35話 宴の果てに
「うわぁ、す、すごい……」
アイシャが思わず声を漏らす。
城の中に入るとそこはまるで宮殿のように絢爛豪華な内装に包まれていた。
「ふん、妾の城には足元も及ばないがな……」
眠気まなこのままキリリンは、あくびをしながら俺だけに聞こえるような声で呟いた。
「み、皆さん、ど、どうぞこちらへ。しめやかながら宴の場を用意しておりますぅ」
クリスタは頭からぷしゅ〜っと気が抜けたような様子で上ずった声を上げる。
「おお! これはまさに怪我の功名ってやつでさぁ! まさか王国の宴にありつけるなんて夢にも思いませんぜ、なぁ旦那!」
はしゃぎまくるゼルの横で、アイシャはクリスタの様子を不審そうに伺っていた。
「クリスタ姫、何かあったのでしょうか……」
そしてキリリンはクンクン、と俺の身体を嗅ぎまわし、さっきまで眠た気であった両目をカッと開く。
「メスの血の匂いがする……。まさか貴様、あの娘と二人っきりであることをいいことに血を吸ったんじゃなかろうな!」
「お、おま、ちょ、何言ってんだよ。そんなわけないだろうが! 気のせいに決まってんだろ!」
そうとりとめない様子で言い訳する俺に、アイシャとキリリンは疑いの視線を向けるのをやめなかった。
「そ、そんなことより、みんな腹が減ってるだろ? 早く行こうぜ! せっかくの料理が冷めちまう」
そうごまかすようにそう言うと、俺はぷ〜んと羽をバタつかせて給仕の案内に従った。
城の中をみんなで歩いていると、俺の姿が珍しいのか周りの給仕たちがヒソヒソと囁きを交わしているのが目に入る。
「ご覧になって、蚊ですわ……」
「まぁ、なんておぞましい姿!」
「しかも喋るなんて、きっと女神から罰を受けてあのような姿になったのですわ」
「ああ、なんと罰当たりな……」
「姫さまの客人でなければ、叩き殺しているところですわ」
おーい、聞こえてるぞー。
ってか蚊が世界に疫病を撒き散らした過去があるとはいえ、この言われようはあまりにも酷くないか?
「なんか、感じ悪いよね……」
肩身が狭そうに言ってくるアイシャに、俺は申し訳ない感じで返事を返した。
「なんか、悪いな。俺が蚊の姿をしているばかりに、気分を悪くするようなこと言われちまって」
「そ、そんなこと! 悪いのはトウリさんのせいじゃないですよ……」
アイシャは両手を振りながら言って見せるが、余計に俺は惨めな気持ちになっていく。
「あんなの気にしててもキリがありませんぜ。俺なんかはオルサの街でも疎まれてやしたからね、慣れっこでさぁ」
ゼルはそう呑気に言って見せると、両腕を頭の後ろで組み堂々とした態度で廊下を歩く。
「だな……」
ゼルの軽口を聞いた俺は気を取り直して、城の奥へと入っていく。
「こちらへどうぞ」
給仕が案内してくれた部屋は思ったよりも狭い部屋であったが、花やかなカーペットが敷かれており、高級感のあるアンティークな家具が置かれていた。
部屋の片隅では大理石でできた暖炉があり暖かな火が灯されている。
天井には意匠の凝ったシャンデリアが吊るされていて、まるで宝石のように輝いて見えた。
そして部屋の中央にあるテーブルの上には赤い花が飾られており、上質なチーズに高級なワインと豚の丸焼き、野ウサギのシチュー、白身魚のムニエルやキノコとアンチョビが入ったサラダなどなど、いかにもゲームに登場しそうな御馳走がたっぷりと並んでいた。
こ、これはいわゆる冒険者飯!
王侯貴族の宴といえば、ほとんど儀式めいたもので、腹を満たす目的ではないのではないかと心配していていたのだが、どうやら杞憂であったらしい。
しかも量だけでなくどの料理も塩やスパイスなどの香辛料をふんだんに使われ、味や香りについても申し分がないようだ。
この世界の食文化や市場経済は中世ヨーロッパを参考にしており、香辛料は単なる嗜好品ではなく食品を保存するのに大変貴重なものだ。
転じて単なる味付けとして使われるよりも、身分の高さや高貴さをアピールするためにも使われるものだから、こんな冒険者である俺たちをもてなすために使うのは非常に珍しいことなのだろう。
見た目も元はゲームのアセットとは思えないほどリアルで見ているだけでもお腹が減ってくる。
そういえばプロジェクトの中に料理にやたら凝ったモデラーがいて、一つの料理に300万ポリゴンも使ってプログラマーをブチ切れさせた奴がいたな。
結局ミドルウェアのリダンクションをかまして、自動生成機能を使うことにより15万ポリゴンぐらいに収めたんだっけ。
あと料理やワインのボトル自体に自己発光を加えることでシズル感をぐっと引き出す処理も入れていたはずなので、より高級感があるように見える。
これらを食べたらステータスが上昇しそうだ。きっとシェフはネコか何かなのだろう。違うけど。
「こちらは特に親しい人たちとの食事を楽しむためのプライベートダイニングルームなのです。広すぎる部屋での食事とか逆に窮屈でしょう?」
クリスタは微笑みながらそう言った。
「こ、こここ、これ、全部俺たちが食べてもいいんですかい?」
ゼルは目玉とまんまると見開き顎が地面に着くくらいアングリと開け、アイシャも手を口に抑えながら、目に涙を溜めている。
キリリンはと言うと、大したことないなと言いたげな素振りで、髪をかき上げていたのだが、彼女の小さなお腹から「ぐぅぅぅ〜〜〜」と情け容赦なく腹の虫が鳴き、一気にそのドヤ顔が茹でタコのように赤く染まった。
「ええ、まだまだ沢山あるので慌てないで食べてくださいね」
「ひゃっほぉーいっ!」
ゼルは歓声を上げながら食卓につくと、フォークをでかくていい焼き加減で炙られたチーズに突き刺し、大きく広げた口の中に放り込んだ。
マナーなんかあったものじゃない。
「うぅぅんまぁぁぁいっ!」
ゼルの口からとろーりとチーズを滴らせながら舌鼓をついた。
「ちょ、ちょっとゼル。行儀悪い! 恥ずかしいよ!」
そう言ってアイシャはナイフで料理を切り分けてゼルの皿に盛り付けてあげた。
「みんなも食べようぜ。俺は食えないけど」
「そうだな、貴様はさっきいただいたものな! メスの血を!」
とキリリンはキッと俺を睨み付ける。
……しつこいな。
なんか俺が転生してからこうしてみんなでゆっくりと気を休めながら過ごすのははじめてなのかもしれない。
戦闘やら野宿やらで気が休まる時間はまったくなかったもんな。
そう言えば俺が前世で死ぬ前に食べた食い物ってなんだっけ?
なんか何週間もカップラーメンとレーションをREDKILLで流し込むような日々が続いていたような気がする。
もうあんまり覚えてないけど。
ああ、俺もあやかりたい……。
それにしてもこんな大人数で賑やかな宴をするのも、いつぶりなのだろうか。
前世で働いていたゲーム会社はみんなコミュ障だったから、個人同士で行くことはあってもチームで飲み会とかまったくなかったし。
普通のゲーム会社なら、スタートアップやマスターアップのときに打ち入り、打ち上げと称して飲み会とかあるはずなんだが、俺がいた会社はそんなことは一切行われなかったなぁ。
そう思いながらテーブルを見渡すと、シスターが席についたまま微動だにしない。
「あの、お口に合いませんでしたでしょうか?」
クリスタは心配そうにシスターの顔を覗き込む。
こいつ飯は食わなくても大丈夫なのだろうか。
そう言えば顔がげっそりとした感じがする。
するとシスターの口角からヨダレがじゅるりと垂れ落ちるのが見えた。
「……シスター、食っていいぞ」
俺がそう言うとシスターは豚の丸焼きにナイフを差し込んでいく。
そこからじんわりと肉汁が溢れ出し、中で一緒に蒸してあるハーブの芳醇な香りが一気に溢れ出す。
シスターはおもむろにフォークでそれを口に運ぶと、無表情な瞳の中でお星様がキラキラと煌めいているのが見える。
いちいち指示してやらないといけないのか。多分トイレもだろうな。仕方ない、様子も見て行かせてやるか。
「うまい、うまいっすよ、旦那! やっぱり旦那についてきて本当によかった!」
そう言いながらゼルは白身魚とワインをかわるがわる口に運びながら、嬉しさに咽び泣いた。
「あ、ああ、よかったな」
こうして俺たちはひと時の宴を楽しんだのであった。
──
トウリたちが王都で宴を楽しんでいる中、城の外れにある堤防の門の前で二人の兵士が見張りの任務にあたっていた。
そこはいつもと違い、虫や動物たちの気配が全くなく、何やら不穏な空気に包まれている。
「おかしい、そろそろ交代の時間のはずなんだが」
「そう言えばそうだな。しかも今日は何か静かすぎないか」
「ああ……」
二人の兵士はお互いに首を傾げながらも見張りを続けた。
すると前方からブ、ブブブ、ブブブブ…………と不吉な音を響かせながらフードを深くかぶった人影がゆっくりと近づいてくるのが見える。
「おい、止まれっ!」
「こんな夜更に何の用だ!?」
人影はその警告には応じず、ゆっくりと門の方へと歩みを進めた。
異常を感じた兵士は巨大なハルバードで門を塞ぐ。
「怪しい奴め、顔を見せろ!」
一人の兵士が人影に近づきフードを剥ぎ取ろうとした。
「ヒィッ!?」
するとそこには女の顔の目や口、鼻、あらゆる穴の中から大量の蜂が蠢いているのが見えて兵士は思わず悲鳴を上げてその場で尻餅をつく。
「な、なんなんだこいつはっ!?」
「はぁっ!」
もう一人の兵士は果敢にもハルバードをその人影に向けて攻撃を仕掛けた。
バキィッ!
鋭い金属音が鳴り響き、その鋭い突きは人影の身体を串刺しにしたかのように見えた。
「グエェェェェッ!」
しかしその呻き声を主は兵士の方であった。
ハルバードでの攻撃は妙な力によりはじき返され、腐った木材のようにへし折れた。
攻撃を仕掛けた兵士は人影からおもむろに伸びた華奢な手によって締め上げられて、身体を宙に浮かせている。
「おのれ、化物め!」
地面に倒れいていた兵士は素早く身体を起こして腰に添えていた予備の剣を抜き放ち、人影の腕を両断しようと踏み込んだ。
しかし攻撃が当たる直前で兵士の攻撃は止まった。
身体という身体から激痛が走ったためであった。
そして全身に大量のざわざわした感覚があり、鎧の隙間から大量の蜂が湧いて出てきたのを見た瞬間、ガランと鎧が地面に落ちる。
そこにはすでに自分の肉や骨は存在していなかった。
兵士たちは自分の死を覚悟した瞬間、内側から眼球を食い破られて彼らの意識は深い闇へと落ちていった。
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