目の前にノイズが走り、宙に女神の姿らしき影が浮かんだ。
「……ウリ、聞こ……る?」
ってかデケェ! あのちんちくりんの女神が巨人のようにデカい! ……いや、俺が小さくなってしまったのか。
「ナ、ナーシャか? おいこれは、俺の姿は、一体どうなってるんだ?」
「ご……めん、転生……失敗……みた……い。多分……アイツの……せい」
俺は現れたナーシャの影に向かってそう叫んでみたものの、彼女の声はまるで途切れ途切れでなかなか聞き取ることができない。
「なんだって? よく聞こえないぞ」
「ここも……アイツに……狙われ……」
女神ナーシャは必死に俺に何かを言い残そうとしているが、その声は荒々しいノイズにかき消されてうまく聞き取ることができない。
「お……がい、アイカを……探し……」
「おい、ナーシャ! おい!」
ブツン!
ノイズはさらに酷くなって、遂にはナーシャの影自体が音を立てて消えてなくなっていた。
「一体どうしろと言うんだ……?」
取り残された俺はここがどこかもわからない場所でただ唖然と飛び続けるしかなかった。