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37話 バックスタブ

 風魔法の至高者マライア。


 俺もその名を聞いたことがある。


 エターニア王国が擁する世界最強クラス実力を誇る魔導師が4人存在する。


 いや、今となってはソアラ1人を除き数日前に異端(バグ)モンスターに殺されてしまったので「存在していた」と言った方が正しいだろうか。


 彼らは四天魔導師と呼ばれ、実質エターニア王国の盤石な防御は彼らによるものであった。


 確かマライアは、かつて終末を呼ぶ物(トワイライトワン)という全てを無に帰す魔法を操る魔神が現れた時に、たった一人で討伐に向かって世界を救った英雄の一人だ。


 確かそのような設定だったはず。


 それがクリスタの目の前に、忌まわしい記憶と共に異端(バグ)モンスターとして現れたのだ。


「マライア、まさかあなたまで……」


 愕然と立ち尽くするクリスタにマライアはゆっくりと手を伸ばそうとする。


「させぬ!」


 すんでのところでキリリンが二人の間にまで割って入りマライアの腕を切り落とす。


 切り落とされた腕はあまりに呆気なく地に落ちるが、その瞬間に落ちた腕とマライアの全身が何匹もの蜂の大群にとなって霧散して、地面には法衣だけが残された。


 それを逃さなきようにキリリンが蜂の大群を恐るべきスピードで切り刻んでいくが、それを避けるように蜂達は礼拝堂に祀られている女神像の上へと集まっていく。


 そして城中に散らばっていた蜂も合流し始めてそれは巨大な黒い塊となり、ブブブブブ!と大音量で羽音を鳴らし始めた。


 その黒い塊は高速に回転し、ドクン、ドクンと心臓の鼓動のように脈動し始めるが、すぐに黒い塊は殻のように固まり、ピシピシと亀裂が走る。


「な、何がどうなってやがんだ……」


 余りに怪奇じみた出来事にゼルは手に持ったシーフダガーを震わせながら声を震わせた。


 俺も余りに強大な魔力が殻から漏れ出してくるのをひしひしと感じる。


「アアアアア、アアアアアアアアアア……」


 殻に大きな裂け目が生まれ、その中から黒ずんだ緑色に染まった人の顔が覗かせて不吉な呻き声を上げ始めた。


 裂け目はどんどん広がりを見せて、その陰から一つのおぞましい物体が姿を現して、ネチャァと粘液を滴らせている。


 包んでいた殻が完全に割れるとその物体の全容がはっきりと分かるようになっきて、その上半身はマライアの裸体で、その背中から透明に輝くな羽が生えおり脈のように張り巡らされた筋が何本も見える。


 そして下半身はずんぐりと膨らんだ巨大な腹だけが存在し、その先端には鋭い針が伸びていた。


 マライアの顔はかろうじて人間の形を残してはいるがその双眸は落ち窪んで無気味な光を放っており、そして額からは不気味な触覚が生えて何もない空間を探るように動かしている。


 これは単なる洗脳ではない。人間(NPU)異端(バグ)との融合体と言ったところだろうか、その魔力は宿り元である魔導師のそれを引き継いでいるのかもしれない。


 『異端審問(アドミンズセンス)』……っ!


 俺はとっさに頭の中でスキル名を強く思い受かべ、目の前の敵を睨めつける。


 だがポップアップウィンドウには「ターゲット対象外です」と表示されてスキルは発動しない。


 一瞬戸惑う俺であったが、先程の蜂の大群をキリリンが切り捨てていたのをみると、目の前の異端(バグ)モンスターは二日前に『異端審問(アドミンズセンス)』をかけたけれど、倒し損ねた蜂の生き残りに違いないのだろう。


 つまり、すでに奴には『異端審問(アドミンズセンス)』がかかって正体が現れた状態なのだ。


「マライア、ああ……」


 クリスタはかつて最も信頼においていた魔導師の一人である家臣の成れの果てを目の当たりにして、ただただ呆然と立ち尽くして見据える他なかった。


 マライアは激しく背中の羽を素早く羽ばたかせると、けたたましいほどの轟音が礼拝堂中に響き渡り、その場にいた全員がその場にうずくまった。


 ドンッ!


 その瞬間、激しい風圧が頭上を掠める。


 視線を女神像の上に戻すと、マライアの姿はそこに存在していなかった。


「う、後ろ!?」


 さっきまでの音が後ろから鳴り響いているのに気付き、アイシャがとっさに声を上げる。


 慌てて振り向くと、俺たちの背後、つまり礼拝堂の入り口の扉上空でマライアは不気味な羽音を立てながら飛んでいるのが見える。


「早い……」


 キリリンが思わず呟いた。


 あの一瞬でマライアは俺たちの頭上を移動したというのか。


 もしうずくまっていなかったら、ここにいる何人かはその衝撃で頭を吹き飛ばされていたかもしれない。


 そう考えるとゾッとする。


 キリリンはそんな驚異的なスピードに物怖じせず、素早くスライディングしながらアマリアの背後に回ると、そのままの勢いで垂直に立っている壁を忍者のように駆け上がり、壁を蹴って剣を振りかざした。


「はぁっ!」


 しかし剣がマライアの身体を斬り伏せようとした瞬間、たちまちその姿は消えて虚しく空を切り裂いた。


「なっ……」


 キリリンが身体を回転させながら地面に着地しようとしたところを、更に上方からマライアが巨大な針でキリリンの身体を串刺しにしようと急降下してくる。

 

「くそっ!」


 その攻撃を身を捩らせることだけでかろうじて躱すキリリンだが、マライアの攻撃はそれだけには留まらず、体内に取り込んだ蜂の大群の小さな針をズドドドドドドドドと大量に発射する。


 キリリンは持ち前の身軽さでバク転や宙返りを繰り出しながら、俺たちに流れ弾が当たらないように攻撃を避ける。


 まさかあの巨体に似合わず、マライアの動きはキリリンのスピードを上回るのか。


「シスター!」


 入り口扉付近にいるアイシャがハルバードを両手で掲げると、それをシスターに投げてよこす。


 おそらく礼拝堂の守衛を任されていた兵士が、蜂に身体を食い尽くされたせいで装備だけが転がっていたのだろう。


 投げられたハルバードは回転し、棒立ちしているシスターの足元で止まる。


 それを見て俺はシスターに大声で指示を出した。


「シスター、そのハルバードで敵を攻撃しろ!」


 それを聞いたシスターは、長いハルバードをいともたやすく片腕で拾い上げると、使い勝手を確かめるように、ビュンビュンと身体の左右で回転させながら武器をマライアに向け、そのまま突進していく。


 柄がしなるほどの剛力で繰り出されるシスターの攻撃は、無視できないほどのプレッシャーを与え、マライアは気がそちらに注がれる。


 もちろん、シスターには誰かとコンビネーションを合わせるといった芸当はできない。


 しかしそこはキリリンがシスターの動きによって生まれる死角を上手く活かしながら、わずかに生まれた隙を執拗についていく。


 それでもマライアの動きは化物じみていて、そんな二人の攻撃を驚異的なスピードで躱しながら無数の針を飛ばしてくる。

 

「貴様の動きは見切った!」


 キリリンはこれまでのマライアの動きをパターン化して予測を行い、奴が攻撃を避けた後の場所に予め移動することによって、イニシアティブをとった。


 しかしそれを悟ってかマライアは一気に急上昇する。


 わずかにキリリンの攻撃がマライアの身体をかすめるが、危うくキリリンとシスターは同士討ちになりそうになり、二人はお互いの攻撃を半身で交わして交錯する。


「ちっ……! あと少しで仕留められたものを」


 キリリンは忌々しそうに悪態を付きながら、女神像の顔のあたりで停空しているマライアを睨みつける。


 あの高さまで上昇されるとさすがのシスターも追撃できず攻撃の手を止めてしまい、その様子を見定めたマライアは、ゆっくりと両腕を掲げて呪文の詠唱をし始めた。

 

 魔法の詠唱が紡がれるごとに恐ろしいほどの魔力がマライアの周辺に集まっていき、建物の中だというのに強風が巻き起こって俺の身体はあっけなく吹き飛ばされる。


「な、なんだぁっ!?」


「いけません! あの魔法は『風喰魔法ストーミングマクロファージ』です! あの魔法を発動されると、この城はおろか、エターニア王国そのものを飲み込んでしまいます!」


「マジかよっ!」


 クリスタの言葉に俺は防風に揉まれながらも驚愕の声を上げる。  


 しかし今の俺にはどうすることもできない。


 もう手を打ちようは残されていないのか……。

 

「この時を待っていたんでさぁっ!」


 礼拝堂中にゼルの調子のいい声が響き渡る。


 マライアは詠唱を中断し背後にある女神像の方に振り向いた。


 すると女神像の頭の陰に潜んでいたゼルが勢いよく飛び出して、マライアの首元にシーフダガーを全体重を乗せて突き立てた。


「へへへ、台風の目ってやつですかい? 渦の中心は強風が吹かないってね!」


 ゼルの見事な不意打ち(バックスタブ)が決まり、マライアは空中でその身体を大きくのけぞらせた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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