29話 容疑
「一体、俺たちはどうしていたんだ……」
巨大アリが倒されて、死んだような顔をしていた町人たちが、一斉に我に帰り不思議そうに顔を見合わせていた。
「良かった、洗脳は解けたようだな……。ってあれ……?」
それを見て俺は安堵すると、どくんっと激しい脈動とともに意識が暗転するのを感じた。
どくん、どくん、どくん、どくん。
どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん!
動悸は収まる事なく胸をしきりに叩きつける。これは俺が転生する前に感じた感覚と同じだ!
そう思い至った瞬間、死ぬことよりも辛い激痛が全身を駆け巡った。
「ぐっ、ぐああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
全身が熱い。熱い。熱いっ!!
まるで身体が焼きただれていくようだ。
それと共に意識もゆっくりと薄らいでいく。
俺はまた、このまま死んでしまうのだろうか……。
溶けていく意識の中、なす術もなく俺は思考を停止させる。
……。
…………。
………………。
なんだ? 意識がまだ残っている。
身体が完全に溶けたと思ったら、急に痛みが嘘のように引いてやけに身体が軽くなった気がしていた。
俺は思い切って目を開くと、見覚えのある巨大化した世界がそこにあった。
これって、もしかして……。
身体を動かそうとすると不意に浮き上がり、ぷ〜ん、と耳障りな羽音が聞こえた。
もしかして、俺の身体、蚊に戻ってる〜!?
何ということだ……。
人間の身体に戻ったと思った矢先、また蚊の姿に戻ってしまうとは……。
惨めだ、惨めすぎるっ!!
俺はしばらく途方に暮れていると、また例のポップアップが浮かび上がる。
──『異端審問』がランクアップしました。『異端審問』に新たな能力が解放されました。
……またか。
昨日出くわした蜂のバグを倒した時と同じく、新しいスキルが解放されたのだろうか。
とりあえず解放されたスキルを確認するべく、スキル一覧を視界に開こうと意識を集中させようとするが、視界に全裸のまま硬直したキリリンの姿が目に入った。
スキルを確認するよりキリリンをどうにかするのが先だな。
だがそうは思ってみたものの、蚊の姿ではどうしようもない。
どうしたものかとぷ〜んと飛んでいると、後ろから人の気配を感じた。
「トウリさん! 無事でしたか!?」
振り向くとそこには慌てて駆け寄るアイシャの姿があった。
意識を取り戻した彼女は全裸のキリリンを見かねて、どこからか借りてきたのか、彼女の手にはボロボロのケープが握り締められていた。
「ああ、大丈夫だ。そんな事よりキリリンにそのケープを着せてやってくれ」
「はい! そう言えばここに可愛らしい子供がいたような気がするのですが……」
「話は後だ。どこか人目のつかない場所で話したい」
「……そうですね」
するとアイシャは寂しそうに顔を伏せながらも手にしたケープをキリリンの身体に羽織らせる。
何!? 何なの、その露骨にがっかりしたような反応!?
もしかして、可愛らしい子供とやらの姿が消えたせいで寂しがっているのか!?
言っておくけど、あれ俺だからね?
キリリンといい、どいつもコイツもショタコン揃いなの!?
「……」
そう嘆いていると、なにやら草むらから人の気配を感じた。
振り向くとそこにはシスターの姿があった。
シスターは『異端』を倒し終えたというのに相変わらず蒼白な顔をして無表情に佇んでいる。
まだ巨大アリにかけられた洗脳が解けていないのか?
そう思い悩んでみたが、自分が彼女に『霊廟の衛兵』をかけたままであったのに気がついた。
スキルを解除すればきっと元に戻るに違いない。早くシスターを元に戻してあげなければ。
……ところで、どうすればスキルを解除できるんだ?
今の時点ではシスターを自分のスキルから解放する方法が思いつかない。
しまったな。『異端』を倒せば必然的にスキルも解除されると考えていたのだがどうもそうはいかないようだ。
とにかくキリリンをこのまま放って置いたままにしておくのはマズい。
「キリリンをどこか安全な場所まで運ぼう。アイシャ、どこか落ち着ける場所はないか?」
「それならいい場所があります。私の家がすぐ近くにありますからそこに運びましょう」
俺の返事を待つ事なく、アイシャは手際よくキリリンを背負うと歩き始めた。
──
トウリたちが立ち去った時にはすっかり辺りは薄暗くなり、その場から街の人々の姿も消えると、瓦礫の山と化した屋敷の跡で一つの人影が蠢いている。
その人影の正体はゼルであった。
「何か金目の物はな〜いかなっと、へへへ」
ゼルは鼻歌交じりに瓦礫を掘り起こしながら、金品がないか目を見張らせた。
町長の館にはいくつもの骨董品や美術品があるのをゼルは知っていた。
もし町長を倒してアイシャを助けることが出来たなら、すこしばかり拝借してやろうと事前に品定めをしていたのであった。
「随分と長い間この街に閉じ込められて、何度も危ない目に合わせられたんだから、どこかで元を取らなくちゃ盗賊の名折れだぜ」
しばらく散らばった瓦礫の中を漁ってみたものの、価値のあるように思える品々などのほとんどは破損してしまい価値を失っているか、倒壊した建物の下敷きになったままだった。
最初は張り切って瓦礫を漁っていたゼルであったが、自分の努力が全く功をなさないことに嫌気がさして仰向けに倒れる。
「なんだよ、クソったれ。しけてやがるなぁ、畜生! よく考えてみりゃあ、金目の物なんて下の階の金庫にあるだろうから、底の方に埋もれちまってるよなぁ。あ〜あ、考えが甘かったか」
そう言いながら掴んだ石を投げ捨てると、ゼルはそう悪態をついて辺りを見回す。
すると瓦礫の上の方に膨れた皮袋らしき物が落ちているのが目についた。
形状からして数量は僅かなようであったが、町長がこうして保管しているものなら、高価な物が入っているに違いないと思い、ゼルは息を巻いた。
「お、何やら金目の匂いがしてきたぜ!」
瓦礫を登っていき、その皮袋を手に取るとジャラっと金貨が鳴る音が聞こえる。
「ラッキー! いやツイてるぜ! 何の拍子で町長のヘソクリがこんなところに落ちていたのか知らねぇが、これも日頃の行いの賜物だな!」
ゼルは袋を開けるとまばゆい光を放つ金貨と、シルクで出来た一枚のハンカチが入っていた。
「何だこれ……? 中々の上物だが金貨ほどの価値がある物なのか?」
首を傾げながらハンカチを広げると、その端に紋章のような意匠が施されているのに気がついた。
「おおっと! こいつはエターニア王家の紋章だぜ! 中々のレアじゃねぇか。売れば結構な金になるに違いねぇ!」
そう皮袋を懐に忍ばせると、ゼルは心を躍らせながら瓦礫の山を軽々とした足取りで降りていく。
「へへ、ようやく俺もツキが回ってきたようだぜ!」
──
アイシャの家に入った瞬間、途端に俺は懐かしい気持ちにとらわれる。
丸るくて大きな扉が開くと、赤いレンガで敷き詰められた床の上に手作りのテーブルが置かれており、ロウソクを備え付けた燭台が飾られていた。
燭台に火を灯すと薄暗い室内に優しい明かりが宿って、家具と食器がぼんやりと浮かび上がり、そして部屋の奥には二階へと続く階段が見えた。
そうだ、ここが俺が作ったゲームの始まりの場所だったんだ。
ほんの一瞬だけ、転生する前にゲームをテストプレイした時のことを思い出す。
ゲームが始まると、モニタの中に吸い込まれていくような感覚を覚えてゲームの世界に心が溶け込んでいったのだ。
今俺がこの家の中にいると、当時の感覚と同じものが胸に込み上げてくる。
「二階にベッドがあります。そこでキリリンさんを介抱しましょう」
「ああ助かるよ、アイシャ」
キリリンを背負ったアイシャは危なげない足取りで階段を登っていく。
階段を登りきると、たどり着いたのは小さな天窓がポツンとある小さな部屋で、真ん中には質素なベッドが置かれていた。
アイシャはベッドに布を敷いてキリリンを横たわらせると、濡れたタオルでキリリンの身体に付着したアリの体液を綺麗に拭き取り始めた。
ひと段落ついて部屋の中で落ち着いた空気が流れる。
相変わらずシスターは死人のような顔をしたまま佇んでいるのだけれど……。
そう言えばキリリンが持っていた皮袋がどこかにいってしまったな。
キリリンが目を覚ましたら探しに行かないと、また一文無しに逆戻りだ。
俺はそう思いながら解放されたスキルを確かめるために意識を集中させてスキル一覧を開いた。
するとさっきまで全解放されたスキルが、再び封印されていることに気がついた。
で、ですよね〜。
蚊の身体では耐え切れないから封印されたスキルであったので、今の姿に戻った時に再び封印されてしまうことは予測していたのだが、実際に目の当たりにすると滅入った気持ちになってしまう。
少しの間落ち込むと、気を取り直して新しく解放されたスキルを確認する。
そこには新たに『隔世輪廻』というスキルがリストに追加されていた。
俺は朧げに残された記憶の中で、このスキルが発動した時に自分が人間の姿に戻ったという状況を思い出した。
なるほど、このスキルのおかげで俺は人間に戻ることができたのか。
だがスキル詳細を見ても文字化けしていて具体的な効果などが一切わからなかった。
使っていくうちに分かってくるのだろうが、今の俺の魔力がほとんど尽きかけているのを考えると、とんでもない量の魔力が消費されるようなので使い所には気を付けないといけないな。
気を取り直して他のスキルを睨みつけると『異端審問』、『霊廟の衛兵』と並んで見慣れないスキル名があるのが見えた。
そのスキルの名は『異端錬成』とあり、説明には「異端を強化する」と書かれてあった。
異端は敵だろうが。それを強化してどうするんだよ……。
ったく、使えねーな。はぁ、マジ、はぁ……。
やはりスキルについての仕様はわからないことだらけで辟易してしまうな。
結局シスターにかけられたスキルを解除する方法も、いくら探しても見つからなかったし……。
このままだとシスターが人格が失われたままで不憫に思えてならない。
焦ることはないが、できるだけ早くスキルを解放する方法を見つけて彼女を元に戻さなければ。
俺がそう心に決めると、下の扉が乱暴に開けられ誰かが階段をドカドカと上がり込んでくる音が聞こえてきた。
部屋に飛び込んできたのは涙目で情けない声を上げるゼルの姿であった。
「アイシャ! それに旦那ぁ! お願いだ! こ、ここにかくまってくれっ!」
「ゼル、今までどこにいっていたの?」
アイシャは呆れながらそう声をかけると、ゼルは袖で汗を拭う素振りを見せた。
彼の手にはキリリンが持っていた皮袋が握り締められている。
「それはキリリンの皮袋じゃないか。お前が取ってきてくれたのか」
「えええええっ!? これはキリリンさんの物だったのですかい!?」
ゼルは自分が手にしている袋を横に突き放してじっくりと見定める。
その反応を見る限り、ゼルはその皮袋がキリリンの物とは知らずに拾ってきたようだ。
「だ、だったら話が早い! 助けてくれ、これは俺が盗んだ物じゃないと証言してくだせぇ!」
「落ち着け。一体なんのことだ?」
そう泣きわめくゼルを諭すと、下の階から数人の足音が追いかけるように聞こえてくる。
現れたのは武装した5名の兵士であった。
「夜分遅くに失礼する。お前たちはこの男の仲間か?」
「ああ、そうだが」
不躾に聞いてくる兵士たちに俺はそう答えた。
蚊の姿である俺を見て兵士たちはたじろいだように身を引かせるが、引きつった顔のままこう言い放った。
「貴様たちを王家の品を盗んだ容疑で逮捕する!」
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