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38話 勇者覚醒

「ゼル、でしかした!」


 俺は心からゼルの勇敢な攻撃に称賛の声を上げた。


「ギギギギギギギ!!!!!」


 喉元にシーフダガーが深々と突き刺さり、魔法を詠唱することも叶わずアマリアは声にならない苦痛の雄叫びを上げる。


「離してたまるかってんだっ!」


 なんとか振り落とそうと苦しみ悶えながら身を捩らせるが、ゼルは足や腕をがっちりと固定させて力を緩める気配はない。


 その様子に形振りかまっていられないと感じたのか、アマリアは激しく羽をばたつかせながら更に急上昇する。


「な、ななな、なんだ、なんだ……?」


 急に変化する高さに、ゼルは戸惑いを隠せない。


 ズドドドンッ!


「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 アマリアは暴走し、高速で自分の身体をゼルごと天井や床、壁に打ち付けて無理やり引き剥がそうとする。


 ゼルは絶叫を上げながら振り回されるが、激しい衝撃と慣性に耐えきれずついに身体をアマリアから離してしまった。


 空中に放り出されるゼルは床に激しく打ち付けられ、手にしていたシーフダガーが回転しながらこぼれ落ちる。


「がはぁっ!」


 内蔵をやられたのか、ゼルは吐血しながらひゅーひゅーと息を吐き出した。


 かろうじて一命はとりとめたようだが危険な状態だ。


「ゼルっ!」


「シスター、ゼルに回復魔法をかけろっ!」


 もんどり打って倒れるゼルのところにアイシャとシスターが駆け寄った。


「ゼル、ゼル、ゼル……」


 シスターが回復魔法を行う中、アイシャはゼルの名を呼びながらと涙を流す。


「ア、イ……シャ……」


 ゼルは朧気な意識の中、アイシャに向けて腕を震わせながら上げて見せるが、途中で力尽きて落としてしまう。


「なんで……」


 無残な姿となってしまったゼルを前にして、アイシャは弱気な言葉を漏らした。


「なんで、ゼルがこんなひどい目に……」


 ポツリと大粒の涙がゼルの手にこぼれ落ちる。


「なんで、人を守れる勇気が、私にはないの……」


「アイシャ……」


 俺はアイシャを見つめながら、何もできない不甲斐なさを噛み締めた。


 あれ……?


 アイシャの全身に異端(バグ)であることを指し示す、赤いグリッドが全身張り巡らされているのが見える。


 そういえばさっきアマリアに『異端審問(アドミンズセンス)』をかけようとして、その発動準備の解除していなかった。


 ひょっとするとアイシャは異端(バグ)に侵されているのか?


 敵意というか、何というか、とにかく俺にはそれを察知できる感覚がある程度備わっている。


 だが、アイシャからは異端(バグ)に侵されているような奇妙な違和感を感じることができない。


 ということはアイシャに影響を与えている異端(バグ)は、これまで渡り合ってきたそれとは、全く異質な存在である可能性がある。


 そもそもアイシャはこの世界における主人公、勇者という設定を元に作られたキャラクターだった。


 だが今のアイシャは勇者と呼ぶには程遠く、何の力を持たない普通の少女だ。


 世界を救うほどの宿命を背負っているとは到底思えない。


 もしアイシャに『異端審問(アドミンズセンス)』をかければ、彼女は本当の力を取り戻すことができるのだろうか。


「トウリ、ボサっとするな! 次の攻撃がくるぞ!」


「しまった!」


 キリリンに叱責され、俺は慌てて上空に目を向ける。


 するとそこにはアマリアがぜぇぜぇと息を喉笛から漏らせながら、巨大な下腹部をゼルに向けていて、無数の針をショットガンのように乱射していた。


「くそうっ!」


 キリリンはアマリアとゼルの間に割って入り、アマリアの攻撃を一身で受け止めた。


「ぐううううっ!!」


「キリリンっ!」


 キリリンはアマリアが射出した杭状の針を剣で叩き落とそうとするが、何本か足や肩に突き刺さる。


 俺の判断が遅れたせいで、キリリンに傷を負わせてしまった。


 だが今の俺にはどうすることもできない。

 

 今の俺に? 本当にそうか?


 俺にできることは最初から異端(バグ)を直すことしかできなかったではないか。


 そう考えているうちにアマリアは次の攻撃に移ろうとしている。


「身体が痺れて、思うように動かん……」


 あの針には神経毒が仕込まれているのか、キリリンはその場でうずくまったまま動くことができない。


 もうくよくよと悩んでいる暇はない。


 ……鬼が出るか蛇が出るか。


 俺にできること、俺にしかできないことは最初から決まっている。


 それは、


「『異端審問(アドミンズセンス)』!」


 改めて俺はアイシャに向かって『異端審問(アドミンズセンス)』を発動させた。


「かはぁっ!」


 するとアイシャの身体がビクンと跳ね上がり、天空に向けられた両目、口、鼻、耳からはドロドロと黒い液体がとめどなく溢れ出てくる。


 粘着性のあるその液体は、ずるりとアイシャの身体から抜け落ちて床に漆黒の巨大な水たまりを作った。


 その途端にアイシャの身体に力が満ち始めるのを感じ、アイシャの顔つきが勇敢なものへと変わる。


「ギギギギギギ!」


 危機を察知したのか、アマリアはすぐさま攻撃体制に移り、自分の下腹部に備わった巨大な針をアイシャに向けた。


「はぁっ!」


 小さく息を発して、アイシャは素早く床に落ちたシーフダガーを拾い上げ力を込める。


 呟きと共に握り締めたシーフダガーから勢い良く光の力がいくつも噴出し、すぐに収束し一つの長い刃となって現れ、さっきまでただの粗末で短いダガーだったものが神話に出てくる剣のように黄金の光を放つ。


 アマリアもまた下腹部に備わった巨大な針を伸ばし、アイシャ目掛けて急降下してくる。


 それと同時にアイシャはダガーの柄を逆手に持ち、槍を投擲するような素振りで上空に向けて腕を振り下ろした。


「『栄光よ(ヴァルグローリア)』!」


 一筋の光が弾けるようにダガーの刃から離れて迫り来るアマリアの身体を貫いた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!」


 刹那、辺りは太陽のような温かな光で満ち溢れ、アマリアの全身が灰を吹き散らすように空中で消滅してく。


 轟音と共に放たれた光の刃は収まりを見せ、視界もやがてはっきりとし始める。


「す、すげぇ……」


 俺は思わず感嘆の声を上げる。


 礼拝堂はさっきまでの不吉な気配も嘘のようにかき消され、聖なる雰囲気に辺りは包まれていた。


 アマリアの姿はもはや原型を残すことなく消し飛び、礼拝堂の屋根も消し飛んでそこから大きな月が姿をのぞかせている。


 天井から注がれる月の光を浴びながらアイシャは静かに空を見上げていて、その姿は勇者と呼ぶのにふさわしい威厳を持ち合わせていた。


「あ、あなたが……」


 床に座り込んでいたクリスタは、アイシャの神々しい姿をみて小さく呟いた。


「アイシャ様、あなたが女神によりこの地に遣わされた勇者だったのですね……」


 クリスタは安らぎに笑みを浮かべながらアイシャの手を取る。


 クリスタの言葉にしばらく呆然と立ち尽くしていたアイシャであったが、我を取り戻して両手を慌ただしく振りながら顔を赤らめた。


「ちが、違います! 私勇者なんかじゃありませんっ!」


 それを見てクリスタはゆっくりと首を振りながら諭すように、アイシャの手を首元に寄せた。


「いいえ……。あの技は伝承に聞く『栄光よ(ヴァルグローリア)』。伝承によるとあれは勇者のみが使える力なのです。アイシャ様がこの世界を救う勇者に間違いありません」


「私が、勇者……?」


「ええ」


 ゆっくりと噛み締めるように呟くアイシャに、クリスタがにっこりと微笑みかける。


「なんだか全く実感が湧かないよ。私は何をすればいいの?」


「この世界に現れた魔王を倒して欲しいのです。そしてこの世界に平和をもたらしてください」


「ま、魔王? 平和? なんだか急に話が大きくなりすぎて心がついてこれないんだけど……」


 そうたじろぐアイシャであったが、クリスタはまっすぐクリスタの目を見てこういった。


「戸惑われるのも仕方ありません。詳しいお話は後ほどお聞かせいたします。ですが事は一刻を争うのです。アイシャ様、どうか我らにお力をお貸しくださいませ」


「そ、そんなことを言われても……」


「そうだ! クリスタ、アイシャにアイテム『勇者の証(ブレイブハート)』を渡してもらえないか? それがあればアイシャは勇者としての自覚が芽生えると思うんだ」


 俺がそう提案するとクリスタは一様に顔を曇らしうろたえた。


「どこでそれを? 『勇者の証(ブレイブハート)』の存在は伝承から抹消されたはずなのに……」


 どうしてって、それはかつて俺がこのゲームを作った人間の一人だったから、というわけにはいかないか。


 というかこの気まずい反応は何なのだろうか。


 もしかして俺、なにか地雷を踏んだ?


「そ、それは俺の生まれたところでは、『勇者の証(ブレイブハート)』のことは伝承に残ってるんだよ」


 まぁ、嘘は言ってないよな。


「? そうでしたか……」


 適当なことを言って取り繕う俺に、クリスタは疑いの目を向けるがとりあえずは信じてもらえたようだった。


 俺、蚊でよかった〜。


 もし俺が人間だったらキョドっているのが丸わかりだからな。


「『勇者の証(ブレイブハート)』はここにはありません」


「え?」


 クリスタの意外な言葉に俺は言葉を詰まらせた。


 ない、だと?


 そ、それは困る!


 『勇者の証(ブレイブハート)』は伝説の剣を手に入れるために必要なアイテムだ。


 その剣でなければボスを倒すことができない設定になっているので、いずれゲームは詰んでしまうことになる。


「な、なんで……ないの?」


「勇者が使命を果たしたとき、つまり魔王討伐に成功したときに、自動的にこの女神像の手に転送されるのですが、先代の勇者がかつての魔王を倒しても『勇者の証(ブレイブハート)』は戻ってこなかったのです……」


 そういえばこの礼拝堂にある女神像の左手には、本当なら『勇者の証(ブレイブハート)』が収められているはずなのにどこにも見当たらない。


 ってそりゃそうだ! だって前回魔王だったキリリンはこうしてピンピンしているからな!


 思わずキリリンの方に視線を向けるが、当の本人は相変わらずのキョトン顔で首を傾げている。


「だ、旦那! こ、こここ、これを見てくだせぇ! なんかヤバイ感じですぜ!」


「なんだよ、ゼル。今大事なことを話しているところなのに……」


 話の腰を折られて遺憾な気持ちを抱きながら振り向くと、アイシャの体内から溢れ出た黒い液体が大きな渦を巻いているのが見える。


 しまった……。完全に忘れていた。


 今までの経験から考えると、『異端審問(アドミンズセンス)』で引き剥がされた異端(バグ)異端(バグ)モンスターとして顕現するんだった!


 今回のバグはかなりクリティカルなものなので、きっと異端(バグ)モンスターはかなりの強敵に違いない。


 どんなモンスターが現れるのかと身構えていると、その黒い渦は次第に明確な形を成していく。


 ただし、それは巨大なモンスターではなく、()()としての形であった。


 そしてその頭部には青い宝珠であしらわれたサークレットが見える。


「あ、あの宝珠は……『勇者の証(ブレイブハート)』っ!!!」


 クリスタが悲鳴に近い声を上げる。


「貴様、あの時の勇者かっ!」


「勇者?」


 厳しい表情を浮かべながらキリリンがそう問いを投げかけると、黒い渦から生まれた人間は不敵な笑いをこぼす。


「勇者ではない……。私の名は魔王、魔王イースターエッグ。隠されし世界を取り戻すため、私はここにいる」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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