23話 ロザリオの鍵
「……成功、したのか?」
魔力を大幅に消失してふらふらになりながら、俺は動かなくなったシスターを見つめた。
「あれほど妾の手を煩わせていたこの女を一瞬でおとなしくさせるとは……。貴様、こやつに一体何をしたのだ?」
不思議そうにシスターの顔を覗き込んで手を上下に振るキリリンに、俺は慌てて謝罪の言葉を口にした。
「すまない、別に秘密にしていたわけじゃないんだが、昨日解放された新しいスキルを試してみたんだ。どうやらこの手の異常な存在を一体だけ操れるスキルらしい」
ほう、と感心するように俺を見つめるキリリン。
「昨日の戦いでも見せた転生者にだけ与えられたスキルの類か。大したものだな」
「そ、それほどでもねぇよ」
いきなり褒められると照れてしまう。まぁ蚊がもじもじ照れても気持ち悪いだけなんだが。
ところで俺がさっき使った霊廟の衛兵というスキルは、異端を操ることができるようだが、一体このシスターをどうやって操作すればいいんだ?
「シスター、取り敢えず立ってみろ」
試しに声をかけてみると、シスターは俺の言われたままに立ち上がった。
「……さっきお前に投げつけられた剣を取ってきてくれ」
そう命じるとシスターはキョロキョロと辺りを見渡すと、巨大な棍棒を引きずりながら暗闇の中へと歩いていき、しばらくしてキリリンが放った剣を手にして戻ってくる。
おお、なんか面白い! まるで昭和の催眠術番組みたいだ!
まぁ、ある程度抽象的な命令でも聞き入れられるみたいだが、その範囲はまだまだ未知数であることには変わりない。
そういえば催眠術だと自分が嫌だと思う命令は聞き入れられなかったよな。そんな内容でも言うことを聞くのだろうか。
例えば、そう……自殺とか。
「おい、シスター」
俺は息を飲みつつも、慎重に言葉を選びながらシスターに声をかける。
「スカートを、その、腰の高さまでたくし上げてみてくれないかな。あ、できればとても嫌そうな顔でオネガイシマス」
すると何のためらいもなく、シスターは身をかがめて自分のスカートの裾を握りしめてたくし上げようとする。
「変態か、貴様ぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
すかさずキリリンはそう叫びながら両手で俺を叩き潰そうとするが、例によって軽々と俺はその攻撃を躱して見せる。
「まったく、褒めた妾が阿呆であった! 貴様もそんな破廉恥な奴の言うことを聞くでないっ!」
シスターに向かってキリリンがそう吐き捨てるように言うが、彼女はそんなキリリンの声にまったく反応を示さず、汚らわしい物でも見るかのような侮蔑を込めた表情で、自らの下着を露わにして立ち尽くしていた。
レースの白っ! そしてシスターの卑しむような表情は強烈な背徳感を掻き立てられる!
おお、ここは天国か。
こんなエロ同人のような命令も聞き入れられるとは……。神スキルだな、これは。
「は、早く辞めさせいっ! この外道がっ!」
なぜかキリリンの方が頬を赤らめながら俺を責め立てる。
「わ、わかった、わかった。シスター、もう充分だ。辞めてくれ」
そう伝えるとシスターはスカートの裾から手を離して無表情のまま突っ立った。
どうやら霊廟の衛兵をかけられた対象は、俺の言うことしか聞かないらしい。
そんな一連のやりとりを行なっていると、とどこからともなく、男の笑い声と共に拍手の音が響き渡る。
警戒を強める俺とキリリンの前に、暗闇の中から一人の男が現れた。
「いや、お見事、お見事。まさかそのシスターを手玉に取るとはねぇ」
「……貴様、先程の男か」
キリリンは憎悪を込めて睨みつけた先にいたのはちょっと前までの無表情とは裏腹に、いけ好かない笑みを浮かべたゼルの姿であった。
「お前、元の人間に戻ったのか?」
俺がそう問いただすと、ゼルは蚊の姿をした俺に何の驚きも見せず、へらへらと気楽な笑いを返した。
「元の人間? ああ、さっきのことですかい? あれは演技! この街に来た冒険者を騙くらかすために一役買っていたんでさぁ」
ゼルは調子のいい笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
「そんなことより、蚊の旦那。このバケモンみたいなシスターを思い通りにできるなんてたいしたもんですねぇ。いや、さすが俺が見込んだ冒険者だけのことはある!」
「お前、俺の姿を見ても驚かないのか? ってかさっきはよくも俺たちを落とし穴に落としやがったな!」
俺の糾弾にゼルはへらへらと笑みを浮かべながら、まったく心にも無いような態度で頭をペコペコと下げて見せた。
「さっきはどーも、サーセンっした! この街の人間がおかしくなっちまったもんで、蚊が喋るくらいで今更驚きゃあしませんって」
頭を掻きながらケタケタと笑うゼル。
「でも気をつけてくだせぇ。1000年くらい前にこの世界は蚊によって大きな疫病が大流行して人間の半分が死んじまいやしてね。昔から蚊は死運ぶ悪魔として伝承や御伽話とかで子供の頃から聞かされるもんだから老若男女に恐れられているんでさぁ。旦那の姿を見られますと変に怖がられちまいますよ」
なるほど、だから馬車の中にいた奴隷たちは俺の姿を見てあれほど怯えていたのか。
そして様子がおかしかった人間が俺の姿を見ても驚かなかったっと言うことは、彼らはすでに異端に冒されていて、人間としての感覚を失っていたのかもしれない。
「そして旦那たちを罠にかけたのは、まぁちょっと訳ありでしてね、このシスターをなんとかする冒険者を探していたんでさぁ」
そう言いながらもゼルはシスターに近寄り、彼女のクビにかけられたロザリオをチェーンごと引きちぎった。
「このロザリオがこの屋敷にあるあらゆる扉のマスターキーになっていましてね、このシスターから何度もちょろまかそうとやってみたんですが、まぁ普通の人間ならいざ知らず様子がおかしくなってから、全く隙をみせやがらねぇから苦労してたんでさぁ」
たしかにそのロザリオはよく見てみると、剣先に鍵のような突起が見られる。そしてゼルはチェーンを振り回して、宙に翻ったロザリオを掴み取ると鋭い目つきを見せてた。
「ようやく、これでアイツを助けられる……」
強く握りしめられたゼルの手からはギリギリと肉が軋むような音が漏れ、彼の表情からは無念さや悔しさといった感情がにじみ出ていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ついに転職先の会社も決まりました♪
休める間にばんばって書きます!(๑•̀ㅁ•́ฅ✧
あと評価やご感想など頂けますと創作活動の励みになりますので、どうかよろしくお願いいたします!




