28話 隔世輪廻《リーインデグレーション》
「なんなんだ、これは……」
アイシャの胸元に針を刺して吸血を行なった瞬間、トウリの身体は眩い光を発しながら宙に上昇し、身体から透明な糸が吹き出たかと思うとまたたく間に彼の全身を覆い、遂にはゼルの目の前に巨大な繭が現れていた。
ゼルはあまりに突然の出来事に呆然と立ち尽くすしかなかった。
今やトウリの姿はそこにはなく、透明な糸が大地に幾つもの根を張り、巨大な繭となって空中に浮きながら成長し続けている。
その繭の傍にはアイシャが気を失いながらも横たわっているのが見えた。
「ア、アイシャは無事なのか」
彼女の胸元が僅かに動いているのを見てゼルはほっと胸を撫で下ろした。
繭はドクン、ドクンと脈を打つように脈動し、その度に大きくなって透明の膜の奥から、なにやら光に包まれた物影が蠢いているように思える。
どんどん膨れ上がり今にも破裂せんばかりの繭を、初めは様子を見ていた巨大アリであったが、すぐに緊張感を強めて敵意をむき出しにして全身をギチギチと鳴らし始めた。
「チャンスは今しかねぇ……」
ゼルは身を潜めながらアイシャの元へと近づいていく。
繭に気を取られている巨大アリの目をかいくぐり、しめたとばかりに繭の傍で横たわっているアイシャの身を引きずると、そのまま後ろ向きに近くの茂みまで遠ざかろうとする。
するとゼルの踵にコツリ、と何かが触れる感触が伝わってきた。
「なんだ……」
後ろを振り向くと、そこにあったのは巨大アリを攻撃して吹き飛ばされたシスターの姿であった。
「うわぁああぁ!」
彼女は無表情に目を見開いたまま倒れていて、ゼルはあまりの気味の悪さに声を上げた。
「シ、シスターか……。驚かすなよ……」
シスターの身体が無事であることを確認するとゼルはすがるように彼女の身体に触れた。
「お、おいシスター、頼むよ起きてくれ。起きて俺たちを守ってくれよ……」
ゼルは情けない声を出しながらシスターの身体を何度も揺するが、その呼びかけも虚しく彼女はなんの反応も示さなかった。
「やっぱり旦那がいないとダメなのか……」
諦めたようにゼルは遠くで、今もなお膨れ上がる繭に目を向けた。
「くそ……。旦那、あんただけが頼りなんだ。なんとかしてくれ……」
その願いも虚しく巨大アリが繭の前で獰猛な顎を大きく開いて繭を攻撃しようとしていたが、ゼルはその状況を固唾を飲んで見守る他なかった。
──
『──ねぇ、トウリくん』
──え?
誰かに呼ばれたような気がして、はっと顔を上げる。
これは俺が転生する前の、かつての記憶なのだろうか。
目の前にはいつか見た光景が広がっていた。
あの日、俺は愛架と二人きりだった。
ひぐらしが密かに鳴いている側で、夏の夕日が隣にいた愛架の顔を、赤く染め上げていた。
『──もしさ、私が魔王に襲われて、さらわれそうになったらどうする?』
──なんだよ、いきなり。
魔王なんてこの世にいるわけないじゃないか。
俺は小声でそうはぐらかした。
『──いいから。ねぇ私が、助けてーって叫べば助けに来てくれる?』
──そんなの……。
思わず言葉を詰まらせる。魔王が目の前に現れたことを考えると身が縮む思いがした。
きっとこの世の物とは思えない程、邪悪で禍々しい存在なのであろう、その時そう思った。
それでも、それでも俺は……。
──当たり前じゃないか。お前を助けに行く。そして魔王を倒す。約束する。
俺は大真面目にそう答えた。
『──ケンカ、苦手なのに?』
ケラケラと笑いながら愛架は言った。
──う、うるさいな。
俺は照れるのを必死に隠しながら腹を立てる。
真面目に考えた俺がバカだった。
隣にいた愛架はひとしきり笑うと、ふと顔を寂しそうに曇らせながらこう呟いた。
『──それじゃあさ、もし私が魔王になっても、トウリくんは助けに来てくれる?』
──え?
思わず俺が振り返ると、陰りを帯びた彼女の口元が三日月のように弧を描いているのが見えた。
──
トウリは光の中にいた。
愛架が最後に発した言葉が今も俺の頭の中で響いている。
トクン、トクン……。
トウリの体内に注ぎ込まれた暖かな何かが身体中を巡るたびに、身体中で不思議な力が湧き上がっていくのを感じる。
息を吐くとゴボゴボと気泡が口から漏れ出し、糸が切れた風船のように上昇していった。
ここはどこだ……。
「愛架は……愛架はどこに行った!?」
トウリは白昼夢でも見ているかのように朧げな意識の中で焦り、叫び声を上げた。
しかしその声は、周囲に満たされた生暖かい液体により吸収されて消えていく。
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ……」
トウリは水中で必死にもがく。
しかし少女の姿を捉える事は出来なかった。
目を凝らすと透明な壁の向こうに、悪意に満ちた邪悪な気配があるのを感じ取った。
「お前が、愛架を……」
その邪悪から気配から二つの黒い影がトウリの身体を真っ二つに引き裂こうと迫ってきている。
それらが俺の周りを覆っていた透明の壁を破いた瞬間、トウリは子供のように細くて短い両腕を左右に広げて大声で叫んだ。
「愛架を…………どこへやった!?」
──『隔世輪廻』の発動完了を確認。封印された全てのスキルが解放されました。
視界に謎のポップアップが浮かび上がった瞬間、トウリの頭の中で大量のスキルの名前や効果が次々と表示されて彼の脳内に刷り込まれていった。
「『物理反射』っ!!」
──『物理反射』を発動。
とてつもない勢いで迫り来る鋭利影をトウリは広げた両腕で受け止めると、邪悪な気配は叫び声を上げてのたうち回る。
「ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
手には引きちぎられた奴の顎だけが残されていて、そこから大量の体液が吹き出し、トウリを包んでいた巨大な繭は壁を切り裂かれ羊水がとめどなく溢れ出ている。
目の前にいるのは魔王ではなく、巨大なアリ。
しかし混濁する意識の中、その巨体の中から少女らしき気配を感じることが出来た。
「…………」
トウリは無言で巨大アリの身体に近づいていく。
「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッ!!!!」
巨大アリは苦し紛れに前足を使って、恐るべきスピードで蹴りを矢継ぎ早に突き出してくる。
「…………『神加速の羽』」
──『神加速の羽』を発動。
トウリは口の中で小さく魔法を呟く。すると奴の攻撃が途端にスローモーションになった。
いや、奴が遅くなったのではない。彼自身のスピードが急激に上がったせいで世界全体に流れる時間が遅くなったのだ。
巨大アリの猛攻を物ともせず簡単にくぐり抜けると、トウリは奴の懐に潜り込んだ。
「『狂戦士の怒り』……」
──『狂戦士の怒り』を発動。
魔法の詠唱を終えた瞬間、とてつもない力と狂気がみなぎっていく。
おもむろに巨大アリの腹部へと手刀を入れると、鉄のように硬いはずの甲殻がまるで卵のカラのように脆く砕ける。
「あああああああああああああああああああああああッ!!!!」
トウリは怒りに任せて、ひび割れにそのまま両手を突っ込んで、ベリベリと奴の甲殻を剥ぎ、皮膜を剥ぎ、真皮細胞を剥ぎ、骨格を剥ぎ、臓器を剥ぎ、あらゆるもの剥ぎ散らかした。
かなぐり捨てられた巨大アリの残骸や体液が、時間の動きが遅れているせいで飛散したまま空中に浮遊している。
「…………」
時が遅延した世界の中では、巨大なアリは断末魔を上げることも許されず、なすすべもなく解体されていく。
間も無く解体の手は巨大アリの社会胃にまで到達し、トウリはその袋を両手で握りしめて乱暴に引き裂いた。
すると胃袋の中からズルリと気を失った全裸の少女の姿が現れる。
トウリは少女の身体を抱きかかえると、巨大アリに背を向けて歩き出しその場を離れた。
──移動スキル『神加速の羽』の効果が消失しました。
スパウゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!!!!!
背後で空気が破裂する音が聞こえる。
巨大アリの身体は、音速を超えたトウリの動きによって生まれた衝撃波に飲み込まれて粉々に砕け散り吹き飛ばされた。
「そ、そのスキルは……」
腕の中でキリリンの声がわずかに聞こえてきたが、すぐに彼女は気を失ってうなだれた。
やがては『狂戦士の怒りの効果も消失し、トウリの身体から急激に力と怒りが抜けていった。
──
朦朧としていた意識がハッキリすると俺は両腕にずっしりとした重みを感じるのに気がついた。
よく見ると自分の腕の中には全裸のキリリンの姿があった。
「ぐ……重い……」
その「重い」という言葉が引っかかったのか、キリリンはピクリと眉を動かした。
俺は耐えきれずに両腕に抱えていたキリリンの身体を地面に降ろす。
あれ? 腕だって?
蚊に生まれ変わった俺に腕なんてあるわけないはず……。
そう怪訝に思いながらも自分の身体を確かめてみる。
「な、なんじゃこれ〜〜〜〜〜っ!!!!」
やはり俺の身体には腕が、足が、胴体が、ある!
ただしその見た目は人間の子供の姿であった。
「なんで子供の姿に……」
しかもすっぽんぽんだ。
「そういえばアリは、どうなった……」
あの時、俺は……。
俺は混濁した記憶を必死で掘り返した。
すると自分が無意識に使ったことのないスキルを発動して、巨大アリを倒した記憶が蘇ってくる。
「俺、あんなにスキル使えたっけ……」
俺が使ったスキルは、確か自分が転生した後、聖杯を飲んだ時に習得したスキルだったが、そのほとんどが身体に耐えきれないという理由で封印されていたはずだ。
慌てて俺はスキル一覧を開いた。
「スキルが、全部解放されている、だと……」
蚊の姿で見たときは使用不可能の表示がされていたはずのスキルが、今は全て解放されていて使用可能になっていた。
蚊から人間の姿になったことで、スキルが発動できるようになったということか。
「う、ううん……」
キリリンはうなされるような声を漏らすと、ゆっくりと目を見開いた。
「目が覚めたか」
彼女の顔を覗き込むように、俺は跪きながら声をかけた。
「アリの化け物は……」
「ああ、俺が倒した」
キリリンのうわ言に俺はそう答えた。
今の俺の姿は蚊ではない。
なぜ俺が人間の子供の姿になってしまったのかはわからない。
だがこの体格、この感じ、俺が始めて自分のゲームを作った時に感じていたから、この感覚はすごくよく覚えている。
それは転生する前、そして小学三年生くらいの姿であった。
キリリンにどうやって今の姿が自分であることを説明すればいいのだろうか。
「…………」
そう悩んでいる内に、キリリンの視線は一点に注がれていた。
「どうした?」
「かわいい……」
「ん?」
俺はキリリンの視線の行方を探ると、それは俺の股間に集中していることを悟った。
そこには小さくてかわいい象さんがのほほ〜んとぶら下がっている。
「ばっか、お前どこ見てるんだっ!!!!!」
俺は慌てて自分の股間を押さえると一目散に逃げ出す。
布切れでもいい。何か、何か隠すものはないのか……。
「待って」
キリリンは首根っこを捕まえて無理やり俺を引き戻す。
「逃げなくていい。貴様、いやキミが妾……お姉さんを助けてくれたのね。お礼を言わせて。ところでキミの名前は?」
キリリンは全裸のまま俺を無理やり膝に乗せて抱え込み耳元で囁いた。
「何言ってんだよ、俺だよ! トウリだよ!」
「とうり……。誰かさんと名前がそっくりね……誰だったかしら?」
「おい! 自分の血盟主の名前を忘れんな!」
キリリンは愛おしそうにより一層力を込めて俺を抱き寄せてきた。彼女の豊満な乳房が俺の小さな背中に押し付けられる。
股間が、股間がなんかムズムズする!
「や、やめて! 離して! なんかアリの体液で身体が汚れちゃう!」
なんか姿が小学生三年生の時だと、俺の口調も精神年齢もその時のものに影響されていそうでなんだか違和感を感じた。
というかキリリンがショタコンだったとは思いも寄らなかったわ! こいつまで年上のお姉さん口調になっちゃってるし……。
「そうだね、ゴメンね。じゃあ、お姉さんとお風呂に入りましょう。ゆっくり汚れを落としてあげる」
「勘弁してぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
なんか思春期特有の気恥ずかしさで、頭がフットーしそうだよぉっっ!
その時だ。
俺が声を上げた瞬間、後方から獰猛な悪意が近づいていることに気がついた。
「ギシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そこには巨大アリの頭だけが、俺たち二人に飛びかかろうとしている。
「こいつ、まだ生きて……」
ヤバい。完全に油断した。『物理反射』の効果はすでに切れている。魔法の詠唱も間に合わない。このままだと二人とも食われてしまう!
「うるさい……」
ドゴーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
キリリンがそう冷たく言い放つと立ち上がり、真上に拳を突き出した。
すると稲光のような閃光が走り、巨大アリの頭を突き抜けて、天空の雲ごと大きな穴を開けた。
「妾の、邪魔を、するな……」
そう言い残すと、キリリンは全裸で拳を掲げたまま気を失っていた。
その様はあたかも、とある世紀末覇者が見せた最期の姿のようであった。
「恐えぇぇ……」
キリリンがマジギレした時の力を見せつけられて、俺は思わずぶるっと身震いをした。
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遂に、遂に10万字突破しましたよ!(๑•̀ㅁ•́ฅ✧
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めちゃくちゃ嬉しい! もう感謝、感謝です!<(_ _)>
相変わらず遅筆で申し訳ございませんが、次は50話目指して頑張ります!٩(ˊᗜˋ*)و
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