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24話 トリックスター

 ゼルという男は、俺が転生する前の世界で作っていたゲームの中において、自分の目的のためには敵を欺き、仲間すらも欺くトリックスターとしての位置付けで生み出された特殊なキャラクターだ。


 設定を手がけたのは、とある女性の新入社員であった。


 彼女はただ単に万人を欺き続けるゼルというキャラクターに、筋の通った信念を通すことで人としての魂を植え付けたいと考えていた。


 だがそうするとメインとなる他のキャラクターが立たなくなってしまうことを恐れ、ディレクターは賛成しなかった。


 その女性社員は事あるごとにそのディレクターと意見の衝突を繰り返し、結局彼女はゲームのリリースを待つことなく会社を辞めてしまっている。


 俺は厳しい表情をしているゼルに、辞めた女性社員が込めたかった魂のようなものが垣間見えて、なんだか少し寂しい気持ちになっていた。


「シスターをなんとかする冒険者を探していたって言ってたが、まさかお前、冒険者と見れば全員落とし穴に嵌めていたわけじゃないだろうな?」


 こいつならやりかねないと思い、俺はゼルに疑問を投げかけた。


 するとゼルは両手をわざとらしく広げて、困ったような仕草を見せる。


「まさか! 俺が見込んだ冒険者だけっすよぉ。俺だって無駄な犠牲は払うのは気がひけるんでね」


 そう適当なことを言って取り繕うも、俺はその言葉に欺瞞が含まれていることが分かっていた。


 彼の表情から悪気など一切感じられない。むしろ自分など信頼してくれるな、と暗に物語っているかのような態度だ。


 どうせ全ての冒険者を罠に嵌めていることが分かっても、全員が見込みのある冒険者だと能書きを垂れるのだろう。


「他人を犠牲にしてまでなぜそんなことをする?」


 俺の投げかけた問いにゼルは特に悪びれもせず、あっけらかんとした表情で答えた。


「罠に嵌った奴らには憎まれてもしかたねぇんですけど、俺の仕掛けた罠程度、乗り切れなきゃ遅かれ早かれ奴らの虜になっちまうんでね。まぁ必要悪、ってやつでさぁ」


「必要悪だと? 一体お前の目的はなんだ?」


 もう一度俺が問いかけると、ゼルの面持ちから浮ついたような笑みが消え、険しい視線をこちらに向けた。


「目的ですかい? そいつを聞かせる代わりに、旦那たちには一つ頼まれて欲しいことがあるんですけどね。取り敢えず場所も場所なんで移動しながら話しましょうや」


 ──


「この街がおかしくなったのは2ヶ月くらい前のことでさぁ。旦那も聞いたことはないですかい? この街に妙な失踪事件の噂があることを」


 ゼルはぶらぶらと歩きながら語り始めた。


 手には小さな明かりが灯ったランタンが握られている。


 俺たちの後ろを後をつけるようにシスターがどでかい棍棒を引きづりながら付いて来ている。


「ああ、道すがら人伝てに聞いた。たしか人が急にいなくなり数日したら戻ってくるのだが、戻ってきた人間の性格が別人に変わっているとか?」


 俺はオルサの街の状況をメルカが語っていたことを思い出した。


「そう。そのいなくなった人間が連れて来られる場所がここなんでさぁ。ここは町長の館の地下なんですが、この先を行った所に牢獄がありましてね、各地から人間を攫ってきてはその牢獄に閉じ込めて、奴隷として洗脳してるんでさぁ」


「洗脳だと? そんなことをしてどうするんだ?」


「さぁね、俺にもその真意はわかりませんが、その奴隷たちを使ってかつては辺鄙な村であったのを、巨大な街にまで発展させたんでさぁ。街に建ち並ぶ建物やこの入り組んだ地下も、洗脳された奴隷が休むことなく作業した結果でしてね、ものの半月ほどで今のような街並みになりました」


「たった半月で!? ただの人間ができるような作業じゃないだろ……」


 あまりの作業密度の高さに、俺は心底ビビる。


 どんだけ工数を圧縮しているんだよ……。とんだブラックタウンだな。


「ええ、たとえ洗脳されているとは言え、休みなしで働いたら使い物にならなくなっちまうんでね、この街に訪れた人間を攫うだけでなく、別の場所からも人間を集めて働かせるだけ働かして、そして働けなくなった奴隷の死体をこの地下に廃棄しちまうんでさぁ」


 ゼルの説明を聞いているうちに、俺は血の気が引いていくような感覚を覚えた。


「因みにその洗脳とやらはどのように行われているのだ? 魔術の類でも使っているのか?」


 訝しげにキリリンがゼルに問いかける。


「そんな大層なものではございません。地下牢に放り込んだ人間に食料を与えるんですが、その中にある薬のようなものを仕込ませて、それを体内に入れてちまっただけで人間が奴隷になっちまうみたいなんですよ」


 なんだそれは。


 もちろんそんなアイテムや仕様を実装した記憶は全くないし聞いたこともない。


「では貴様はなぜ囚われることなく無事でいられるのだ?」


「よくぞ聞いてくれやした、お強いお嬢様!」


 ニヤついた顔を浮かべながら、恭しくキリリンの手を握るゼル。


「奴らは匂いで味方を判別するようでしてね、奴らの親玉が妙な液体を自分の体から分泌して、食べ物に混ぜて奴隷たちに食わしていたのを見ちまって、これだと思ってその匂いを服の袖や首元に仕込ませてみたんでさぁ。そしたら大成功! 奴らまんまと引っかかりやがって、俺のことを仲間だと思い込んでるみたいで警戒されなくなったんでさぁ」


 そう言ってゼルは服の袖や襟元を見せる。そこにはいくつかの匂い袋を潜ませてあった。


「……こやつ、ただのうつけと思いきや、なかなかのくせ者だぞ」


 キリリンは粗末にゼルの手を払いながら、俺の方を見てそう言う。


 それには俺も正直驚いていた。


 この男はたった一人でこの世界に起きている圧倒的なまでの異常性に戦ってきたというのか。


 そう考えると俺はゼルから並々ならぬ執念を感じざるを得なかった。


「着きやしたぜ。ここに俺の目的がある」


 坑道を抜けると弱々しいランタンの光に照らされて、いくつも牢獄が並ぶ通路にたどり着いた。


 牢獄の中には人影らしき物が見えるのだが、口からヨダレを垂らして微動だにしない。


 ゼルはそんな人影に全く気にも止めずにずかずかと通路の奥の方に歩んでいく。


「……俺の目的はコイツを外に出すことだ」


 ゼルがランタンを掲げた先には、牢獄の中で一人うなだれた少女が姿があり、俺たちの気配を感じ取ったのか、彼女は顔をゆっくりと上げて虚ろな瞳を覗かせた。


「お、お前は……」


 彼女の顔を見て、俺の胸は熱い炎のように燃え上がった。


「愛架! 愛架じゃないか!」

ここまでお読みいただきありがとうございます!

中ボスバトルまであと少し!

みなさんに面白いと思っていただけるように頑張って書いていきます!


評価やご感想など頂けますと創作活動の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします!

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