26話 私が町長です
この街に巣食う親玉を倒してほしいというゼルの依頼を承諾すると、俺はキリリンと共にアイシャとゼル、シスターを連れてこの牢獄をあとにした。
「それで、親玉とやらはどこにいるんだ?」
ランタンを手に先頭を悠々と歩くゼルに、俺は疑問を投げかける。
「まぁ、慌てないでくださいな。奴と戦うなら俺とアイシャは安全な場所に避難させていただきやすぜ。どうにも俺たちは足手まといにしかならなさそうだ」
「たしかにその方がいいかもしれないな」
アイシャの傷は回復しているとは言え、衰弱しているのには変わりはないので戦力としては数えるには問題外だ。
現状誰かを守るために戦力を割くという余裕はほとんどない。むしろ親玉を倒せるかどうかも非常に疑わしい。
そう考えるとアイシャのことはゼルに任せたほうがいいだろう。なにせ敵ばかりのこの街で、2ヶ月にも渡って周囲をたぶらかし、なんとか生き伸びてきたのだから。
「この坑道は館の大広間へと繋がっていやしてね、親玉はさらに奥に行ったところの部屋に引きこもってやがるんです。その部屋には鍵が掛かっていて、このロザリオの鍵を使わないと開かないんでさぁ」
ゼルは話しながら複雑に入り組んだ坑道を迷わずどんどんと進んでいく。
途中でいくつもの階段に差し掛かかるのだが、ゼルによると出口へと繋がっている階段の組み合わせはたった一つしかないという。
これほど特徴もない道を、間違えることもなく正確に進んでいくところを見ていると、ゼルがいなければ俺たちはこの坑道から一生出られなかったかもしれない。
しばらく歩いているうちに出口へと繋がっていると思われる扉に到着し、俺は胸を撫で下ろしたくなるような気持ちになった。
キリリンとシスターはともかく、長い間幽閉されていたアイシャにはもうこれ以上歩かせるわけにはいかないからだ。
「さぁ、ここが出口ですぜ。親玉の部屋はこの先に……!?」
ゼルはロザリオの鍵を扉の鍵穴に差し込み、ゆっくりと扉を開けた途端、何かに気づいたのかハッと息を飲んだ。
開かれた扉の向こうでずんぐりとした大きな人影が待ち構えていたのだ。
俺はそれを見た瞬間、戦慄した。
目の前に現れたのは緑色の上質なローブを身に纏い、顎に白い髭を蓄えた老人であったが、その佇まいは通常の人間のそれとは言い難く、蟻のような黒光りした巨大な双眸を、俺たちに向けてギロリと睨みつけてくる。
こいつが親玉か……。俺は咄嗟にそう悟った。
「なんでここに!?」
ぱきゅっ!
ゼルの喉笛にいつのまにか老人の枯れた腕が伸ばされており、何かが潰れるような湿った音が鳴り響く。
「かはぁっ……!」
必死に抵抗も虚しく老人の枯れ木のような細い腕によって、ゼルの身体は宙に締め上げられ、口から掠れた息が漏れ出した。
「私が」
老人はそう呟きながら握っていたゼルの身体をそのまま横に放り投げた。
「町長です」
ズン!
大きな音を立ててゼルの身体は壁に叩きつけられ、彼の口からは大量の血が流れ出す。
「ゼルっ!」
駆け寄ろうとしたアイシャの髪を、町長と名乗る老人は鷲掴みにして引き上げる。
「ああああああああああああっ!!!!」
アイシャは叫びながら自分の身体を吊るし上げている腕にしがみつきながら、町長の恰幅のいい腹を何度も蹴りつける。
しかし何度蹴りを叩きつけられても、町長はまるで意を介さない。
「貴様!」
キリリンが剣を突き刺すように突進する。
自分の胸に剣が突き立てられ、町長は思わず掴んでいたアイシャの髪を離した。
町長の身体はその衝撃で引きずられるように広間の中央まで後退する。
「なんだと?」
キリリンは驚愕の声を上げた。
突き刺したはずの自分の剣が、町長の身体を穿つことなく肌で止まってしまっている。
「私が……町長です」
町長はキリリンの両肩を掴もうとおもむろに手を伸ばしたが、危険を察知してキリリンはすぐさま離れて距離を取った。
こいつそれしか言えないのかよ……。
通常の攻撃が通用しないところを見ると、こいつもシスターと同じ異端だ。
「シスター、キリリンを援護しろ!」
俺は咄嗟にシスターに指示を出した。
シスターは素早く町長の背後に回り、背中に巨大な六角棍棒を叩きつけるが、その強烈な打撃でさえ町長にダメージを与えることはできない。
同じ異端同士の攻撃であれば通用するかと思ったのだが、それは叶わなかったようだ。
しかし町長の視線がキリリンから背後のシスターに移ったのは僥倖だった。
その隙に俺は町長に『霊廟の衛兵』が使えないか試すことにした。
上手く町長の動きを制御できれば、戦闘を中断させることができる筈だ。
早速標準を町長に合わせて、『霊廟の衛兵』を発動させようとする。
すると視界に不意にポップアップウィンドウが開き、ドゥン、と警告音が頭の中でなり響く。
そのウィンドウには「対象の異端ランクが高すぎて使用できません」だとか「既に操作中の異端があります」などが書かれていた。
そういえば『霊廟の衛兵』は一体の異端しか操作できなかったっけ。すっかり忘れていた。
ってか異端ランクなんてものがあるのかよ、そんなの聞いてないし!
発動させるにはシスターの制御を解除する必要があるが、そもそも町長にはこのスキルは通用しないらしい。
俺に残されたスキルはもう『異端審問』しかない。果たしてこの敵に通用するのだろうか。
迷っている暇は、俺にはもう残されていない。
だからもう、やるしかないんだ!
「キリリン、シスター、そのままそいつの注意を引きつけておいてくれ!」
「わかった!」
俺の声にキリリンは返事を返し、シスターも氷のように青白い表情を僅かに頷かせているように見えた。
彼女たちがおとりをしてくれている間、意識を集中させ深呼吸をして目を閉じた。
『異端審問』……っ!
俺は頭の中で強くスキル名を強く思い浮かべると、両目を力強く見開き敵を睨みつける。
スキルは無事に発動された。その直後、俺の身体から魔力が急激に失われていくのを感じ、意識がグラグラと揺れ始める。
それでも俺の視界が敵の姿を正確に捉えると、その姿を赤いグリッドが流れるように伝わっていく。
同時に町長は雷に打たれたように硬直して伸び上がり、めりめりと不吉な音を立て始めた。
「わわわわわわたしたしたしたしがががががががが、ちょちょちょうちょうちょちょちょちょちょちょうでででででででで……」
「おいおい、なんか様子が変じゃないか……」
突然まるで内部で爆発が起こっているかのように町長の身体がボコボコと膨れ上がる。
急な膨張に耐えきれず、肉という肉が引き裂かれ、その中から黒い物体が露わとなり始めた。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイっ!
「シスターはゼルに回復魔法をかけて傷を癒して! アイシャとキリリンはゼルに肩を貸せ!」
朦朧とする意識をなんとか踏みとどまらせそう指示を出したものの、その時点で町長の身体の膨張はもう相当なものとなり、このままだと館が内部からの膨張に耐えきれず崩壊してしまいそうだ。
「急げ、急げ!」
慌てながら俺たちはゼルを身体を無理やり引き起こしてシスターの回復魔法をかける。
「みんな、この屋敷から離れろ!」
必死で館の出口を目指して走り出す。
そして扉を抜けたと同時に館の天井が倒壊し、割れた巨大な石が梁ごと突き刺さるように落ちて来て入り口を防いだ。
俺たちは足を止めることなくそのまま安全な場所までしばらく走っていく。
「う、うう……」
キリリンとアイシャに支えられているゼルからうめき声が聞こえてくる。
「ゼル、気がついたのね!?」
アイシャの声にゼルは小さく頷いて見せる。
「ヘマしちまって……。身体に仕込んでいた香料は、親玉の体内から分泌されたホルモンみたいなもんなんで、奴隷の目は欺けても親玉本人は欺けなかったみたいでさぁ……」
「説明は後だ! とにかく今は逃げるぞ!」
俺はそうゼルに言い聞かせると庭園を抜けて鉄門に差し掛かったところまで避難を続けた。
そしてそこでようやく足を止め、恐る恐る館の方を振り返る。
崩れ落ちていく館の中から、巨大な二本の触覚がまるで蛇のようにうねりを上げて空中をかき乱したかと思うと、それよりも大きな鋭利な顎が地中から轟音を響かせながら飛び出してきた。
「ア、ア、ア……」
そこに現れたのは、自分がよく知っているような存在でもあるにはあるけれど、それとは別次元で嘘のようにどデカイ真っ黒な昆虫の姿であった。
「アリだー!!」
俺はその昆虫の名を叫ばずにはいられなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
10万文字まであと少し。
昨日から新しい会社で働き始めたので仕事も小説もガンバっていきます!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
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