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27話 GAME OVER

「アリだー!!」


 崩壊する館から巨大な生物の影がゆっくりと現れるのを見て、俺は思わずおののいた。


 さっきまで町長と名乗っていたアリは、姿と形は俺が知っている小型昆虫と何も変わりないのだが、そのスケールは俺が知っているどんな生き物よりもデカかった。


 獰猛な顎を鳴らしながら、無機質に黒く沈んだ目玉をギョロつかせ、何かを探知するかのように巨大な触覚をビュンビュンと振り回す姿は、もはや不気味を通り越して異形と言わざるを得ない。


 そして風切り音を響かせながら振り回された触覚が、俺たちがいる方角に定まると巨大アリは顔をゆっくりとこちらに向けて、自分の顎で足元を漁り始めた。


 何か来る……!


 瞬時に奴の敵意を感じ取り、俺は仲間たちに指示を出した。


「撤退だ! 今すぐここを離れるぞ!」


「あ……あ、ああ……」


 しかしアイシャとゼルの耳には、巨大な化け物が放つ迫力に気圧されて、何も聞こえていないようであった。


 びゅんっ……!


 そうしているうちに巨大なアリの方から不吉な空気を裂く音が聞こえ、慌てて振り向いてみると轟音を響かせながら巨大な瓦礫の塊が猛スピードで差し迫っているのが見える。


 きっと巨大アリが顎で館の屋根を掴み取り、首の力を使って放り投げたのであろう。


「ヤバイ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬっ……!


 目前にまで迫る危機に、俺は焦りの声を上げた。


 瓦礫の塊は俺たちの10mほど手前の地面に落下したのだが、安堵する間も無く砕けた岩の破片が無数の散弾となって襲いかかってくる。


 もうお終いなのかもしれない、そう思った瞬間、澄み切った金属音がいくつも鳴り響くのが聞こえてきた。


 キン、キン、キン、キン、キン、キン、キン、キン、キンッ……!


 目前にまで迫ってきていた瓦礫が幾筋もの剣撃に遮られ、その瞬間空中で停止したまま粉々に砕け散った。


「キリリン!」


 そう叫んだ先には悠然と剣を振り下ろしたキリリンの姿がそこにあった。


 キリリンにはピンチを何度も助けてもらうばかりで不甲斐ない気持ちが過ぎる。


「ここは妾が食い止める! 貴様はアイシャとゼルを安全な場所へ!」


「わ、わかった!」


 キリリンは俺の返事を聞くのと同時に、驚異的なスピードで地面を駆ける。


 その突進を阻むように巨大アリはむやみやたらに館の残骸を放り投げるが、キリリンは物ともせず剣撃を繰り出しては粉砕し、また瓦礫に強烈な蹴りを放つことによってスピードを緩めるどころかむしろ速度を上げて、跳弾のように巨大アリへと接近していった。


「はぁっ!」


 その勢いのまま、キリリンは唸りを上げて巨大アリの身体を両断する。


 しかし分厚い甲殻に妨げられ、致命傷を与えることが出来なかったようで、傷口からは僅かな体液が吹き出る程度であった。


 だが奴の意識を逸らすには十分すぎる攻撃であったのか、巨大アリは激痛に喘ぐように顎をギチギチと鳴らしている。


 これは、チャンスだ!


「ゼル、もう自分一人で動けるよな! ここを離れてアイシャと一緒に安全な場所に隠れていろ!」


「しょ、承知しやした……」


 ゼルは顔をしかめながらアイシャの肩から離れるとゆっくりと走り始める。


「ゼル、大丈夫?」


「ああ、なんとか動ける程度までなら問題なさそうだ……」


 ゼルは顔を向けながらアイシャに作り笑いを浮かべるが、その額からは冷や汗が滴り落ちている。


 シスターの回復魔法は、あくまで瀕死の状態を回復させるためだけの応急処置に過ぎない。


 全快させるにはこの後も治療が必要だろう。


 まともに攻撃を受けてしまえば一発即死もありうる。


 もしそんなことになれば、蘇生魔法が消えてしまったこの世界での復活は絶望的だ。


 はやく二人を安全な場所に誘導しなければ……。


 俺は館の敷地の外へと鉄門に視線を向けた。


 すると絶望的な光景がそこにあった。


 そびえ立つように敷地を囲んでいる鉄格子に街の奴隷たちが、エサに集まるアリの群れのように集まってきていたのだった。


 鉄格子は10m程度の高さではあったが、奴らは仲間を踏み台にし何人ものしかかり、山のようなものを作っていた。


 そしてそこにまた別の奴隷が登りそびえ立つ鉄格子を飛び越えようとしている。


「も、もしかして俺たち、取り囲まれちまったんですかねぇ……」


 ゼルは乾いた笑いを浮かべながらアイシャと共にヘタリ込む。


 鍵のかかった鉄門にも何人もの奴隷がのしかかり、重みと驚異的な奴隷の力に耐えきれず、閂がひしゃげ始めていた。


「……っ!!」


「お、おおおぉぉぉ……」


 シスターがその鉄格子の間から踵で奴隷たちを蹴りつけると、寄り集まっていた奴隷の山が情けない呻き声を上げながら勢いよく崩れていく。


 シスターは奴隷たちには容赦がなかった。


 しかし鉄格子を支えるレンガにもヒビが入っており、倒壊してしまうのも時間の問題だろう。


 俺は思わずキリリンの姿を追いかける。


「すぅ……」


 巨大アリの猛攻を器用に躱しながら、剣を構えて勢いよく息をすい込むキリリンの姿が見える。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 甲殻に狙いを定めるのは効率が悪いと考えたのか、キリリンは一気に息を吐きながら巨大アリのあらゆる関節や眼球を狙って瞬時に斬撃を放つ。


 ブシャァァァァァァァァァァァァァッ!


 大量の体液が傷口からほど走る。


「ギシャァァァァァァァァァァァァァァ!」


「やった!」


 断末魔をあげる巨大アリを見て、俺は勝利を確信した。


 あれが致命傷な確定的に明らかだ! これで勝つる!


 そう思った瞬間、巨大アリは顎をガチガチと打ち鳴らすと、悶え苦しむように暴れ始める。


「ギギギギギギギギギギギギギギギギギ……!」


 すると巨大アリは長い触覚をアンテナのように展開すると、俺たちの位置を察知し獰猛な顎を尖らせながら突っ込んできた。


 進行方向にはゼルとアイシャが呆然と立ち尽くしている。シスターは鉄格子に群がった奴隷に気を取られて対処しきれない。このままだと二人は奴の餌食になってしまう!


「……っく!」


 巨大アリの挙動を瞬時に察したキリリンは、体制を立て直して驚くべきスピードで疾走し、ゼルとアイシャの前に立ちはだかる。


「うぐぅっ!!」


 ドゴッ!


 危機を逃れることが出来たゼルとアイシャであったが、巨大アリが振り上げた顎がキリリンに命中してしまい、彼女の身体は宙高く舞ってしまう。


 巨大アリは口を開き触手を漂わせてキリリンが落ちてくるのを待っている。


 バクゥ……!


 そしてあえなくキリリンの身体は奴の大きな口の中に吸い込まれていった。


「えええええええええええええええええ!?」


 キ、キリリンが……食われた……?


「シスター、奴を倒せ! 腹への攻撃はするなよ!」


 俺は焦ってシスターにそう命じた。


 シスターは小さく頷くと、六角棍棒を引きずりながら巨大アリへと向かっていく。


 今ならまだ間に合う。 今ならまだ、キリリンを助けられる。


「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!」


 キリリンを食っても尚苦しみ喘ぐ巨大アリは暴れまくり、再度俺たち目掛けて猛突進し始めた。


 シスターは棍棒を奴の身体に叩き込むが、甲殻がへこんだだけで致命傷にはならずに弾かれる。


 くそ、『霊廟の衛兵(クリプト・キーパー)』で異端(バグ)は操ることはできても細かな機転を利かせるのは不可能なのか!?


 俺は悪態をつきながらも衝撃に備えた。


 だがシスターの攻撃で突進の軌道に僅かなズレが生じ、巨大アリは俺たちのいる位置から外れて、後ろの鉄格子に突撃していった。


 ほっとしたのもつかの間、俺は新たな危機に直面したことに気がついた。


 今まで奴隷たちを阻んでいた鉄格子がさっきの突進で壊れてしまい、ぞろぞろと奴隷たちが敷地内に入ってくる。


 お終いだ……。GAME OVERだ……。


 キリリンを失い、今あるまともな戦力はシスターだけだ。


 シスターの相手はあの巨大アリとして、でもそうすると奴隷たちは誰が応戦するのか……。


 考えられることとしたら、俺が奴隷たちに一か八かで『異端審問(アドミンズセンス)』をかけるしかない。


 だが俺はもうすでにシスターにかけた『霊廟の衛兵(クリプト・キーパー)』と町長にかけた『異端審問(アドミンズセンス)』を発動させたせいで魔力がつきかけている。


 『異端審問(アドミンズセンス)』は蜂の異端(バグ)を倒した時に分かった通り、魔力の消費量は対象の数に応じて消費される。


 果たしてこれだけの数の異端(バグ)に『異端審問(アドミンズセンス)』をかけることができるだろうか。


 しかもこの奴隷たちに『異端審問(アドミンズセンス)』をかければ、町長と同じようにアリの化け物が身体を突き破って現れるかもしれない。


 そうなれば状況は全く変わらないのも同じだ。


 ただ奴隷たちの異端(バグ)は、もしかすると町長のそれよりも小柄なのかもしれない。


 そうであればアイシャやゼルも対応できる可能性がある。


 迷っている暇はないんだ。俺が今できるのは一縷の望みをかけて出来ることをやるしかないんだ。


 俺は意識を集中させて目の前にいる奴隷たちに『異端審問(アドミンズセンス)』を掛けようとする。


 すると視界に入った奴隷たちは身体を伸ばして硬直した。


 いける。


 しかしその瞬間、バシンッ! と激しい音を立てて『異端審問(アドミンズセンス)』が強制キャンセルされた。


「ぐはぁ……!!」


 俺の身体は雷に打たれたように弾け、視界が真っ赤なポップアップウィンドウで埋め尽くされる。


 やはりダメなのか……。


 ポップアップウィンドウには「魔力が足りません」「魔力が足りません」「魔力が足りません」「魔力が足りません」「魔力が足りません」「魔力が足りません」と同じ内容のメッセージがブラウザクラッシャーのように展開している。


「だ、旦那……」


 魔力不足でグラグラと揺れ動く意識の中、激しく鳴り響く警告音に紛れてゼルの弱々しい声が聞こえてくる。


 ゼル、すまん。お前たちのこと、守れなかった。


 偉そうなこと言っていたけど、結局何もやってやれなかったわ……。


「トウリさん!」


 不意に聞こえてくる俺の名前。


 懐かしい声。


『────トウリくん!』


 遠い記憶のどこかで、とある少女が俺の名を呼んでいるのが聞こえた。


 この声は愛架……。


 そう思った瞬間、俺の中で何かが脈打つような音が聞こえた。


 ドクン……。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


 血が……、血が欲しい!


「はぁ、ああ……」


 アイシャの口から甘い吐息が漏れる。


「だ、旦那!? 何しやがってるんですか!?」


 気がつけば俺はアイシャの胸元に自分の針を突き刺していた。


「ゼル……、見ないで……。ん、っくぅ……」j

ここまでお読みいただきありがとうございます!


10万文字まであとちょっと!

次の話はクライマックスになるように頑張ります!


評価やご感想など頂けますと創作活動の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします!

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