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39話 イースターエッグ

 重苦しい緊張感に包まれながらも、俺は目の前にいる異様な存在を見つめていた。


 イースターエッグ?


 そんな名前のキャラがいるなんて聞いたことがない。


 顔立ちは以前キリリンの回想の中で見た勇者とそっくりな少女であった。


 そういえば公表されていない資料でも見た記憶がある。


 ただしその出で立ちは、かつて見た聖なるイメージとはかけ離れ、漆黒の装備を身にまとい、禍々しいオーラを放っている。


「その『勇者の証(ブレイブハート)』はかつて我が王家に伝わりし秘宝! なぜあなたがそれを持っているのですか!?」


 クリスタはイースターエッグの頭に、青い宝玉のサークレットが戴いているのを見て動揺を隠せない。


「……なぜ? その理由はお前が一番わかっているんじゃないのか? なあ、キスリル・リリラル・リリスヴェリリオン」


 勇者が魔王を討伐した時に『勇者の証(ブレイブハート)』は自動的に女神像に転送される、とクリスタは言っていた。


 だが先代の勇者と当時魔王であったキリリンとの間では、決着がついていたはずだ。


 キリリンは厳しい視線をイースターエッグに返す。 


「一体なんのマネだ? 勇者よ」


「かつてお前と戦った時に、お前の力を吸収したのだ。魔王としての力を。だから私はもう勇者ではないしお前もまたこの世界の魔王ではなく、ただの魔族にすぎないのだ」


「貴様っ! 妾からあの時魔王としての力を盗んだとでもいうのかっ!?」


 それを聞いてみんなの間でどよめきが走る。


 キリリンが元魔王であったことに、戸惑っているのだろう。


「そうだ。この異端なる力を使ってお前の力だけでなく役割(ロール)そのものを手に入れた」


 それを聞いてようやく腑に落ちた。


 つまり『勇者の証(ブレイブハート)』が女神像に戻らなかった理由は、先代の勇者が魔王の力を取り込んでしまったことにあるわけか。


 だが魔王の力を取り込んだという異端なる力とは……。


「まさかこの世界が異端(バグ)に犯されているのはお前のせいなのか?」


 かつて俺が転生した時に出会った女神ナーシャは俺にこう言った。


 愛架が不完全な形で転生してから、この世界がめちゃくちゃになったのだと。


 そう聞いたから愛架が異端(バグ)を生み出しているのだと思っていた。


 だがそれはどうやら思い違いなのかもしれない。


「お前、蚊、なのか? この気配……。いや、そうかなるほどな。お前も、ククククク……」


「お、おおお、俺が蚊なのは関係ないだろっ!」


 不適に薄気味悪い笑いを浮かべるイースターエッグに、俺は必死で抗議の声を上げる。


「いや、失礼。その通りだ。と、言いたいところだが、私も異端なる力も元々は隠された世界で生まれたもので、私はそれを単に利用しているにしかすぎない。だから私もその力も誰かにイースターエッグ(仕組まれていたこと)なんだよ」


「仕組まれた? 誰がなんのために?」


「それに答えるつもりはない。ただ私は生まれてくることができなかった世界を復活させるためにこの世界を破壊する。ただそれだけの存在だ」


 そう言い放つと、イースターエッグは右手を掲げパチンと指を鳴らした。


 すると聖なる雰囲気に包まれていた礼拝堂、いやここにある空間そのものが一瞬のうちに消し飛んで、一気に禍々しい気配に満ちた空間へと化した。


 薄暗い廃墟。


 壁や柱などは赤黒い血脈のようなものが走り、ドクンドクンと蠢いている。


「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!!!!」


 地鳴りのように辺り一面モンスターの唸り声が響き渡る。


 いつの間にか俺たちの周りはモンスターの軍勢によって取り囲まれていた。


 その数はざっと見積もっても幾万体はあるだろう。


 よく見るとそれらはただのモンスターではない。この世界のモンスターのパーツをバラバラにして強引に継ぎ接ぎで組み合わされ、全身から腕や足、触手が大量に生えていたり、不自然な場所から目玉がいくつも飛び出ていたりしている。


 これらが人為的にデザインされたものだとしたら、それは正気の沙汰ではない。


 地獄というものが存在するなら、まさにここがそうなのだろう。


 『異端審問(アドミンズセンス)』を使わずとも、身体の表面をヒリヒリと焼き付けるような感覚だけでわかる。


 きっとこのモンスターたちは全部異端(バグ)に犯されているのだ。


 このモンスター全てに『異端審問(アドミンズセンス)』をかけるとなると魔力がいくらあっても足りない。


 いやたとえ魔力が無尽蔵にあったとしても、その後に顕現する異端(バグ)モンスターと戦うのはどう考えても現実的でないだろう。


 俺はただただ今置かれている状況に戦慄を覚えた。


「どうだ! 魔王の力と異端(バグ)の力を組み合わせれば、こんな芸当(レベルデザイン)も可能なのだ!」  


「下賤者め……」


 キリリンが吐き捨てるように呟くとイースターエッグは悪魔のような高笑いを上げた。


 モンスターたちはまるでご馳走を前にした猛獣のように舌舐めずりをし、主人からの許可を待ち構えている。


 しかしこの場所の風景、俺には見覚えがある。


 そうだ、思い出した。


 ここはラストダンジョンの中であり、ラスボスである破壊神との決戦の場だ。


 という事は俺たちは全くの異次元に連れてこられたわけではなくて、ラストダンジョンまで空間移動をさせられたわけか。


 しかしこの場所にいるはずの破壊神がいるはずなのだが、その気配は周りのモンスターからは感じない。


「おいっ! ここにいるはずの破壊神はどこにいった!?」


 俺がそう叫ぶとイースターエッグは高笑いを止めて、首を傾げて見せる。


「破壊神? それはこいつのことか?」


 イースターエッグはもう一度指を鳴らすと、奴のはるか背後の上空に一筋の切り目が走り、パックリと空間の裂け目が開く。


 そしてその穴から巨大な隕石のような物体が落ちてきた。


 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!


 その物体は、二本の角をあしらった黒い兜を被った巨大なガイコツで、ゲームのラスボスと設定されていた破壊神の首であった。


「!!!!」


「この世界を一瞬で破壊する力を持っていると聞いていたのだが、あまりの弱さに拍子抜けしてしまったよ」


 どうりでクリスタから破壊神の話を聞かないはずだ。


 すでにこの世界のラスボスはイースターエッグによって葬られていたのだ。


「そういえば、蚊よ……」


 イースターエッグは冷徹な視線を俺に向けてくる。


「お前は私の力を暴いたな……。私はたとえ蚊のように小さな不安要素でも潰しておく主義でね。お前が何者かは大変興味があるが、今ここで死んでもらうことにした。悪く思わないでくれ」


「な、なにっ!?」


 スパウゥゥゥンッ!


 イースターエッグの右手から黒く燃え上がる光が見えた瞬間、弾けるような衝撃とともに俺に向けて射出される。


「トウリっ!」


 ズンッ!


 黒い光がキリリンの内臓をえぐる。


 キリリンが痺れた身体をバランスをわざと崩して、俺の前へと立ちふさがるように倒れ込んだからだ。


「かはぁっ!」


 キリリンの口から大量の血液が溢れ出す。


「キスリル・リリラル・リリスヴェリリオン。同じような境遇のよしみで生かしておいてやったが、残念だよ」


 そうつぶやくように言うとイースターエッグは黒い光を次々と生み出し、キリリンに向けて同時に射出する。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 キリリンの身体が複数の光に貫かれそうになる瞬間、頭の中で何かが弾け飛び、記憶や思考が暴走し早送りで頭の中をよぎる中、俺は無意識のうちにあるスキルを発動させていた。


「『隔世輪廻リーインデグレーション』っ!!」


 俺の瞬時に人間の身体を取り戻し、雷鳴の如きスピードでキリリンの前に躍り出る。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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