33話 エターニア王国
王都エターニアの最奥には歴代の王族が女神に祈りを捧げるための巨大な神殿が存在する。
そこにはこの世界を想像した女神の像が祀られており、夜の灯りはその像の後ろに備え付けられた天窓から注がれる星々の光のみであった。
その光に照らされ、一人の少女が膝をついて祈りを捧げている。
彼女はエターニア王国の現国王であるガゼフ十三世に代わり、王権を握っているクリスタ姫その人である。
魔王が現れてから一ヶ月、女神から遣わされるはずの勇者が今もって現れない状況に、世界中の国々が困惑し、他国を出し抜くような動きを見せ始めたので、それを憂いたクリスタは宮中にいる間こうして勇者が現れるようにと祈りを捧げているのであった。
「姫様はもう一日中ああして祈りを捧げられておられるの?」
「ええ、城に戻られてから休む間もなく、水も食事も絶たれて……」
「なんとおいたわしい」
「全てはこの世界の平和を思えばこそ」
「せめて勇者さえこの地に遣わさえすれば……」
「ああ、早く勇者よ。この地に現れ我らを救いたまえ」
城の給仕たちは口々に彼女の献身的な姿を讃え、胸を痛めていた。
しかし当のクリスタはというと、
『先日、私を助けてくださったあの方は今頃どうなさっているのでしょうか……』
と超個人的な祈りを女神に捧げていた。
『たしかあの方はトウリと名乗られていたかしら。トウリ様……。ああ、願わくばもう一度あの方と……』
するとクリスタの頭の中に、先日奇妙なモンスターに襲われた時の忌まわしき記憶が蘇る。
絶体絶命の中、不死身のモンスターの群れを前にして立ち塞がるように現れた一人の少女と一匹の蚊。
そして一匹の蚊によって自分の胸元に突き立てられた細い針。
トクン……と小さな痛みが胸を刺す。
自分の血を吸い上げられるたびに、自分の身体が甘美なほてりに包まれていく。
祈りを捧げていたクリスタの頬に僅かな赤みがさし、彼女は思わず身をよじらせる。
『ああ、トウリ様……。もう一度あの方に私の血を捧げたい……』
「姫様が苦しみに身悶えておられるわ!」
「無理もない。長旅で相当疲れていらっしゃるというのに……」
「女神よ! どうか姫様の祈りを聞き入れたまえ……」
後ろで控えている給仕たちは彼女の気持ちを知らずに涙を零す。
すると一人の若い兵士がどたどたとせわしく足音を立てながら、神殿に入ってくる。
「姫様! 失礼いたします!」
「何事ですか、騒々しい! 姫様は祈祷中なのですよ!」
「いえ、姫様から王家の刺繍が入ったハンカチを盗んだ者が現れまして……」
鋭い目つきで給仕に睨めつけられた兵士はしどろもどろに言い繕って見せる。
ハンカチ、という言葉を聞いてクリスタの身体はぴくりと揺れた。
「盗人のことならば、直接姫様のお耳に入れるようなことでは……」
「……いいえ、構いません」
祈りを中断したクリスタは、その場に立ち上がる。
「詳しく聞かせてください」
そう兵士に背中を向けながらも、クリスタの表情は嬉しさでゆるみきっていた。
『女神よ! 私の祈りを聞き入れてくださったのですね! 感謝いたします!』
クリスタは目の前に神々しく佇む女神の像に、両手を組んで感謝の言葉を胸の中で紡いだ。
──
「ようやくエターニア王国に到着か」
俺は入り組んだ城下町に囲まれてそびえる純白な城を見上げながら俺はそう呟いた。
俺たちがソアラに囚われてからちょうど一日が過ぎて夜も更けていた。
夜だと言うのに城下町は賑やかでいくつもの光が灯っており、それにライトアップされるかのように城がくっきりと輝いて見える。
昨日は一日中、檻付きの馬車で移動しっぱなしというわけではなく、何度か馬を休ませる必要があったため、その時にわずかな食事と水が与えられた。
それでも檻の中はあまりに乗り心地が悪く、ゼルは馬車酔したのかげっそりとした顔つきをしている。
城下町の中を馬車が通り過ぎると、住民から不穏な視線を投げつけられて尚居心地が悪い気分になった。
そしてキリリンはというとまだ体力が回復し切っていないのか、出発してから眠りについてまだ目を覚さない。
「それにしても……」
なんて素晴らしい街並みなんだっ! アーティストに頑張ってもらった甲斐があったなぁ、と自分が製作に携わったゲームの世界観に俺は見惚れてしまっていた。
エターニア王国はなだらかな山脈を切り拓いて作られた城で、山の頂には純白な壁面と青い屋根で作られた巨大な城があり、その城の手前には堤防が囲われていて、そしてその堤防から山の麓へは賑やかな城下町が栄えている。
設定としては歴史のある国なのだが、創造主である女神を祀る宗主国であるため、多くの信者が奉加を収めているのでどこも綺麗に整備されているというわけだ。
「旦那ぁ、俺たちどうなっちまうんですかねぇ……。このまま檻の中で過ごすなんてことはごめんでさぁ……」
「お前がいうなよ。大体お前がキリリンの持ち物を売ろうとしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだよ!」
情けない声を上げながら顔を近づけてくるゼルに俺はツッコミを入れた。
「そういやあのハンカチ、本当にクリスタ姫にもらったんで? 聞けば何かの謝礼だったとか。ってことは旦那はエターニア王家にツテがある、ってことですかい?」
「その謝礼を売ろうとしたんだ、印象最悪だろ。しかも一国の姫君に盗人が会えるわけないだろうが。あんまり期待すんな」
俺がそう諫めると、ゼルは重いため息をついて顔を俯かせた。
だがあの時会った金髪の女性がまさかクリスタ姫だったとは……。
『────何を言うの! あの方はエターニア王国の王位継承権第一位、クリスタ姫殿下よ!』
ソアラがそう言ったのを聞いて、あの時俺は驚きを隠すことが出来なかった。
なぜなら俺が知っているクリスタ姫のデザインはシルバーブロンドの髪を結ったもっと高貴で厳かな感じの女の子だったからだ。
それがどうしてクリスタ姫があの金髪で明るい感じの女性になってしまったのか、俺にはわからなかった。
これもゲームに残されたバグなのか、それともまたあのクソプロデューサーが俺に内緒でデザインを自分好みに変えてしまったのか、今の時点でははっきりとしない。
だが俺たちは何としてもクリスタ姫に会う必要があった。
俺はこの世界を作ったクリエイターの一人だったので、正しいシナリオラインを知っている。
オルサの村でアイシャはボスの配下である邪教徒たちを撃退し、その功績によりクリスタ姫と謁見が許されはずであった。
そしてクリスタ姫はアイシャを勇者にふさわしい人物であることを認め、勇者の証というアイテムを渡して初めて本当の冒険が始まるのだ。
それがないといずれゲームは進まなくなるし、この世界の異端を取り除くことができない。
俺はちらりとアイシャに視線を送る。
するとアイシャは鉄格子を身体に押しつけ、キラキラ光る街中を呆気にとられたように見つめていた。
アイシャのあどけない表情を見ていると、彼女と瓜二つである愛架との記憶が蘇り、小さな胸が締め付けられる思いがした。
だが目の前の彼女は俺が好きだった女の子、愛架ではない。
愛架はこの世界のどこかで俺の助けを待っているのだ。
そう言い聞かせながら俺は自分の頭を激しく振って気を取り直すとアイシャに声をかけた。
「どうかしたか、アイシャ」
「い、いえ。私、王都がこんなに綺麗なところだと初めて知って、つい見惚れてたんです……」
アイシャは恥ずかしそうに顔を赤らめると、にこりと微笑んだ。
「オルサの街から出たことがなかったのか?」
「ええ、私はあまり。エターニア王国へはよくシスターが行ってみたようですが……」
するとアイシャは寂しそうに、無表情のまま座っているシスターの方へと顔を向けた。
「シスターはずっとこのままなのでしょうか……」
「だ、大丈夫だ。彼女を治す方法は俺がきっと見つけ出してみせるから」
実はシスターがこうなってしまったのは、俺のスキルのせいなんだけど……。
俺はバツの悪い気持ちを抑えながら、アイシャにうそぶいてみせた。
「はいっ! 頼りにしてますよ、トウリさん!」
「あー、そう言えばさ。トウリ『さん』って呼び方、もうやめてくれないか。なんかいつまでも気をつかわれるのもなんだし。トウリ、でいいよ。敬語もいらない」
「……そう、ね。わかった、トウリ」
そう気恥ずかしそうに笑うアイシャの笑顔に街の温かな光が当たり、再び愛架の面影が重なって俺は不覚にもときめいてしまった。
いやいや、アイシャは愛架じゃない、勇者なんだと何度も自分に言い聞かせる。
この娘をクリスタ姫に会わせて、なんとかして勇者として認めさせなければ……。
しかし村の英雄としてではなく、盗人として囚われた俺たちは果たしてクリスタ姫と謁見することができるだろうか……。
そうこう考えているうちに、馬車は城下町を抜けて堤防へと繋がる橋を渡ろうとした瞬間、
「トウリ様っ! 心待ちにしておりましたっ!」
巨大な門から、クリスタ姫が飛び出してきた。
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