25話 囚われの勇者
「お、お前は……」
牢獄の冷たい石床の上で静かに座している美しい少女を見て、俺は戸惑いの声を上げた。
彼女の身体は枯れ木のように痩せ細り、所々で傷が膿んで目も当てられない程に衰弱していたが、吸い込まれるような瞳と、僅かにウェーブがかかった髪、そして引き締まった口元は何度心惹かれたことか。
「お前、こんなところにいたのか! ようやく見つけたぞ!」
「な……」
俺が記憶している愛架の姿は小学生の時のものであり、目の前にいる少女は16歳位にはなるが、あの時の彼女がそのまま成長を遂げたイメージそのものであり、僅かにこぼれた声、無意識に見せる仕草や雰囲気が俺が記憶している彼女と合致していた。
間違いなく愛架だ!
「な、何? わ、私、あなたみたいな蚊の知り合いなんていないです……」
しゃべる蚊を見て心底怯えているのか、彼女は震えながらそう言った。
「な、に言ってんだよ……。お前、愛架だろ? 俺だよ、幼馴染のトウリだ! 今はこんな姿をしていてわからないかもしれないけど。そうかこんなところに囚われていたから俺に助けを求めていたんだな。よし、すぐに……」
「人違いです。私、アイカって名前じゃありません……」
「え……?」
警戒の意思が込められた彼女のセリフを聞いて、絶望に近い感情が俺の小さな頭の中をじわじわと蝕んでいく。
彼女は、愛架じゃないのか……?
「アイシャ、助けに来たぞ。立てそうか?」
俺が困惑している間に、ゼルはロザリオの鍵で牢獄の鍵を開け放ち、彼女の名前を呼びながら少女の身体を引っ張り上げた。
「ゼル? 本当にゼルなの!? よかった、正気に戻ったんだね!?」
涙ながらに話す少女を、ゼルは諌めながらも淡々と事情を打ち明ける。
「いや、俺は元々正気だったぜ。俺はヤツらの仲間になったふりをしていたんだ」
「……呆れた。私も騙していたのね。ずっとこんな牢獄に閉じ込めておくなんて」
「うっせぇな、敵を騙すにはまず味方から、って言うだろ。仕方ねぇんだよ」
アイシャ……? たしかに彼女はそう呼ばれた。それが彼女の名前なのだろうか。
いや、そんなはずはない!
俺は大きくかぶりを振った。
彼女は愛架だ!
二人の掛け合いを見ながらも、俺はアイシャという名を聞いていっそう混乱した。
『アイシャ』という名前には心当たりがある。
その名前は俺が転生する前の世界の誰かがゲームを開始した時点で、主人公キャラクターすなわち『勇者』に付けられるデフォルトネームであった。
『勇者』とはプレイヤーそのもので、俺が転生する前の世界の誰かがゲームを開始しないと存在し得ないキャラクターである。
死んだ愛架のことを思いながら考えついた名前だったので彼女の名前とそれはよく似ている。
しかもキャラクターの見た目はプレイヤーが作らないとゲームは開始できない仕様になっているし、性格も設定されていない。もちろんアイシャという名前のNPCも他に存在しないはずだから勘違いとも考えにくい。
……では目の前にいる愛架にそっくりな少女は一体誰なんだ?
ダメだ、いくら考えても結論に至るまでの根拠が足りなさすぎて、考えがまとまるどころか余計こんがらがってくる。
「ああ、もう訳が分からん!」
蚊の姿で思わず叫んでしまった俺を不思議に思ったのか、アイシャはゼルに声をかけた。
「ゼル……。その人たちは?」
「この人達はな、お前を助けるための手助けをしてくれた恩人だ。こちらのお嬢さんの方はキリリンっていう方で、このシスターと互角に渡り合えるほどの実力の持ち主で、こっちの旦那はちょっと風変わりな姿をしてはいるが、洗脳された町の人を操ることができるんだ。この人達がいなかったら、お前を助けに来れなかった」
「俺はトウリだ。さっきは変なこと言ってすまなかった。なんて言うか、お前の容姿が俺の探している大切な人にそっくりだったから、間違えてしまって……」
目の前にいる愛架そっくりな少女を見て、彼女が別人であることをにわかに信じられなかったが、ともかく警戒心を解くために謝罪の言葉を口にした。
「い、いいえ、気にしてません! 私も自分の命の恩人に、すごく失礼な態度をとっちゃって……。あの、トウリさんの大切な人、見つかるといいですね!」
そう言いながらアイシャは俺に向かてとびっきりの笑顔を返した。
彼女が見せた笑顔がやはり愛架そのもので、俺の小さな胸を情け容赦なしに締め付けてくる。
「…………」
となりでなぜかキリリンがじっとりとした目つきで俺の方を見つめてくる。
さも「愛架とは何者だ?」と言いたげな表情だ。
そう言えば愛架のこと、こいつには話してなかったな……。
話したいのもやまやまだが、ここで長話をするわけにはいかない。
一刻も早くこの場から脱出しなければ。
アイシャはその表情とは裏腹にひどく衰弱しているのか、立っているだけでも精一杯のようだ。
「シスター、この娘に回復魔法をかけろ」
そんな彼女を見兼ねて俺はシスターに指示を出すが、アイシャは近づくシスターに対してびくんと過剰な反応を見せた。
おそらくこの牢獄でシスターから酷い仕打ちを受けたのだろう。とはいえこのままだとこの牢獄から移動することができないので、構わず治療を始めることにした。
「このシスターは俺のスキルで自由に操れるようにしている。安心して治療を受けてくれ」
「わ、わかりました……」
おずおずと俺の言葉に従うアイシャは、目の前のシスターが正気に戻っていないことが悲しいのか、はたまた治療を受けるだけでもトラウマなのか、泣き出しそうな顔でシスターを見つめながら回復魔法を受けている。
そんなアイシャの態度に俺は違和感を感じていた。
ゼルの話によるとこの世界の人間は蚊を見ると恐怖を抱くはずだ。
だが目の前の少女が俺の姿を見てもそれほど恐怖を感じていない様子であった。
蚊が喋ることでさえ奇妙なのだからもう少し驚くような反応があってもいいんだが……。
やはり彼女は愛架であり、この世界の人間ではないのかもしれない。
「こいつはガキの頃からの腐れ縁ってやつです。俺の目的はこいつを連れ出してこの街からでることなんでさぁ」
「そうなのか。……ってかお前なら街の外に脱出するのは訳ないんじゃないか?」
それを聞いてゼルは両手を上げてわざとらしく困ったように首を振る。
「たしかに俺だけなら出来ないわけじゃあねぇですけど、二人となるとそいつはかなり厄介でやしてね、旦那もこの街を取り囲んでいる巨大な塀を見やしたでしょう?」
「ああ、あれはもはや塀と言うより防壁だったな」
「そう、あれは防壁。ただあれは外からの侵入を拒むためにあるのではないんっす。むしろ街に入るだけなら誰だって簡単に入れる」
それを聞いて街の入り口にあった検問を思い出した。
そこにいた兵士たちも様子がおかしいようであったが、街の中には簡単に入ることができた。
「あれは本来の意義とは真逆で、洗脳されていない人間を外に出さないための牢獄みたいなもんでしてね、検問は街に入ってきた人間と、親玉が意図的に外に出す奴隷の管理をしているにすぎやせん。たとえ洗脳されているように騙せても、親玉の意図がない限りは街の外へ出られないってワケです」
そういうことだったのか。そのことを聞いて街にいた時の妙な視線についても納得した。
おそらく検問にいた兵士だけでなく街の人々も洗脳済みで、俺たちをずっと監視していたのだろう。
「ところで旦那、俺の目的を聞かす代わりに、こっちの頼みを聞いてくれるって約束しましたよね?」
「ぐ……」
ゼルはニヤついた顔を見せながら詰め寄ってきて、俺は思わず言葉を詰まらせる。
そう言えばそんな話聞いたような……。
「お、お前なぁ、俺たちが条件を飲む前に勝手に事情を話したんだろうが。頼みを聞くにしても限度があるぞ」
「やだなぁ、これは旦那たちにとってもいい話ですし、旦那たちでしかできないことなんでさぁ」
と、ゼルは調子の良い事を言っておだてて見せる。
「わかった……。とりあえず、俺たちに頼みたいことを話してみろよ。事によっては断るからな」
まぁまぁ、と俺をたしなめながらゼルは指を立てると、自分の顔をぐいぐいと寄せ付ける。
ええい、近いし鬱陶しい! 男の顔を近づけられても暑苦しいだけだ!
「それで、お願いしたいことというのは至ってシンプル。街をおかしくしている親玉を倒して欲しいんです」
親玉? 話の所々では出てきてはいるがその親玉は誰なのか俺たちはまだ目星をつけられていない。
「その親玉って一体誰なんだ?」
「それはですね、この街の町長です」
「……」
どこかで聞いたような設定だな。
「それのどこが俺たちにとっていい話なんだよ?」
「そりゃあ、親玉を倒さないと旦那たちも困るでしょ? 言っときますが街の出口を守る衛兵はそのシスターより手強いですぜ。なのでこの街を出るには親玉を倒さなきゃいけないってことっす。そして親玉はどこかに身を隠しておりやしてね、俺だけがその場所を知っている。つまり俺が親玉の居場所を旦那たちに教え、旦那たちにはその親玉を倒す、まさにWIN-WIN!」
そう言いながらもゼルは両手でダブルピースを作り、指をピコピコと動かした。
なんか割に合わないような気がするが、まぁ普通の人間にしてはこれだけの情報を集められただけでも大したものだ。
そしてあの兵士たちは全員このシスターより強いというのも重要な情報かもしれない。
キリリンはシスターとやりあった時はかなり力をセーブしていたとは言え、より多くの敵と戦うこととなれば無事ではすまないだろう。
とは言え親玉の力も未知数だし、戦闘になれば普通に兵士たちを呼び寄せることも考えられる。
リスクとしては親玉を倒すことになったとしても、むしろ検問を突破するより危険なのではないか。
もっといい方法がないかと俺は思案を巡らせていたが、その姿が依頼を引き受けるかどうか迷っているように見えたらしく、ゼルは冗談のような笑みを消し去り、歯を噛み締めて顔を俯かせた。そして何を思ったのか、ゆっくりと両膝を折って跪き、両手と頭を地面に擦り付ける。
「後生だ、トウリの旦那……。今まで俺はなんとかあの親玉を倒せないかと手段を選ばず策を積み重ねてきた。そのためには関係のない冒険者もたぶらかして何人も犠牲にしちまったのも本当だ。……それでも、俺の力だけじゃどうにもならなかった」
石床にいくつもの涙がこぼれ落ちるのが見え、ゼルの声も次第に掠れていった。
「頼む、この通りだ! 旦那たちに見捨てられちまったら、俺たちはもう終わりなんだよっ! だからどうか、力を貸してくれ! 俺たちを、この街を救ってくれ! 頼むよぉっ!」
「ゼルっ!」
回復したアイシャは自分も傷ついた両肘を構うことなく地につけ、ゼルの身体を抱えて懇願した。
「私からもお願いします! オルサのみんなも本当はすごくいい人たちばかりだったのに、こんな奴隷のような目に合うなんて……。だから、私やゼルだけじゃなくオルサを、みんなを助けて欲しいんです!」
ゼルとアイシャに必死で頼まれても俺は未だに心を決められないでいた。
元々親玉を何とかする気はあるし、二人の言いたいこともわかるのだが、敵の戦力が未知数なのでどうにも気が引けてしまう。だがこのまま何もしないとなると、状況は一向に好転することはないだろう。
うーむ、どうしたものか……。
不甲斐なく迷っている俺にアイシャは突然詰め寄り、透き通るような瞳を向けながらも彼女はなり振り構わず声を上げた。
「お願いします! 何でもしますから!」
ん? 今、何でもするって言ったよね?
愛架そっくりな女の子に頼まれたら仕方がない
必死で彼らの姿を見て意を決した俺はキリリンを見つめてこう言った。
「キリリン、またお前に頼ってしまうかもしれない。俺もできるだけのことはやってみるが、力を貸してくれるか?」
「……妾にとってはこの人間がどうなろうと知ったことではないがな。まぁ、貴様の好きなようにするがよい」
キリリンはプイッと顔を逸らしてそう言った。
こいつ、愛架のことを話していなかったこと、絶対怒っているだろ……。
そんな彼女の態度を尻目に俺はゼルとアイシャの方を向き直った。
「わかったよ、お前たちの依頼を引き受けよう」
「本当ですかい!?」
言うが早いか、ゼルは急に身を起こすと飛び跳ねながら喜んだ。側にいたアイシャはその身の変わりように若干引きながら、えぇ……と呟いている。
「さすがは旦那! 俺の見込んだだけのことはある!」
俺はため息をつきながらも、ゼルの性根が座った態度に呆れかえってしまった。
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