34話 クリスタ姫の苦悩
「トウリ様っ! 心待ちにしておりましたっ!」
目の前に嬉々として現れた金髪の女性を見て、俺は呆気に取られていた。
先日、異端モンスターに襲われていた時の彼女は、修道女のような地味な格好をしていたが、今の姿は麗しく貴やかな服装に身を包んでいたからだ。
「え、え〜と……。お前はこの前会った……?」
「そうです! 出会った時は名乗っておりませんでしたね。私はこのエターニア王国の姫、クリスタと申します」
「クリスタ姫? どうも俺が知っている姫とは見た目が違う気が……」
自分の名前を告げるクリスタを、俺はまじまじと見つめた。
「無理もありませんわ。実は私、変装をしているのです」
するとクリスタは悪戯っぽい笑みを浮かべるて自分の頭髪に手をかけると、金髪の髪の下から煌びやかなシルバーブロンドの髪がふぁさっとこぼれ落ちる。
「「「カ、カツラ?」」」
その仕草に俺だけでなく俺やアイシャ、ゼルも驚愕の声を上げた。
「ええ、現国王が病床にあり、代理とはいえ実の王権を握っているのはこの私ゆえ、こうして人目のつく場所では変装をして身分を隠しているのです。名前も告げることができなかったのも、そういう事情があったためです。どうか無礼をお許しください……」
「姫様! おやめくださいっ! この者たちはあなたのハンカチを盗んだ罪人です!」
檻の前で目を伏せながら恭しく謝罪するクリスタを見て、ソアラは慌てて止めに入る。
「いいえ、ソアラ。このハンカチは確かにキリリン様にお渡ししたもの。この者たちは罪人ではありません。さぁこの者たちを檻から出すのです」
「し、しかし、この者たちは姫様のハンカチを売ろうと……」
「私がこう言っているのです。早くなさい」
「は、はいっ!」
クリスタはそう静かに言い放つと、ソアラは全身に脂汗をかきながら短く返事を返した。
ソアラは檻にかけられた鍵を開放して中に入ると、手枷を外して回る。
「へへへ」
思いの外早く開放されたことに気を良くしたのか、ゼルはソアラを見下すように薄ら笑いを浮かべた。
「チッ……」
ソアラは小さく舌打ちを返してふしょうぶしょうにゼルの手枷も外す。
「おい、俺もここから出してくれよ」
蚊である俺は狭いランタンの中をぷ〜ん、と飛び回って抗議するが、ソアラはああん? と苛立ちに溢れた視線をよこし、俺はヒィッ! と悲鳴を上げてすごすごと身を縮こませた。
「トウリ様は私とご一緒しましょう」
クリスタはそう言うと俺が入ったランタンを手に取り、顔を覗き込ませた。
ち、近い……。
「は、はい? いや、ここから出してもらえると助かるんだが……」
「まぁ! キリリン様は大変お疲れのご様子。この先に身体を休められる馬車を用意しておりますので、皆さんをそちらにご案内いたします」
クリスタは未だに眠り続けるキリリンを見ると、俺の声が聞こえなかったように振る舞い、周りの給仕に俺以外を案内するように指示を出した。
「お、俺もみんなと一緒の馬車がいいんだが……」
「あいにくですが、あの馬車は既に定員を上回っておりまして。それとも私とご一緒するのはご不満でしょうか……?」
「い、いや。なんか畏れ多いというか、何というか……俺、蚊だし」
そう訴えてくるクリスタに、俺は言葉を詰まらせた。
「そう、ご遠慮ならさらずとも、素敵なお姿です。さぁお城に参りましょう。お連れの皆さんともそこで合流できますわ」
そう言いながらクリスタは不敵な笑みを浮かべてランタンを覗き込む。
なんかこの女はやばそうだ……。
長年の婚活で、いつの間にか心の中に住み着いた、この女はやばいぞおじさんが「この女はやばいぞ」と言っているのを感じた。
そんな不安をよそに、クリスタはウキウキしながら自分の馬車へと俺を連れ込み、御者に馬を走らせるように命じる。
「そ、そう言えばお前なんでキリリンに王家の紋章が入ったハンカチなんかプレゼントしたんだ? 変な疑いをかけられて危うく盗人に間違われそうになったぞ」
馬車の中で二人っきりになると、なにやらクリスタがもじもじとしだして気まずい雰囲気が漂い始めたので、俺は勇気を振り絞ってそう話しかけた。
「あ、あれは今後もトウリ様とお会いするためですわ」
「俺と会うため?」
「ええ、助けていただいた時に、なにもそれらしいお礼ができず、それが心残りで……。私のハンカチを調べていただければ、いずれはトウリ様たちが会いに来てくださると、そう信じておりました。ですがそのせいでトウリ様たちにご迷惑をおかけするようなことになるとは……。この度は本当に申し訳ございませんでした」
「ま、まぁ、疑いが晴れればそれでいいんだが……」
しどろもどろに返事を返すと、クリスタは頬がほんのりと赤く染めながらランタンをモジモジと指でなで始めた。
俺はクリスタの不自然に媚びたこの態度に、少しばかり違和感を感じていた。
先日、不死身のモンスターに多くの配下を殺されておきながら、このテンションは変だ。
一体なにが彼女をこのような態度にさせているのだろうか。
「ソアラから聞いたのですが、オルサの街に妙な気配が立ち込めていて、それがしばらくすると収まったとか。一体、オルサの街でなにがあったかご存じですか?」
「ああ、それは多分、あの変なモンスターの気配のことだろうな。……実を言うとオルサの町長に、先日お前たちを襲ったモンスターの類が取り憑いていてな。町中の人間を洗脳して奴隷にしていたんだ」
「あ、あの異常なモンスターたちに……?」
俺があの奇妙なモンスターの話をすると、ビクッとクリスタの身体が震え上がり、彼女の顔色がどんどん悪くなっていく。
「ま、まぁ、そんなおぞましいことが……。 で、ではすぐにオルサの街に派兵しませんと……」
彼女の声は明かに動揺を隠しきれない様子で弱々しく震えている。
やはりそうだ。
クリスタのこの態度は、あの奇妙なモンスターたちに自分の兵士たちがただただ陵辱されていくのを見て、大きなトラウマを抱え込んでしまい、その現実逃避の矛先を探しているのだろう。
「いや、そのモンスターは俺たちが倒しておいた。奴隷となっていた人々も洗脳が解かれて元に戻ったよ。だから安心してくれ」
シスターは除いて……。
心のわだかまりのせいか、最後らへんの言葉が尻つぼみで小さくなっていく。
しかしそれを聞いて、クリスタの表情はゆっくりとほころび、目からは涙がこぼれ落ちる。
「そうだったのですね……! さすがトウリ様です!」
「い、いやそれほどでも……」
安心しきった様子で称賛してくれるクリスタに、俺は照れ隠しをして見せた。
この若さで国のことを一人で担っているのだから、そのプレッシャーは半端じゃない。
今のような表情や動揺した態度は、絶対に国民や配下に見せることができないのかもしれない。
涙をみせるなんてもってのほかなのだろう。
彼女がこうして俺と二人っきりになりたかったのも、きっと自分が悩んでいたり苦しんでいる姿を見せられる相手と話がしたかったからに違いない。
しかしクリスタは、俺がいなくなれば孤独の中であの悪夢のような体験を思い起こしながらずっと過ごしていかなければならないのか。
何の解決にもならないが、今俺にできることは彼女の我がままに付き合ってあげることぐらいだろう。
そう考えていると、クリスタはチラチラとこちらに視線を向け始めた。
「ぜひその話はお城で皆さんとお食事しながら聞いてみたいものですわ。ですがその前に……」
うっとりとした口調でそう言うと、クリスタはランタンの蓋を開けて煌びやかな衣装にある胸元のボタンに手をかけた。
「トウリ様のお食事は、こちら……ですよね?」
ゴクリ……。
クリスタが自ら広げた胸元から控え目ながらも艶かしい谷間が覗かせる。
蚊である俺にとってはなんとも、魅力的な光景であった。
「えっ、あ……で、でも、こんなところで……いいのか?」
「なにをおっしゃいます。ここなら誰も見ていませんよ? 私たち二人っきりです……」
「それはそうなんだが……」
キョロキョロと周囲を見渡す。
確かにクリスタの言う通りここには俺と彼女しかいない。
しかしこんな立派な馬車の中で、こんなことをしてもいいのだろうか。
吸血された時に相手はどんな気持ちになるのは、俺にはまったく想像もつかないが、今は彼女が望むことをしてあげるべきなのかもしれない。
い、いやでも場所とタイミングというものが……。
「さぁ、早く。お召し上がりください……」
俺は自分の吸血衝動に耐えきれず、胸の谷間の中に吸い込まれていった。
「で、では失礼して……」
そして白くてモチっと柔らかそうな肌に、自分のストロー状の針をまっすぐ伸ばして突き刺す。
「あっ♥ ああぁンッ……」
するとクリスタの身体が僅かにビクンッと跳ね上がり、はぁはぁと湿やかな吐息が漏れる。
構わず彼女のやんごとなき胸元からルビーのように赤黒い血液をゆっくりチューチューと吸い上げていく。
「ああ……ん、くぅっ♥」
その度にクリスタの口から艶かしい声が溢れそうになり、彼女は必死で自分の指を咥えながら耐えようとする。
「あ、あの……。もっと優しく吸っていただかないと、声が御者に聞こえてしまいます……」
「悪りぃ。こうか?」
「っっ!! ひやぁっうぅ! あ、あああぁ……♥」
優しくゆっくりと血を吸ったつもりが、余計にクリスタに刺激を与えてしまったのか、彼女は顎を天井に向けて舌を出し、ガクガクと身体を震わせた。
「す、すまん。下手くそで……」
「い、いえ。ある意味とてもお上手でした、わ……」
童貞のような言い訳をする俺に、クリスタはなぜか果てた様子で天井を見上げている。
「も、もう腹一杯だぁ。ゴ、ゴチソウサマデシタ……」
「い、いえ……。こちらこそ、オソマツサマデシタ……」
お互い照れながらカタコトで会話すると、俺はクリスタの肌からすごすごと針を抜く。
その途端、彼女の口から「ひゃうっ!」と短い声が上がる。
まさか外に聞こえてないよな……。
そう思いながら窓の外を見てみると、夜の暗闇の中で馬車の屋根からぶら下り、顔と両手を窓に押し付けている無表情のシスターがいた。
「……もしかして、ずっと見てた?」
馬車の外にいるシスターはうんうん、としきりに頷いて見せる。
無表情のくせになにやら興味津々なご様子。
てか、走行中の馬車の外に張り付くなんて器用な真似をするものだ、そう思っていると、
「きぃいいやぁぁぁぁぁぁあああ!!」
シスターに気がついたクリスタは自分の胸元を隠しながら、断末魔のような悲鳴を上げた。
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