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30話 狂戦士の怒り《レイジ・オブ・バーサク》

「き、貴様たちを王家の品を盗んだ容疑で逮捕する!」


 目の前の兵士は震えた指を俺に向けながらそう叫んだ。


 しまった。つい反射的に返事をしてしまったが、今の自分の姿は蚊だったんだ。


 突然のことだったので身を隠すことをすっかり忘れてしまっていた。


 それにしても王家の品を盗んだだと? 何のことだかさっぱり分からない。


 そもそも俺はこの国の王に興味を持ったこともないし、何か特別豪華なアイテムとかを手に入れた記憶もない。


「おい、何かの間違いじゃないか? 俺たちは何も盗んじゃいないぞ」


 声を上擦らせながら兵士は続けてこう言い張った。


「黙れ、あ、怪しい奴め! これがその証拠だ!」


 すると目の前に見覚えのある刺繍が縫い付けられたハンカチを突きつけられる。


 俺は何度もキリリンの皮袋に入っていたから、そのハンカチのことは知っていた。それはどう見てもキリリンの皮袋の中にあったハンカチだ。


 たしか助けた金髪の美女にキリリンがお礼の品として貰ったものだったはずだが

、それが一体何だと言うのだろう。


「待ってくれ、そのハンカチは確かに俺の連れが持っていたものだ。だがそれは人から貰ったもので決して人から盗んだものじゃない」


 俺は冷静に目の前にいる兵士に弁解をするが、全く聞き入れられる様子はない。


 むしろ俺が喋れば喋るほどその姿がおぞましく見えるのか、兵士たちの顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかる。


「う、嘘を付くな! こ、このハンカチはなぁ、エターニア王家以外の人間は持つことも憚れるほど高貴な品なのだ! それをお前のような汚い虫けら風情に、我らが国王が何かをお授けになるはずがないだろうが!」


 え、そのハンカチってそんな由緒正しいものだったの!?


 てかあの金髪の美女はなぜそんな扱いづらいアイテムを俺たちに贈ったんだ?


 もしかして……。


 あの金髪の美女は俺たちを騙し、自分が王家から盗んできたハンカチをキリリンに渡すことで、罪をなすりつけたのかもしれない。


 あ、あの(あま)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 そう思うと言いようのない怒りが沸々と湧いてきた。


「誤解だ! 頼む、俺たちの話を聞いてくれ!」


「吐かせ! このハンカチをそこにいる男が売ろうとしていたと言うことを、道具屋の店主が証言している。聞けばその男は、盗賊を目指していると街でも知られているそうじゃないか。そんな男が王家の品を売りにきたのだから、怪しく訳がないだろうが!」


 兵士の言葉を聞いて俺はゼルに非難の視線を向ける。


「ゼル、お前キリリンの持ち物を勝手に売ろうとしたのか……?」


「す、すまねぇ旦那! これがキリリンさんの物だとは知らなかったんでさぁ!」


 そう言いながらゼルは床に頭を突っ伏して泣きながら謝り出した。


 お前なぁ……。


 呆れ果ててため息をつくと、弁解の余地が無くなったと悟ったのか途端に兵士たちが俺たちを取り囲む。


「どけっ!」


「何をするの!?」


 兵士はアイシャを乱暴に突き飛ばし、キリリンの身柄を押さえようとした。


「やめろ! その娘に手を出すな!」


 必死になって俺は兵士に飛びかかるも全く相手にされない。


 ちくしょう……。相手がバグであればなんとかなったのかもしれないが、普通の人間相手だとこの姿は全くの無力だ。


 そう自分の非力さに打ちひしがれていると、ふと視界の中に無表情で佇んでいるシスターの姿が目に入った。


 きっとシスターに命令すればキリリンから兵士たちを守ることができるかもしれない。


 だがそうするとシスターは本人の意識がないところで、王国のお尋ね者になってしまうだろう。


 そう思っている間にも兵士はキリリンを羽交い締めにし、ベッドから引きずり下ろしていた。


 気を失ったままのキリリンは抵抗することができず、簡単に捕らえられてしまった。


「キリリンさんっ!」


 アイシャはキリリンを守ろうとよりかかるが、あえなく兵士に身体を引き剥がされてしまった。


「は、離せ!」


 ゼルやシスターの身柄も兵士によって取り押さえられる。


「貴様はこの袋に入っていろ!」


 俺の目の前に皮袋の口が迫りくる。


 それをすんでのところで躱すと、俺はついに覚悟を決めた。


 こうなったら、お尋ね者になろうが知ったことじゃない。


 シスターには悪いが、彼女に命令して兵士に抵抗し、強引にこの場から離れるしか方法は……。


「静まりなさい!」


 そう思った矢先、部屋に凜然とした女性の声が響き渡り、兵士一同は途端に動きを止めた。


「あ、あなたは……」


 いつの間に入ったのか、部屋の真ん中に炎のように赤いローブに纏った少女が佇んでいる。


 その少女は昨日出会った金髪の美女に従っていた魔導師であった。


 ──


 あのスキル、どこかで。


 意識を失ったキリリンは、自分が巨大アリから助け出された時に使われたスキルを、どこかで見たことがあった。


 たしかあの時も今みたいに……。


 するとキリリンの頭の中でかつての記憶が蘇り、夢となって紡がれる。


 その記憶は、キリリンが魔王になったばかりの頃にまで遡った。


 記憶の中でのキリリンは今と同じように仰向けに倒れていて窮地に立たされていた。


 当時世界に魔王が何人も存在し、勢力の覇権を巡って激しい抗争が繰り広げており、キリリンもまさにその渦中に在った。


「キスリル・リリラル・リリスヴェリリオン……。ようやく貴様もこれで終わりだ」


 轟くような不吉な声が夜空全体に響き渡る。


 ヤータ・マケハの城の上半分が嘘のように消し飛び、玉座の間だけが取り残されている。


 そこに禍々しいオーラを放つ黒い鎧に身を包んだ長身の美女、かつてのキリリンが口から血を流し大の字になって横たわっていた。


 その姿はもはや満身創痍で、伝説の魔鉱石を鍛えに鍛えた鎧や魔剣も砕け散っている。


「お、おのれ、妾の城を好き放題荒らしよって、不躾な……」


 キリリンはゴボッと口から血を吐き出しながら悪態を付いてみせるが、目からはいつもの紅い光が失われつつあった。


 キリリンの視界を埋め尽くしているのは、七天魔王の一人、イルヴァと呼ばれる存在で山よりも巨大な魔王で知られている。


 かの存在は巨体で夜空を埋め尽くし、月の光さえも拝むことを許さない。


「か弱気存在め……。貴様のような元人間が破壊神に最も近き我と同等に、魔王と称されているのが間違いなのだ……」


「ふふふ、ふはははははは……」


 キリリンは目の前に立ち塞がる圧倒的な存在に打ち負かされながらも、それでも笑い飛ばしてみせる。


「……何が可笑しい」


 イルヴァは目下に瀕死の状態で横たわる存在に、苛立ちの声を上げる。


「き……、貴様が魔王だと? わ、笑わせるな……。図体だけがバカにデカく、おのれの眷属の力を推し量る知力を持ちあわせずに無駄な犠牲をただただ払い、たった1000年の(まつりごと)すらも企てることができない貴様のどこが魔王というか。まぁ、せいぜい貴様は猿山の大将がお似合いだ」


 イルヴァは山のような身体を震わせながら声を荒げる。


「貴様、言うに事欠いて、絶対的な存在である我を愚弄する気か! よかろう、貴様だけは永遠に等しい苦しみを味合わせながら、その存在すらも消し飛ばしてくれよう!」


「小物めが……。いずれ貴様も他の魔王に討たれよう」


 キリリンは最期の嘲罵を口にする。


 その言葉を聞いたイルヴァは、怒りに任せて右腕を空高く掲げる。すると周囲の影から幾千もの触手が伸びてキリリンの身体に絡みついた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」


 あまりの激痛に耐えきれずキリリンは悲鳴を上げる。


 キリリンの骨や臓器にその触手が侵食し、彼女の身体がみるみるうちにどす黒く変色していく。そして侵食した部位はイルヴァの影に溶け込み始めた。


「時の流れが止まった世界で、奈落の亡者たちに陵辱され続けるがいい……」


 その時だ。


「『狂戦士の怒りレイジ・オブ・バーサク』っ!!!!」


 謎の雄叫びと共に閃光のような衝撃が走り、イルヴァの巨体を真っ二つに引き裂いた。


 ブシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!


 裂けた身体から洪水のように鮮血がとめどなく吹き出し、真っ黒な雨となって城の廃墟に降り注ぐ。


 するとキリリンの目の前に血まみれの人影が現れた。


「ただのチョップでこの威力かよ……このスキルは封印したほうが良さそうだな」


 そう言うとその人間は、顔にこびりついた血糊を無造作に拭った。

 

 そこにいたのは確かにただの人間だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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